脆弱な魔王

文字数 9,070文字

 佇んでいるリュウの瞳は、冷え切っていた。アサギに顔を向けてはいるものの、瞳は虚ろに宙を見ている。
 背筋にゾワゾワとした悪寒を感じつつ、アサギはよろめきながら立ち上がった。途端、顔を顰める。捻ってしまったのだろう、痛む左足を引き摺り警戒しつつリュウへと近寄った。

「リュウ様、ご無事でよかったです。姿が見えなかったから、心配してました。あの、トビィお兄様達を見かけませんでしたか? 一緒に捜して頂けませんか? 」
「私はいつでも、元気だぐも。……捜すのは、無理だぐー。外を見るぐも、ミラボーが暴れ狂っているぐーよ」

 抑揚のない声で告げられたアサギは、身体を翻し痛む足を堪え窓へと駆け寄った。そして、間入れず悲鳴を上げる。
 城から眺める美しい魔界の風景が好きだったが、三分の一程度崩壊しており無残な姿に変貌している。まるで、違う場所の様に荒れ果てていた。
 つい先程まで、凄惨な魔界ではなかった。所々美しい森は残っているが、魔界中央の湖は色が解らないほど澱んでいる。神秘性だった清冽な湖水には、土や木々、そして魔族達の夥しい血液が入り込んでしまった。浮き沈みしているのは、死体なのか木々なのか。アサギは、ガクガクと脚が震えるのを感じた。二の腕を抱き締め、歯を小刻みに鳴らす。
 この惨劇を、以前も見たような気がした。テレビに映し出された戦争風景ではない、もっと生々しい記憶が、脳にこびり付いている。
 空はカラッと晴れているが、それが逆に不気味だ。瓦礫などの塵が巻き上げられ、視界を遮っていることもあるが、空気自体はひどく淀んでいるように思える。
 数えきれないほどの魔物が飛び交い、晴天に影をつくっていた。奇声を上げながら、四方に飛び立っているようだ。
 しかも、あちらこちらで火の手が上がっている、火災なのか、魔法で応戦しているだけなのか。
 アサギは息を飲み、震える身体で視線を下ろす。砂埃が舞っていてよく見えないが、城も一部が崩れている気がする。地面には瓦礫が散乱し、魔族達の腕や脚が飛び出ていたり、無造作に落ちている。点々と赤と緑の色合いが見える瓦礫は、魔族達の血痕か。
 喉の奥で悲鳴を上げると、口元を押さえて咳込む。吐き気をもよおしたものの、浮かぶ涙を押し殺して耐えた。

「驚いたぐ、ミラボーは何をしたんだぐーかね。数撃でアレクの城のほぼ半分が崩壊したぐーよ。奇跡的に、この部屋は無事だったぐ。反対側にあったアレクの部屋はもう、駄目だぐーね。ハイとミラボーの部屋も無事だぐーよ、アサギの部屋が微妙な位置にあったから、どうなっていることやら」
「リュウ様! とにかく、みんなと合流しましょう!」

 口元をぬぐったアサギは、再びリュウに駆け寄った。
 けれど、リュウは一歩下がる。伸ばしたアサギの手は、虚しく宙を掴んでいた。

「行かせないぐ、アサギはここに居るとよいぐ。……眠ればいい、目が覚めたら全てが終わっている」

 冷酷な瞳のリュウは口元に笑みを浮かべることなくアサギを見下ろし、淡々と告げた。

「な、何を言っているんですか!? 私、行きますよ。リュウ様は行かないのですか!?」

 その視線と声色に、鳥肌が立つ。再びアサギは手を伸ばすが、リュウには触れられなかった。代わりに、カン、と音を立てて爪が何かに触れた。恐る恐る手を伸ばせば、見えない壁が出来ている。

「な、何これ!?」

 目の前にリュウがいるのに、触れることが出来ない。焦ったアサギは、その見えない壁を力任せに叩いた。だが、手が痛いだけでビクともしない。それでも必死に両手で叩き、名を呼び続ける。

