僅かな休息

文字数 7,801文字

 高く澄んだ青空は、奇妙な程に雲がなかった。
 次いでアレクは、リュウの部屋を訪れた。ミラボーと同じ様に事の成り行きを説明し「一旦この惑星から離れてくれないか」と、頼む。軽く頭を下げ、静かに返答を待っていた。
 リュウは小さく溜息を吐くと、傍で狼狽しているエレンに視線を送る。

「……私は疑われているぐーか?」
「そうだな、私は疑った。だが、今はそうではないと思い始めている」

 素直に口にしたアレクに、意外そうにリュウは笑う。まさか面と向かって言ってくるとは思わなかった、想像以上に度胸がある。普段は、何もかも諦めたような瞳で佇んでいるのに。感情を読み取ることは出来ないが、偽りでも建前でもないと判断した。恐らく、馬鹿正直な男なのだろう。だからこそ“魔王と呼ぶにはあまりにも脆弱”と評価していた。
 奇怪な事に、四つの惑星から魔王が集結したこの地。
 それぞれ魔王と呼ばれるようになった経緯があるが、唯一アレクだけが正当な魔王継承者だった。にも拘らず、最も不釣合いな男というのは皮肉である。

「フン。……『はい、そうですか』と帰るのもつまらないぐー。私はここに居たいぐー。あっちの惑星は住み心地が悪いぐも」
「……ロシファにも釘を刺されただろう、邪魔をするならば」
「邪魔はしないぐー、ただ、見届けたいだけだぐー。勇者を狙う何者かを、魔王アレクはどうするのか。非常に愉快だぐ、これを見逃しては一生後悔するぐも。君と違い、私は人間共が恐怖に慄き、その結果魔王という肩書きを得た男。いつでも、自分の好奇心を押さえられずにいるのだよ。魔王が死のうが、勇者が死のうが、どこぞの戯けが死のうが、私には関係ない。面白ければそれでよい。だから返答は“断る”。私は、帰らない」

 リュウの声色が、取り付く島もないほど事務的な声に変わった。
 アレクの眉が引き攣り、二人の間に緊張が走る。
 どのくらいの間、こうして互いに牽制し合っていたのだろう。先に折れたのは、リュウだった。つまらなそうに、唇を尖らせ肩を竦める。挑発に乗ってこなかったので、頭を掻き毟りながら唇を舐めて口を開いた。

「アレクは相変わらず真面目だぐ。つまらないぐ~、もっと突っ込んできてくれないと。ところで、どうして私を疑うことを思い止まっているぐ? 自分で言うのもなんだぐーが、一番怪しいのに」

 クククッ、と不敵に笑ってリュウは傍らの苺を摘んで食べた。おどけた表情で勧めたが、当然アレクは首を横に振り断ってきた。
 この場は、苺を食べていられるような暢気な空間ではない。
 改まった声で、アレクは開口する。

「アサギが、違うと言ったからだ」
「……はぁ?」

 真顔で呟いたアレクに、苺を吐き出す勢いでリュウは咳込む。

「ハイを含む皆は、そなたの行動に疑問を持っている。だが、アサギだけが真っ向から否定した。『何かを抱えているけれど、絶対に犯人ではない。話せばきっと協力してくれる』と言った」

 リュウが、思い切り舌打ちをした。
 エレンは青褪め、吊り下げ式の照明器具に隠れた。

「アサギがそう言うので、信じることにした」
「アレク殿は、人間の小娘に肩入れしすぎじゃないかなぁ!?」

 怒鳴ったリュウは、アレクに掴みかからんばかりだ。
 だが、平然とアレクはその様子を見ている。呼吸を乱し、忌々しそうに見つめてくるリュウに物怖じせず、ただ見つめる。

「成程、それがアサギが言う『リュウが何か抱えているモノ』か。共に来た者のみを仲間とし、表面上で親しいフリをしても、外野とは深く関わらない様に避けている。……しかしそれでも気になるのだな、アサギが。いや、あの子ではなく、あの子に似て非なる者が」
「煩いっ」

