賢者の恋煩い

文字数 8,558文字

 揺らめく蝋燭は、時折炎が勢いを増し、ジジッと音を立てながら燃えている。
 その炎が賢者アーサーを照らしている。顔立ちが整っていることもあり、思案しているその横顔は、真面目で禁欲的な雰囲気を醸し出していた。冗談の通じないお堅い賢者、と言われれば納得も出来る。
 惑星クレオでのアーサーとはまるで別人だが、こちらが素なのかも知れない。

「わっ!」
「うわっ」

 陽気な声と、背中に何かが触れる感触に心臓が跳ね上がる。悲鳴に近い声を上げたアーサーは、血相を変えて振り返った。

「プッ! やだ、そんなに驚かないでよ。乙女心は傷つきやすいのよ? おわかりかしら、アーサー君」
「なんだ、ナスカか。寿命が縮まった、図書館では静かに」

 怪訝に眉を顰め一言文句を告げたアーサーだが、ナスカは気にせず微笑し、隣の席に腰を下ろす。
 ナスカとアーサーは、同じ歳の幼馴染だ。二人共大人びた容姿と、堂々とした態度の為年上に見られてしまうが、まだ若い。
 暫くして、アーサーは静かに立ち上がると、不要とした本を何冊か手にし本棚へと向かう。
 ナスカは興味津々で、アーサーの行動をじっと見つめながら後を追う。
 宮廷魔導師である両親のもと、ナスカは産まれた。賢者の称号を得ても不思議ではない父親は、厳しく優しく一人娘を躾けてきた。そうして、見るからに凡人ではない雰囲気、同年代の女性からは嫌悪されがちの才色兼備な雰囲気を醸し出す娘へと成長した。男から見ればお高い美人、噂はするが決して近寄れない高嶺の美女的存在になっていた。
 反してアーサーは、家系的には本来騎士の一族である。しかし、反対を押し切って賢者へ進む道を選択した。称号を得た今ですら、父親からは小言を言われている。だが、自分は間違っていなかった、とアーサーは思うのだ。有能な騎士である兄と、その弟の賢者、家名は更に勢いを増すだろう。世間体は良いが、父だけが渋っている。頭が固すぎるのだと、痛感した。騎士が途絶えるわけでもないのに、固執している父には嫌気が差す。今はそのような時代ではない。
 アーサーも、幼い頃は兄と同じく父から剣を習った。その為、腕前は 揺らめく蝋燭は、時折炎が勢いを増し、ジジッと音を立てながら燃えている。
 その炎が賢者アーサーを照らしている。顔立ちが整っていることもあり、思案しているその横顔は、真面目で禁欲的な雰囲気を醸し出していた。冗談の通じないお堅い賢者、と言われれば納得も出来る。
 惑星クレオでのアーサーとはまるで別人だが、こちらが素なのかも知れない。

「わっ!」
「うわっ」

 陽気な声と、背中に何かが触れる感触に心臓が跳ね上がる。悲鳴に近い声を上げたアーサーは、血相を変えて振り返った。

「プッ! やだ、そんなに驚かないでよ。乙女心は傷つきやすいのよ? おわかりかしら、アーサー君」
「なんだ、ナスカか。寿命が縮まった、図書館では静かに」

 怪訝に眉を顰め一言文句を告げたアーサーだが、ナスカは気にせず微笑し、隣の席に腰を下ろす。
 ナスカとアーサーは、同じ歳の幼馴染だ。二人共大人びた容姿と、堂々とした態度の為年上に見られてしまうが、まだ若い。
 暫くして、アーサーは静かに立ち上がると、不要とした本を何冊か手にし本棚へと向かう。
 ナスカは興味津々で、アーサーの行動をじっと見つめながら後を追う。
 宮廷魔導師である両親のもと、ナスカは産まれた。賢者の称号を得ても不思議ではない父親は、厳しく優しく一人娘を躾けてきた。そうして、見るからに凡人ではない雰囲気、同年代の女性からは嫌悪されがちの才色兼備な雰囲気を醸し出す娘へと成長した。男から見ればお高い美人、噂はするが決して近寄れない高嶺の美女的存在になっていた。
 反してアーサーは、家系的には本来騎士の一族である。しかし、反対を押し切って賢者へ進む道を選択した。称号を得た今ですら、父親からは小言を言われている。だが、自分は間違っていなかった、とアーサーは思うのだ。有能な騎士である兄と、その弟の賢者、家名は更に勢いを増すだろう。世間体は良いが、父だけが渋っている。頭が固すぎるのだと、痛感した。騎士が途絶えるわけでもないのに、固執している父には嫌気が差す。今はそのような時代ではない。
 アーサーも、幼い頃は兄と同じく父から剣を習った。その為、腕前は首席騎士には劣るものの、そこまで大差ない。
 アーサーとナスカは国の存亡にも関わる、貴重な若き賢者だ。家族ぐるみの付き合いもあった為、婚姻の話とて浮上している。けれども、アーサーには、ナスカは親しい友人にしか見えなかった。

