攻防

文字数 9,445文字

 サンテと出会ってから、どのくらいの時間が経過しただろう。
 当初は太陽が昇り沈むのを数えていたが、途中で止めてしまった。ただ、微量だが芋と大麦の収穫は数回したので、結構な日が経っている。
 二人の生活は、兵らが要請に来ない限り単調なものだった。だが、生きるのに精いっぱいでも、楽しかった。
 サンテの剣の腕は一向に上達しないが、気迫はどうにか出せるようになった。しかし、臆病は簡単に直るものではなく、どうしても瞳を瞑ってしまう。それは致命的だ。
 農作業についても、リュウが多少なりとも知識を得ていたので率先して指導した。耕して土を柔らかくし、肥料を与えた。そこに、山岳地帯でも育ちやすいと言われる種を植え、丁寧に世話をした。サンテ一人では自暴自棄となり放置状態だった畑も、二人で意見を出し合い世話をしたらどうにかなってきた。また、情報収集の為兵らに話しかける際に、まずは畑について切り出し、会話がはずんだら本題に入る、といった話法をとったので、上手い具合に助言を得られた。
 二人は泥だけになった顔を見合わせ、笑い合う。
 大体は、近くの川で獲った魚を焼いて食べた。魚も、リュウが釣りと追い込み漁を教えたので、食べる頻度が増えた。鹿や兎も、リュウが縄で罠を作って仕留めたので、食事は徐々に豊かになった。 
 サンテからしたら、リュウは救世主だった。以前と変わらぬ場所で、裕福とはいえないにしろ、満ち足りた生活を送る事が出来るだなんて、夢にも思っていなかった。
 畑に芽が出ると二人は大喜びで、収穫したらどう食べようかと話し合った。

「材料が揃ったら、お前に故郷の料理を振る舞ってやろう」

 鼻を膨らませて、リュウは語った。正直、自分で作った事は一度もない。なので、食材も味付けもよく解っていない。それでも、食べさせたいと心から思った。
 そして、リュウの中で葛藤が日に日に大きくなるのもまた事実であり、悩みの種の一つだった。現実から目を背けてはいけないのに、どちらか選べなくて楽な方へ目を向ける。仲間達の救出と、サンテとの生活。本来の目的は忘れていないが、別の目的が出来てしまった。
 今のリュウにとって、どちらもかけがえのないものとなってしまった。

 そんな中、相変わらずサンテには時折“勇者”としての要請が来ている。その頻度が高くなったことは、リュウも気づいていた。

「敵側の……磐石の守りと言われていた街が陥落しそうだと」
 
 サンテが不在になると、リュウはエレンと密会し情報を交換する。とはいえ、エレンはそこまで目新しい情報に辿り着けないので、過去の事実を有りの侭に伝えているだけだ。
 地面に大凡の地図を書き、サンテが所持していたものと照らし合わせながら、エレンの記憶を頼りに付け加える。

「付近に厳重な都市がありますわ、時折そこの人間が狩猟で入ってきますの。私の力があれば、そこから攻め落とすつもりだったのですが、力及ばず」
「いや、一人では危ないだろう、よく耐えた。では、まずそこから攻めようか」
「御意に。街は大河沿いにございまして、壁で囲まれております。壁には弓兵が常時配置されていることを、上空から確認致しました。壁は二重構造、街の中央には巨大な建築物。ここの鐘が入用の際に鳴ります。人間の数は、相当かと」
「ふむ、この大河からの侵入を防ぐ為に壁が設置されているのか」
「人間達は、この河に面した場所以外……三箇所に出入り口を設けている様子です。仲間が捕らわれているのでは、と思った事もありました。実際に入っていくところを見たわけではないのですが、街の至る箇所に、人間用とは思えない巨大な施設が数点ありましたので」

 敵の目を欺くためには、この河から侵入するのが得策だろう。
 リュウは一人、様子を見に行くことにした。念の為、犬のトッカを連れて行く。人間達とて、幻獣が犬を連れているとは思うまいと踏んで。

