仮初の勇者サンテ

文字数 9,476文字

 遠目に見ていた質素な小屋に辿り着くと、唖然として見上げる。想像以上に劣化しており、しかも小汚い。リュウは思わず顔を顰めた、この場所で暫し過ごすことになると思うと憂鬱だ。
 玄関に薪を起き、外れかけている古びた扉を無造作に開く。ギィ、となんとも頼りない音に、突風でも吹こうものならば崩壊しそうだと肩を竦める。
 吹き零れそうな鍋を慌てて火から下ろしたサンテは、つっ立ているリュウを手招きで呼び寄せた。

「あー、生活は見ての通り、困窮してる。よそ様に食べさせるものは、ないに等しい。けど、困っているみたいだし」

 苦笑するサンテに、リュウは唇を尖らせた。言われなくても判っている、家というより物置と言っても過言ではない状態だ。机も寝台も見当たらない、床は木が剥き出しており、絨毯など無論敷いてない。木々の継ぎ目からは、風が冷たく吹き込んでくる。中央の囲炉裏から離れてしまえば、途端に寒さが身体を襲った。
 椅子がないので豪快に床に座ったサンテと、隣で大人しく食事を待つ犬のトッカに面食らい、リュウは渋々汚れを気にしながらも床に座る。

「君、富者だろう?」

 サンテは、申し訳なさそうに笑って告げる。表情を見れば、リュウが抱いている感情など解った。確かに、この場所は汚い、人が住むような場所ではない。王国で見た馬小屋の方が、余程立派だった。

「…………」

 まさか『幻獣星の王子です』とは言えないので、口を閉ざしたままリュウはそっぽを向く。
 やれやれ、といった感じで力なく微笑んだサンテは、薄汚れ、罅の入った茶碗を三つ取り出した。普段は湯飲みに使用しているものが混じっており、大きさはマチマチ。リュウの分の茶碗など、この家にあるわけがない。
 サンテは、零さぬように細心の注意を払って鍋のモノを茶碗に注いだ。
 湯気立つそれは美味しそうで、丁重に受け取ったリュウは多少胸を躍らせた。しかし、覗き込んで香りを嗅いでも、何か判らない。
 熱心に見つめているリュウに複雑な笑いを浮かべ、サンテは息で冷ましながら啜った。

「悪かったね、何も入ってなくて。中身は水と僅かな香辛料、それに痩せこけた畑で取れた葱だけだよ」

 リュウは空腹に耐えかね、味気のなさに顔を一瞬顰めたものの、一気に飲み干す。夕飯はこれだけなのだろうか、とても足りない。幻獣星で何か食べてこればよかったと、心底後悔した。

「豪快に飲んでくれたね、もう一杯どうだい?」
「……戴こう」

 おずおずと差し出した茶碗に、丁寧に質素な湯に近いものを注いだサンテは、不味いだろうに懸命に飲むリュウを見て穏やかに微笑んだ。飢えを凌がねばならないにしろ、味気ないこれには飽き飽きしており、とても大量に飲めるものではなかった。だが、こうして食べてくれる人がいるだけで、満腹感を味わえる。

「で、君はいつまでここにいるのかな? 働かないと、置いてあげられないよ」
「う、うむ……」

 飲み干したリュウは、気まずそうに俯くと空になった茶碗を隣に置き、眉を顰める。
 何を言えばいいのか、判らない。人の良さそうな目の前の男だが、正直に話して良いのかどうかリュウには判別が出来なかった。ニンゲンとは危険な輩だと教えられている。居座り続けるより、今ここで息の根を止め、当初の予定通りこの小屋を陣盗るべきではないのだろうかと、心が揺れる。
 だが、貧しいなりに受け入れてくれたこの男を殺してしまっては、恩を仇で返してしまう。それは、リュウの意に反するものだ。

「まぁ、ワケありみたいだし。詮索はしない、とりあえず今日は寝なよ。疲れているだろう? 布団はないから、雑魚寝になるし、夜は極端に冷える。囲炉裏から離れないで」

 継ぎはぎだらけの薄い布を一枚渡されたリュウは、小さく頷いた。
 サンテは茶碗を持って外に出ると、汲んであった水で乏しき食器を洗い、直様小屋に戻ってくる。薪を追加しトッカを呼び寄せ抱き締めると、床に寝転がった。