「ねぇ、何を探しているの? 私はこちらに出向いたと小母様から聞いて、足を運んでみたのだけれど。こんな場所に私達の利益になるような本、残されていないわ。時間の無駄よ」
「そうか、君はそう思うのか。私は、禁呪に匹敵する魔導書を探している、賢い本は所有者を選び、導くものだ」

 行き詰っているけれど、と付け加え図書館の奥へとアーサーは歩き出した。奥は太陽の光が差し込むこともなく、ツン、とした黴臭さが鼻につく。

「貴重な本たちだ、虫干ししなくてはならぬというのに」

 そこまで手が回らない現状に、苛立つ。
 蝋燭を掲げながら、軽く瞳を細めて神経を集中させたアーサーの横顔を、ナスカは視線を縫い付けた。その頬が、ほんのりと朱を帯びた事にアーサーは気づかない。

「私に出来る事はあるかしら? きっと役に立てるわ」

 ナスカは本音を吐露してから、慌てて口を塞いだ。
 ゆっくりとアーサーは振り返ると、不思議そうに首を縦に振った。そうして、身動ぎしているナスカに手を差し伸べる。

「そうか、ならば……一緒に、探してもらえるかな?」

 抜き取った本の埃を軽く払い、数冊ナスカへ手渡したアーサーは自分も何冊か手に取ると狭い通路に腰を下ろした。空中に飛散した埃で咳き込んだナスカは、遠慮がちに受け取ると隣に腰を下ろす。
 すでに本を捲って凝視しているアーサーの端正な横顔に少し見惚れてから、ナスカは意を決して身体を寄せた。肩が触れる程度に、近く。微かに触れるその部分が妙に愛しく、そして、熱い。

 ……あぁ、アーサー!

 発狂しそうなくらいには、嬉しかった。感激で涙が込み上げてしまい、ぐっと唾を飲み込んで抑える。
 本をめくる音と、蝋燭の火が燃える音のみが支配する、密室。
 そんな中で二人は黙々と作業に入ったが、痺れを切らしたのはナスカだった。高鳴る胸、こんな薄暗い中で好意を抱いている男と二人きり。誰も居ない、二人だけの空間。不謹慎だが、再会出来るとは思っていなかったナスカにとって、アーサーの存在は今、特別である。
 仄かな恋心を確かに抱いていた、だがこんな悲惨な状況下では愛も何もない。我慢していたが、昨日会って感情が昂ぶった。胸がはちきれそうだった、冷静を装っていたが、今ならば人の目を気にしない。
 賢者という称号以前に、ナスカは年頃の娘だった。

「聞いて、アーサー」
「何を?」

 命令調のナスカの言葉に、怪訝にアーサーは顔を上げる。アーサーにとっては有余がなく、無駄な会話は省きたい。邪魔をされれば当然だ、それならば一人で淡々と作業をしたほうが効率が良いというもの。思うように進んでいない為、多少気が立っており口調が普段よりもきつくなっている。
 鋭く冷たい声に身体を引き攣らせたナスカだったが、左手を硬く握り締めた。

「あのね、多方面へ伝令が向けられたの。転移装置で迎える場所へは数人で向かって、戦いへ向けて兵を集めるのよ。これが多分最後の足掻き。一斉蜂起、慎重に進めないといけないわね。次はもう、本当にないだろうから」

 言葉を飲み込み、ナスカは続ける。その作戦については、アーサーとて知っていた。だからこうして、本を手にしている。勢いに後押しされ、幸運が重なった事もあり、世界中で一斉に総攻撃をかける、という半ば破れかぶれの作戦だ。
 捨て身の戦い、背水の陣。失敗は、許されない。

