廻る歯車、死の城

文字数 5,796文字

 今日の空が、どうしても名残惜しい。
 友紀と別れ教室に入った浅葱は、着席すると窓から見つめる。

「どうしたの、浅葱ちゃん」

 呆けている浅葱に、周囲が声をかけた。

「空が、とっても綺麗だから。あの雲の向こうに何かがあるような気がして」
「ロマンチックだね」

 浅葱は、多くの友達に囲まれて過ごす時間がとても好きだった。
 このクラスは格段仲が良く、皆が生き生きとしている。勿論虐めはない。五年の頃は孤立していた子も、このクラスになってから普通に輪に入って会話している。
 クラス自体が一つの大きな輪になっており、その中心が浅葱だ。
 優秀で愛らしく、人気者。
 彼女の近くにいると、嫌な気分が吹き飛ぶ。そうして、心が浄化されたように他人にも自分にも優しくなれる。
 不思議な友達だと、皆は思っていた。 
 その様子を、廊下から他クラスの男子生徒が見ていた。教室へ戻る際、笑い声が絶えない浅葱のクラスを羨ましそうに覗く。

「あ、田上だ」
「いいなー。俺も修学旅行で一緒にまわりたかった。写真、一緒に映りたかったなぁ」
「俺なんか、六年間一度も同じクラスになれなかったぞ」

 羨ましそうに、校内アイドルの近くにいる同級生を軽く睨む。

「チッ」

 羨望の眼差しで浅葱を見つめる彼らに、一人の少年が舌打ちする。忌々しそうに友人を一瞥し、教室に軽く目をやって唇を噛む。
 大勢に囲まれた輪の中で微笑んでいる浅葱の姿を確認すると、少年は居た堪れなくなってその場から立ち去った。
 気づいた友人が、慌てて後を追う。

「待てよ、(みのる)!」
「なんだぁ、実の奴……」
「アイツ、田上のこと嫌いなんだよね。だからじゃない?」
「へー……。そんな奴、いたんだ。田上は誰からも好かれてると思ってた」
「アンチってやつだよ。人気があればあるほど存在するっていう、アレ」

 信じられないと大袈裟に肩を震わす友人に見向きもせず、実は舌打ちを繰り返しながら教室へ向かう。
 その途中で、隣の教室から聞き慣れた声がした。

朋玄(ともはる)君、次って自習でしょ? 何するの?」
「先生からプリントを預かった。これをやってから、夏休みについての説明。大樹(だいき)、配るの手伝って。友紀は書記をよろしく」

 横目で見ると、幼馴染の優等生朋玄が張り切って教壇に立っている。無表情で立ち上がった大樹と、多少身動ぎしながらの友紀に頷いてから進行役を務めていた。
 実は、ベランダの壁に蹴りを入れた。
 前方から走ってきた同じサッカー部の健一(けんいち)が、その行動にすっとんきょうな声を上げる。

「実っ、どうしてそういうコトするんだよっ」

 身体は小さいのに、妙に迫力がある。健一に頭が上がらない実は、肩を竦めると苦笑いで逃げるように教室に入った。

 キィィィ、カトン。

 何かが廻った音が、何処からか聞こえたような気がした。

 空が朝陽を受け、朱鷺色に染まる。

「いってきます!」

 浅葱は元気良く玄関を開けた。
 ドアに飾ってある薔薇のドライフラワーが小さく揺れ、微かに甘い香りが漂う。
 浅葱の弟たちが、慌てふためきながらその後に続く。二人は面倒見の良い姉に手を繋いでもらい、学校へ向かった。
 登校中の小学生で溢れ返っている通学路は、朝から賑わしい。
 そんな中で、浅葱の姿を見つけた幼馴染が駆け寄ってきた。

「おっはよ。……なんで朝からボケッとしてんの?」

 浅葱は例の如く、空を見つめていた。今日も綺麗な空で、ぽっかりと浮かぶ雲が可愛らしい。
 それに、妙にドキドキする。
 現在六月下旬、梅雨明け宣言間近だった。
 声をかけられ小突かれた浅葱は、嬉しそうに振り返る。