 リュウの瞳が光り輝いたかと思えば、鋭い咆哮が部屋全体に響いた。
 外に控えていたサイゴンとアイセルが、武器を手にして転がり込んでくる。
 だが、何事もなかった。大きく肩で息をしているリュウの目の前で、アレクはただ、同じ様に見つめ続けているだけだった。
 全てが忌々しいとばかりに、リュウは瞳をギラつかせる。

「アレク、君の部下は優秀だけれども。私の部屋の扉を壊すのはどうかと思うぐー、外れてしまっているぐー」
「すまない、謝ろう。だが、本来この部屋は私の所有物。そなたに部屋を貸しているだけだ」
「そうだったぐ! あははー……仕方がないぐー、扉が壊れたから、今夜は違うところで眠るぐ!」

 リュウは普段の口調に戻り、飄々とした態度でアレクの周囲を行ったり来たりしている。渋い顔で睨みつけてくるサイゴンとアイセルに大袈裟に身震いすると、小馬鹿にしたような顔つきで舌を出した。
 挑発に乗りそうな二人を、アレクが粛として右腕で制す。

「口煩いだろうが、邪魔をしないで欲しい。いるというのであれば、それが条件だ」
「構わないぐーよ、私は犯人ではないのだから。……まぁ、犯人に加担することはないと思うぐーが、新たな愉快犯として参戦する可能性はあるかもしれないぐー」

 言い終えるなり、サイゴンとアイセルは再び武器を構えた。それを瞳の端に入れたリュウは喉の奥で笑い、手を軽やかに振る。

「おぉ、怖い怖い。ここに居たら、命が幾つあっても足りないぐーね」

 リュウは、悪趣味な嫌味を残して壊れた扉から出て行った。
 エレンは隠れたまま、出てこなかった。
 深い溜息と共に、アレクがサイゴンとアイセルに微笑する。身体を強張らせている二人は、ぎこちなく苦笑することしか出来なかった。
 魔王リュウの力量を、誰も知らない。普段の態度がおどけているので、底知れず不気味だ。時折見せる冷酷な表情と、どちらが真実なのだろう。

「苦労をかけたな、二人共。ミラボーは承諾してくれた、リュウは見ての通りだが……」
「確かにアサギ様の仰るとおり、リュウ様は犯人ではないでしょうね。今後、邪魔になりそうですが」
「……そうだな。アサギの言う“何か”が解れば、良いのだが」

 会話を聞いていたエレンは、飛び出そうかとも思った。けれども、出来なかった。何故ならばリュウが何を悩み、苦悩しているかまでは知らない。勇者絡みであることは間違いないが、真相を知らない。
 リュウ以外、サンテの本心を知らない。幻獣を助けようと一人矢面に立ち、その身と引き換えに彼らに自由を与えた勇者の事を、誤解し憎んだまま。
 アレクは、隠れているエレンに声をかけようか悩んだ。だが、訊いてはいけない気がして、踏み込むことが出来ない。お人よしなアレクの性格が災いした、緊急時だというのに声を発することが出来ない。これだからロシファに怒られるのだと、自嘲する。
 結局引き上げたアレク達をひっそりと見送った後、エレンは降りてきた。困惑して宙に浮き、泣きそうな表情で仲間を捜す。隣の部屋に居る筈の、仲間達のもとへと向かった。
 けれど、誰もいなかった。 
 何処へ、行ったのか。部屋で一人、エレンは浮遊していた。

 客が流れるように続々と入ってくる食堂では話が尽きず、結局アサギもトビィもその場で夕食を頂く事にした。ホーチミンの話が長すぎて終わらない、水を得た魚の様に生き生きとしている。
 ようやく追いついたハイも参加し、始終アサギの髪を撫で、頬に触れ、時折耳元で囁くトビィを、血走った瞳で見つめている。
 アサギは嫌がることもなく、やんわりと微笑し受け入れていた。
 傍から見ると、恋人同士に思える。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーん!」
「ハイ様、静かにしてください。ねぇねぇ、ニ人はいつまでここにいるの? すぐに帰っちゃうの?」
「帰るわけないだろう! アサギはずっとここにい」
「ハイ様、静かにしてください」