 外套にすっぽり身を隠し、河の上流からその街を見た。大河は思いの外壮大で、水量は豊富、流れも速い。これでは河からの侵入は難しいだろう。“人間であれば”の話だが。
 河に足を浸す、陸地からでも直様膝辺りまで水に浸かった。これだけでも、油断すると足を持っていかれそうになる。そうなると、切り立った崖のような位置に作られている壁の真下の水深は、計り知れない。
 水の感覚を楽しんでいると、突然、街の中央にあるという鐘が鳴り響いた。
 不気味な重低音に鳥肌が立ち、胸がざわめく。トッカが吼え、鴉が飛び立つ。夕焼けは不気味に染まり、疎らな雲が儚げに浮かんでいた。
 リイィン……。
 不意に、耳に何か音が届いた。
 それは、小さな鐘を転がしたような、いや、水晶で出来た故郷の楽器の澄んだ音のようなもの。初めて聴く音だったが、妙に安心できる音である。リュウは、瞳を閉じて聞き惚れていた。
 ゴォォン、ゴォォン!
 しかし、陶酔する間もなく、耳を劈くような不愉快な鐘の音が響く。両手で耳を塞ぐが、それでも聞こえる不愉快な音に唇を噛締める。舌打ちして街を見やれば、壁の弓兵達が規律を乱すように動いていた。
 何があったのだろう。
 固唾を飲み込み、トッカを胸に抱いて上流から下流へと向かう。再び耳に“リィィン”と不思議な音が聴こえて来た。壁の内部から人間の怒鳴り声が聴こえてきたので、人間同士の諍いならば、その混乱の隙に中に入り込むことが出来るのではないかと思い立つ。
 魔力で身体を浮かせ、河を渡った。弓兵からの狙撃を警戒するものの、河の上であれば幾らでも逃げられる。俊敏に行動し、壁の真下までどうにか辿り着いた。
 入口は三箇所あるというが、何処から侵入すべきか悩んだ。一旦、内部の様子をもう少し把握しておこうと壁に背をつけて浮遊し、矢狭間に注意しながら、人間らの会話を盗み聴く。腕の中のトッカは、意図を理解したように静かにしていた。

「いやぁ、まさかこんな場所に、なぁ?」
「いや、ココが今後の拠点となるのだから当然だろうよ。しっかし、今回の兵器は小柄でよかったよな」
「巨体だと邪魔だからなぁ。にしても、兵器はどんな?」
「先陣を切るに最適な、猛禽類だとよ」
「へぇ! 色んな奴がいるもんだなぁ」

 口を開いたまま、呼吸困難にでもなったかのように震えた。集中が途切れ、危うく魔力を失い落下するところだったが寸でのところで堪える。

 ……誰かがここに来る!
 
 焦燥感に駆られながら、冷静になれと言い聞かせた。心臓が早鐘の様だ、呼吸を整える為に意識する。

 ……私は幻獣達の長。人間如きに、敗けはしない。仲間を人間の呪縛から解き放つためには、使役している召喚士を抹殺しなければならない。

 最優先で殺すべきは、真名を知る人間。
 この街を一人で陥落させれば、未来が拓ける。仲間を一体救いだせば、恐らく人間側が躍起になって他の幻獣達をもけしかけてくるだろう。
 早い話、どう足掻いても。

「結局、人間達を滅亡させることが手っ取り早い」

 抑揚のない声でそう呟き、サンテを思い浮かべる。彼のように、正体を知っても親しくしてくれる人間とて、必ず存在するだろう。だが、一目では判別できない。そもそも、情けは無用。

「私は、後戻りできぬのだ。失敗も許されないっ」

 瞳に決意の色を宿し、ついに壁の上に到達する。
 運が味方し、弓兵らは河を見ていなかった。街を見下ろし、弓を構えている。運ばれて来たらしい幻獣に警戒しているのだろう。
 再び、あの耳障りな鐘の音が鳴り響いた。途端に湧き上がる大喝采の騒ましさに、顔を顰めて奥歯を鳴らす。
 だが、好機だ。 
 今しかないと身を乗り出し、壁を乗り越えトッカを降ろすと、気配に感づいて振り返った人間の喉元に短剣を突き刺す。倒れてきた人間の腰に下がっていた長剣と、喉元の短剣を引き抜いた。
 これで、攻めも護りも出来る。血生臭さにあてられ、武者震いが起きた。両手の指を鳴らし、剣を強く握る。