「リュウ様、リュウ様!」

 瞳の焦点があっていないリュウに、大声で訴えた。

「違うよ、アサギ。私の名前はリュウじゃない。“スタイン”っていうんだ……」

 ぼそ、と漏らしたリュウは、壊れる事など絶対にない壁を叩き続けている目の前のアサギを、ようやく瞳に入れる。瞳が交差した。

「出してください! お願いしますっ」
「出さない。君は勇者だから」

 再び視線を逸らし、俯き気味に呟いたリュウに、アサギは叫ぶ。

「リュウ様、私を見てください! どうしてこんなことをするのか、ちゃんと説明してくださいっ」

 初めて聞く切羽詰まったアサギの悲鳴に似た叫び声に、リュウは肩を震わす。それでも瞳は宙を泳ぎ、視線を合わせまいとした。

「……君が、勇者だから。勇者の君を失いたくないような、いや、君ならばこの場を救えるか見たいのか。どうなんだろう、強いて言うなら興味がないのかも。私は、仲間達さえ無事ならそれでいいからね」
「意味が解りませんっ。リュウ様の仲間って、リグ様達ですか!? そこに、ハイ様やアレク様は入らないのですか!? ともかく、ここから出してください。話がしたいんですっ」

 アサギが本気で怒っている事を、リュウは悟った。声色が普段と全く違い、荒々しい。恐らく、見たこともない顔で睨んでいるのだろう、と思った。だからこそ、余計に視線を合せられない。

「そんな声、出せたんだね。君は誰にでも警戒心がなくて、いつも優しいのに」

 アサギを見るのが、怖い。リュウは項垂れ、自嘲気味に微笑む。
 ガン! 
 アサギは、壁に渾身の蹴りを放った。けれども、当然激痛が走るだけ。軸にしていた左足が痛みに耐えられず、床に無様に倒れこむ。こうして、左右の足を痛めてしまった。舌打ちし、痙攣する腕を懸命に動かす。唇を噛締め腰の鞘に手を伸ばしたが、目を疑った。
 小剣が、ない。
 先程の騒乱時に、落としてしまったのか。アレクから受け取ったロシファの形見を失った事を知り、自分の不甲斐なさに床に爪を立てる。

「魔王リュウにはね、アサギ。昔……勇者の知り合いがいたんだ」

 観念したようなリュウの声に、アサギは顔を上げた。大きく肩で息をしながら、見えない壁に這い寄る。どうにか壁に寄り添うと、か細い声に耳を傾ける。

「惑星ネロには、勇者がいた。といっても、君のように選ばれ導かれた勇者ではないよ。君は異界から召喚され、勇者の石とやらを所持しているだろう? つまり、正統な勇者だ。でも、彼は違った。人間の勝手な都合で勇者にでっち上げられた、仮初の勇者だった」

 アサギは、喉を鳴らした。リュウが過敏に“勇者”に反応する理由が、今から語られるのだろう。もし、好機があるとすれば。話を聞き終えた時に、何を伝えられるか。迷い子の様に俯きがちで語るリュウが、酷く弱々しく、泣いているように見える。

「召喚された時に、仲間から聞きました。惑星ネロは魔王が現れるより以前に、勇者が存在していた地。けれどその勇者は魔王リュウに敗れ、愛する姫君と共に亡くなったと。……これは誤り?」

 アサギの言葉に盛大に吹き出したリュウは、皮肉めいて吐き捨てるように言葉を紡ぐ。

「あぁそうとも、人間が都合よく書き換えたっ! 真実は、これっぽっちも伝わってない! 姫のことなどサンテは愛していなかったし、そもそも寄り添ってなどいなかった! サンテを殺したのは私ではなく、人間だ! ……確かに、見殺しにしたも同然だから、私が殺したといっても過言ではないけれど」
 
