幻獣星の王子

文字数 4,208文字

 花を咲かせ楽しんでいたアサギの異質な魔力は、先日見たエルフのロシファと同質。世界は広いのだから、あのような魔法を扱える人物が何人存在してもおかしくはない。
 人の目を楽しませるだけの魔法、とはリュウは思っていなかった。あれは、植物達がその魔法所持者に従順だから可能な事である。植物達を味方につけるのであれば、やり方次第では攻撃魔法にも成り得るだろうと分析した。
 魔王リュウは騒いでいるサイゴンとアサギを尻目に、音もなく自室へと戻った。
 閑寂な暗闇から七人衆が現れ、跪く。脱力して寝台に転がったリュウを、不安そうに見つめた。幾度か躊躇していたが、一人が徐に声をかけた。

「あの勇者を、消しましょう。我らに御命令下さい。魔王ハイと魔王アレクの邪魔が入ろうとも、必ずや」

 皆が同意し深く頷き、各々の武器を掲げる。
 だが、リュウは項垂れて首を横に振った。

「気にするな、平気だ」
「し、しかし! これ以上、人間の勇者に心乱される王子を見ていられませんっ。貴方様は我らの」
「言うな。私は、ただ故郷が同じというだけの者。それ以上でも、以下でもない。同胞よ」
「王子っ」
「王子ではない。……恩を返そうと尽くしてくれるのは有難いが、私は私。“リュウ”という名の惑星ネロの魔王であって、そなたらの“王子”ではないのだよ。もし、そなたらの王子が存在しているのであれば、故郷を治めている筈だ」

 リュウはくぐもった声で言い放つと、それ以上何も言葉を発しなかった。
 泣きそうな顔を見合わせた七人衆は、一礼し、邪魔をせぬよう退室した。
 誰かの、すすり泣く声が聴こえた。起きていたリュウは眉を顰めたが、部屋から気配が消えるまで微動出せず、眠ったフリをしていた。
 扉の閉まる音が、乾いた空気に妙に響き渡る。
 瞳を開き、二、三度瞬きしたリュウは、重い身体を仰向けにして、一息つく。天井が見える、暗い室内だが、瞳は瞬時に闇に慣れた。

「王子などと。故郷を失ったそなたらにとっては、私が拠り所なのだろうが。私では、何も与えてやる事が出来ない。解っているだろう? 故郷を失う羽目になったのは、私が原因だ。巻き込んでしまい、本当にすまない。私に、もっと力があれば」

 大きく深く、息を吸い込む。
 リュウは暫し、空虚な瞳で天井を見つめていた。

「助けて、ヴァジル」

 小さく呟くが、情けないその救いの声など誰にも届かない。

「お前はきっと、激怒しているのだろう。半人前の分際で、大それたことをしたから。あぁ、その通りだ。私はいつまでたっても半人前で、これ以上何も出来ない。なぁ、ヴァジル。お前ならどうする? あの小さな勇者を、どうするべきだと思う? 私には、解らないんだ。頭が痛い、吐気がする。何も、考えられないっ! ……脆弱な私を、嗤っているのだろうな。でも、それすらも懐かしい」

 リュウは、再び目を閉じた。右腕を天井へと伸ばし、自嘲気味に微笑むと腕を拳を握る。懐かしい故郷の香りを思い出すと、自然と涙が溢れてしまう。歯を食いしばり堪える、何時までも甘えていてはいけないのだから、と。
 故郷へは戻れない、思い出してはいけないのに、思い出す。
 いつでも情景を思い起こせる、愛しい故郷。美しい空気だった、優しい空気だった。全てが穏やかだった。

「ぁあ、愛しき惑星」



 花の綿毛を運ぶような微風が、髪を揺らす。
 背後の金きり声を無視し、銀髪を風に靡かせながら相棒の背に飛び乗ると、満面の笑みを浮かべて進む。
 一度、振り返って軽やかに手を振った。

「スタイン様! スタイン様! 授業は終わっておりませぬっ」

 家庭教師のヴァジルが、咆哮する。怒涛の勢いで追ってくるであろうことを予測し、スタイン……いや“リュウ”は相棒の横腹を軽く叩く。

「急いでおくれ。掴まったら出掛けられない。嫌だろう?」

 大きく身体を揺らし、全速力で相棒は地面と垂直に進んだ。
 悔しそうなヴァジルの声が周囲に響き渡ると、リュウは破顔する。

「あはは! 忙しいから、またあとでーっ!」

 右手を大きく振ると、笑いながら相棒にしがみ付く。

「んごうごう、いいぞ、その調子だ! お前は本当に利巧だな、好物の木の実でも探しに森へ行こう」

 んごうごう、と呼ばれた相棒は嬉しそうに大きく揺れた。“んごうごう”と名づけられたこの生物は、見た目がけったいだ。赤紫の胴体に菖蒲色の大きな斑点の球体状の生物で、言うなれば巨大な河豚が最も形容に近い。ただ、ひれがあるというのに、水中では生活出来ない。
 地面から多少浮いて生活する、飛行型の合成獣である。大きな瞳は可愛らしいが、この風貌で想像出来ぬ程の早さで飛ぶ。
 つるつるの胴体だが、振り落とされず掴まっていられるリュウも凄い。
 んごうごうは、リュウが初めて成功した合成獣だ。何を掛け合わせたのか憶えていないので、二度と出来ない。
 失敗しても、掛け合わされた獣達が死すということはなく、何も起こらないまま魔方陣の中で苦笑いを浮かべているだけだ。成功すれば、一つの身体に二つ以上の意識を持ち得ることになる。厄介な事だが、合成獣志願者は少なくはない。
 合成は、彼らが崇拝している王族のみが行える。それに立ち会えるのならば、と多くが志願した。
 合成獣を作らずとも問題はない。ただ、即位にあたり、魔力の操作が自身の意識で容易く扱えるかどうかの基準として、古代から使われてきた。
 合成されたものは、生涯王族の相棒として、そして護衛として過ごすこととなる。