「シッ!」

 河側の壁に配置されている弓兵は二十人程、この場で抹殺することにした。驚くべき瞬発力で、決められた間隔で配置されていた弓兵達に斬りかかる。
 思いもよらぬ侵入者に、慌てて人間達は弓を構えるが、遅い。まして、接近戦であれば、弓ではなくその腰の剣を引き抜くべきだった。そして、異変を知らせる救援信号すら上げることすら、出来なかった。
 戦闘に不慣れな寄せ集めだったのか、リュウは瞬く間に狼狽している弓兵を殲滅した。名のある兵ならば少しは手ごたえがあったのだろう、拍子抜けするくらいに呆気なかった。これでは、赤子の手をひねるより簡単に制圧出来てしまいそうで、怖い。自惚れは身を滅ぼすと解っていても、口元に狂気の笑みが浮かんでしまう。

「弱い! こいつら、弱すぎるっ」

 大きく肩で息をしながら身を低くし、街の様子を窺う。
 他にも弓兵は高層物の屋根などに配置されていた、光の反射で弓先が煌いている。リュウは翼を広げなくても浮遊できる種族であることに感謝した。翼の付け根を弓で狙われれば、ひとたまりも無い。
 身を屈めたまま、弓兵らが所持していた物を物色し、扱えそうなものを選別した。愛用の短剣を懐に隠し、長剣を二本背と腰に下げ、弓を右手に構える。
 単独で配置されている弓兵を標的とし、確実にその喉もとを射抜いた。
 思いも寄らぬ攻撃に、人間など無力。喉から突き出た弓を驚愕の瞳で見つめると、もがいて息絶える。抵抗することも出来ず、その場に崩れ落ちていく。
 吹き出る汗を拭いながら、リュウは一人、二人と、確実に仕留めていった。

「私は弓の名手だったのだな」

 かき集めた弓矢が、減っていく。それでも、全員仕留めてはいない。震える声で、多少の歓喜と共に漏らした。思い返せば、ヴァジルの訓練があって心底よかった。授業を受けていた昔、唇を尖らせて反抗的だった自分に苦笑いする。
 人間達が騒いでいるので、未だ誰も、この状況には気付いていない。
 と、大地が揺れるような大歓声が沸き上がった。
 訝しげに覗き込むと、赤い絨毯が転がっていた。そして、娘らが花を撒き散らしている。派手な装飾の馬車が、悠々とその上を走ってきた。位の高い人間が街へ来たのだろう。

 ……人質にしたら、どうだろう。

 リュウの脳裏に、そんな考えが浮かぶ。
 何者か知らないが、大層なご身分のようだ。目には目を、歯には歯を。人質などという下衆な手段は避けたいが、使えるものは何でも使うべきだと判断する。
 リイィィィン……。
 そんな時、再び、何処か懐かしい音色が聴こえた。それが、同胞が残した魂の欠片との共鳴だとようやく気づく。
 この街を訪れた人物が、大観衆の前で高らかに掲げているもの。太陽に反射しており詳しくは見えないが、それこそ魂の欠片。澄み切った碧い石と、燃えるような紅い石の二つを手にしている。
 胸の鼓動が速まる、吹き出る汗は止まらない。嫌悪感に支配された、あれは、人間が所持してよいものではない。
 冷静になれ、と自分が叫ぶ。
 だが、込み上げる憎悪の念に限界はない。

「か、かえせ……」

 ぼそ、とリュウが呟いた。
 不安そうに、隣でトッカが小さく吼えた。

「それを、返せーっ!」

 咆哮し、高々と跳躍すると一気に壁を垂直に駆け下りた。最も攻撃に向いている弓兵はほぼ、先程仕留めている。僅かな弓兵の攻撃を避ける事など、容易い。避けるというよりも、“当たらない”。怒りに我を忘れている今のリュウの速度に、人間の視覚は追いつけなかった。
 着地すると地面を蹴り上げ、そのまま疾風の如く突き進む。悲鳴を上げ避ける者、倒れ込む者、ばかりで、誰も攻撃してこない。ただの一般市民ではそうなるだろう。状況を把握したのか、槍を構えている兵が突進してきたが、跳躍して槍先を軽やかに交わす。
 リュウの勢いは、止まらない。