「おはよう、みーちゃん。空が綺麗だったから、見てたの」
「おまえ、本当に空が好きだなぁ。いっつも空の写真撮ってるもんな」
「うん。空は、いつも違うから。見ていて飽きない」

 浅葱と同じ背丈の幼馴染、三河亮(みかわりょう)。左目下のほくろが特徴だ。
 二年前この街に越してきた亮は、自転車を漕いでいる浅葱を見た。柔らかそうな髪をなびかせ、ゆったりとした笑みを浮かべている姿に一瞬で瞳を奪われた。
 産まれて初めて、異性を“綺麗だ”と思った瞬間だった。同時に、奇妙な胸の高鳴りを覚えた。
 生物学的本能なのか、十歳程度の少年でもこう思った。漠然と「彼女を護らねば」と。
 立ち尽くしてこちらを見ている亮に気づいた浅葱は、自転車を止めた。

 キィィ、カトン。

 何処かで、何かがまわったような音が鳴る。

「こんにちは! 引越しして来た子だよね。初めまして、私は田上浅葱です」
「あ、えっと、初めまして。僕は、三河亮」
「私の家はあそこなの。よかったら遊びに来てね、弟が二人いるからゲームも色々あるよ」

 初対面だというのに、浅葱はぺらぺらと話す。人見知りする亮は多少面食らったが、穏やかな声にすっかり緊張が解けた。

「うん、行く! よかった、友達が出来るか不安だったから」
「大丈夫、この街はみんな優しいよ」
「そっかぁ。前住んでいたところは、みんなそ知らぬふりだったから、なんだか不思議だ」

 以前は大都会に住んでいた亮は、近所付き合いをしたことがなかった。アパートの隣人すら、ほぼ記憶がない。

「もうすぐ夏祭りもあって、すぐそこの公園に屋台が並ぶよ。盆踊りもあるし、お菓子がもらえる券が配られて楽しいよ」
「すごい!」

 亮は瞳を輝かせて浅葱の話を聞いていた。
 知らない行事に参加出来ることも愉しみだが、初日から話せる友達が出来たことに感動した。

「同じ小学校だよね。よろしくね」
「うん、多分同じ。よろしくな!」

 二人を柔らかく包み込むように、風が吹く。
 それは、青空広がる二年前の初夏のこと。
 緊張した面持ちで学校へ行った亮は、浅葱の有名ぶりに度肝を抜かれた。残念ながらクラスは離れてしまったが、それでも彼女は目立つ。学級委員で成績優秀、運動神経抜群で友人が多く、下級生からは尊敬され、先生からの人望が厚い。
 ()()()()()()、非の打ち所がない。
 そんな人間がこの世に存在したのかというくらいには、驚いた。それこそ漫画の中から抜け出てきたように、常に輝いている。
 そして、そんな浅葱の自宅付近に引越したがために、亮も一躍有名人となった。
 主に、男子生徒から嫉視された。誰もが喉から手が出るほど欲した“浅葱の男友達”の称号をいとも簡単に手に入れてしまったからだ。
 それが原因で虐められることはなかったが、どうにも居心地が悪い。
 特に、同じクラスだった門脇実からやけに睨まれた。
 それでも臆することはなく、言葉に甘えて浅葱の自宅へ頻繁に通った。彼女の家は豪邸で、これまた度肝を抜かれた。明らかに普通とは違う雰囲気が滲み出ている家は、ドラマにでも出てきそうな雰囲気で佇んでいる。

「ひえっ、広っ」
「おじいちゃんとおばあちゃんが、色々教えてるから」

 浅葱の祖父が剣道道場を、祖母が日舞教室を開いているため、敷地内に別の建物がある。車の台数も多いし、庭も広い。よく、バーベキューをするそうだ。

「テントを出して寝ることもあって、楽しいよ」
「いいなぁ。今そういうの流行ってるんだよね? アウトドアだっけ」
「もうすぐ夏休みだから、おうちキャンプしよう。花火も出来るし」
「うん!」

