勇者は見せしめに村人を殺すか  

文字数 5,772文字

 一瞬、静寂に包まれる。
 カッと見開いた眼に驚きの色を浮かべたサンテは、唖然とリュウの頭部から突き出た角を見つめる。初めて見た異種族に、恐怖は感じていなかった。ただ、純粋に驚き、そして“美しい”と思った。確かに昨夜心許無い明かりの下で見た時に、瞳の色合いが不思議で、どこか肉食の獣を彷彿とさせるとは思っていた。人間でないのならば、納得が出来る。
 清冽な水のような雰囲気の人が、同じ人間である筈がない、と。
 感動しているようにも見えるサンテに、リュウが痺れを切らしたように歯を剥き出しにする。

「その石は、同胞の魂の破片っ。貴様ら如きが触れてよいものではないっ」
「え、えぇっと!? ちょっと待ってくれないかな、何が何やら」

 慌てふためくサンテだが、床に転がったままだ。緊張感がまるでない。
 リュウは苛立って足を踏み鳴らすと、歯軋りする。でっち上げられた勇者、というのは本当だろう。腰が抜けているようにも見える、状況が理解できていないし、そもそも理解しようとすらしていないようにも思える。ここまで愚鈍な腑抜けは初めてだと、いきり立つ。

「人間というのは、虚勢を張るのが好きな種族と記憶しておこう。こんな臆病者を勇者に仕立て上げて、何の得になるのやら」
「……そうだよ、スタイン。人間は、酷く醜悪で滑稽で弱い。けれども、強さを欲し、愚行に走る」

 小声でそう告げたサンテは、小さく微笑み、虚ろな瞳でリュウを見つめる。
 侮蔑の視線を投げかけたが、反抗なくすんなりと受け入れたサンテに、リュウは言葉を詰まらせる。軽く瞳を開き、訝しんで凝視した。普通、自分の種族を侮辱されたら怒りが湧き上がるものではないのか。自尊心はないのだろうか。
 
「僕はもう、……疲れたよ。トッカが一緒に居てくれてもね、一人で暮らす事って、思っていた以上に苦痛なんだ」

 それは、ひと眠りする前の小言のように吐露した本音。『殺して良いよ?』サンテの唇が、そう動いた気がして、リュウの手が若干震える。

 ……これは、本気だ! 本気で死にたいと心安く言った!

 大袈裟に舌打ちし、暫しリュウは剣を突きつけたまま唇を噛締めていた。心臓が、ドクドクと五月蠅く脈打つ。当然、今まで誰しも手にかけたことなどない。
 大きく喉が鳴る。
 このまま、剣を持っている手に力を篭めれば良いのだろう。そうすれば、影蝋のように煌めく剣が身体を突き刺し、なんなく殺すことが出来るだろう。喜ばしい事に、彼は殺されても良いらしい。無駄な抵抗をしないのであれば、楽だ。
 けれども、リュウは躊躇した。戦いの仕方や、剣の扱いを習ったにしても、易々と実践出来るものではない。そもそも、命を奪うという行為を短絡的思考で行ってはいけない。
 それでは、幻獣を使役している人間と同じになってしまう、そう考えついて、震える右手を力なく下ろした。

「お前を、殺しても。きっと何の得にもならないから……やめとく。それより、私にお前達人間が知り得る、全ての事を話せ。私がお前に役目を与えてやる」

 悔しそうにそっぽを向き、ぶっきらぼうに告げたリュウは小剣を懐に仕舞った。
 半ば残念そうに、それでもこうなることを予測していたように微笑したサンテは、「そうだね、役に立ってから死のう」とぎこちなく起き上がる。そして、破れかけた地図を床に広げた。
 サンテは従順そのもので、抵抗する様子が見られない。信頼したリュウは、鋭い視線を投げかけながら、本音を告げる。
 
「お前と違って、私は生きたい。生きなければ、ここへ出向いた意味がない」
「真逆だね、僕は死にたい。人生に夢も希望もありゃしない。ただ、僕がいなくなるとトッカが心配で。息を顰め、ここで隠者のように生活するしかない。ここは、牢獄だよ。そもそもね、結局報酬なんて貰えていないし。あれは、僕を言い包める嘘だった。愚劣だろ? 王達は、安全な場所で、美味しいものを腹いっぱい食べて、しかも残して捨てているっていうのに。こっちは毎日ひもじい思いをしているよ」

 悪態づいたサンテに、リュウは微かに頷いた。これで、違和感の謎が解けた。先程の話通りならば、報酬によってサンテは裕福な暮らしをしている。好き好み、底辺生活を続ける者などいないだろうから。
 豪華な建物を与えると目立つ為、王は家をそのままとした。
 金を与えると近隣の村や街で買い物をし、目撃されるので与えなかった。
 食物の種は与えたが、この場所での栽培が難しく、意味がなかった。
 よって、王の私兵が来る際に、衣服や食料が運び込まれる。だが、頻繁に訪ねていては噂になるので、用がない限りは出向かなかった。
 それで、このありさまだ。