「死んでしまえっ」

 憎悪の漲る声で叫ぶと高々と宙に跳躍し、弓矢を連続して射る。さながらそれは、雨のようだった。 
 身体の至る所に弓矢が刺さり、斑々とした人間の血が地面に飛散する。
 攻撃の手を休めず、弓を投げ捨て、腰に下げていた剣を引き抜くと地面に降り立ち、雄叫びを上げて斬りかかる。二本の剣で攻撃と防御を上手く使い分け、悪鬼のごとく突き進んだ。
 頭巾は外れており、頭部の猛々しい角が人間の目に曝された。しかし、なりふり構っていられない。
 人質に相応しい魂の欠片を所持している人物は、警護されながら中央にある厳重な建物に身を隠してしまった。その人間を標的としていた筈なのに逃げられ、腹立たしさが募る。

「逃がすものかっ」

 上部から侵入しようと、鐘を目指して飛ぶ。

「一旦お引きください!」

 切羽詰まった叫び声に、辛うじて身を翻した。鋭利な鍵爪が、目先を掠る。幻獣リングルス=エースが、顔を歪めて立ちはだかっている。
 ようやく出逢えた二体目の幻獣に涙を浮かべるリュウだが、感動の場面などない。

「こ、このような場所で何をやっておいでなのですか!? 早急にお逃げください! ここにいては、私は貴方様を攻撃するしかないのですっ」

 空中であれば、圧倒的にリングルスが速い。

「そんなことくらい、解っているっ。だが、しかし」

 舌打ちして身を翻したものの、次いで弓矢が四方から飛んできた。弓兵隊が補充されたのだろう、見れば壁の上にも兵が立っている。人間の数が多い事を、甘く見ていた。

「上空に! 上空へ避難して、そこから街を出るのです! さぁ、早く!」
「リングルス、お前を置いてはいけない! 一緒に行こう」
「行けるものならば、このように攻撃するわけないでしょうっ。御無礼御許しください、出来ればこの首を刎ねてくださいっ」
「出来るか、阿呆がっ」

 会話しながらも、リングルスの猛攻は続く。彼も、人間の呪縛から逃れようと必死だった。だが、どうにもならないことなど承知している。

「大きくなられましたなぁ……もう、十分です。私は仲間をこの手で殺めてしまった。後生ですから、今ここで殺してください」
「幾度も言うな、このたわけっ! それでは、私がここへ来た意味がないだろうっ! 諦めるな」

 リュウの呼吸は乱れ、顏に疲労の色が浮かんでいる。久方ぶりの弓で集中する為に神経を使い、怒りで我を忘れた為に体力を消費したところへ、リングルスとの格闘。素早く強烈な空中での蹴りを紙一重で避ける事が精一杯で、限界に近い。

「お願いします、退いてください! 狡猾な人間です、何を企てているかっ。貴方にお会いでき、希望が湧きました。何時までも機会を待ち、好機を窺いますから! 今はっ」

 リングルスが名を呼ばないのは、万が一に備えてだ。聞き取れる人間などいないだろうが、彼は冷静沈着。常に最悪の事を予測し、動いてる。
 リュウは低く呻きながら唇を噛締め、壁の弓兵を蹴散らし、吼えていたトッカを抱き上げた。

「くそっ! くそっ、くそぉっ!」

 折角逢えたのに、こうして逃げるしかない。悔しくて、リュウは泣いた。河を目がけ、壁から飛ぶ。

「ええぃ、誰かおらんのか! あの新しい兵器はなんなのじゃ!」

 建物内部では、王が喚き散らしていた。
 この街を訪れていたのは、カエサル城に身を置き、この地を治めている王である。もし、リュウが人質に出来ていたならば、紛れもなく有利に運べた人物だった。
 突如出現した新たな幻獣に、王は無論、召喚士の末裔達も躍起になっている。リングルスと互角に渡り合える身のこなし方に加え、見た感じ損傷がなく健康そのもの。さらに、見た目が非常に美しいという、兵器としてもってこいの獣だった。