「おやすみ」

 明かりは薪の火だけが頼りなので、周囲が暗くなれば就寝するしかない。
 寝付けないリュウは火が燃える音を聴きながら、寝息を立てている目の前の男を見ていた。

 ……無防備なニンゲンだ、初対面の男を招きいれ、食を与え、どうやら自分の被るはずである布を与えてくれた。

 今も、警戒心など微塵も抱かず爆睡している。その様に、呆れ果てる。

「殺されても、文句は言えない」

 リュウは、周囲をぼんやりと朱く照らす炎をじっと眺めていた。
 剣は持ち合わせていないが、短剣を隠し持っていたことに気付いた。ヴァジルに口煩く『護身用に』と言われて持たされていたことを、寝転がった際に思い出したのだ。今となっては、涙が出る程に嬉しい。軽量で邪魔にならないから、と言われていたが平穏な惑星では無意味に等しく、幾度投げ捨てようと思ったことか。だが、時折不意打ちで攻撃してくるヴァジルに備え、持ち合わせる破目になっていた。
 それこそ、ヴァジルの思惑通りだったのだろう。

「まさか、ココで役に立つとは」

 喉の奥で乾いた笑い声を出したリュウは、穏やかに眠っているサンテと、犬のトッカを見比べる。
 初めて遭遇した人間を凝視した。
 故郷の惑星で、ヴァジルの説教から逃亡している自分を匿ってくれた、心優しい民と大差ないように思える。だが、仲間が涙ながらに訴えた話が真実だろう。こちらを油断させて返り討ちにする、巧妙な手口かもしれないと唇を堅く結ぶ。
 騙されてはいけない、と言い聞かせる。

「まぁ、殺すのは明日にしよう。疲れた」

 床は、冷たく硬くて痛い。結局寝付けなくて、朝を迎えることになる。
 
 ……人間は、皆このような生活をしているのか?

 短剣は隠し持ったままで、出番を失った。

 翌朝、軋む身体に鞭を打ってリュウが起き上がれば、既にサンテは食事を作り終えていた。

「やぁ、おはよう。今日から畑仕事手伝ってくれるよね? 起床は早めにお願いしたいなぁ」

 差し出されたのは、例の如く葱入りの白湯。
 昨晩の残りに、葱を追加したもの。多少は腹の足しになったものの、身体は辛うじて温まった。

「二人で耕せば、この痩せ衰えた大地にも、もう少しマシな食物が育つかもしれないし」
「お前は、産まれた時からこのような場所に居るのか?」

 ようやく口を開いたリュウに屈託のない笑顔を浮かべたサンテは、トッカを撫でながら語りだした。
 彼自身、一人と一匹の生活を苦にしていた。気楽といえども、やはり心の隙間は人の温もりでしか埋められない。

「うん。両親から受けついだこの土地で、ずっと生活してる」

 両親は他界したのだろうと察し、リュウは何も言わなかった。自分と同じ様な境遇にあるサンテに、気を赦しかけていたのは事実である。しかも、背格好も似ている。同世代の知人が幻獣星では得られなかったので、警戒心が薄れてきた。
 人間が短命だということをこの時のリュウは、知らなかった。だから、年齢だけでいえば同世代ではない。
 瞳を細めるサンテの横顔が、家の隙間から縫って入って来た陽の光によってくっきりと浮かぶ。

「スタインは、僕が勇者だなんて知ってた?」

 知るわけがないので、正直に首を横に振るリュウに、サンテは苦笑する。

「だよねぇ。そもそも、勇者にすら見えないだろ? 子供の頃夢見た勇者様は、豪華な鎧に身を包んだ、逞しい人だったよ。僕とじゃ雲泥の差だよね。でも、勇者になったんだから仕方ない。僕みたいなのは、選ぶ権利すらないんだよ」

 自嘲気味に語るサンテに、控え目にリュウは話の続きを促す。本当に勇者ならば好都合な人質だが、目の前の少年は脆弱だ。お世辞にも、勇敢な者には到底思えない。

「スタインが何処の国に属していたのか知らないけど……軍事機密だからね、他言無用だよ?」

 無用も何も、密告する相手などリュウには存在しないが、一応大きく頷いた。

「知っているかな、知らないかな。……二年前の総督撃破事件だよ」

 サンテは、疲れきった面持ちで床に倒れこむように横になった。切なそうに鳴いて近寄ってきたトッカを抱き締め、重苦しい口を開く。
 本来ならば誰にも話してはいけない内容で、口止めされていた。秘密を漏らせば、死に直結する。だが、限界だった。
 内に溜め込んだものを吐き出さなければ、人は気が滅入る。

