魔族会議へようこそ

文字数 6,066文字

 裾を摘まんで、くるりと回る。
 頭上に疑問符を浮かべつつも、やはり勇者といえども少女。美しいドレスは憧れだ、嬉しそうに微笑み、頬を染めたアサギは恥ずかしそうに呟いた。

「か、可愛いですね……!」

 感激しているアサギに、ハイも上機嫌だ。感極まって涙を流し、くるくるまわるアサギを見つめている。
 二人の反応を堪能しつつ、リュウはほくそ笑んだ。ハイは、目の前の美味し過ぎる光景に見とれて、何故、アサギがドレスを着ているのか考えもしなかった。リュウは無駄なことなどしない、これは決してハイを喜ばせる為の衣装替えではない、計画の一部である。
 普段のハイならば疑うところだが、邪推出来なかった。姿を消したリュウを気にすることなく、浮き足立っている。
 そんなハイの隣で、アサギは。

「……魔王様方、よく解らない」

 当然の感想を、小さく呟く。しかし、このドレスは気に入った。くぅるり、回る。

「ドレス……綺麗……以前、着たことがあったような、なかった、よう……な?」

 以前、学級で演劇を行った時、ロミオとジュリエットのジュリエット役を演じた。その際にドレスは着たが、あれではない。アサギはツキン、ツキンと痛む額を軽く押さえた。

 ……ドレス、着ていた。何処かで、着ていた。

 何処かに閉じ込められているかのような不安が、アサギの心を覆いつくした。

 魔王と勇者が戯れている頃、城内の大広間には続々と多くの魔族達が集まって来ていた。アレクの指示により、ドラゴンナイト達が魔界イヴァン全土を駆け巡り、午後からの召集を言い渡した。各地に居る連絡用の魔術師に連絡を飛ばし、そこからも情報を流したのだが、あまりにも急すぎる。多くの魔族達は不安そうに「何事か」と、顰めき合う。
 魔王交代、魔王危篤……等、全くでっち上げの噂が溢れ放題だ。勇者襲来、とは流れていない、多くの魔族達にとって勇者は興味の範囲外である。
 惑星クレオの魔界イヴァンは、現在の日本と似た気候だ。
 徐々に暑くなるこの季節、魔族達はのんびりと穏やかに過ごしていた。
 海辺の近くに住居を構えている者達は、打ち寄せてくる潮の波の音を聴きながら居眠りを。森を住居にしている者達は、小鳥の囀りに耳を傾け、日中の照り返る陽射しから木の葉で身を護り転寝を。
 自然に逆らわず、身を任せて過ごす。暑いなら、寒いなら工夫して楽しむ。木漏れ日を浴びながら、森を散歩し。青い草原を歩きながら、小動物と戯れ。太陽と紺碧の空、波の白飛沫と藍色の海を眺める。歌いながら、小さな自然の独り言に耳を傾け、語りかけ。
 そんな中で緊急に告知された本日の会議に、緊張している者も少なくはない。今頃ならば皆昼寝をしている時間帯だ、魔族は休息を重んじる。
 溢れそうな程混み合ってきた大広間は、順次駆けつけて来た魔族達で埋め尽くされていく。
 その中で、一際目立つ四人がいた。
 魔族騎士団を取り締まる女隊長スリザ。
 その一番部隊隊長サイゴン。
 サイゴンの幼馴染で、男だが女にしか見えない宮廷魔術師ホーチミン。
 サイゴンの親友にて武術師アイセル。
 当然、彼らは脚光を浴びている。
 隊長であろうとも席は用意されておらず、広間の前方にて窮屈そうに四人は身を置いていた。緊急すぎて席が用意されなかったのだろう、と特に気にしていない。スリザはこの待遇に不平を言わなかった。そこがまた、彼女の魅力でもある。普段ならばアレクの側近として近くで警護しているのだが、今日は非番だ。
 サイゴンは、腕を絡ませてくるホーチミンに露骨に嫌そうな顔で対応している。振り払おうと懸命に腕をしならせながら、上司のスリザを見た。

