堂々巡り
文字数 3,785文字
「ところでミノルは何処へ行った。アイツは一体何を」
「ト、トビィお兄様! 以前お会いしたという、ナスタチューム様の事が聞きたいですっ」
吐き捨てる様に言ったトビィに顔を引き攣らせたアサギは、話を逸らす為慌てて話題を振る。
アサギの態度がおかしいことくらい、すぐにトビィは気づいた。だが、追及しても困るだけだと判断し開口する。
「雰囲気はアレクに似ていたな、なんというか独特の……周囲との時間がズレているというか。アサギに会いたがっていたよ」
上手くはぐらかせたと胸を撫で下ろし、アサギはほっと溜息を吐く。
「私もお会いしたいです」
咄嗟だったが、ナスタチュームに会いたいと思っていたのは本心だ。
後ろから聞こえる会話に、クレロは耳を澄ませていた。トビィが持ち帰った書面には『勇者アサギに会いたい』と書かれていた。双方が望んでいる。
それだけではなく、『破壊の姫君の件で話がしたい』とも。クレロは眉間に皺を寄せ一瞬瞳を閉じたが、直ぐに細目になると何処か遠くを見つめる。
「……仲間は多いに越した事はない」
小さく呟き、大きく息をする。
そうこうしている間に球体の前に到着し、クレロは球体に過去を映し出す。緊張した面持ちで食い入るように見つめている皆の前で、ぼんやりと映像が浮かび上がった。
まずは、トビィの過去を映し出す。
シポラ上空で待機中に遭遇した魔族イエン・タイが映し出されると、見た瞬間にアサギが声を荒げて球体に駆け寄った。
「この人です、この人! 同じ人です!」
指を差しながら振り返って興奮気味に叫ぶアサギに、「やはりそうか」とトビィが小さく舌打ちする。
「この時に追撃すべきだった」
蔑む様に告げ、クレロを睨みつける。
しかし、クレロは動じる事も反論もせず、タイを見つめていた。
「シポラには転送陣が設置されているということか」
トビィがタイに遭遇し、天界へデズデモーナが通達をした。その後、監視はクレロが行っており、トビィはその場を立ち去っている。
監視していたクレロは、シポラから飛び出る影を一度たりとも見ていない。しかし村が襲撃されその先にタイが待ち構えていたということは、移動可能な手段があるということになる。シポラから今回アサギが出向いた洞窟は、相当離れている為、転送陣がなければ不可能だ。
「厄介だな、何処にでも行ける状態になってないか?」
トビィが刃物のように鋭利な眼差しをクレロに向ける。
転送陣の設置は、知識を得ており長けた魔力があれば誰でも可能だ。ただ、その知識の出所が問題である。独学で会得できるものではない。惑星チュザーレ出身の賢者アーサー及び賢者ナスカは使用可能だが、惑星クレオの仲間で習得している者はいない。
使える術者はかなり限られる。
「しかし、転送陣には出入口が必要。開通させれば半永久的に機能するが、一方が破壊された場合効力を失う」
クレロが重苦しい声色でそう告げるので、トビィは皮肉めいて嗤った。
「つまり、転送陣の破壊が当面の目的か。まぁ、破壊したところで、新たなものを造られては意味がないが」
「けれども、破壊されている転送陣とは知らずにそこへ行こうとした場合、失敗に終わる。運が良ければ戻れるが、大概は死ぬ」
冷淡なクレロの声色に、トビィが眉を顰めた。
「私は、やってみる価値があると思う。まずは先程の場所へライアン達を派遣し、徹底的に調査してもらおう」
「気が狂いそうな作業だな。堂々巡りな気がしてならない」
肩を竦めたトビィに、クレロが苦笑する。
「すまない、知恵を搾り出すよ」
申し訳なさそうに告げたが、転送陣を発見する手段などクレロは知らない。そもそも、発見した転送陣がイエン・タイのものとは限らない。安易に破壊しては、罪のない者を危機に曝してしまう。
アサギは球体に映っている自分の髪を見つめ大人しく話を聞いていたが、口を挟む。
「あの。……あそこで何をやっていたのでしょうか。襲われた村の被害状況は?」
「全ての事柄には意味がある。村人らは普通に生活に戻っているようだが、至急調査せねばな」
「単に陽動作戦に乗せられただけだったりしてな」
嘲笑うように告げたトビィを、クレロは一瞥する。しかし、何も言わない。
「トビィ、再びナスタチュームのもとへ出向き、私からの書面を届けて欲しい。その後は最も機動力に優れ、戦闘能力の高い君に調査の指揮をとってもらう。……私より、君が皆に指示を出したほうが
