降りかかる災難
文字数 3,802文字
敵は動きが鈍いので、難なく脱出した。
「あぁ、眩しい!」
洞窟から抜け出すと、光が一層眩しく感じられた。その光だけで全てが解決するのではないかと思うくらいに、優しく神々しい光が地上にはある。
穴から離れると、脱力して地面に座り込む。周辺に魔物の気配はない、外の新鮮な空気を肺一杯に吸い込み、緊張の糸を解く。
しかし、何も解決していない。
暫し茫然としていたが、喉の渇きを覚えた。のろのろと移動し川で喉を潤していると、ようやくソレルが動く。
「クレロ様の指示を仰ぎます、洞窟の入口で待機してください」
「言われなくても、それしかないだろ」
悪態ついたアリナを鋭く睨むが、反論している余裕などソレルにはなかった。腕を擦り、引かない鳥肌に嫌気がさす。思った以上に精神がやられた。
「一応最初から説明する。知っているとは思うが、洞窟自体に問題はなかった。最深部の例のあの場所まで一本道。引き返そうとしたら、あの音と共に魔物が姿を現した。数で押してくるだけで大した威力の魔物ではないが、様々な種族が地中から出現した。宙に浮くあれを引き摺り下ろす努力はしたものの、ミシアの弓を弾き返し、マダーニの魔法は無効化される」
ライアンがソレルらに詳細を伝えている声を聞きながら、アリナらは思い出すのも億劫で項垂れる。魔王と戦った時よりも、正直焦っていた。楽に倒せる相手だとしても、次から次へと湧いて来られては絶望。
「ボク、少し休憩する」
疲労感に押し潰されそうなほど身体が重いので、アリナは力なく首を垂れ瞳を閉じようとした。
けれども。
「ぎゃー! なんかわからんけど、来たー!」
アリナの悲鳴に、皆が瞬時に武器を構える。洞窟の入口から、
「な、何あれ! 弱点はどこ、何!?」
形を変えて向かってくる土に、マダーニが火炎の魔法をぶつけてみる。一瞬固まったが、奥から沸いて出てくる土の魔物に戦慄した。土なので、斬っても殴っても復元する。
「ひぇっ」
鞭の様に土が飛んでくるのを、懸命に避ける。捕まって口でも塞がれたら、窒息死だ。
ソレルらは羽根を優雅に広げ、詠唱に入った。流石は天界人だとマダーニが唸る威力の魔法を難なく繰り出し、勝気な笑みを浮かべる。
「魔法が効果的です、援護なさい!」
清らかな空気に包まれ幾分か自信を取り戻した天界人は、率先して魔法を放つ。
水を得た魚のように生き生きとしている天界人にげんなりしながらも、アリナはマダーニの魔法詠唱を補佐する為、囮として飛び回った。
「クレロ様! 不可解な事ばかり起きます、正直、手に負えません」
それでも、キリがない。ソレルは、痺れを切らしクレロに叫んだ。
天界も大混乱である。
「クレロ様! ソレル様から交信が来ております! 相当逼迫したご様子ですが……」
「クレロ様! 人間の街が途轍もない勢いで燃えております!」
怒涛の勢いで流れ込む情報量の多さに、クレロは狼狽した。こうも短時間に多方面で問題が起こるなど、想定外。眩暈がするが、気力を振り絞る。
「……やむを得まい」
クレロは、シポラの監視を止めた。
トビィとアサギが援護に向かったので名も無き村を見ることはなく、火によって壊滅状態の街を見ることもなく。神の視界は、ソレルらが向かった洞窟へと注がれる。
この日、ある一つの人間の街が消滅した。
もし、クレロがそこを見ていたらすぐに気づけただろう。
数名の生き延びた人間は、見ていた。
業火を繰り出す美しい黒髪の美少女が悠然と宙に浮かび、艶やかに微笑む姿を。
彼女と対峙していたらしい人物は、ものの数分で叩きのめされた。今となっては、それが身を挺して護ろうとしてくれた者だったのかすら、解らない。
彼女は、無慈悲にも多くの火炎を街に投げた。それはそれは、愉快そうな笑みを浮かべて。美しい人形のような、完璧な美少女。見ていては火に囲まれて死んでしまうというのに、その美しさに釘付けになった者が数名いた。死を誘う女神のような、そんな雰囲気すらあった。
![](https://img-novel.daysneo.com/talk_02/thumb_ba3b0b210f9d6e8570791bc54561952a.jpg)
それは魔界イヴァンを船で抜け出し、人間界に来ていたマビル。共に行動していた魔族の男に愛想が尽き、口論になった挙句殺害し逃亡したのだ。
街は、痴話喧嘩の犠牲となった。
何も知らないアサギ達は、地下を進む。
「トモハル達は大丈夫でしょうか」
「エレンもいるし、いざとなればデズ達が救う。案ずるな」
「そう……ですよね」