「何事だと思われますか、スリザ殿。この前の給料値上がりの件が、上手くいかなかったのでしょうか」

 話しかけられ、口を開きかけたスリザだが、その整った凛々しい表情を固まらせる。わなわなと小刻みに身体を震わしながら、僅かな隙間しかないのに、赤面しつつ強引に左足で強烈で俊敏な回し蹴りを放った。

「馬鹿者! 誰の許可を得て貴様は人の尻を触っておる!?」

 怒鳴られたのは、アイセルだ。
 華麗に避け、颯爽とポーズを決めたアイセルは頬を緩める。スリザの放った蹴りの犠牲者は、無関係の魔族達となってしまった。
 骨が折れる鈍い音が響く、絶叫し倒れ込む魔族に、面倒そうにホーチミンが回復の魔法を直様施す。慣れているので、気にしない。毎度の光景だ、巻き添えを食らう者はたまったものではない。周囲の皆は、蒼褪めて四人から距離をとろうと身動ぎした。
 
「やだなぁ、スリザちゃん。触られて減るものでもないし、むしろ喜びなよ。うん、形の良い俺好みの尻だった、今日も。出来れば素肌を触りたい」

 何処から出したのか、アイセルは右手に薔薇を一輪手にしていた。花弁を一つ咥えて、スリザに流し目を送ると、その薔薇を自分の胸元へと導いた。
 得意げに微笑むが、周囲は冷ややかな視線を送る。
 目の前で薔薇を小道具にし、気障ったらしい態度をとっているアイセルに、スリザは身を逆立て般若のごとき形相で睨みつける。

「誰が“スリザちゃん”だ! 仮にも私はお前の上司だろう、態度を弁えよ! そもそも、人の尻を揉みしだいておいてその態度は何事かっ! この年中発情男がっ」

 ほぼ垂直にスリザの右足が華麗に天を向く、鉄製の靴の踵が灯りに照らされ不気味に光った。基本両刀剣士のスリザだが、足技にも定評がある。
 それでもアイセルは余裕だった、難なく避けられると思ったのだ。瞬発力ならば魔族でも一、二を争う実力者であり、如何にスリザであろうとも交わすことが出来ると高を括っていた。しかし、その余裕の笑みを浮かべていた顔が凍りつく。背後から羽交い絞めされたのだ、全く身動きが取れないという状況に陥った。

「え、ちょ……うそぉっ」

 スリザの高く掲げられた右足が、処刑台の刃の様に光り輝く。
 罪人に、死を。
 逃れられないその目の前の処刑人は、青褪めた。先程の余裕は何処へやら、ガタガタと歯が鳴る。
 スリザの瞳は全く笑っていない、慈悲の“じ”の文字すら、ない。

「ちょ、スリザちゃん、待って待って! スリザちゃーん! スリザさまぁああああああああああっ」

 アイセルの懇願など、誰が聞く耳を持つものか。問答無用で容赦なくスリザの右足は急降下、情けない声と引き攣った表情のアイセルの、気の毒にも股間に炸裂する。

「ぎいいぃいいいやああああああああああああ!」

 断末魔の様な叫び声をあげたアイセルの顔色は、赤から黄へ、最終的に青くなった。口から泡が吹き出し、その場に卒倒する。

「天誅」

 そう呟くと、スリザは忌々しそうに舌打ちした。脚を踏み鳴らしながら腕を組み、再度アイセルの腹を踏みつける。腹部の肉を抉るように、踵を容赦なく深く沈みこませる。
 唖然とアイセルを見下ろしたホーチミンと、反射的に自身の股間を隠し、合掌するサイゴン。

「大丈夫ですかぁ、スリザ様ぁ。私達がぁ、ちゃんと貴女様を御守りいたしますぅ」

 アイセルを踏みつけ、スリザ後援会会員番号上位の少女達がやってきた。先程アイセルを羽交い絞めにしていたのは、彼女達である。
 水色の髪を高い位置で二つに縛り、大きな薄桃色のリボンをつけ、フリルとレース満載の純白衣服に身を包んでいる会長。見事な金髪の縦巻きに、漆黒のフリルと深紅の薔薇を身に纏った副会長。他、数名。華奢な腕だが、あの体格の良いアイセルを押さえ込んでいたのだから、力量は見た目では解らない。
 周囲の男達は、皆震え上がった。