「せめて、貰った作物の種が、この土地に順応してくれれば」

 家畜として鶏は数羽貰ったが、小屋が無いので何処かへ行ってしまったり、飢えを凌ぐため食べてしまったりで、一羽も残っていない。
 同情などしたくはないが、流石にサンテの待遇をリュウは憐れむ。だが、気を許しては足元を掬われる。「随分とせこくて、醜い種族だ」と吐き出した。
 真剣な眼差しで地図を眺めているリュウに、サンテはカエサル城の位置を指し示す。

「ここが、例の城。僕達は今この辺りで、味方の領土はこのくらい」

 リュウは、乾いた砂が水を吸うように教えられたことを覚えていく。

「四方は敵対する国に囲まれているよ。それだけじゃない、国内でも反発している街や村があってね。至る場所で日々、無意味な争いが続いている。ここは、地獄だよ」

 疑問が浮かんだので、リュウは率直訊いた。

「何故人間は、皆で親しく出来ないんだ? 簡単なことだろう、意味が解らない。協調性が無いのか? それとも、王とやらが無能で、統率を図れないから力でねじ伏せるのか?」

 サンテは、空笑いをして頭をかく。

「何故だろう、僕が訊きたいくらいだよ。スタインの居た場所は、争いがないんだ?」
「当たり前だろう、あってたまるか。皆が皆、笑顔で暮らしていた。……人間に、呼び出されなければ」

 そもそも、幻獣星には国が一つしかない。たった一つの王族によって、統べられている。

「私はこの土地……というよりも、この惑星の者ではない。そこには、人間という下劣な種族など存在しない。我らに関わらないのであれば、人間が幾ら愚かな争いを繰り返そうとも問題はない。勝手にやってくれ。だがな、この惑星の人間が、私達を“召喚”しているらしいのだ。召喚された者達は、誰一人として故郷に戻ってきてはいない。恐らく、戦争で使役されているのだろう」
「そ、そんな話は聞いたことがないけど……」

 リュウは、狼狽するサンテを睨みつけた。彼は何も悪くないが、話をしていると気分が悪くて何かに八つ当たりをしないと気が済まない。

「これは事実だ。お前は石を見て、手に取ったのだろう? 石とは、親愛なる同胞らの魂の欠片」

 リュウは、目の前で混乱しているサンテを一瞥した。こちらを欺こうとしているわけではない、本当に何も知らないらしい。事実を知っている人間こそが、自分の本来の敵だと判断した。
 となると、目の前にいる偽勇者をどうすべきか。彼に罪はない、真実を知らない人間を殺してはいけない。
 罪は、人間全てに償わせるべきなのか、否か。

「王は無論、魂の欠片を知っていたのだろう。お前達が帰路で襲撃されたのも、欠片が標的だったと思う。欲した物を偶然とはいえお前が持ち帰ったので、口封じの件も含めて利用したのだろう。狡猾だ」

 サンテは、リュウの言う通りだと思った。今にして思えば、物資を運ぶことは表向きで、その“魂の欠片”を取りに行くことが目的だったように思える。

「人間の実力を私は知らない、けれども、お前を見る限り私達よりも下等な生物のようだ。それなのに、何故脆弱なお前達が私達を召喚し、使役するのか」

 サンテは始終哀しそうに俯いて話を聞いていた。

「私は、一刻も早く召喚された大事な同胞を救出したい。これから、多くの人間を殺す。だが、当然の報いだと思え。愛すべき同胞達は家族から切り離され、この地に召喚されているのだから。全員救出したあかつきには、今後関与しない事を条件に惑星に還ると誓う」

 言いつつ、それが不可能に近いことをリュウは知っていた。
 召喚された仲間達は、一人や二人ではないらしい。正式な人数を把握していないので、終わりが見えない。

「さぁ、教えろ。最も過酷な争いは何処で起こっている。恐らく、そこに同胞がいる」
「そんな話、一度も聞いたことがないんだよ……。でも、恐らく苛烈な争いはここがいちば」

 リュウが顔色を変え、次いでトッカが急に吠え出した。 
 二人の合図に、サンテが大きく息を飲む。暫くすると、足音が近づいていることに気づいた。

「誰か来た、隠れて!」

 サンテは小さいながらも鋭い声を発すると、リュウを壁際に追いやった。そして、就寝時に使っていた布を上からかけ座らせると、薪を転がして重しに使う。動かなければ、人が入っているようには思えないだろう。
 静かで緩慢、しかし逃れようのない嫌な空気が流れて来る。

