夢の始まり

文字数 5,346文字

 空を、雲が暗澹と動く。
 イヴァンを目指して旅立ってから数日、節約はしていたがトビィの持っていた食料が尽きた。
 大陸が見えたので、一旦そこへ着陸することにした。トビィはギリギリまで先を急ぐべきか迷っていたが、ついに雨が降り出した。それならば無理に飛ばずに休憩し、十分休息をとってから晴れて旅立った方が効率が良い。
 雨天の飛行は極端に体力が奪われる、トビィは逸る気持ちを抑え、竜達の体調も考えてその地に降り立った。
 悲鳴を上げていたのは、幼い水竜オフィーリアだ。流石に水の中といえども全力で泳いでいては、体力が続かない。休憩が決定すると、嬉しそうにオフィーリアは飛び跳ねた。
 崖下にオフィーリアを残し、デズデモーナとクレシダ、そしてトビィは崖上へ着陸する。魚類ばかりを主食にしていたので大地のものが食べたいと思ったトビィは、森へと足を進ませた。土の軟らかな感覚に、やはり大地は良いものだと笑みを浮かべる。針葉樹も育たないような荒地ではなくて、本当によかった。
 安心すれば、腹が減る。竜の気配に森の生物が怯えて出てこないのではないか、と思ったが野兎を捕まえる事ができた。本日の食事だ、選りすぐって茸も調達する。
 大木の下でなんとか濡れていない木々を拾い、小石の上に倒木二本を並行して置けば、簡易かまどの完成だ。松ぼっくりを着火剤にして、火を起こす。久々に捌いた兎は、木の実と茸、それに香草を開いた腹に詰めて、豪快に焼いて頂いた。暖かな物を口にするのは久し振りだった、それだけで落ち着く。
 雨は小雨となり、どうにか火も消えることなく燃え続けている。時間はかかるが、いづれ焼けるだろう。時折肉汁が垂れて、ジュゥ、と旨そうな香りを醸し出す。
 崖下から浮上してきたクレシダが、魚を手にしていた。獲ってきてくれたのだろう、腸を取り除いて小川で洗い、木の枝に刺して焼く。
 クレシダは草食なので、草や木の葉を食べ始めている。暫くまた、食べる事は出来ない。
 湯を沸かし、酒を割って身体を温める為に啜って飲んだ。雨音が、心地良い。豪雨にはなっておらず、しっとりとした雰囲気を周囲に漂わせる。霧が発生し、遠方は見えないが全く人の気配はなさそうだった。
 暫くしてオフィーリア一人では寂しかろうと、デズデモーナが崖下の窪みで休む事にし、トビィとクレシダは二人丸くなり眠りに入る。早めの就寝だ、どのみちできる事など、ない。気温が下がる事を想定し、薪を多くくべておいた。朝までは持つだろうが、念の為、もう一つ木のろうそくも用意した。丸太に切り込みを入れ、中央に着火剤を入れる。すると、丸太に火が移って巨大な蝋燭になる。着火剤は、かまどから薪を抜いて、そのまま差し込んだ。
 慣れた旅だった。自分と、竜が三体だけ。先日までの旅は大勢の仲間で行動した、騒がしかったがあれはあれで愉しかった。人の輪の中に長く留まる事は、あまりなかったトビィにとって鮮烈だ。
 トビィは微かに笑みを零し、久し振りの大地に横になる。
 太陽が見えないので時間は不明だが、おそらく夕刻より前だろう。しかし、空腹は満たされたので、早々に就寝する。


 やがて目が覚め、大きく伸びをして起き上がると一面は霧で覆われている。雨は上がっていた、早朝の濃い霧の中、冷たい空気で目が冴える。
 トビィは消えかけた焚き火に薪をくべ、暖を取った。木の蝋燭は最早炭と化しているが、その上にも薪をくべれば、まだ燃えた。湯を沸かし、街で手に入れた薬草を煎じて飲む。一息つくと、次第に霧は晴れてきた。口にした薬草茶は思いの外苦く、目覚めには丁度良い。
 霧が徐々に薄れて来ると、遠方で何かが揺らめいた気がして目を凝らす。昨日は気づかなかったが建造物がそこにあった、朽ち果てていたが。
 不審に思い地図を広げる、場所の把握は完璧ではないが、方角的に大体の推測はしている。指で地図上をなぞり、眉を顰めた。その周辺には、街などがあった形跡が地図には載っていない。
 トビィは、再度そちらを見つめた。そこそこ巨大な建物のようだ、村ならともかく、ここまで大きいのなら地図に載っても良いと思うのだが。腰を上げると、背伸びをしてからそちらへ足を向けた。当然、剣も携えて。クレシダはまだ眠りについていた、妙な気配はないが、それでも油断せずに歩く。
 近づくにつれ、全貌が見えて来た。森の外れに廃墟、どうも形からして城だったように思われる。何時から建っているのか解らないが、地図から消えている事、植物の生え具合からして相当経過してそうである。