 声を荒げたリュウに、アサギは驚かなかった。なんとなく、気づいていた。アサギには(・・・・・)好意的なのに、勇者アサギ(・・・・・)となると、妙に他所他所しく狼狽して見えた。単に、魔王と勇者という因縁の関係が起因しているとは思えない。勇者を名前で呼んだということは、親しい仲だったのだろう。

「友達、だったのですよね。その勇者サンテ様と」
「……友達? 違う、友達などでは、なかった」
 
 リュウの瞳の中で、絶望の色が移ろう。

 ……ごめんよ。

 不意に、そう詫びる声が聞こえた気がして、アサギは振り返った。有り得ないが、声は後ろで聞こえた。当然誰もいない、しかし、確かに何かがそこに“居る”気がする。

「アサギは以前、私に訊いたね。勇者は召喚されてきたのか、と。先にも述べた通り、彼は惑星ネロの平凡な人間だった。小さな家に住んでいる、普通の若者。けれどある日、敵国の襲撃にあって一人だけ生き延びた。真実は一握りの者しか知らない。事実は歪められ、彼はたった一人で敵国の襲撃を撃退し、勝利をもたらした伝説の勇者だと捏造された。彼を勇者とし国内の士気を上げ、敵国を威圧する。当の本人は魔法はおろか剣すら振ることが出来ない、そんな人間だったよ」
「利用されてしまったんですね……」
「そう。彼は、貧相な場所に犬と住んでいた。正体が露見するといけないから、他人と関わることを禁じられ、何かあれば“勇者として”駆り出される。……そんな、つまらない人生だったよ」

 リュウは、天井を見上げた。上からパラパラと埃が降ってくる。城が軋み揺れているので、この部屋も危険だろう。もう二度と、目の前の小さな勇者には逢えないかもしれないと思うと、伝えておかねばならないことがあった。

「あぁそうだ、一つ謝っておこう。サンテと姫は夫婦ではないよ、体裁よく公言しただけさ」
「解り、ました」

 抑揚のない声でアサギは返答した。謝罪するリュウは、やはり優しい人なのだと思った。こんなこと、今更言わなくても良かったろうに。

「以前、珍しく取り乱していたから。ごめん」
「……ありがとうございます」

 惑星ネロの勇者として召喚されたらしい、アサギの知り合いである男女。男のことを慕っていることは、先日の態度ですぐに察した。二人がどのような人物かは知らぬが、運命的な環境に置かれた場合、心は容易く動く。ただでさえ不安や恐怖を強く感じる場所にいるのだから、錯覚を起こしやすいだろう。
 アサギは、確かに二人の現状を気にしていた。ユキは見た目も愛らしい素敵な親友である、急接近した二人が恋に落ちることは安易に想像できた。
 全く持って、杞憂だが。
 唇を僅かに尖らせ幾度も瞬きをしているアサギを見て、リュウの胸が痛む。悪戯は好きだが、相手が傷つき、泣いてしまうようなことはしたくない。些細な意地悪のつもりだったが、想像以上に心を抉ってしまったらしい。安心していいよ、と言おうとして口を噤んだ。
 アサギは、心の内に巣食うもやを振り払う為、指を噛む。今は二人について考えている暇はない、しかも、万が一恋仲になっていたとしても祝福すべきことだと腹を括る。安堵したのは確かで、幾分か冷静さを取り戻した。
 そして、確信した。リュウは敵ではないと。でなければ、この状況で謝罪するものか。

「彼はね、異界から来た得体の知れない種族の男に優しくしてくれた」

 それが、リュウ自身であることなどアサギには直ぐに解った。

「お人よしだったんだ、少ない食物で美味しくなるように食事を作ってくれた。何処かへ出向いた時なんて、苺を持って帰ってきてくれたよ。甘くて、美味しいからって。……多分、彼は食べていない。全部、男にあげた」
「……だからリュウ様は、とっても苺がお好きなんですね」