 ホーチミンに邪険にされ、止むを得ずハイは運ばれてきた肉を丸齧りした。長い黒髪を振り乱し、味わうこともなく腹に押し込む。やけ食いだ。

「ほら、アサギ。なかなか美味い、お食べ。肉によく合うワインを使い、柔らかさと豊潤さを引き出している」

 綺麗に一口大に切り分けた肉をアサギの口元へ運び、勧める。
 アサギは嫌がることなく、口を開いてそれを食べた。数回口を動かすと瞳を輝かせ、破顔する。

「わぁ! とっても美味しいです、ちょっと甘い。見た目より脂っこくないから、食べやすいです」
「牛肉を赤ワインと無花果酢で煮込んであるみたいだな、果実の甘味が牛肉によく合っている。柔らかさも申し分ないし、付け合せの蓮根の素揚げに、湯がいたブロッコリーが引き立ててくれる」
「もう一切れ、食べたいです」
「お食べ。……ほら、あーん」

 一同、沈黙。
 べったべったの、あっまあっまの、とっろとっろである。
 げんなりとして、ホーチミンは頭を抱えた。見ていて恥ずかしいのか、見飽きたのか。色々と腹が一杯である。
 ハイにいたっては、風化してしまった。兄と妹にはとても見えない、美男美少女の誰もが羨む恋人同士だ。敗北を悟った。

「あぁ、アサギ。口元に」

 不思議そうに顔を上げたアサギの顎を、軽く持ち上げる。そのままトビィは唇を軽く嘗め上げた。いや、正確には唇ではなく、少し上の肌を。
 流石にアサギは驚き、顔を赤らめると俯く。
 ハイは床に転がり、吐血した。
 スリザは興奮して、何故かうっとりと頬を染める。
 ホーチミンは、もはや引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。

「トビィちゃん。……もう少しさぁ、その、時と場所を」
「悪いな、逢えたと思ったら直ぐに引き裂かれ、待ち望んだ再会だ。思うが侭に行動している」
「でしょうね、遠慮がない」

 『逢えたと思ったら』……この言葉を、ホーチミンはすんなりと受け入れてしまった。
 そこに、微量であれ手がかりがあったのに。
 もはや瀕死の状態にまで打ちのめされたハイは放置し、夜更けまでその場に居座るトビィ達。だが、アサギが大きな欠伸をしたので部屋に戻ることになった。
 
「疲れたな、流石に。身体を洗い流したい、風呂にでも行くかな」
「トビィお兄様、私の部屋で入浴できますよ? 可愛いバスタブ……じゃない、ええっと、浴槽があって、言えばお湯をはってもらえます」
「へぇ、じゃあ使わせてもらおうかな」

 余程離れたくないのだろう、トビィはアサギを姫抱きして歩いている。
 すっかり慣れてしまったので、アサギも抵抗しない。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬーん!」

 ハイが時折、壁に爪を立て引っかき、頭部を強打しながらニ人の後をついていく。こうしていないと発狂しそうだった、いや、すでに狂気の沙汰。
 アサギの部屋に到着すると、直様トビィは部屋を見渡す。すん、と鼻をすすれば太陽の光を浴びて咲き誇る花のような香りがする。

 ……あぁ、アサギの香りだ。

 安堵し微笑すると、同じように室内に潜り込んだハイは完全に無視して、アサギと暫し会話を愉しんだ。その後、トビィは教えられた通り風呂を用意してもらい、ワインも発注し完全に寛ぎ始める。
 流石に全裸のトビィにはアサギも気まずいので、後ろを向いていた。多少湿った風を感じながら、夜空を眺める。

「アサギ、そこでは寒いだろう。よかったら、こちらにおいで」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬぬーん、ぬーん、ぬーん! なんなんだ、さっきからお前は」

 堪忍袋の緒が切れたハイが、ようやく反撃する。トビィが傾けていたワインのボトルを奪い取り、一気にそれを飲み干す。彼には強過ぎた為、飲み終えてから咽た。

「貴様の口には合わないだろう、上等なワインだ」
「喧しいわ、小僧がっ! ぐぬぬぬぬーん」

 舌打ちしたトビィは、グラスに残っていたワインを傾けた。気に入った味だったが、全てハイに呑まれてしまった。残っているのは、これだけ。

「はぁ……。察して他所へ行ってくれないだろうか」

 ぼんやりと吐露する。憤るハイを他所に、トビィは普段通りに入浴を済ませると身体を拭き、ワインと一緒に発注しておいた自分サイズのローブを羽織った。飽きることなく星空を見ていたアサギに寄り添い、一緒に見上げる。