「勝たなければ、ならないわ。戦いに出向くものが死しても、勝利を掴み取らなければならない。生き残った人々が、次へ続けていけるように」
「そうだね」

 だが、アーサーには揺ぎ無い決意があった。
 惑星クレオへ戻らねばならない、この星で絶命するわけにはいかない。アサギが連れ去られたままだ、救出に向かわねばならないと自身で言い聞かせている。惑星クレオはともかくとして“アサギ”個人を助けたかった。
 視線を合わせてくれないアーサーに、次から次へと話題を変えて気を引くことにしたナスカは、途切れる間もなく会話を繰り出す。賢者とて、色恋事は苦手だ。

「あ、そうだ……。プロセインの地下で勇者の武器と思われる剣を入手したの、後で確認してくれない?」
「なんだって? あぁそういえば、昨日」

 そういえばそう言っていた、本当にそれが勇者の武器ならばダイキ専用、ということになる。それも勿論届けなければならないだろうから、やはり、アーサーは死ぬわけにはいかない。早急に届けに行くのが良いのだろうかと、軽く思案した。
 だが、その剣はアーサーの想定外だった。

「今は布に、包まれているわ。……一人、死んでしまったの」
「どういうことだ?」

 低音のナスカの声に、訝しんだアーサーがようやく、視線を合せてきた。
 ナスカは多少口元に笑みを浮かべると、若干声を上ずらせて語りだす。自分以外の話でも、こうして見つめてもらえることが嬉しかった。首を横に振りつつ大きな溜息を吐くと、膝に顔を埋め、くぐもった声で応える。

「厳重な宝箱に仕舞われて、一振りの剣が見つかったわ。観るだけでも神秘的な輝きを放ち、尋常ではない力を秘めていると解るの。一人の騎士がそれに手を触れた、すると……一瞬のうちに炎に包まれて騎士は炎上。救出する間もなく、息絶えてしまった。でも、不思議な事に直に触れないのであれば、平気なの。だから布に包んで持ち帰ったわ、城内に保管されている」
「正統な勇者以外、触れることを赦さない……ということだろうか」

 もし、本当に勇者の剣であるのならば、だが。ただの、呪いの剣かもしれない。可能性は五分五分だ。確かめる為には、危険を避けられない。
 なんという厄介な剣だろう。

「レーヴァテイン、か」

 アーサーが呟いたのは、惑星チュザーレの勇者の剣の名前である。古書で読んだ事がある、確か図解付だった筈だと、本の位置を思い出す為眉間に皺を寄せる。

「片手長剣。災いを引き起こす剣だが、正統な持ち主が扱えば絶大な力を誇る、と」
「えぇ、神殿プロセインにて厳重に保管されていた、となると確かに辻褄は合うから本物の可能性が高いわね。布で巻いて持ち上げるときは、流石に私も冷汗ものだったけれど」

 ナスカが持ち帰ったらしい、度胸が有る。人一人が抹消された後で、どれだけの勇気を持ってして剣に触れたのだろう。周囲が固唾を飲み込み見ていた光景が、いとも簡単に想像出来た。
 右手の親指の爪を噛み、アーサーは気だるそうに立ち上がると本を戻す。

「先にそちらを観に行く、禁呪探しは後回しだ」
「私も一緒に行くわ!」

 同じ様に立ち上がったナスカに、不思議そうにアーサーは視線を投げかける。

「場所さえ教えてもらえれば、一人で行ける。貴重な時間だ、ナスカは別の事を」
「私が持ち帰ったのよ、説明も出来るわ」
「説明も何も、今聞いただろう。それ以上に何か有益な情報でもあるのか? ないだろう?」

 ナスカはそれでも、本を片付けて微笑した。
 意見を変えるつもりはないらしい、軽い溜息と共にアーサーは踵を返す。
 二人は、無言で出口を目指す。
 不意に。

「ねぇ、アーサー?」

 ナスカが、思いつめたような声で背後から声をかけた。静かに足を止め振り返ったアーサーを、ランプの光が照らす。息を飲み込んだナスカは、仄かに頬を染めた。

「そ、その、先程の新しい魔法の事……なんだけれど。そのっ、私じゃ……ダメかしら?」
「は?」

 深呼吸し、控え目にナスカはそう告げた。静まり返っている図書室だからこそ聞き取れたが、本当に弱々しいものだった。
 アーサーの唇から出たのは、力の抜けた疑問符だ。
 何とも間の抜けたアーサーの声に、ナスカの心は軽く苛立った、そして自分が情けなくて惨めにも思えた。確かに意味不明な単語であったかもしれない、だがナスカにとっては精一杯の告白でもあった。それこそ、妙な魔剣を持ち上げるよりも大きな勇気を持ってして、発言したのだ。
 薄闇の室内、対戦を前に控えて不謹慎かもしれないが、いや、だからこそナスカは。

