姫と騎士の行く末は
文字数 2,544文字
予言家の末裔であるアイセルは、本日の出会いは必然だと確信していた。予言通りに事が運び、近い将来、絶大な支持力を持つ魔界の女王がたつだろう。平和を願い、全ての種族を幸福の楽園へ導く女神となる。
自分が歴史的瞬間に立ち会えることに、感謝した。
「マビル、勇者達だ」
「は?」
帰宅後、アイセルは懸命に絵を描いてマビルに渡した。
紙を覗き込んだマビルは、即座に吹き出し腹を抱えて爆笑する。お世辞でも上手いとは言えない絵だ。
「これ、なに? 未知の生物なの? っていうか曲線だよね」
「……ぅぐ」
涙を流して笑い転げているマビルを恨みがましく見つめ、嚙みしめた唇から呻きが漏れる。先程アサギに見せてもらった写真の勇者達を思い起こして描いてみたが、致命的なほどアイセルには絵心がなかった。
「ひー、ひー! お腹が痛い! ぶはっ! これじゃ、出会しても気づけないっ」
顔を朱に染め、羞恥心で打ち震えるアイセルは、マビルの腕を無理やり掴み引き寄せた。そして、額同士を乱暴に合わせる。
「痛いっ、何すんのっ」
「煩い、大人しくしろ」
アイセルが、瞳を閉じる。
マビルは唇を尖らせながらも、渋々瞳を閉じた。すると、額から流れ込む様に、脳裏に映像が浮かび上がる。
「……視えるか、マビル」
「うん、視える」
神経を額に集中させる。
写真の記憶を、額を通してマビルに見せていた。魔力など無きに等しいアイセルだが、幸いマビルが膨大な力を所持している。アイセルは写真を思い出すだけ、それをマビルが引っ張って視ている。
「勇者は大勢いるらしい。……そんな予言だったか? そうそう、中央がアサギ様な」
「見れば解かる、少し黙って」
マビルは、唇を噛んだ。確かに、自分に似ていなくもない。桃色の可愛らしい洋服に身を包んでいるアサギを凝視していると、苛立ちが募る。
……裕福じゃん。
その衣装は劇で使用したものであり、普段着ではない。しかしそれを、マビルは知らない。
「貧相な鎧を着ているのが惑星ネロのミノル、アサギ様の隣の少女が惑星ネロのユキ、身長が高いのが惑星チュザーレのダイキ、一番低いのが惑星ハンニバルのケンイチ、そして端っこにいるのがアサギ様と同じく、この惑星のトモハル」
興味ない、とばかりに素っ気無くマビルが離れた。一応最後まで説明を聴いてくれたので、アイセルは苦笑いしつつもそれ以上無理強いはしなかった。
マビルは床に寝転がり瞳を閉じる。全く興味が湧かない、アサギ以外の勇者など、どうでも良い。アサギだけ教えてくれれば、それでよかった。
その、筈なのに。
何故か、最後の一人が気になった。薄い茶色の髪とあの笑みを見た瞬間、呼吸が乱れた。自分好みの美形ではないし、そこらにいるような脆弱な男である。
けれども、垂れ目気味の瞳と視線が交差した気がした。
動揺している自分に驚き、そして苛立つ。自分が抱いた言葉に出来ない感情を悟られまいと、マビルは二の腕に爪を立てた。
「憶えたか?」
「……多分ね。あたし、お利口さんだもーん」
正直、アサギとその“茶色の髪の男”以外憶えていない。
「本日、アレク様の妃になられるロシファ様が宣言された。今後全ての種族は共存を計るだろう、その先頭に立つのがアレク様にロシファ様、そしてアサギ様だ」
震える胸を押さえつつ、アイセルは昼間の出来事を思い出しながら口を開く。
「へー」
マビルは陶酔した表情のアイセルに目もくれず、首から下げていた宝石をしげしげと手によって眺めた。
「その感動は口にしたくとも、上手くできない。とにもかくにも神々しい三人だった、こう……心が洗われるような」
「ほー」
アイセルは、興奮気味に自分の仮説を語り出す。
「恐らく。アレク様とロシファ様が婚姻なさり、魔王の座を辞退。その後継者としてアサギ様が選ばれるのだろう。そうなると、マビルの出番だ」
「ってか、平和な世にあたしは必要? 不穏大好き、混沌に身を沈めていたい!」
皮肉めいて嗤ったマビルは、眉を顰めて唾を吐いた。
平穏の世に影武者など必要なのだろうか、寧ろその世界を“創る為に”影武者が必要なのではないか。
予言におけるマビルの役目など、ただの一つ。
『アサギという名の次期魔界の女王を守護し、身代わりとなって命を落とす』
そうとしか思えない。
血が吹き出る程に唇を噛む。なんと馬鹿らしい予言だろう、その為だけに自分は産まれたのだろうか。
脚をばたつかせて真面目に話を聞く気のないマビルに、アイセルは落胆して深い溜息を吐く。まさか、悲観的になっているとは思いもしない。
「念を押すが、忘れるなよ?」
「はーい。でも、全員あたし好みじゃないから、すぐに記憶から抜け落ちるかも。特に、中途半端に誰にでも優しくて、しつこくて、女であれば誰にでも鼻の下を伸ばすような茶色の髪の男! ホント最悪、死んでほしい」
「……はぃ?」
マビルは沸々と湧き上がる怒りを胸に、眠りについた。
寝息が直様聞こえ始めたので狸寝入りを疑ったアイセルだが、本当に寝ている。抱き起こし、寝台に運んだ。妹の寝息を聴きながら湯を沸かし、珈琲を淹れて両親が残した予言書を読むことにする。
予言書は、アイセルの自室に隠してあった。万が一にも他人の手に渡れば、大問題だ。予言家にしか読む事が出来ない暗号文で書かれているので、内容が明るみに出る事はないと思うが、念の為。
予言書は小さく、しかも重大な物には思えない貧相な見た目をしている。華美な装飾にするよりも、欺きやすいという案だろう。
「予言、ねぇ。ようやく実感が湧いてきたよ」
ふと、アイセルは首を傾げた。
聞き流してしまったが、マビルの最後の言葉が今になって気になる。茶色の髪はトモハルしかいないが、軽薄そうな少年には思えない。
闇の最中に、満天の星が光る。
遠い昔の黒の姫、この日初めて勇者となった茶色の騎士を見た。
夢以外、で。