「綺麗ですよね、落ち着きます。地球に居た時は、山の上じゃないとここまで綺麗な星空、見えないから」
「不思議なもんだな、居た場所は違うはずなのに、空は同じ。離れていても、傍らにいる気がする」
「そうですね、宇宙を介して、みんな繋がっているんですね!」

 宇宙ヲ介シテ、ミンナ繋ガッテイルンデスネ。
 キィィィ、カトン……。
 不意に聴こえた音に、トビィとハイが反応した。同時に振り返り、部屋を伺う。
 しかし、特に何もない。
 いがみ合う二人は、ようやくここで視線を合わせた。『今の音、何だった?』と。
 アサギは気にしていない様子で、まだ、星空を見上げている。
 その音は、木製の何かが動いたような音で、酷く不自然なものだった。
 トビィは静かにその場を離れ、立てかけてあった剣を取る。ハイも真顔で右手に神経を集中させた。不快な音に、警戒する。

「何処に、いるの? 今、何をしているの? 逢いに行っても、いいですか……。貴方は、私を」

 アサギの呟いた言葉が、掻き消される。
 軋む音が、部屋中に響いたからだ。
 瞳に涙が浮かび“深緑色の”大きな瞳が、瞬きを繰り返す。

「こんばんはーだぐーぅ? ……どうしたぐ、武器を構えて」

 扉が豪快に開き、あっけらかんとしたリュウが入ってきた。可愛らしい苺柄の寝間着に揃いの帽子、枕も持参している。斬りかかってきそうなトビィと、魔法を発動しそうなハイが一発触発状態で睨み合っていたので、目を白黒させた。
 二人の緊張の糸が、切れる。
 肩を竦め険しい眉が少し解けると、トビィとハイが大きく息を吐いた。先程の音は、リュウが扉に手をかけた音だったのか……と多少は納得して。
 それにしては、異様な音であったが。
 不思議そうに突っ立っているリュウを尻目に、トビィは再びアサギに寄り添った。
 倦怠感で床に座り込んだハイは、リュウを忌々しそうに睨みつける。若干顔が赤いのは、酔いが回ってきた為だ。あそこまで強い酒を一気に呑むことなど、ない。アルコールに免疫がない、下戸である。
 
「何してたぐ? 敵襲だぐーか?」
「敵ならずっとあそこにいる……兄だから無下に出来ん」

 ハイはトビィを指差すと、ぐったりとして床に突っ伏した。先程まで赤かった顔は、青い。
 指先を追ったリュウは、アサギの肩に手をまわし、静かに星空を見ているトビィを見て状況を把握した。同時に、注意深く瞳を細める。あの立派な竜と信頼関係で結ばれているらしいこの男に、興味を持った。人間にしては異様に強いその男が、特異なものに見える。
 アサギの隣にいると、二人の空気が妙に馴染んで絡み合っていることに気づいた。
 寒気がして身震いする、触れてはならない気がした。リュウの第六感が、警告の鐘を鳴らしている。

 ……なんだ?

 ただの勇者と、その仲間には到底思えない。彼が合流したことで、アサギすら違ったものに見えた。

「ふぁ……」

 大きな欠伸を連発し始めたアサギに、慌ててトビィは床に伸びているハイを掴み外に引き摺り出した。呆気に取られていたリュウも部屋の外に押し出し、満面の笑みでドアを閉める。
 追い出されたリュウは不服そうに唇を尖らせ、事態が把握できていないほど泥酔しているハイを足蹴にした。中からアサギとトビィの会話が聞こえるが、何を話しているのかまでは分からない。

「ぐも。ひどいぐも」

 頬を膨らまし扉を開こうとしたが、施錠された。暫し思案していたが、ハイの背中を鷲掴みにすると、廊下の窓から身を投げる。飛行出来るリュウは、アサギの窓へと移動しそこから侵入する。