「意味が解らない、説明してくれ」

 怪訝に訊いて来たアーサーは、近寄るどころか立ち尽くしたままだ。
 色恋沙汰は確かに鈍そうだが、こうして自分がうっすらと頬を染めて震える声で告げた精一杯の言葉を、全くアーサーが理解できていない。温度差を痛感する。
 ナスカは軽く肩を落とし気を入れ直す為に、大きく深呼吸すると胸に手をそっと置く。解らなくもない、アーサーは自分にとって“恋愛対象”ではない存在だから、気付かない。直接言葉をぶつけなければ、理解してもらえない。言葉に隠された意味など、気付いてもらえる筈がない。一息ついてから、ナスカは“賢者らしく”訂正した。

「二人の術を合わせ、禁呪としてはいけない? あなたは火炎、私は風。そう、この間の様に。呼吸を合わせる練習さえすれば良いと思うの。そうしたら、空いた時間に他の魔導士達の面倒をみられるでしょう? 効率が良いと思うの」
「だがそれは、二人が常に共にいなければいけないのだろう? それでは、使い物にならない。私とナスカ、指揮官になるであろう状況で、流石にそれは無理だ」

 ナスカは唇を噛締めた、全く伝わらない。常に一緒にいたい、とそこが重要だった。だがしかし、微塵もアーサーには伝わっていなかった。
 呆れ返って眉を顰めると、アーサーは踵を返す。
 去っていく背中を見て焦燥感に駆られたナスカは、弾かれたように声を張り上げていた。


「一緒に、居れば良いのよ。私達の他にも指揮官を立派に務められる人はいる、合成魔法の必要性を理解して貰えれば、許可は必ず降りるから」
「無理だ、絶対に。そのようなこと、私は断じて反対だ! ……頭を冷やしてくれ、ナスカ。君はそこまで単純で愚かだったか?」

 アーサーの鋭い声が、室内に響き渡った。振り返ると、本棚を拳で叩く。埃が舞う、黴が鼻につく。暗転する空気、ナスカは縮こまると身体を震わせ、それでもアーサーを見つめた。
 こんな時に冗談はよせ、と目が訴えているがナスカとて必死だ、冗談ではない。生真面目なナスカは、無論恋愛経験などない。そんな暇すら与えて貰えなかったし、そもそも興味もなかった。いや、アーサーと居る事が当たり前で、離れないものだと思い込んでいた。
 指揮官を任命され、誇らしく思い、意気揚々と城を出た。残していくアーサーに不敵に笑って手を振った、自信有り気に、勝気に気丈に振舞った。だが、離れて暫くして急に胸に穴が空いたように不安になった。常に隣に居た存在がいないというだけで、こうも不安に押し潰されそうになる自分に、引き攣った笑みを浮かべた。自分は賢者だと言い聞かせた、だが、思えば思うほどアーサーが恋しい。
 アーサーに会いたくて必死にもがいた、数人の命を任されている身でありながら考えていたことは愛した男の事だった。
 けれども、死に物狂いで帰還すれば、当の本人は勇者を探しに出向いた、と。
 それからは懸命にアーサーの無事を毎晩天に祈った、また会える様に願をかけた。ようやく、再会出来たものの、上手く気持ちを伝えられない。
 恋愛事を話せる友人などいないので、勝手が解らない。相談も出来ない、自尊心が邪魔して、相手がいても語れないだろう。
 賢者と呼ばれ、知識だけは豊富に頭に詰め込んではいるものの、全く役に立たない。
 アーサーが苛立ち、鬱陶しがっているのは一目瞭然だった。

「今のナスカとは会話する気になれない、レーヴァテインは私一人で観に行く。普段の君に戻ったら、また話そう」

 アーサーは冷淡な声で強めに言い放ち、念をおすように睨みつけた。
 蛇に睨まれた蛙の様に、びくり、と硬直したナスカは、去っていくアーサーの、揺れる髪を見ていた。
 もし、世界が平和だったのなら。望むように、のんびりと共に過ごせただろうか。

