独占欲+所有欲
文字数 2,164文字
空の散歩を終えると、身近な街で食事をとる。見たことがない料理の味は格別で、トランシスは無我夢中で腹に詰め込んだ。優雅にワインを呑むトビィを睨みつつ、嬉しそうに微笑んでいるアサギとテーブルの下でそっと手を握る。
指を絡め、煽情的に撫であげ、隣のアサギが頬を染めて身動ぎする様子を愉しんだ。二人だけの秘密は、優越感と独占欲を満たすことができる。
「アサギ? 顔が赤いが……」
「す、少し暑いです」
目ざとく訊いてきたトビィにアサギは上擦った声でそう返答し、それがまた、トランシスの欲望を充足する。
天界へ戻らなければ共に居られるのではないか、と思案したトランシスだが、残念なことに時間が過ぎるとクレロからアサギに怒りの連絡が入った。さながら、門限を破った子へ親からの忠告だ。
アサギも睡魔に襲われ欠伸を繰り返していたので、渋々ながらトランシスは帰路につく。
「アサギ……またね」
「はい、またです」
別れ際に手を握り締め、互いの指を確認するように何度も絡ませた。
トランシスはアサギを抱き寄せると温もりと香りを忘れないように密着し、髪を撫でる。前方でトビィが舌打ちし、クレロが咳をし、デズデモーナが身体を軽く揺すっているのを瞳を細めて一瞥し唇を噛む。
優越感には浸れなかった。自分が戻された後、この男達は確実にアサギに群がる。そう考えるだけで苛立ち、この場で癇癪を起しそうになった。
傍で護ってやれないのであれば、アサギ自身に護らせるしかないと思った。
「アサギ。アサギはオレのもの、オレはアサギのもの。それだけは忘れないで。いつもオレのことだけ考えていて。離れていても互いのことを想っていれば、きっといつか共にいられる」
「はい。私はトランシスさんのものです。大丈夫です」
耳元で囁くと、アサギはやんわりと笑みを浮かべて同意した。
しかし、それでもトランシスの心は晴れない。目の前のアサギを信用していないわけではない、ただ、目の届かない場所にいることが不安で仕方がない。口づけを交わすことはしないだろうが、先程のようにトビィは当然とばかりにアサギを軽々と抱くのだろう。想像するだけで、怒りが込み上げる。
「……ッ」
噛み締めた唇の隙間から、遣る瀬無い空気が漏れる。問題なのは、トビィに触れられてもアサギが嫌悪していないことだ。義理とはいえ兄という微妙な立場が非常に腹立たしい。本音は『オレ以外の男に身体を触れさせるな』と言いたいのだが、流石にそれは躊躇した。口煩く言い過ぎて、嫌われたくはない。
手を振って名残惜しく帰って行ったトランシスを、姿が見えなくなるまでアサギは一心不乱に見送っていた。視界から完全に消えると、深く長い溜息を吐き瞳を閉じる。
「早く、一緒にいられるようにしてください。どうして、駄目なんですか?」
振り返り、痛ましい顔つきで立っていたクレロに軽く頬を膨らませる。
「い、いや、だから。う、ぅうううんん」
言葉を濁したクレロを、隣のトビィが肘で強打する。しゃんとしろ、と睨み付けた。
「ところで、アサギ。オレはアイツを認めていないぞ? 以前言っただろう、次の恋人はオレが値踏みすると」
「知れば、トビィお兄様もトランシスさんのことを好きになりますよ?」
「
憮然と言うトビィに、アサギは小さく微笑む。
「あの。今日はもう帰ります。その、結構眠いので……」
普段なら眠っている時間帯だ。アサギは欠伸を連発し、眠そうに瞳を擦った。
「あぁ、おやすみ。またな」
トビィはアサギの頭を優しく撫でると微笑した。会釈をして去っていく姿を見送り、仁王立ちでクレロに向き直る。
「で、あの妙な男はなんなんだ。……アンタ、把握しているのか?」
「こちらも困窮している。胸騒ぎがするので、あの男から引き離したいのだが……」
「珍しく意見が一致したな、オレも同意だ」
二人は顔を見合わせると、深い溜息を吐く。
その頃、一人寂しく家に戻ったトランシスは慣れたベッドに横になると瞳を閉じた。思い出すのはアサギの事、今日も可愛かったと笑みを浮かべる。
「本当に、オレのアサギはとても可愛い。全てがオレ好みで素晴らしい」
しかし、思い出したくないのにトビィやクレロ、デズデモーナがアサギに寄り添う姿が浮かんでくる。
「消えろっ、邪魔だっ!」
大きく瞳を開き、手元にあった枕を壁に投げつけた。荒い呼吸を繰り返しながら、頭を掻き毟る。
「やめろ、近寄るな、それはオレのだ! オレのものに勝手に触るんじゃないっ」
叫び声を上げて、何度もベッドに拳を殴りつける。
「アサギ……アサギ……一緒にいないと、苦しいよ……辛いよ」
皮膚を掻き毟ったので、血がじんわりと滲み出した。
ギィィィ、ガトン。
――気を付けて、見張っていないとあの子は浮気をするよ。
――誰にでも懐いてしまうよ、そういう子だよ。
――それが悪い事だなんて、思っていないんだよ。
――酷いよね、君がこんなに苦しくて足搔いているのに。
そんな声が、何処からか聞こえた気がした。トランシスは、虚ろな瞳でその声を聞いている。
「それは駄目だ。絶対に、許さない。アサギはもっと、オレのものだという自覚を持つべきだ」