外伝7『埋もれた伝承』2:村の男は全て敵
文字数 2,852文字
だが、眉を動かすことなく、ベッカーはアミィに片手を上げ品良く腰を折った。護衛するように仁王立ちしている双子など、眼中にない。
常に涼しい顔つきのベッカーに反し、双子は眉をピクリと痙攣させる。どうにか感情を押し殺そうとしているが、表情には怒りが浮かんでいた。大人の余裕があるのだろうが、相容れない存在であり、敵と認識していた。
「今は退散するとしようか、ではまた。アミィ、近いうちに先日の続きを教えよう。いつでも歓迎するよ」
「はい、よろしくお願いします」
去っていくベッカーを睨み付け、双子は気分を害されたことに腹を立てた。
「アミィ、
すかさず、トリュフェが苦々しく吐き捨てる。
「街の話を聞かせてもらっているの。市場に何が売られているとか、好まれる薬草の種類とか……。私は文字を読むことが出来ないでしょう? だから、本を読んでくださったり」
「この村にいる限り、そんな知識必要ないだろ」
「そうかな、みんなの役に立つと思うの。冬は雪に閉ざされてしまう。そんな時、家の中で出来る事があればと思って」
「ふんっ。……あの男は得体がしれない、一人で行くな」
「そんなことないよ、とても丁寧に教えてくださる優しい人だよ」
困惑して告げるアミィに、トリュフェは舌打ちをする。別の男を褒めたことが気に入らないのだ。
アミィとトリュフェの会話を聞きながら、トロワは「アミィ
「そうだ、この間狩りに出た時に薬草が生えている場所を見つけた。摘みに行こう」
「わぁ! あって困る事はないから、早いうちに行きたいな」
苛立っていたが、今から楽しい朝食だ。冷静さを装い、トリュフェは話を逸らす。本心は、姿勢正しく歩く男を追いかけ飛び蹴りしたい。
そうこうしていると、家に到着した。扉を開くと、鼻腔に旨そうな香りが飛び込んでくる。
食卓に綺麗に並べ、三人を待っていた両親が笑顔を浮かべていた。
「ただいま」
「おかえり。おはよう、アミィちゃん。さぁさ、座って!」
四人家族だが、常にアミィ用に椅子が用意されている。すでに娘のような感覚だった。
「おじさま、おばさま、おはようございます。いつも御馳走になってしまって、申し訳ありません」
「遠慮しなくていいんだよ。アミィの御両親にはいつもよくしてもらっていたから、お互い様だ」
快く迎えてくれた双子の両親に笑顔を向け、アミィは定位置に着席する。
「夕方になったら、薬草茶を持ってきますね。今日の天気なら乾くと思うので」
「いつもありがとう。本当に助かるわ! 足の冷えが和らぐのよねぇ」
幾多の草を乾燥し、症状に合わせて調合する茶は村で人気だった。特に年配の女性に合せ優しく調合されている薬草茶は、微妙に苦いが重宝されている。アミィの母は薬草の扱いに長けていたらしく、その能力を引き継いでいる。
「冬が来る前に、多く作っておきたいです」
「薬草摘みなら、遠慮なくうちの息子たちを連れて行くんだよ。一人じゃ危ないからね」
「はい! 頼もしいです」
アミィが薬草を摘んでいる間、彼らは茸や木の実をとったり、簡単な罠をしかけ狩りをしている。三人が村へ戻る時には、食材が竹籠いっぱいになっていた。
机に目を落とすと、焼きたてのパンに、茹でた卵、朝摘みの生野菜に温かい山羊の乳、そしてトリュフェの燻した肉が所狭しと並んでいる。
「さぁさ、冷めないうちにお食べ」
「いただきます」
アミィはパンに肉と野菜を挾み、大きく口を開けた。齧ると、口内に香しい旨みが広がる。笑みがこぼれ、夢中で食べた。
一人きりでは、こうもいかない。賑やかな食卓に感謝すると、毎日のことでも涙が滲む。
「アミィちゃんは、とっても美味しそうに食べてくれるから嬉しいのよねぇ。たくさん食べてね」
「ありがとうございます! 本当に美味しいのです」
今日のパンには胡桃が入っており、食感が楽しい。双子の母親は、村一番のパン焼きだ。
「しかし、アミィちゃんも
「二人のお嫁さんでいいのにねぇ……。
「こら、滅多な事を言うんじゃない。神の思し召しを信じよう」
笑っている両親とアミィを尻目に、双子の顔色は優れない。
唇を噛み締め、忌々しそうに足を踏み鳴らすトリュフェ。
テーブルに爪を立て、胸が激しく波立つのを堪えるトロワ。
“二人の嫁”など有り得ない。三人で共に暮らすなど、辛抱できない。夜の営みすらも、三人で行えというのか。
妻は独占すべきものだ。
「冗談じゃない……」
想像しかけたトロワは、砕けるのではないかというほどに歯軋りした。
息子たちがアミィを意識していることは、両親も知っている。これは、公然の秘密だ。可愛い息子たちの為に提案をしたが、火に油を注いでしまった。
親の愛情は、時に押しつけがましい。そもそも、この村で
ジンジンと音をたてながら、二人に怒りが沸き上がった。
この双子は仲が悪い。
大きな要因はアミィの存在だが、産まれた時から互いに優劣をつけようと躍起になっていた。普段は平然を装っているが、二人きりになると互いに威嚇し、隙あらば亡きものにしようと黒い欲望を抱いている。
いつからだろう、顔を合わせることすら億劫になったのは。
盛大な兄弟喧嘩をした、というわけではない。寧ろ、目に見える“喧嘩”はしていない。
だから両親は知らなかった、双子がいがみ合っていることを。極力接しない二人だからこそ、表立った喧嘩が起こらないだけだ。
妄想では、幾度も互いを殺している。
剣で刺し殺した時もあれば、高い塔から突き落とした時もあった。自然災害に巻き込まれ絶命する様子を安全な場所から眺めていた時もあれば、屋敷の内部で絞殺した時もあった。
幾多の方法で、相手が悶絶しながら絶命するのを薄笑いを浮かべて見ていた。
「三人で、なんて馬鹿げたことを。そんなことになるなら、アミィを攫って村を出る」
トロワが、トリュフェに聞こえるように小さく呟く。
宣戦布告にとれたそれに、トリュフェが濁った瞳を向けた。
「珍しく気が合ったな、オレもだよ」
低い声で返答する。
だろうな、とトロワが皮肉めいて哂ったので、トリュフェも同じように嗤う。いつ出し抜こうかと、腹を探りながら鋭く睨み合う。
「しかし、アミィちゃんは人気だからなぁ。うかうかしていられないぞ、頑張れ!」
父の豪快な笑い声に、二人の身体が落雷を受けたように仰け反って硬直した。
近いうちに、アミィは誰かのものになる。
声も笑顔も身体も、独占出来る男はただ一人。この村に生まれた以上、アミィはこの村の男と婚約するのが掟だ。
現時点で、独身の男全員が敵である。疎ましい“しきたり”があるので、それは避けられなかった。
双子は、炯々とした瞳で同時に肉にかぶりついた。