 アサギが口を挟んだが、それには反応せずに続ける。

「裏切られたと、彼の罠に嵌められたと、思ったんだ。友達だと思っていたけれど、違ったんだって。……だから私はあの時、彼を置き去りにして仲間達と逃げた。けれど、違った。サンテは、私を裏切ってない、罠に嵌めたわけでもない。友達だと思ってくれていたから、あの時助けてくれたんだ」

 リュウの身体が震え、顔を手で覆い隠し咽ながら告げる。
 あの日。
 裏切ったと見せかけ、サンテは逃亡の手助けをしてくれた。身体中に穴を空けられ、死体を曝されていたのは、彼がリュウ側についていたことを示していたのに。
 サンテと過ごした小屋で、リュウが見つけたもの。それは、置手紙だった。書物を読み漁り、どうにか人間の文字を理解し始めていたので、手紙の内容を見て愕然とした。
 その手紙は今も、リュウの懐に収まっている。

『スタインへ。
 もし、君の惑星に産まれ変わることができたのならば。一緒にたくさん遊ぼう。
 思いついたよ、君の仲間達を呪縛から解き放つ方法を。召喚士達が所持している書物を、全て燃やせばいいんだ。真名が解らなければ、今後召喚に怯えることもないよね。
 やってみるよ、君に捧げた命。初めての、僕の友達。
 産まれ変わって、君の惑星の住人になる。だから君は、生きなければいけない。君が死んだら、僕が産まれ変わっても意味がない。
 約束だよ、君は生きて、君のままでいて。きっと、神様はいるはずだ。だからどうか、願いを叶えて欲しい。
 こんな馬鹿げた世界で、君と出会えた奇跡に賭けるよ』

 あの日、サンテは意を決して国王の前に名乗り出た。まさかリュウがそこへ来るとは思っていなかったのだが、それも好機だとした。
 運命の日であると。
 リュウの真名である“スタイン”を、確かにサンテは知っていた。エシェゾーという姓は、召喚士達が把握している。二つを組み合わせることが出来たのならば、真名が人間の手に渡っていた。しかし、見えない糸で捕縛されることはなかった。
 サンテは、王に偽りの名前を伝えていた。

『あの者の名は“リュウ”です。本人から聞いたので、間違いありません。僕も彼の事をリュウと呼んでいました』

 王らは微塵も疑わず、サンテの嘘にまんまと嵌められた。召喚士達が躍起になってその名を何度叫ぼうが、意味がない。そして、調べものをすると言い、召喚士達が所持していた書物を集められるだけ集め、燃やした。全ては、リュウ達を呪縛から解き放つために。
 リュウの真名は、スタイン=エシェゾー。リュウ=エシェゾーは、サンテが用意した偽名だ。
 全て狂言であったと遅れて知った王らは激昂し、拷問後、処刑した。
 指を折られ、歯を抜かれ、腹部に槍を突き立てられ、皮膚を燃やされても、サンテはスタインの名を一度も口にしなかった。ニコリと笑いながら、自分を拷問する人間達にこう言った。
 その時には舌を抜かれており、声など出なかったが。

『ここで死んで、産まれ変わってスタインの惑星へ行く。そこで、幻獣に産まれ変わる。そうしたら、素晴らしい王子のもとで孤独に怯える事もなく、幸せに暮らせる』

 転生を、信じた。だから、死など怖くない。それどころか、ひどく安らかなものに思える。
 サンテは、自分に暴行を加えている人間達を見て嘆いた。そして羨望したのは、幻獣だった。リュウが無事であることだけを願った、仲間達から信頼されている彼は無事に逃げ切れているはずだと信じた。
 最期に裏切ったような素振りを見せてしまったが、人間達を騙す為には仕方がなかった。

