勇者らの危機
文字数 3,428文字
洞窟の中は、うすら寒い。
寒さと恐怖が混ざって鳥肌が立ったが、ケンイチは意気揚々と道具を取り出した。地球から持参した懐中電灯のスイッチを入れ、人工の灯りで照らされた洞窟内部に安堵する。左手に持ち、歩き出した。
アサギが普通に通過したのだから何もないだろうが、念の為だ。内部に何か手がかりがあるかもしれない、この光があればくまなく探せるだろう。
「それにしても、アサギは一人でよくこんなトコを通過したよね」
肩を竦め、今更だがアサギの勇敢さに感服する。
ケンイチが一人洞窟に入った頃、反対側に到着していたリングルスとエレンは鬱蒼とした草木にげんなりとした。この中から何か探せと言われても、無理に等しい。時折虫や鳥の鳴き声が聴こえ、焦げた木々が遠くに見える。
「敵は何がしたいのかしら? 魔王が消えたのだから、次期魔王の座を狙う者の犯行?」
「そんな単純な事ではないように思う。……この惑星は、不可解だ」
リングルスが神妙な顔つきで森を進もうとしたので、エレンは嘆きながら肩に乗る。どれだけ時間があろうとも、探し出せる気など起こらない。
村に到着したトモハルとダイキは、聞き込みを開始した。しかし、魔物の奇襲に怯えきっている村人達から有力な情報は得られない。それ以前に、こうして助けに来た勇者ですらよそ者の為嫌悪され、まともに目すら合わせてもらえない。
会話が成立しない、訝しげな瞳で会釈されるだけだった。
何が攻めて来たのか、何をしていったのか。知りたくとも、詳細が解らない。
「困ったな。魔物って、何が出たんだろう? 神は、その辺りを教えて欲しかったなぁ。魔物って俺達みたいに意思があって行動する奴と、本能の赴くまま行動する動物みたいな奴がいるよね」
「意図的にこの村を奇襲したのか、単純に腹が減って村を襲ったのか、ってこと?」
「そう。ソコ重要だよね」
二人は暫く村をうろついていたが、村人達の異様な視線に耐えかね立ち去る事にした。『勇者です、助けに来ました』と言ったところで、子供が二人では信じてもらえないだろう。
威厳がない。
村から出られる唯一の出入り口へ足早に向かっていると、目の前に子供が飛び出してきた。六歳くらいの少年が、瞳を輝かせて見つめてくる。
「お兄ちゃん達、かっこいい剣を持ってる!」
農具は有り触れていても、武器は目新しいのかもしれない。背にある剣を興味深そうに見つめる子供に、トモハルが屈んで微笑む。
「うん、勇者だからね。村を襲った魔物を追っているんだよ」
子供相手だったので勇者と自ら名乗ったトモハルに、ダイキも小さく微笑んで子供に手を振った。
目を輝かせた子供は嬉しそうに手を叩くと、興奮気味に話し始める。
「勇者、かっこいい! 魔物退治に来たの? あのね、昨日来た魔物はね、びっくりしたんだよ、どこから来たのかわからないんだよ。気がついたら村にいたんだよ、それでね、突然ね、何処かにね」
捲し立てる様に話し出した子供が、突然硬直した。
まるで剥製にでもなったかのように微動だしない子供にトモハルは首を傾げ、ダイキは喉の奥が鳴って鳥肌が立った。
二人の武器が、鋭く光り輝く。
「うわ、うわぁああああっ!」
トモハルの悲鳴に、ダイキが咄嗟に腕を伸ばして衣服を掴み引き寄せた。思わず視線を逸らしそうになったが、目を背けては危険だ。反射的に剣を引き抜き、大声を上げる。
「武器をとれ、トモハル! 来るぞっ」
ダイキは、言うが早いか手にした剣で襲い掛かってきた“何か”を斬りつけた。
慌ててトモハルが魔法の詠唱を開始するが、脚が震えてままならない。
二人は、凝視した。目の前の異物に冷や汗が滴り、吐き気をもよおす。
「ぅぐっ」
子供の背中から、何かが飛び出してきた。イソギンチャクのようにウネウネと蠢くそれは、一本一本が意思を持っているようだ。子供の瞳には光がなく、背中から何本も生えているそれの動きに合わせて身体が揺れている。
ダイキが斬ったのは、伸びてきたその触手。簡単に斬れたが、子供の身体は確実にこちらへ向かってきている。地面に転がったそれは暫し蠢いていたが、徐々に大人しくなりぴたりと動きを止めた。トカゲのしっぽの様に、欠けたところで本体に問題はないらしい。