「助かった、お前達」

 凛々しい表情で、スリザが爽やかに微笑する。
 途端に周囲から黄色い歓声や、歓喜の溜息が漏れた。噂では、その中の誰かとスリザがデキているとか、いないとか。
 彼女達に快心の笑みを送り、麗しく頬に触れる様子は、確かに甘い恋人同士のようだ。先程のアイセルとは比較できない態度を、スリザは彼女達に送っている。魔族の中で、最も女性に好意を寄せられているのは、紛れもなくこのスリザであった。
 引き締まった筋肉は無駄がなく美しい、男のように逞しく凛々しく、しかし女のように繊細で色気のあるスリザ。中性的で誰をも惹き付ける為、少女達の憧れの的だ。男と違い、香りも良いし立ち振る舞いが美しいので、綺麗なものを好む少女達には抜群の人気を誇っていた。

「スリザってば、産まれる性別を間違えてるわよね。女の子といたほうが、よっぽど楽しそう。だからまだ処女なのよ。あの歳で処女ってのも、どうかと思うけどねー。ね、サイゴン?」

 ポニーテールにしている金髪を揺らしながら、小首傾げて濃藍色の瞳を光らせホーチミンは呟く。相変わらず、無下にされようともしつこくサイゴンの腕に絡み付いている。少女達に囲まれているスリザに、軽く哀れみの念を込めて溜息を吐いた。
 怪訝にそれを追い払っていたサイゴンだが、もう諦めてそのまま大人しく腕を組むと神妙に頷いた。

「お前が言うな、それを。この男女」
「ひ、ひっどーい! どぉして恋人にそんなこと言うの? ただ、女の子と違ってあそこに玉がついてるだけよ? 寧ろ、料理だって完璧にこなせるし、掃除洗濯なんでもお任せ。スリザとかよりも、ずーっと女らしいと思うのだけど、私っ」

 しなりん、と腰をくねらせ上目遣いのホーチミンは悪戯っぽく舌を出した。確かに愛嬌があって、美人だ。
 だが、男。正真正銘、雄。
 朝、隣で目が醒めると髭が伸びているので間違いなく立派な男だ。剃っている姿も見たことがある。
 今もこうして腕を組んでいるが、当然胸がないので柔らかさもなにもあったものではない。

「四十八手も、なんでもござれよ」
「はぁ」

 ホーチミンは、ぱっちん、と可愛らしく片目を瞑って流し目を送る。
 半泣きのサイゴンは、頭を抱えてしゃがみ込んだ。

「女らしかろうがなんだろうが、お前は男だ! お前と姉さんのおかげで未だに彼女が出来ない俺。青春を返せっ! 可愛い彼女を俺に寄越せえええええぇ!」
「早くしないとぉ、あそこにいる年増の処女みたいになっちゃうよ? 大丈夫、男同士でも。最近人間界でも同性愛者って流行っているみたいだし、私が教えてア・ゲ・ル。そもそも、性別で恋愛を規制されるなんて妙な話じゃない?」
「い、いい加減にしろっ!」

 ホーチミンを突き飛ばし、サイゴンは満身の力を籠めて叫んだ。流石に今の台詞にはイラ、っときたようだ。
 唇を尖らせてよろめいたホーチミンだが、男なので誰も助けようとはしなかった。

「うっさい! 俺だって……俺だって、可愛い彼女と! トビィにだって馬鹿にされたし、俺の人生散々だっ。あー、もー!」
「トビィちゃんは顔も魅力もずば抜けてるし、度胸も有るし、そもそも彼の天性の閨事、あれは全ての女性を虜にしてしまうわ……。うふん」