「驚いたな、忘れ去られた城、か」

 いつ繁栄していた国なのだろう。
 周辺を歩き回った、白骨が散見出来たので、戦争に敗れた場所なのだろうと憶測する。
 盗賊らの巣窟になっているわけでもない、人気はないので滞在していても意味はない。踵を返した時だった。

「驚きましたね、まさか人間がこの地に足を踏み入れるとは」

 反射的に剣を引き抜いた、見れば廃墟に一人、深紅の長い髪を風に舞わせて立っている人物がいる。いつからそこにいたのだろうか、気配は感じなかった。あまりにも線が細いので女だと思った、が、声は男のもの。静謐な泉の様な瞳でこちらを見ている男の頭部には、突き出た角が二本。皮肉めいてトビィは笑う。

「魔族がいるとは、な」

 軽く唇の端を持ち上げて笑うトビィに、その魔族は臆する事もなく柔らかな笑みを浮かべる。

「気づかれないうちに立ち去ろうかと……思ったのですけれど」

 徐々に二人の距離が近づく、警戒しているトビィとは反対に、魔族の男は変わらず笑みを浮かべたままだ。突如腕を差し伸べられ、トビィは一歩後退した。舌打ちし、威嚇する。後退してしまったのだ、有り得ない。トビィが後退するということは、相手が只者ではないという事、相当な魔力の持ち主である。足先から頭部を見上げると、剣を背負っている。魔法剣士かもしれない、脆弱そうな身体からは想像出来ないが、大剣を携えている。
 そんなトビィの視線を気にすることもなく、魔族は優しく手を差し伸べている。

「お腹、空いていませんか? 一緒に食べましょう」

 屈託ない笑顔でそう言われ、拍子抜けしたトビィは警戒を解くことなく踵を返し、クレシダの元へと戻った。
 何も言わずについてくる魔族の男は、どことなく愉しそうだ。

「今日は……愛する人の命日なのです」
「へぇ」
「ここで、彼女は息絶えました」
「あの廃墟、城か?」
「えぇ、もう随分と前に存在した小さな城です、人の良い国王であった為……潰されました」
「当事者か?」
「はい、そこの姫様が私の想い人。……あ、申し送れましたね私はサーラ、と申します」
「……オレはトビィ」
「知っていますよ」

 トビィは、振り向き様に喉元に剣を突きつけた。知らない相手が自分を知っているというのは、不愉快だ。
 サーラは意外そうに肩を竦める。しかし睨みを利かせているトビィに軽く首を振ると、困惑気味に剣を下ろすように懇願する。

「怒らないでください。ドラゴンナイトのトビィ・サング・レジョンさん、ですよね。紫銀の髪に竜を三体つれていれば、魔族なら殆んどの者が知っていますよ。私はサーラ、魔王アレク様の従兄弟であるナスタチューム様の参謀です」
「ナスタチューム?」

 しかめっ面をしてトビィはサーラから剣を外した、聞いた事はある、魔界イヴァンではなく別の土地に移住した魔族達の長の名だ。記憶を手繰り寄せ、当時半ば興味なさそうに聞いていた自分を思い出した。
 アレクとの冷戦に負けたのだとか、虎視眈々とアレクの首を狙っているとか様々な噂が飛び交っていたが、ナスタチューム側を名乗る魔族に出会うのは初めてである。

「敵意はありませんし、トビィさんが今後どうされるのか訊いたりもしません。が、一人での食卓は寂しいので」

 にこやかに笑うとサーラは先に歩き出した、トビィの脇をすり抜ける。

「山菜や茸、それに小鹿の肉を手に入れたので。一人では量も多いし、困っていたところです。命の重さは平等、残すことなく有難く頂かなくてはいけません。私、小食なものですから。あ、果物もあったので」

 そういえば先程から大きな袋をぶら下げていた、食料が入っているようだ。トビィは深い溜息を吐くと得体が知れないこの男の後ろを、何かあれば斬りかかる勢いでついていく。
 眠っていたクレシダが目を覚ました、デズデモーナが崖から舞い上がってきた。主とは違った気配に、殺気を放っているようだ。
 感心するように見上げ、サーラはトビィに振り返る。