子供の向こう側でこちらを見ていた大人達の背にも、何時の間にやら触手らしきものが飛び出ている。そうして、ゆっくりだが確実にこちらへ向かってきていた。
二人は、あまりの悍ましい光景に気を失いそうになった。先の魔王ミラボーよりも、こちらのほうが恐怖だ。
彼らは、村人だ。だが、異形だ。
「なんっだよ、これ! 緊急事態だろ!?」
「……身体を斬らないと駄目かもな」
「さっきまで普通に話していた子供だぞ!? 人間だろ!? ダイキお前、斬れるのか!?」
「斬らないと、こちらが危ない。……それに多分もう、この子もあそこの大人も死んでる」
「くっそっ!」
震えるトモハルの腕が、剣を子供に向ける。もう、子供と呼んでよいのか解らないが。
「で、もっ!」
それでも、先程まで笑顔を浮かべていた子供を斬る事は出来なかった。頭を何度も振りながら躊躇し、ようやくトモハルは詠唱を完成させる。
苦肉の策で、火炎の魔法を地面に放つ。
敵の進路を遮断する。ダイキもそれに見習い、炎の壁を作り上げた。二人には、どうしても斬ることが出来ない。ならば、解決策が見つかるまで戦闘にならぬよう時間を稼ぐしかない。
「ミノルとケンイチのもとへ! 急ごう」
二人の勇者は、走りながら神であるクレロに救援を願い出た。とても判断が出来ない、出てきたのが魔物ならば戦えたが、見た目が人間だっただけに手が動かない。出来れば彼らを救える方法が知りたいので、指示を仰ぐ。
懐中電灯の僅かな光を頼りにして洞窟を進んでいたケンイチは、壁に不審な箇所がないかを調べていたのだが何も見つけられなかった。もうすぐ出口だ、前方から自然な光が差し込んできている。安堵し、リングルスとエレンの名を呼んだ。
「ケンイチ殿、ですか? こちらは何もなさそうです」
すぐに戻ってきた声に、ケンイチは満面の笑みを浮かべる。
「解りました、今行きますね!」
リングルスの返答に駆け足気味で平坦ではない洞窟内部を進んだケンイチは、何かを踏んだ。
パリン。
まるでガラス球を踏みつぶした様な音が、反響する。それは、卵のように軽いものだった。
「まさか……」
小さな音だったが、悪寒が走る。慌てて足元を懐中電灯で照らすと、不気味な液体と煙が立ち込め始めていた。脚に纏わりつくようなそれに小さく悲鳴を上げ駆け出そうとした瞬間、右脚を何かに引っ張られた。頼りない懐中電灯の光が浮かび上がらせたもの、それは自分の足首を掴んでいる骨のような何か。
声にならない悲鳴を上げ、一気に鳥肌が立った。背の剣を慌てて引き抜きそれに突きたてると、全力で振り払い出口を目指す。
「で、出たー!」
ようやく声が出た。
盛大な悲鳴を上げながら飛び出してきたケンイチに、不思議そうに首を傾げたリングルスとエレンは絶句する。顔面蒼白のケンイチの向こうから、何かを引き摺って向かってくる音に攻撃態勢をとった。
そんな三人の後方で、パリン、パリン、と次々に何かが割れる音が聞こえる。次いで、メキメキと木々を薙ぎ倒す音が周囲から聞こえてきた。
ケンイチが記憶を辿る。何処かで見たような光景に、流石に顔が引き攣った。
「罠だ、これ」
絞り出した声に呼応するかのように木々から姿を現したのは、以前ジェノヴァの街で見た大蛇。洞窟から這い出してきたのは、数体の動き回る死体だった。人間のなれの果てのようにも見えるし、そうではないのかもしれない。ただ、枯れ木のような骨に僅かばかりの肉片が付着しており、元生物だということは認識できる。
「まったく、この惑星は謎な生物が多い」
リングルスが頬を引きつらせ、薄く笑う。
三人は背を合わせ、攻撃に備えた。ケンイチは「緊急事態です! 助けて!」と、クレロに叫ぶ。
合流するため全力で戻ってきたトモハルとダイキは、神妙な顔つきで立ち上がっていたミノルに大声で叫んだ。
「まずいよ、これ、ホラー映画も真っ青展開だよ! ケンイチは!?」
「……洞窟に入ったけど、今悲鳴が聞こえたような」
「はぁ!?」
三人の勇者は、後悔した。魔王がいないその異世界で、何も危険な事などないと思っていた。
けれども、甘かった。