「一緒に……居れば良いと思うのに」

 ナスカの手にしている蝋燭は、もうすぐで消えてしまう。前進するアーサーを暗闇が包み込んでいった、呆然とその姿を見つめた。まるで、何かが全てを飲み込んで抹消してしまうようだった。
 信頼を失ってしまった、ナスカは自嘲気味に笑う。

「もし、もし。帰ってこられなかったら……もう、会えないのよ? 私はそれが酷く怖いの、だから、一緒に」

 唇を不自然に歪め、瞳から零れ落ちる涙をマントの端で拭いながら歩き出す。恋心に気付けば、恐怖が押し寄せた。
 共に死ねるのなら、どれだけ素敵なことか。だが、身を案じて離れ離れで戦うのは嫌だった。護れる位置に、居たい。存在を傍らに感じれば、余計に勇気が、力が湧く気がした。

「泣いてはいけないわ、私」

 我儘だ、とナスカは思う。悪いのは自分なのだと、解っている。アーサーの態度は確かに冷たい、だが当然だろう。
 自分は、賢者だ。アーサーも賢者だ、貴重な二人なのだ。国にとって、民にとって、世界にとって重要な二人なのだ。

「一体、私はアーサーになんと言ってもらいたかったの?」

 消沈して呟く、困惑させ、憤怒させただけだった。

『離れていても、互いを想い合おう』

 とは、到底言ってもらえる筈もなく。

「私、結構我儘だったのね」

 ぽつりと、声を零す。不安だった、恐怖に怯えて一人寂しく戦闘中も嘆いていた。自分の支えはアーサーへの想い、また会えるという希望。恋愛感情が全くないアーサーだが、せめて、友人としてでもよいから。
 何か、言葉が欲しかった。
 その言葉を胸に、遣り遂げてみせるから。
 前髪をかき上げ、悔しそうに右腕で涙を拭う。情けない、こんなに心乱れ惨めな思いをするのは初めてだった。暫しその場で泣いていたが、泣いていても仕方なく。涙が止まった頃、人目を避けて帰宅する。ベッドに倒れこみ、そのまま眠りについた。砕かれた恋心の治し方など、今まで読み漁った本には載っていなかった。

 ……賢者は、恋をしてはいけないの? 絶望の中で光を探す者達には、それすらも許されないの?

 ナスカは知らなかった、アーサーの中には、すでに一人の少女がいることを。
 
 その晩、質素ながらも宴が開かれた。
 城の中庭にて少しのワインに野菜が主のスープと、薄く切ったベーコンをパンに挟み皆で食べる。夜空が星の瞬きを美しく際立たせている頃、食事会を終え残っていたのは数人。指揮官に任命されるであろう人物達である。その中には武術家ココ、剣士リンの姿があった。

「どう? 身体の調子は?」

 花壇の縁に座り込んでいたココが、歩いてきたリンに声をかける。苦笑いでリンはゆっくり視線を送ると、肩を竦め自嘲気味に「まぁ、適度に」と呟いた。

「今はただ、完治に向けて」

 歩いていた、ということは以前より回復はしている。しかし極端に顔色が悪い。無理して寝台から這い出て来たのだろうと推測し、ココが今度は肩を竦める。
 星の一つを見つめながら、リンは切なそうに瞬きを繰り返していた。
 もどかしい気持ちは痛いほど解るが、なんと声をかけてよいのかココには分からなかった。深い溜息を一つ吐きながら困惑気味に笑い、周囲に視線を送る。友人を探してみたものの、見つからない。花壇から飛び降りて大袈裟に首を横に振り、唇を尖らせた。

「おっかしいなぁー、セーラもアーサーもナスカもいない。メアリは早々に帰宅したろうけど、さ。折角久々に会話を愉しもうと思ったのに」

 腕組みしつつ、不貞腐れてそっぽを向くと再び花壇に腰掛ける。こうして夜空を見上げていると、大戦中だという事を忘れそうになった。
 何事もなければ、こんなにも平穏なのに。ぼそり、と言葉を漏らす。
 宇宙は、広大で今いる自分など、あの中に紛れてしまえば重要なものではないように思えた。

※2020.8.31※
 昔制作した同人誌用に戴いたイラストを挿入しました(*´▽`*)
 かっこいいアーサーと、美しいナスカ!
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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