 浅葱の家はテーマパークのようで、亮は始終興奮していた。彼の両親は共働きで、これといって出掛けた思い出がない。しかし、ここでなら色々な体験が出来ると感動する。昔は親を恨んだが、その貯金で持ち家を購入出来たので感謝した。
 最初は勝手が違うので狼狽えた亮だが、夏休みの間に田上家にすっかり馴染んだ。

「僕、ここに越してきてよかった。浅葱に逢えて、よかった」

 亮は、常に幸せを噛み締めた。
 ただ、知れば知るほどに、浅葱には欠点が見当たらない。
 二年経過したが、不自然な程にそう思う。

 キィィィ、カトン。

「新しいゲームを買ったんだ。学校が終わったら遊ぼう」

 亮が歯を見せて笑うと、弟たちが勢い良く頷いて歓声を上げる。浅葱もつられて笑う。
 そんな様子を、法悦の笑みを浮かべ見つめている男子高校生たちがいた。

「うっはー、浅葱ちゃんだー」
「畜生、妹に欲しいっ」

 自転車を止め、毎朝この時間に浅葱を待ち伏せしている非公認ファンクラブ。一歩間違えればストーカー予備軍の、男子校に通う高校生だった。
 うっとりと浅葱を見つめる数人の高校生を、井戸端会議中の主婦が眉間に皺を寄せて見つめている。
 そんな日常。
 それらを気にする様子もなく、浅葱は亮とゲームの会話をしながら登校した。

 キィィィ、カトン……。

 何処かで、何かが回った音が聞こえる。
 浅葱と亮が不意に顔を見合わせたが、首を傾げただけだった。
 二人は確かに音を聞いた。
 しかし、現代は音で溢れている。電車の遮断機、車のエンジン音、飛行機が上空から音を降り注ぎ、人々は会話する。

 同刻。
 霧に包まれ浮かび上がった、白亜の宮廷。
 静まり返ったその中では、夥しいほどの鮮血が床に壁に天井に飛散していた。いや、肉の破片までもが混じり、べったりと付着している。
 床には、人間の生首が無造作に転がっていた。片側が潰れたもの、眼球が引き抜かれたもの、くぼんだ瞳をカッと開いた悍ましいもの。
 また、身体は切り刻まれ山積みになっている。他の人間と組み合わせ、遊んでいた形跡もあった。
 男か女か、子供か大人か、もう分からない。内臓が引きずり出され、心臓が転がり潰され、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっている。
 その最下部の一室に、数名の生存者がいた。
 静寂と闇に包まれたその中で、一カ所だけが淡く光り輝いている。光が宙へ巻き上げられる神秘的な泉の中に、少年と少女が立っていた。
 髪を、そして衣服を揺らめかせながら、二人は手を繋いで震えている。
 少年には、焦燥と緊張が。
 少女には、憎悪と決心がそれぞれ瞳に浮かんでいる。


「お前たちも来い! ここにいては無駄死にするだけだぞ、一緒に勇者を探そうっ」

 静寂は破られた。
 蜂蜜色の髪に紺碧の瞳、少年は泉の周りを囲んで立っている者に堪えきれず声をかける。
 闇に紛れる漆黒のフードを被った者たちは、躊躇わず首を横に振った。
 切羽詰まった少年の声は、恐怖、不安、絶望、憤怒、そして責任感から無様なほどに裏返っている。
 一番近くの者に手を伸ばし、その腕を握る。
 泉から湧き出ていた光が跳ね上がり、一瞬途切れた。
 その者は嬉しそうに少年を見返すと、恭しく丁重に少年の指を外していく。

「嬉しく思います、王子。貴方様はいつでも優しく、責任感の強い御方でした。差別をせず、弱き者も護ってきた。わたくしは、お仕え出来てとても光栄でしたよ」

 それは思いのほか若い声で、フードの間から一瞬顔が見える。二人と然程年齢が変わらないような、少年だった。瞳に迷いのない光を宿し、自分たちの運命を正面から受け止めている。
 彼は、何をすべきか悟っていた。