『スタイン。もし、君が僕を軽蔑したとしても。……君さえ無事なら、それで満足だ』

 サンテのそんな想いを、リュウは知らない。
 ただ、置手紙と植えられていた沢山の苺、そして“リュウ”という偽りの名から、彼が懸命に立ち回っていたことは知った。少し考えれば彼が裏切っていないことなど明白だったのに、当時は絶望し全てを拒絶してしまった。
 教養がないと言っていたのに、サンテは文字が書けた。それは、兵らに取り繕って必死に覚えたからだ。自らの命を犠牲にしリュウの突破口を開く事を決めていたので、どうしても手紙を書きたかった。また、自分が死んでも生きていけるように、短い時間で農業に勤しんだ。
 そして、幻獣らの名簿を消却し、同時に魂の欠片を河に流した。リュウに返したかったが、それが難しいと知ると、せめて人間の手で弔おうとした。彼は、やり切った。
 いつ死んでも構わない命を、サンテは友達であるリュウに捧げた。
 
「だから私は、“リュウ”と名乗っている」

 サンテが授けてくれた偽りの名と共にいようと、決意した。その名のおかげで、生き永らえたも同然。当時は、真実を知り愕然とした。裏切られたと思い込み憎悪に捕らわれた自分を、恥じた。

「私を助けた為に、彼は処刑された! 骸を見たんだ、あんな冒涜的な曝し方! 彼はきっと待っていた、私の助けをずっと待っていた! なのに、この私は何をしていたと思う? 裏切った代償だと軽蔑し、見向きもしなかった! 亡骸とて、傍観しただけだ! 弔うことも出来ただろうに、見捨てた! 私は、愚か者。……彼は勇者だった、間違いなく勇者だった! アサギ、君とサンテは何が違う? 何をもってして勇者とする!?」

 吼えるリュウに一瞬アサギは怯んだが、唇を軽く噛むと壁を叩く。

「リュウ様が勇者だと思われるなら、サンテ様だって勇者です!」
「アサギは魔王に攫われ魔界へ来たというのに、無傷じゃないか! それは正統な勇者だからだろう!? 何かの加護に護られているから、攻撃されても跳ね返す! サンテに、同等の加護があれば。いや……私に遭わなければ、あのように惨たらしい死に方をしなくて済んだ筈だ」
「私は、リュウ様のお気持ちを半分も理解していないと思います。だって、私は私、リュウ様じゃない。けど、リュウ様を信頼していたサンテ様は、無事にこうしてリュウ様が生きているから満足していると思いますっ。助けた甲斐があったって、喜んでますっ。ただ、どうして私がこうして捕まっているのか解からないので、出してくださいっ」
「うるさい、アサギに何が解るっていうんだ! サンテは私の助けを待っていたんだ! 死人に口無し、どうとでも解釈できるだろう!? 絶望し落胆し、あぁそんなものかと思ったに違いない! きっと死に際に、友達だったことを後悔したさっ」
「リュウ様の解釈が間違っているかもしれないじゃないですかっ。私もリュウ様も、サンテさんにはなれませんっ。とにかく、ここから出してくださいっ。私、行かなきゃいけないのです。ご存知の通り、勇者なんですっ」

 二人は睨み合い、一歩も譲らず大声を張り上げる。

「出さない、絶対に出してやるものか。……もし、ここから出られたならば。人々を護る事が出来たのなら……アサギを勇者として認めよう。君の意見を、譲歩し聞き入れても良いよ。さぁ、魔王リュウからの挑戦だぐ。何も出来ず足掻き、絶望し、己の非力さを呪うとよいぐも」
「はぐらかさないでください。私は足掻きますが、絶望しません。非力だけれど、なんとかしてみせます」
「強気だぐ、流石勇者だぐ」

 口笛を吹き立ち去ろうとしたリュウの脚が、止まった。軽く天井を見上げると、呟く。

「アサギはきっと、こんなことをしている私も助けようとするのだろうね。けれど、もしそれで、サンテのように私を救ったが為に命を落としてしまったら。……私は、二度も後悔することになる。救った仲間達と共に、歩む路が消えてしまう。勇者に救われて、のうのうと生きる幻獣の王など、みっとも無いことこの上ない。だから、死んで貰いたくないんだ。勇者の君を、誰かが助けに来るさ。囚われの御姫様を助けて、悪い魔王を倒す役割を、ハイ辺りに与えるよ」