「頭部の角から察するに、竜族の類と思われます」
「種族など、どうでもよい! 名前を、……誰か、きゃっつの名を知る者はおらんのかぁっ! アレは一体、なんじゃぁっ!」

 黒き髪と瞳の、恐ろしく整った凛々しい顔立ちの幻獣。
 竜族に連なる記載を、皆がこぞって調べていた。当てずっぽうに全ての名を呼んでいくが、該当しない。もし、呼んだ中に真名があれば、手ごたえがあるはずだった。
 王の苛立ちは、募る。ただでさえ幻獣の減少が危惧されているのだ、ここで新たな幻獣を手中にすれば、少しは保てる。

「自由に飛びまわっているところを見ると、敵方の兵器ではありませんね」
「大馬鹿者! それくらい、見れば分かるだろうがっ! 無駄口は止せ、名前を調べろっ」

 全く成果が出せない召喚士の首を、王は手持ちの剣で撥ねた。床に転がった生首を見て青褪めた召喚士達は大きく震え、紙を破らないように帳簿を調べ続ける。
 しかし、該当する幻獣はいない。
 リュウは、幻獣達の最後の砦。そこに記載されている筈が無い。

「捕獲し、何処から来たのか吐かせろ。上手くいけば、他にも見つかるやもしれん。誰か、誰か! きゃっつの名を呼べる奴はおらんのかっ」

 自身の剣を構え、傍若無人に剣を振り回し斬首している王は、もう何処かおかしかった今に始まったのではなく、随分と前からだが。

「答えろ、石ども! あれは何という名だ!」

 所持している幻獣の欠片を割る勢いで握り締め、話しかける。だが、嘲笑するように石達は沈黙していた。王の手元には数個の欠片があり、それは本当に宝石のように麗しい。加工しても効果が発揮されるのであれば、常々王冠や指輪に使用したいと思ってはいた。
 その場は、惨劇と化した。止めに入ると首を斬られるので、すがるような瞳で召喚士一同に望みを託している。
 しかし、召喚士らは期待に応えることが出来なかった。記載されている名は、先程全て読み上げた。全く新しい幻獣なのだと王に説明したところで、反感を買ってしまうだろう。召喚士らは、血走った瞳で会話するが、最善策など出て来ない。
 こうしている間にも、王は手当たり次第に誰かの首を撥ねている。血生臭い空気が室内に充満し、豪華絢爛な壁紙に血痕が舞う。

「お、王よ。名を吐かせる為に、主力を全て奴に注ぎましょう。その間に我らは全力で名を調べますゆえ」
「ふん……他の兵器を出すと」

 ようやく、王の瞳から狂気の光が消えた。近寄ってきた臣下を足蹴にしながら、片手で団扇を仰ぎ始める。直様数人がかりで豪勢な椅子が運ばれ、美しい半裸の娘達が大きな扇子と酒、そして果物を持ち集まる。悠々として腰掛けると、すぐに娘を引き寄せて乳房を揉みながら、注がれた酒を豪快に飲み干した。

「地下に幽閉している兵器を全て出せ! きゃっつを引き摺り下ろせ! 時間がかかるようであれば、地方からも兵器を呼びよせよ!」

 異常な興奮状態にあったので、王は下腹部を露にすると娘の一人を膝に乗せ、この状況下で突き入れた。王が痴態を晒したところで誰も驚かない、これは日常茶飯事だ。
 初めて貫かれた痛みで、娘は絹の裂くような悲鳴を上げた。この街で選ばれた器量の良い娘達だが、事前に話は聴いていたので脅えてはいたものの、決死の覚悟で受け入れた。多額の金が手に入ったのだ、これで家族は飢えから逃れられる。そう思うと、感謝こそすれ。
 下劣な現国王は、所構わず性行為に及ぶ。見た目が良ければ、少年でもよかった。王の一族は近親相姦を繰り返してきた為、産まれた時から何かがおかしかった。だが、濃い血が人を狂わせるなど誰も知らない。“王とは、こういうものなのだ”、それで納得してしまった。精神異常をきたしているなどと、夢にも思わなかった。

