一人きりの勇者
文字数 3,151文字
アリナとクラフトは「トビィの様子を見てくる」とダイキとサマルトに告げ、部屋を後にした。
ダイキとサマルトは二人して顔を見合わせ何をすべきか迷ったが、トビィのことはこれといって心配していなかったので、食事をすることにした。薄情にも思えるが、確かに付き合いは浅い。付け加えて、アサギに執拗に迫っている男というイメージしかないので、寧ろ敵対心を持っている。
正直、関わりたくない相手である。一緒に居るだけで、不要な劣等感を抱きそうな点も含めて。
「トビィはさぁ、何かこう……血が通ってないような感じだし。それにきっとあの美女だって気紛れで連れていただけだろ? 落ち込んでないと思うんだよなー、本命はアサギなわけだし。アサギにはやたら優しい雰囲気だけど、おっかないじゃん、アイツ」
「うーん、確かに馬鹿にされている感じがして、近寄りたくない相手だな、って思う」
トビィの悪態をつくサマルトに、ダイキは軽く頷く。そういえば、トビィとサマルトはそう差のない年齢だが、どちらが大人の男として相応しいかと問われれば、トビィだ。ダイキ的には、トビィは確かに見た目からしてとっつきにくいが、サマルトも稀に王子であることを強調する為、五十歩百歩である。しかし、あえて口にする勇気は持ち合わせていなかった。
「アイツ、顔だけはいいからな。まぁ、やたらと強いしな。長身だし、足もなげぇし。声もなかなかだし、なぁ……。今頃適当に他の美女でも捜して、よろしくやってるよ。軽薄そうに見える」
「ふーん」
前半は、誉め言葉しか出てこなかった。サマルトは口にしてからきまりが悪そうに軽く舌打ちし、自分の発言に嫌悪感を抱いた。つまり、トビィの事を認めてはいるらしい。
相反する二つの感情で腹の虫が癇癪を起しそうなサマルトを見ていても、ダイキはお構いなしだ。
「まぁ、普通にかっこいいとは思うよ」
本心を告げた。あそこまで完璧な美形になりたいとは思わないが、強さには惹かれる。
だがその言葉でサマルトの機嫌を損ねてしまい、食ってかかってきた。
「俺だってかっこいいだろうよ! 王子だぞ!?」
「う、うーん。王子がかっこいいかって言われるとどう反応して良いのか」
「くっ、これだから一般庶民は!」
怒り狂うサマルトを無視して、頭をかきながら部屋を見渡す。生理的嫌悪感からなるべく目を逸らしていたが、現実を見る時が来た。異臭がする、“それ”を一瞥する。
魔物の体液でやたら粘つく衣服が、部屋の隅に三人分重ねてある。アリナにサマルト、ダイキの分だった。クラフトは早急に洗濯をしていた、一緒に行えばよかったが、嫌いな事は後回しにする癖がある二人である。
二人は顔を見合わせると、苦笑いで重たい腰を上げた。竹の皮を結って作ってある篭にそれらを押し込めると、サマルトが持ち上げる。観念して、洗い場へ急ぐことにした。
悪臭が鼻を刺激する、顔を顰めて口で呼吸した。流石に強烈だった、よくもまぁ、今まで部屋に置いておけたものである。徐々に臭いに慣れていた自分達に、寒気がする。
「くっせぇ! 食前に嗅ぐもんじゃないな」
仕方なしに、アリナの衣服も洗う事にした。女性の衣服を勝手に洗うなどダイキ的には有り得なかったが、これをこのままにしておいては大惨事を引き起こす。
「アイツには女の自覚がないのか!」
と、サマルトが小言を漏らした。脱いだ衣服を放置するような女ならば、洗濯をしたところで怒り狂う事はないだろうと判断した。しかも、アリナが着用していた衣服は男物だ。
部屋を出て洗濯場へと向かう二人は、ぽつりぽつりと会話を交わす。共に居れば、否応なしに親密度は上がるというもの。