「トビィ君とやら、酷いぐー。除け者にされたぐも」
「酷いのは貴様らだ。そもそも、除け者だろうが」

 仏頂面のトビィに、リュウはにこやかにハイを放り投げた。
 一刀両断しようと剣を振り翳したトビィを、我に返ったハイが悲鳴を上げ紙一重で避ける。三人は夜更けだというのに、大声で罵り合い、暴れた。
 ちなみに、室内の片隅ではちゃぷん、じゃぼん、と水音がする。アサギが入浴中だ。蜂の巣をつついたような部屋の様子に驚き、浴槽に浸かったまま困惑している。

「トビィ君とやら。君だけアサギの入浴と一緒なんて、それこそ酷いぐー」
「オレは、貴様らから大事なアサギを護衛しているだけだ」
「なぁにが護衛だぁっ! 人間の小童、引導を渡してやるわっ」
「喧しい、変態魔王が何をほざく」
「あっはっはー、面白いぐー」

 三人が戦闘態勢になったので、その隙にアサギはこの隙にと入浴を終えた。いくらなんでも本気ではないだろうと判断し、寝間着に着替え未だに攻防を繰り広げている三人を尻目に、幾度目かの大きな欠伸と共に寝台に潜り込む。

「トビィお兄様、ハイ様、リュウ様、おやすみなさ、すぴー」

 まさかこの状況で眠りに入るとは誰も思わなかった。だが、アサギは本当に眠った。狸寝入りではない。
 唖然と寝息を立てているアサギに駆け寄った三人は、軽く肩の力を抜く。
 躊躇うことなく寝台に潜り込み、添い寝を始めたトビィ。
 同じく愛枕を片手にアサギの隣に入り込んだリュウも、添い寝を始める。
 アサギの両隣は、瞬時に埋まった。
 小刻みに身体を震わし、真っ赤な顔したハイは平然と眠りにつこうとしているトビィとリュウに怒りが爆発した。
 だが。

「ハイは入浴してないぐー、汚いから、入るの禁止」
「外で寝ろ、邪魔だ」

 最もな台詞を口にした後、冷たい視線で一瞥したリュウ。
 視線すら合わせず、手で追い払うかのように無碍に扱うトビィ。

「ぐぬぬぬぬぬぬぬくくくくくくくーんぅ!」

 怒りで身体を震わしながらも、律儀にハイはアサギの残り湯に浸かった。身体を洗う中、我に返る。

「はっ!? こ、この湯はアサギが浸かっていた湯ではないかっ! ふ、ふぉっ! 良い香りがすると思ったら……。ふ、ふふふふふぐぽぐぽ」

 赤面しながら顔すらも湯船に沈めたハイに、いよいよトビィは引導を渡すことにした。こめかみを引くつかせながら、何か投げる物はないか探し始める。
 魔王は、本当の変態だった。
 ハイは手足が皺皺になるほど湯船に浸かっていたが、湯が冷めてきたので後ろ髪引かれながら上がり、どうにか寝台に潜り込んだ。
 辛うじてアサギの足元を確保出来たので、そこに居座る。

「ふむ、好い位置が取れた」

 寝台の上、アサギの右にトビィ、左にリュウ。そして足元にハイ。


 なんともむさ苦しい構図が出来上がる。
 時折、ハイはトビィとリュウにこれみよがしに蹴られたが、それでも懸命にそこから離れようとしなかった。

「アサギのおみ足は眼福なり」

 この場所でも、十分満足しているらしい。

「…………」

 空が不気味な赤みを帯び、明るみ始める頃。
 何度か力の限り意図的に蹴られていたハイは、顔面に青痣が出来ていたが、退いてはいなかった。
 何時の間にやらトビィに腕枕をしてもらっていたアサギと、その背中にしがみ付いて眠っているリュウ。
 四人の寝息が、部屋に響く。
 アサギの瞼が微かに動き、長い睫毛が揺れた。

「トビィお兄様、来てくれて、有難う。……貴方は、何処にいても来てくれる。いつも、いつも、来てくれる。有難う……私の、大事な。そして、ごめんなさい」

 その瞳から、涙が一つ筋零れ落ちる。

****
戴いたトビィのイラストは、上野伊織様より。
著作権は私ではなく作者様にございます。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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