 ……これが、人間の気配! なんて不潔な。

 寒気がし、相容れぬ存在だと悟ったリュウは、今はサンテを信頼し大人しくするべきだと言い聞かせる。自分を匿ってくれようとしている姿に、若干驚いた。愚鈍でも、怠惰でもない、何も出来ないと思っていたが、その動きは機敏だ。必死さが伝わってくる。
 同種族である人間から護ってくれているという事実が、じんわりと心に広がった。そして、彼を信用することに拍車がかかる。

 ……罠だとは思えない、大丈夫だ、サンテを信じる。

 極度の緊張状態にいるリュウだが、サンテも同様だった。胸が早鐘のように鳴る。それこそ、あの殺戮があった日のように生きた心地がしない。

「サンテよ、勇者サンテよ!」
「は、はい」

 返事をする前に扉が乱暴に開き、数人が入ってきた。足音からリュウは三人程度だろうと予測し、万が一にそなえて武器に触れる。緊張で、剣に触れた指が痺れる。

「何か御用ですか」
「うむ、多少面倒な事が起こった。力を貸せ」
「御意に。それで、内容は?」

 リュウは耳を澄ます、運が良いのか悪いのか、内容によっては好機である。

「西の辺境の村で暴動が起こった、鎮圧の為同行しろ。戦わずとも良い、勇者が来たとだけ印象づける。他は精鋭部隊だ、命の心配はせずとも良い。村を沈めたら、勇者らしく胸を張り国に絶対の忠誠を誓わせろ。抵抗するならば、見せしめに殺せ」
「……承知いたしました」

 リュウには信じられない内容だった、話し合いで解決する気は鼻からないらしい。
 そして、飄々と返事をするサンテが信じられなかった。唖然として座り込んだまま、頭部を鈍器で殴られたような衝撃を覚える。人を殺すことに、抵抗はないのだろうか。同じ種族であるのに、まして無抵抗の人間であるかもしれないのに。
 だが、リュウは知らなかった。サンテの瞳は虚無の色を浮かべ、決して乗り気ではないということを。こうでもしなければ、即刻斬り捨てられる事を承知している。

「直ぐに発つ、用意しろ」
「畏まりました。……あの、犬の餌を用意したいので数分戴けますか?」
「よかろう、外で待つ」

 些か機嫌を損ねたようだが何も言わず、兵らは外に出て行った。足跡が、遠ざかっていく。扉が閉まると同時に、被せられていた布が剥がされる。腑に落ちないといった表情のリュウに、自嘲気味にサンテは笑うが、会話をしている時間などない。不審に思われ戻って来られては、終わってしまう。

「そういうことだよ、僕は行かなくてはいけない。その間、スタインは……」
「ここをねぐらにして、独自に調査する」

 サンテは地図をリュウに手渡すと、墨で簡単に印をつけた。

「僕も今から行く村で情報を集めてみる。……出来れば行動を起こさずに、大人しくしていて欲しいな」
「時間が惜しい」

 淡々と告げたリュウに苦笑し、サンテは古めかしい外套を羽織る。用意するものなど特にない、剣はさびている粗悪品だ、楯はない。
 よくもまぁ、これで勇者だと言えるものだ。
 訊きたい事は多々あったが、不信感を露にしたままリュウはサンテを見送るしかなかった。
 視線に気付き、再び自嘲気味にサンテは笑った。妙に、悲しみを漂わせて。

「情けないだろ? 人を殺せと言われて『解りました』としか言えない。恐らく村人達こそが正義。でもね、正直ここでは“勝者が正義、敗者が悪”。重税に苦しめられ、平和な国を望んでいるに違いない。決死の覚悟で蜂起したんだろうね。例え弾圧されようとも、彼らは生き様を見せるんだろう」

 仮初の勇者サンテは吐き捨てるように告げ、扉を開いて出て行った。

「トッカにご飯、宜しくね。出来ればウサギやシカなどを狩って与えて欲しい」

 去っていく主人を追いかけて、トッカが吼える。慌てて抱きとめたリュウは、壁の隙間から様子を窺った。深紅の鎧に身を包んだ兵が五人ほど、サンテを待っていた。あれではどちらが勇者なのか判らない。
 乞食と、正統な騎士の様だ。

「あれが……ニンゲン」

 暴力的な思考回路を持つ生物だ、気に入らない者は同族であろうとも全て潰すらしい。そんな種族だ、他種族に遠慮するわけがない。慈愛や協調は持ち合わせていない蛮族。
 だが、ここで感情に浸って思いを張り巡らせている暇は無い。リュウは直様、サンテから受け取った地図を開いた。
 不安そうに見つめてくるトッカの頭を撫でつつ、爪を噛みながら思案する。

『人間の能力は、我らよりもずっと劣ります。けれども、何故使役されなければならないのか。それは、先祖が結んだ契約によるものです。遥か昔、人間と我らは共に生存していたそうです。我らを神の遣いとし、崇めていた時代があったのです』

 あの水竜の女性が話してくれた事を、思い出していた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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