トビィに諭されても、アサギは妙に落ち着かない。問題はないと思うのだが、どうにも胸騒ぎがする。こんなことなら地上に残るべきだったとも思ったが、自分が行かねばならないという使命感もあった。
アサギの杖が、地下を照らし出す。遠くを見通すことは出来ないが、思いのほかそれは明るく、リュウは感嘆の声を漏らした。
「随分とまぁ、色んな魔法を使えるもぐな! 流石アサギだぐも」
「魔界で、みんなに教えてもらいましたから」
寂しそうに微笑むアサギに、リュウもしんみりとして俯く。思い出したら、切ない。彼らはもう、この世にいない。
家屋の床に開いた穴から降りた先には、人の手が入った地下道があった。各々武器を握り締め、緊張し進む。
地下道は思ったより複雑で、一方通行かと思えば暫く進むと左右に分かれていた。
「いよいよ怪しくなってきた、罠かもしれない」
トビィが薄く笑うと、リュウが気を引き締める。
「罠であろうと、飛び込むぐも。さて、どっちに行くぐ?」
「……左へ行きます」
少しの沈黙の後、アサギはそう告げた。誰も異を唱えず左へ向かうが、その際にアサギは壁に光を灯す。手にしている杖の光を器用に球体にして、まるで電球のようにそこに置いた。淡く光り続けるそれに、ヴァジルが感心する。
「素晴らしいですね、そのような魔法初めて拝見しました」
「今、初めて使ってみました。上手く出来てよかったです」
「……なんと」
「アサギは大体、一か八かだぐ。それでも成功するから感服だぐ」
リュウはあっけらかんと笑ったが、初めてにしてはあまりにも堂々としていて迷いがないアサギに、ヴァジルは感心を通り越して畏怖の念を抱いた。
美しく、強く、完璧な勇者。そんな人間が存在するのだろうか、と瞳を細めるが、今は詮索している場合ではない。
「ところでアサギ」
「はい」
リュウが顔を曇らせたので、アサギは首を傾げる。
「髪と瞳の色が……」
「あー、えっと」
見た時から気になっていたが、話しかける機会を逃していた。リュウとヴァジルが数奇な視線をアサギに向ける。
「変ですよね、やっぱり。先日、急にこうなりまして……」
「変じゃないぐも、綺麗な色だぐも。私も月の満ち欠けで髪と瞳の色が変わるから、一緒かと思って」
「そういうわけではないと思うのですが、今のところ戻ってないです」
「ふむ。不思議ではあるけれど、とても似合っているぐも」
「ありがとうございます……。ふみゅー……」
褒められているのは分かるが、素直に喜ぶことが出来ない。アサギは困惑し、髪を指先で摘まむ。
……やっぱり、変だよね。
気落ちするが、今は自分の髪を問題視している場合ではない。
進むと、また分かれ道に出た。
同じ様に左へ進むアサギは再び光の球体をそこに置いて、迷わぬよう目印とした。
魔物は出て来ず不気味なほど静かで、四人の足音しか聞こえない。何度か分かれ道になったが、その度にアサギは左を選択した。
やがて、前方に見たことがある光が浮かんでいる場所に辿り着いた。アサギは唇を噛む。
「戻ってきましたね……」
アサギが分かれ道の際に設置していた、光の魔法がそこにある。四人を嘲笑うかのように、影が揺れた。足を踏み鳴らし、リュウが喉の奥で嗤う。
「嫌がらせだぐ。……上等だ、弄んだことを後悔させてやる」
監視されているのならば挑発してやるとばかりに、語尾を強め大声で叫ぶ。リュウの声が反響する中で、アサギはおもむろにそっと光りに触れた。
「ここは二回目の分かれ道です、大きさを変えておいてよかった。……ならば、右へ行きます」
まさか、そんな細工があったとは。ヴァジルは唖然としたが、トビィは軽く拍手をし、面白そうにリュウは口笛を吹く。
これが、アサギだ。どんな状況下においても優位になるよう、考えを張り巡らせている勇者。
「こんなに小さいのに、大したものです」
「見た目で判断するな、ヴァジルの悪い癖だぞ」
誇らしげに告げるリュウを一瞥し、ヴァジルはアサギの底知れぬ能力に震えた。
四人は挑むような目つきで右へと進む。
再び別れ道に出たので、同じように光の球体をそこに置くアサギだが、四人は反射的に同じ方向を見つめた。
何も発しず、ただ右へと一声に駆け出す。微かだが、こちらから声が聞こえたからだ。全員が聞き慣れた声を捕えていた。
「来てはなりません!」
近づくにつれ、声は大きくなる。しわがれた声だったが、紛れもなくリングルスの声。
アサギは左手で杖を掴み、右手に魔力を集中させ杖へとかざす。気合と共に前方に光を放ち、全てを照らした。どうやらここが最終地点のようだ、視界が開け広い空間が出来ていた。
中央にはリングルスが捕らえられている。