哀しそうに微笑んだので、アサギは唇を噛んだ。クレロと皆の間に蟠りがあることには、気づいている。確かに些か腑に落ちない点が幾つも有るので、素直に彼の言葉を鵜呑みに出来ない。しかし、悪い人ではないと思っている。
アサギの勘だが、それこそ、リュウの時のように。
「勇者達も、時間がある時には来て調査に加わって欲しい。だが、単独行動は禁止で、必ず数人で出向く事が条件だ。幻獣星王子スタインにも協力を申し出るし、上手くいけばナスタチュームらも協力してくれるに違いない」
アサギが深く頷き、トビィがそっぽを向いたまま腕を組む。やるしかないのだ。
クレロがシポラを監視しつつ書面を書き綴り終えるまで、二人は天界の中庭で花に囲まれながら茶を啜ることにした。ようやく一息つける。
小さく欠伸をしたアサギに気づいたトビィは、優しく微笑んだ。そろそろ眠くなる頃だろう、もう夜更けだ。出された食事を摂りながら、うつらうつらと揺れている。
「もうお帰り、アサギ。また後日相談しよう。ところで、明日学校はあるのか? 休みの日も設けられていると聞いたが」
「明日は土曜日なので学校はお休みです。あの、一緒にナスタチューム様のもとへ行きたいのですが、良いですか?」
「あぁ、勿論。アサギの好きそうな洒落た飲み物が出てきた、なかなかに美味だった。明日も出してもらおうか。用事が終わったら、調査しつつ村や街に立ち寄って、旨いものでも食べよう」
「楽しそうです!」
クレロが書面を書き終える前に、アサギは地球に帰ることにした。
ここまで遅くなるとは家族に伝えていないので、心配しているだろう。余裕があればまた戻ればいいので、トビィに手を振り去ろうとする。
「またな」
寂しそうな笑みを浮かべて手を振り返してくれるトビィに、多少胸が痛む。仕方がない事だが、そのような表情は見たくない。本当に自分を心配し、可愛がってくれているのだと解るから、余計に辛い。
共に居られたらそれこそ自慢の兄であるが、流石に地球に行くことはないだろう。髪も瞳の色も、地球人とはかけ離れている。カラーコンタクトやヘアカラーで変えたにしても、それが何処まで通用するかが問題だ。
そこまで考え、アサギは重大な事に気づいた。
「あ……」
顔が一気に蒼褪める。
今、アサギの髪と瞳の色は黒ではない。気が弛んですっかり忘れていたが、このまま戻れば皆驚愕するだろう。学校へも行けなくなってしまう。狼狽し、トビィに腕を伸ばした。
「トビィ殿! よろしいですか」
しかし、トビィを捜してソレルがやって来た。
「なんだ」
「火急の用です、こちらへ」
引き留めてはいけないと判断したアサギは、伸ばした手を不自然に振って笑顔を浮かべる。
「では、また明日。おやすみなさい、トビィお兄様」
ぎこちないその動作に首を傾げつつ、トビィは強引に連れていかれてしまった。
アサギは、軽く溜息を吐くと髪を摘まんで眉を顰める。どう見ても、緑色。両親は説明したら納得してくれそうだが、祖父母に到っては気絶しないか不安になった。帰宅を躊躇し、その場に踏み止まる。
「どうしよう、地球に戻れない」
クレロに救いを求めるしかないと判断し、急いで向かった。
何故、髪の色が変わってしまったのか。
「た、確かにアニメや漫画で、魔法少女の髪が変わったりもするけど……。勇者だし……」
駆け足で天界城を進んでいると、何処からか話し声が聞こえてきた。不機嫌そうな声色が気になったので立ち止まり、声を頼りに進む。廊下の角から様子を窺うと、天界人が数名集まっていた。
皆、渋い顔つきをしている。
「あの竜、どうにかならないのか。恐ろしい。子供達が見て、泣き喚く」
「我が物顔で留まられてもねぇ……けれど、トビィ殿の機動力は竜達が担っているし」
話のタネは、トビィの竜達のようだ。不満の声を上げていたが、アサギには理解できなかった。
……あんなに、優しい竜達なのに。
怖ろしいだろうか、いや、アサギからしたらとても格好良い。竜は、憧れの生物である。居た堪れない気持ちで一杯になり、静かにその場を離れると全速力で駆け出した。向かう先は、先程乗ってきたクレシダとデズデモーナがいる場所。トビィが天界城にいる限り、そこに居るだろう。
二体の竜は天界にいるが、城の中に入ってこない。そもそもが、大きさ的に入ることが出来ない。空に浮かぶこの場所の端で、大人しく身を寄せているので誰にも迷惑をかけていない筈だ。
しかし、全く知らなかったが、邪険に扱われているらしい。姿形が違うだけで、天界人達が差別的な目で見る事にも驚いた。純白の羽を持つ天使のような存在だと認識していたので、誰とでも分け隔てなく接する種族だと思い込んでいた。