「あら、スタイン様! 今日もお元気そうで」
「やぁ、ユーカリ。調子はどうだい?」

 逃げ切ったので速度を落としていた一人と一匹に、籠一杯に野菜を詰め込んだ婦人が語りかける。静かに会釈すると、ユーカリと呼ばれた女性は大きく尻尾を振り回した。
 彼女は、狼女だ。

「ふふ、元気に決まっています。敬愛する王族の皆様がいらっしゃるんですもの。ここは、平穏で安全です」
「ならばよい。父上にも伝えておくよ」

 リュウは彼女と別れると、巧みにんごうごうを操り進んだ。
 目的は、この時期稀に森に生っている木の実だ。地球で言うブルーベリーだが、この惑星では野生しかなく、栽培にまで及んでいない。何度か試みたが、上手く育たないので貴重な木の実となっている。
 ここは、宇宙の片隅にある小さな惑星。
 “幻獣星”と呼ばれるこの惑星は、代々竜族が治めていた。スタイン=エシェゾー、それが魔王リュウの本来の名前であり、この惑星の王子だった。
 銀の竜である父親と、黒き竜であった母親から生まれた、たった一人の竜族の王子。
 月の満ち欠けで髪と瞳の色が変化するという、稀な竜である。
 神秘的な王子の誕生に、惑星は沸いたものだった。愛されて育った悪戯好きの王子は、産んでから体調を崩して亡くなった王妃の忘れ形見でもあり、父親である王は彼を甘やかす。誰からも憎まれる事なく育ったが、王子としての自覚がなく、皆を楽しませる事は出来ても、先頭に立ち皆を導く使命には、向き合えていない。

「でも、おかしな話だろう、んごうごう? ここは平和で、争いなどなく毎日過ごしているのに、どうして私は毎日ヴァジルに叱られて勉強しているのだろう。不要だと思わないかい? 例え私が体たらくでも、周囲の皆が助けてくれるから問題ないよ。優秀な人材が揃っているからね」
「んーごぉーごぉー」

 今のは、んごうごうの鳴声だ。その鳴き声から“んごうごう”という名を、リュウが命名した。
 ヴァジルというのは、リュウが産まれた時から一緒に過ごしている火竜の雄である。深紅の長い髪に、千歳緑の鋭い瞳、長身で細い身体つきをしている。肉弾戦には向かないであろう貧弱な身体だが、尾っぽは太く、あれで叩かれると相当な痛手だ。頭部から突き出た長い二つの大赦色の角も、また凶器然り。容赦なく突いて来る。
 甘やかされているリュウに対して、唯一本気で激怒する貴重な人物だ。代々王族に仕えてきた一族で、今の立場を余儀なくされた。
 普段はこうして人型でいる幻獣星の住人だが、各々竜やら獣に変化する事も可能だ。
 ヴァジルに習った歴史では、この人型が進化の過程で得たものらしい。
 先祖は、皆魔獣だった。それが、“やむをえず”人型になるしかなかったという。

「こっちの形のほうが、皆と触れ合いやすいしね」

 森に到着し、リュウは木の実を摘み始める。ひれをパタパタと可愛らしく動かし、嬉しそうに周囲を廻っているんごうごうに右手を差し出す。

「おたべ、ご褒美だ。これ、美味しいよね。もっと大きくてもいいのにどうしてこうも小さいんだろう、おなか一杯食べたいよ。……思うんだけどさ、先祖様は食料難で小さくならざるを得なかったんだよ。ほら、竜になって実を食べてもさ、おなか一杯にならないだろ? そういうことだよ。みんな、たくさん食べたかったんだ」

 笑いながら「多分ね」と、ブルーベリーを口に運ぶ。プチっと軽快な音を立てて口の中で潰れると、甘酸っぱい味が広がる。満足そうに微笑し、身体を揺すって続きを急かすんごうごうを宥めた。

「沢山食べると、なくなる。少しづつ食べよう……さぁ、帰ろうか。何処かで昼寝でもして」

 リュウはんごうごうに跨ると、再び移動した。
 慣れた道を進み、小川のほとりで飛び降りるとそのまま転がった。小川の中では梅花藻がゆらゆらと、白い花を靡かせていた。地球で言う梅の花に似た花で、水中花だ。水温が一定で清流にしか生息出来ない花ゆえに地球では存在が限られるが、この惑星では全ての河に住まう。
 なんとも美しい光景である。
 んごうごうは、水を飲んだ。すでに眠っているリュウを尻目に、喉の渇きを満足に潤すとひれを動かし浮遊する。んごうごうの愛らしい丸い瞳が、何度か瞬きする。
 んごうごうの中には、四体の獣の魂が宿っている。幼くも可愛らしい王子に寄り添えて皆、幸せだった。
 彼を、“護る事”が、使命だった。“悟られない事”が、皆と誓った事だった。
 安らかに寝息を立てている、見事な銀髪の竜族の王子を見つめる。

 ……スタイン様。どうか、あなたの笑顔が曇りませんように。我らは、いつまでも御傍に。

※2020.11.10 
上野伊織様から頂いたリュウのイラストを挿入しました。
★著作権は伊織様にございます。★
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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