 身体をしならせ、うっとりと恍惚の笑みを浮かべるホーチミンに、サイゴンは鼻で笑った。

「知らない癖に、何を偉そうに。トビィは男は抱かない」

 揚げ足をとられたので舌打ちし、ホーチミンはそっぽを向く。

「……って、皆が言ってた。相当上手みたいよ、トビィちゃん。めろめろとろろんきゅー、なんだって」
「ふ、ふんっ」

 肩をがっくりと下ろしたサイゴンを尻目に、けたけたと笑い出すホーチミン。最終的に、口論では常にホーチミンが勝つ。

「まぁ、トビィちゃんとサイゴンを比べても仕方ないわよね。……で、トビィちゃんはまだ帰ってこないのかしら? 早く逢いたいわ、益々良い男になってそうだものっ、きゃっ」

 泡を吹いて未だに床に突っ伏しているアイセルと、少女達に囲まれて満足そうに会話しているスリザ。笑い続ける陽気なホーチミンと、落胆し床に両膝ついているサイゴン。
 平素のことである。
 ドン引きしている他の魔族達は視線を合わせないように必死だった、巻き込まれたら精神的にも深い痛手を追うことが確実である。
 そんな中で、アイセルはひょこ、っと起き上がった。

「ふー、危うく俺とスリザちゃんの子供が出来なくなるトコだったよー。そこらへん、注意して欲しいよね」

 驚異の回復力に目を丸くしたホーチミンは、心配する素振りを見せずに首を傾げる。

「あらアイセル、起きたんだ。てっきり死んだのかと」
「ふっ、こんなこともあろうかと股間に鉄製の防具を入れておいたから」

 自慢げに股間を指しているアイセルに、「妙なことを自信満々で言わないで欲しい」とホーチミンは引き攣った笑みを浮かべた。
 再び薔薇を手にしたアイセルは、やはりスリザを熱っぽく見つめていた。くるくると茎を回し、股間を擦りつつ。

「“ここ”は、スリザちゃんにとっても大事なものなんだけどねぇ。解ってないなぁ」
「……あんた、冗談抜きで一度死んだら?」

 同情できず、ホーチミンはスリザの代わりにアイセルのわき腹に鉄槌を喰らわしておいた。男のホーチミンだが、そのか細い腕ではアイセルにダメージなど与えられない。
 痛くも痒くも無く平然としているアイセルは、少女達に囲まれて、男装の麗人のように振舞うスリザを真剣に魅入る。

「……また、無理してる」
「え?」

 怪訝にアイセルを見上げたホーチミンに返答する事はなく、唇を噛むと軽く俯く。俯きながら、何度かスリザに視線を送る。

「……周囲が作り上げた“隊長スリザ”を演じなくてもいいんだよ」

 小声で呟くと、軽く溜息を吐き頭を掻く。変わらず優しそうな笑みを浮かべて周囲と戯れているスリザを、複雑な表情で見つめ続ける。
 周囲が鎮まり出した頃、大広間に盛大なファンファーレが響き渡った。
 魔族らは、一斉に中央のステージに視線を送った。重々しい布で出来たワインレッドのカーテンが、徐々に開く。

「やっほーん! お元気かな? 集まってくれてありがとなのだぐー、恐縮なのだぐー!」

 あっけらかんとした声が響き渡り、嬉しそうに手を振っている魔王リュウが現れる。多くの魔族は、絶句し、瞳を丸くした。
 初めて聴いた時はその場に居た全員が目を大きく見開いて硬直したが、流石に幾度も繰り返されると慣れた。確かに今でも調子が狂うのは間違いないのだが、辛うじて耐えられる。今狼狽した魔族達は、慣れていなかったのだろう。周囲の助けを借りて、よろめく身体で踏ん張ると姿勢を正す。
 カーテンが全開になる、ステージの端から端を手を振りながら挨拶するリュウの後方に皆は注目した。右からアサギ、ハイ、アレク、ミラボーが席についている。
 やや緊張した面持ちで、アサギは大人しくしていた。俯き気味で、ところ狭しと集まっていた魔族達を眺める。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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