「立派な竜達ですね、そしてトビィさんを心底信頼している。良い関係です。ドラゴンナイトと言えどもここまでの絆はそうそう作れません」
「誉め言葉、どーも」

 どうも胡散臭いこの男に、トビィは腕を組んで不機嫌そうに返答する。
 猜疑心を持たれても仕方がないのだろうが、やはり寂しい。「私は昔から、自己説明が苦手でして、よく勘違いをされるのです」落胆気味に呟く。それでもサーラは焚き火を見つけると、早速料理に取り掛かった。

「自然薯も見つけましたから、小鹿のソテーの付け合せにしましょうね」

 サーラは袋から様々な調理器具を取り出し、黙々と作り始めた。道具といい手際の良さといい、料理人を疑う。
 トビィが唖然として食い入るように見つめていると、視線に気づいたサーラが口を開いた。

「ふふ、その城で料理も担当していたのです。私を雇ったことで、当時の料理長が逃げ出しましてね。魔族とは仕事をしたくない、と思ったのでしょう。結果的に……彼は逃げて正解でしたが」

 溜息のように告げるサーラに、トビィは少し離れた場所から耳を傾けている。
 トビィから殺気が消えていたので、クレシダとデズデモーナも大人しくしていた。
 ようやく少しは認めて貰えたのだろうか、と満足そうに頷いたサーラは嬉しくなって破顔した。

「竜も食べますかね?」
「食べない事はないと思うが」
「では張り切って作らねば! 腕がなりますね」

 パンケーキを焼き、ソテーを作り、更にスープまで用意し。呆れるほどに用意周到、厨房でもないのに軽やかに料理をしていく。朝食にしては量が多過ぎる気もしたが、途中で止める気にもなれない。

「さぁ、時間がかかりましたがどうぞ。やはり料理人としては“美味しい”という言葉と、料理を口にした時の笑顔が、何よりのご馳走です。……口に合わなかったら申し訳ありません」
「参謀じゃないのか、あんたは」

 空腹だったトビィは、まずパンケーキを口にした。毒が入っているとは思えなかったので、素直に。竜達の前にも並べられた、量は足りないだろうが。
 口にして驚いた、一等店を開けそうな味である。舌には自信があるので間違いはない、唖然としていたが、素直に「美味い」と口に出した。
 まるで青空に浮かぶ雲のように心が軽やかになったサーラは、満足して微笑むと自分も食べ始める。

「ここの城のお姫様も料理が好きで、そして上手でした。私は教えるのが愉しくて」
「へぇ、珍しい姫だな。料理なんぞするのか」
「えぇ。アンリは、一般階級の人々と同じ扱いにして欲しいと、城の者に毎度怒っていたものです。権力を楯に威張り散らすでもなく、蔑むでもなく、行く行くは立派な女王になったでしょうに。健気ですが、勇敢で無鉄砲な子でした」

 懐かしむように廃墟を見上げ、サーラは深い溜息を吐いた。瞳は、哀しみに揺れている。
 訊いてはいけない話なのだろう察し、トビィは口を閉じた。他人に興味を持つことはないが、どうにも気になる。何故一国が滅んだのかではなく、その姫に興味が沸いた。

 キィィィ、カトン。

 不可解な音が聞こえ、トビィは傍らの剣を取り構えた。しかし、周辺に不穏な気配はなく、静まり返っている。不思議そうに覗き込んできたサーラに、慌てて「なんでもない」と告げると再び食事を口にする。

「今日は、晴れですよ」

 ぽつり、とサーラは言った。

「私が姫と出逢った日は、昨晩の様な、雨でした」

 トビィが訊くまでもなく、サーラは重たい口を開いた。誰かに吐き出してしまいたかったのかもしれない、感傷的になっていたのかもしれない。

「昔、ここには土壌に恵まれた小国の城がありました。他国からしてみれば非力であり、同盟国も数国で、戦争に巻き込まれれば真っ先に攻め落とされそうな。けれども、賢王が統治していたので民は幸せでした。三代目の時の王は、子供に恵まれず老体となり、独りの妻だけを愛してきた王は、我が子を胸に抱く事もありませんでした。このまま王妃にお子が出来なければ養子を取るつもりでしたが、奇跡が起こりました。ようやく姫君を授かったのです。名を、アンリ、と名付けました」

 愛しそうに胸元のネックレスを抱き締めたサーラは、ぎゅっと握って身体を小刻みに震わす。

「そこから、私の話は始まります」

 ネックレスに恭しく口付けをし、サーラは語り出した。
 それは、トビィにとって衝撃的な物語だった。しかし、それが判明するのはまだ先の事。


★2020.11.05 上野伊織様から頂いたトビィのイラストを挿入しました。
著作権は私ではなく伊織様にございます。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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