「持つの、代わるよ」
ダイキが声をかけるとサマルトは不思議そうに首を振り、瞳を丸くする。
「何言ってんだ、お前は俺より年下なんだから大人しく黙ってついてこればいいよ。こういうのは年上の役目だ」
妙に『年上』を強調するが、地球だったらこういう嫌な仕事は年下の役目だ。必死で運ぶサマルトを見ながら、嬉しくなってダイキは微笑む。
……初めて見た時はすかした奴だと思っていたけど、結構面倒見の良い奴なんだ。
一国の王子ではあるが、甘やかされて育ってきたわけではない、苦労は計り知れない。進んで嫌な仕事もするし、威張り散らさない。口は確かに悪いが、愛嬌がある程度である。自分で壁を作っていたことを後悔し、ダイキは自然と微笑んだ。
そんな二人の横を通りすぎる人々は、その悪臭に鼻を押さえて顔を顰めると一目散に逃げ出していった。子供達は泣き出し、大騒ぎである。
「船内迷惑だな」
「体液が美味しい食べ物の香りの魔物なら、大歓迎なのに」
困り果てる二人は顔を見合わせると勢い良く吹き出し、足を速めた。
ようやく到着した洗濯場で、仲良く並んで衣服を洗う。戦闘終了後水浴びをした際にこれも洗うべきだったと、後悔した。しかし、あの時は疲労感でそこまで手が回らなかった。
時間を置いたことにより、魔物の体液が衣服に染み付いている。船員が見かねて洗剤を貸してくれるが、それでもなかなか汚れは落ちなかった。
ダイキは大きく溜息を吐き、ぼやいてしまう。
「あー、洗濯機が欲しいー。頑固な汚れも瞬く間に真っ白にしてくれる洗剤に、香りが持続する柔軟剤が欲しいー」
そもそも、手で洗濯をしたことなどない。雑巾くらいしか洗った事など、ない。
「何それ?」
「俺達の世界にある機械……っていっても解らないか、魔法みたいなもの。勝手に洗ってくれて、自分の好みの香りも洗濯物につけられるんだ」
「すっげー! 先進的な国に居たんだな!」
感激して瞳を輝かせるサマルトの見よう見まねで、ダイキは懸命に洗濯板で布をこすった。
「王子も洗濯をするんだね」
「当たり前だろ、旅の最中は川で洗ってたし」
二人は黙々と作業した、全ては食事の為だ。どうにか臭いがとれてきた、染みは限界まで落とした。
甲板にある洗濯干し場に出向き、男二人で不器用に干すと、食堂に向かうことにする。満足して風に揺れているそれを見た、先程の雨は何処へやら、これならば朝には乾いているだろう。
時は夕刻、海面に夕陽がキラキラと反射している。
惑星クレオの文字が読めない二人で食堂に来てしまったが、腹に入ればなんでもよかったので、適当にサマルトが注文した。出てきたのはカレーライスのようなものだ、大喜びで二人は腹に押し込む。香辛料が鼻を刺激する、肉は僅かしか入っていなかったが味が良かったのでとても高価な食事に思えた。二人は暫く、食堂で会話を楽しんだ。
ここへ来て、ダイキはようやく肩の荷を完全に下ろし、安堵の溜息を漏らした。一人きりの勇者で本音は心細く、気を緩めてしまったら泣いてしまいそうだった。
一人ぼっちの、勇者。
けれど、歳が近く、気楽に会話出来るサマルトがいてくれて、安心感が広がり心から感謝した。
「ありがとう」
「あ? 何が?」
「こっちの話」
不思議そうに見てくるサマルトに、照れくさそうに笑ったダイキは窓から外を見上げる。
星が見えてきた、雲一つない夜空が広がっている。
2020.8.31
昔制作した同人誌用に戴いたイラストを挿入しました。
人様が描いてくださったサマルトはこの一枚だけだと思います。
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