 コン、とアサギが壁を叩く。数回瞬きし、歩き出したリュウの背に声をかけた。

「もしかして、私に嫌われたくて、こんなことをしているのですか? 安心してください、私、サンテ様のようにリュウ様を庇って死なないです。リュウ様も、私を助ける必要ありません。リュウ様が言ったじゃないですか、私、何故か選ばれてやって来た勇者です。自分のことは自分で護ってみせます、そして、リュウ様のことは助けます。やってみせます、自信があります。……だから、出してください」

 リュウの頭部が、下がった。しかし、そのまま歩き出す。

「二度も、勇者の友達を失くすわけにはいかない。君達が、私を見限ったとしても。護られて生きるのは、もう御免。けれども生きなければならない、仲間達を置いては死ねない。それに」

 有り得ないが、サンテが転生を果たしていたらと考えると。実に滑稽だが、生に執着してしまいそうだ。落胆したくないから、良い方向に物事を考えることを止めたのに。

「まぁ、奇跡が起きて転生したとしても、幻獣星には戻る事が出来ないから。……結局、逢えないけどね」

 それでも、人間の召喚に怯えることなくサンテが生活出来るのであれば、逢えなくても幸せに思う。リュウは薄く微笑み、泣き喚くアサギを残して崩壊しつつある城内を歩いた。

「やれやれ、ミラボーは一体何をしたのかな」

 意識が鮮明に戻ってきた、朦朧とした記憶の中でミラボーの部屋へと向かったことは憶えている。あの時点で、すでに幻覚に捕らわれていたように思える。気づいた時には、アサギを捜して彷徨っていた。そして、魔族共に引っ張られている現場に遭遇し、救いだした。
 見渡せば、何処もかしこも混沌としている。魔族同士で攻防を繰り広げ、目を背けたくなった。数人、瞳に狂気の光が宿っているので、何かしらの術が発動しているようだ。彼らは、思考回路を乗っ取られているように思える。
 魔族が飛びかかってきたが、難なくそれを避けると仲間達が眠っているミラボーの室内へと戻った。凄まじい地響きに、思いっきり顔を歪める。
 何処に隠していたのか、ミラボーが禍々しい魔力を放出し魔界を破壊している。
 先程の口約束が守られる確証は、ない。そう判断し、仲間達を起こしにかかる。安全なところへ避難する為に。室内は闇に包まれ、妙な香りが鼻につく。薬学に精通しているのかもしれない、皮肉めいて口角を上げた。

「奇遇だな、私も腕に自信がある。さて、上手く利用出来ると思うなよ、惑星チュザーレの魔王ミラボーよ。腐っても惑星ネロの魔王……もとい、幻獣星の王の座につく予定だった者なのでね」

 淡々と呟くと、リュウは忌々しそうに顔を歪める。
 アサギは、どうしただろうか。もし、あの場から本当に出ることが出来たのなら……勇者として認めざるを得ない。彼女ならばやり遂げそうな気がした、だが出てこられると酷く困る。そして、サンテのように自分を身を挺して護り、死んでしまいそうで恐ろしい。

「私は、目の前で彼女が死ぬ様を見たくないのだろうか。アサギ、君が死ぬのが私は酷く怖いよ。でも、このまま去れば君の生死を知らずに済む。馬鹿だと笑うのかな、怒るのかな、きっと私は卑屈な愚者。単なる弱虫さ。アサギの真っ直ぐな瞳が、時折……痛い」

 アサギの真剣な瞳と凛とした声が脳内で響いたが、リュウは首を横に振って自嘲気味に笑った。力なく、床に蹲る。怖くて怖くて仕方がない、友達を失うことが。

「不甲斐ない魔王に、どうして勇者の君達は手を差し伸べるんだ……」

 不安にせき立てられるように本音を吐露し、リュウはすすり泣く。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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