「お前が来なければ、家臣を見捨て逃亡した罪人となり果てる! どうか、一緒に!」

 叫んだ王子は、賛同者がいないか瞳を走らせた。
 けれども、応じる者はいない。背中を伝ういやな汗に気づきながらも、期待をこめて血走った瞳で一人一人に目を向けた。
 だが、誰も微動だしなかった。

「駄目よ、サマルト。この転送陣では、二人が限界。私たちの責務を全うしましょう」

 紫の長い髪を絹のように揺らし、少女は王子サマルトを見つめた。幼さが残る顔に不釣合いな大人びた声には、威圧感と高貴な雰囲気、そして迷いのない決意が込められている。

「しかし、ムーン! 見殺しにしろと!?

 少女ムーンが答えるより早く、フードの男が反論した。先程とはうって変わり、しゃがれた年寄りの声だった。

「サマルト王子、ムーン王女は我らを見殺しにするわけではございませんぞ。我らの決意を許し、そして認めてくださったのです。正直、勇者を探すなど夢物語。簡単にはいかないうえに、逢えたとしても更に過酷な試練が待っているでしょう。我らはそんな困難を御二人に託したのですじゃ。無責任な我らを、どうかお許しください。こんな我らにできることは、最期までこの城と共にあること」
「これぞまさに、本望。王子、戻られたあかつきには、国を再建してください。さすれば、我らの魂も安息の地へと辿り着けましょう。それまで、ここでお待ちしております」

 どっしりとした重みのある中年男性が、穏やかに語った。
 言葉を失い口を噤んだサマルトは、もう何も言えなかった。
 代わりにムーンが深く大きく息を吸い込み、右手の中にある紅珠が先端に填め込んである杖を握る。
 ギリッ。
 折れるのではないかというくらいに、強く握り締めた。息をゆっくりと吐き出しながら、震える声を必死に押さえ、ムーンは瞳を開いて一言告げる。これが全ての終わりにして始まりであると、彼女は知っていた。
 これしかもう、望みはないと。

「私たちを、勇者のもとへ」

 爆音。
 少女が言い終わると同時に、防壁の術が施してある扉を破壊した無数の魔物が雪崩れ込んで来た。
 サマルトは顔を引きつらせ腰に下げていた細身剣を手にしたが、ムーンが制する。
 魔物の群れを気にせず、惑星ハンニバルの高位魔導師は一斉に魔力を解放し、詠唱に入った。
 それが使命、そして希望。
 彼らのすべきことは、王子と王女をまだ見ぬ勇者のもとへ送り届けることだった。

「我らが守護神、精霊神エアリーよ! この者たちを貴女様の御手で優しく抱きとめ、彼の地へと導きたまえ! 希望の産まれし星、勇者のもとへと!」

 泉の光が二人の身体を包み込むと、瞳を開いてはいられないほど強烈な光が溢れ返り、部屋中を照らした。
 手を頭上に掲げながら、魔導師たちは晴れ渡る笑顔で満足そうに瞳を閉じた。
 見えたのだ。
 王子と王女は無事に勇者に出会い、魔を打ち砕く。
 それは、間違いなく希望だ。
 二人の姿が忽然と消え、宙へと巻き上がった水が魔力を失くし、音を立てて床に落下する。
 光が消え失せると、闇が部屋を支配した。
 しかし、静寂は戻らず、魔物の荒い呼吸と人間の絶叫が響き渡る。
 魔王ハイに屈指まいと最後まで抵抗していたジャンヌ城は、ついに壊滅した。
 暗闇に浮かび上がる無数の赤い光は、魔物の瞳。
 死の香りが充満する部屋は、大量の血液で埋めつくされ、ぬめりを帯びている。魔物がそれを旨そうに嘗め、肉と皮を剥ぐと首を投げて遊ぶ。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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