「お父様。あれ、綺麗ですわね」

 無論、その娘の姫とて異常者だった。自分よりも幼い生娘が涙を流し父の膝の上で仰け反っている姿を平然と見ながら、斬首された者達の死体の上に汚れないようにと、絨毯を敷いて貰って歩み寄ってきた。王妃である母は、父の実の姉である。

「お父様、わたくし、あの黒い獣が気に入りましたの。今まで見たどの獣より美しいですわ。あれが欲しいのです」
「はっはっはっ! 流石は我娘、兵器を欲しがるとは勇ましい」
「あの綺麗な獣の首に、輪を填めたいのです。ほら、拷問で使う内側に棘のついたあれです。少しでも動けば、苦痛を伴う素敵な首輪。それを填めて引き摺りまわしたいのです、反抗的なあの獣の屈辱的な瞳を見ると、うっとりしてしまいそう」

 姫は頬を紅潮させて、艶めかしく舌を出し身悶えた。
 控えていた女官は、青褪めた様子でこの父娘を下から見つめる。割り切ってはいるが、並みの精神ではついていけない。王など、新たな娘を手繰り寄せて再び犯していた。

「うむうむ、敗北感を与える趣向としては面白いな。流石愛しの娘だ」
「うふふ、お父様に褒めて戴けて光栄にございます。本当にあの獣、とっても綺麗……今まで与えられた殿方よりも、とっても綺麗」

 この姫も、目に止まった美しい少年や青年を鞭で叩くなど拷問して楽しむ性癖がある。
 猛々しい髭以外は、血走った瞳と抜け落ちた毛、肥大した醜い身体の王。その娘の姫だから、器量がよいとはお世辞にも言えない。だが、二人とも美しいものが大好きだった。

「というわけだ、愛しい姫の要望に応えねば。さぁ、さっさときゃっつを捕らえるのだ!」
「嬉しい、お父様!」

 姫はにっこりと優美に微笑むと、踵を返す。途中、自分よりも美しく、今し方父に処女を奪われ床に倒れていた娘の秘所を、グリグリと靴の爪先で踏み潰した。痛みに悲鳴を上げる娘の泣き顔を見て微笑する。

「あらん、醜いお顔ですこと。下品だわ」

 そんな中、下々の者が行き来する扉から一人の若者が静かに入室した。若者は、その惨劇に身体を硬直させ、腰を抜かしそうになった。狂乱の宴について話は聞いていたが、初めて目の当たりにした。なんと醜悪だろう、これが国の現状なのだと嘆き哀しみ、恐れ戦いた。
 そして、自嘲気味に笑った。
 自分も、そんな悍ましい国に存在するちっぽけな人間である。目の前の下卑たどうしようもない人間の同類だと、言い聞かせる。

「王よ、発言を御許しください」

 跪いた若者は、恐怖に怯えながら声を出す。もしかしたら、殺されてしまうかもしれないことを頭に置いて。
 誰もが、その貧相な若者を怪訝に見た。一人の騎士が彼を摘み上げたが、彼は必死に床にすがりついていた。 
 地面に広がる夥しい血で、彼の顔が汚れる。

「なんじゃ、お前は」
「勇者、です。勇者サンテです」

 騎士に押さえつけられながら、凛として顔を上げたサンテ。
 皆が爆笑する。あぁ、あの仮初の勇者か、と。
 爆笑の渦の中で、それでもサンテは拳を握り締め、唇を噛締め堪えた。笑うだけ、笑えばよいと。

「ぼ、僕は! あの者の名を知っています! 褒美を下さいっ」

 サンテの絶叫に、その場は静まり返った。押さえつけていた騎士を押し返し、額に吹き出た汗を腕で拭う。顔も髪も、血液で染まった。
 赤に塗れる中で炯々とする瞳は、何処か遠くを見ている。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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