 その日、サンテは数人の仲間と岐路についていた。家族が死に、一人では生きていけなかったので近くの街に仕事を探しに出かけ、ようやく安い賃金で見つけることが出来た。
 それは、辺境の村への物資配達だった。
 戦争で混乱しているこの地では、敵からの防衛の為小さな村にも兵士が大勢滞在しており、物資が不足がちである。その為、定期的に最前線で見張りを続けている村に、食料や武器を届けていた。
 馬車に乗っているのは武器防具と食料で、サンテ含む少年達は不慣れな鎧と剣を持たされ懸命に物資を届ける護衛役となった。とはいえ、実戦経験などない。敵に遭遇しない事を祈るばかりの、危険な仕事である。それなのに、賃金は低いという割に合わないものだ。
 敵だけでなく、盗賊や、時には野生動物からも馬車を護るのだが、運よくサンテらは何事もなく物資を運び終えた。休む暇もなく、とんぼ帰りをすることになったが、戻れば金が手に入る。身体に鞭を打って、すぐに出立した。 
 岐路は馬車が空になるから楽だろうと思い込んでいたが、そう甘くはなかった。村で得た戦利品を今度は馬車に乗せて運ぶ羽目になり、少年達が乗り込める隙間などない。
 また、瀕死の兵士も運び込まれており、腐敗臭が漂う中、嘔吐に悩まされて歩く。
 もう少しで、小汚い家でも悠々と寝転がり眠れる……少年達はそれだけを希望にして歩いた。
 山沿いを歩いていた時だ、突如馬が嘶き、前方が騒がしくなった。何事かと顔を見合わせたサンテ達だが、自分でも気づかないうちに腹の底から叫び声を上げていた。
 敵襲だ。
 切り立った崖から、まるで鳥の様に身軽な兵が降りて来て奇襲を仕掛けた。彼らは、大木に縄を括りつけ、腰を結んでいる。優雅に弓を引き、脅威の飛距離で上から射抜いてきている。こちらも弓で応戦しようとしているのが解ったが、火矢で馬車を狙っていたので最早手遅れだ。残酷なことだが瀕死の状態で馬車に寝かされていた兵は、そのまま断末魔を上げて燃えていく。
 誰も助けられない。
 サンテ達は、凄惨な有様を見て即刻逃げようとした。
 訓練などされていない少年達である、当然だ。別に、国に忠誠を誓っているわけでもない。
 だが、無情にも逃げ惑う彼らを弓は狙う。何時の間にか押し寄せてきた兵らが、槍で突き刺してくる。
 恐怖に支配された、仕事を選び間違えたと思った。金は欲しかったが、命あってこその金。
 これでは意味がない、戻らねば、相棒の犬が餓死してしまう。
 だが、しかし。誰も助けてなどくれない、自分の身は自分で護るしかなかった。悲鳴を押し殺し、自分の存在を悟られまいと、震える身体でサンテは近くの森へと逃げ込む。隠れてこの惨劇を見送るしかないと思った。

「手間をかけさせやがって」

 声に驚いて振り返れば、命綱を切った数人の敵兵が降りてきている。
 あちらは訓練された精鋭の兵士、こちらはただの寄せ集め。どう足搔いても、敵うわけがない。確かに本職の護衛もいたが、最初の奇襲で既に絶命していた。

「おーい、あったぞー!」

 自分を探しているのだと勘違いしていた、狙いは逃げた少年ではない。
 燃え盛る馬車から箱を取り出し、それをこじ開けている姿は見えた。だが腰を低くし、木の窪みに身を潜めているサンテには、それが何かは解らなかった。
 五月蠅すぎる程鳴る心音が、敵に聴こえないか不安だった。周囲は騒がしい、聞こえる筈がないのに、極度の緊張で気が狂いそうになる。歯を食い縛って、息を顰める。

「逃げた兵はいないか? 生きていられると面倒だ」

 目当ての物を手中に収めたので、敵も余裕が出たらしい。
 聴いた途端、サンテの心臓が凍りついた。
 直ぐにでもこちらを探しに来るだろう、逃げるべきか、ここで息を潜めるべきか。冷汗が身体中から吹き出て、凍傷を起こしそうな程に寒い。ガチガチと歯が鳴る。
 その時だった。
 小さな叫び声と動物の咆哮が聞こえた気がして、恐る恐る顔を出した。
 馬車は燃えているが、あれほど騒がしかった敵兵らの声が水を打ったように静かになった。
 一瞬にして静まり返っていたその場から、敵兵の姿が消えている。
 いや、正確にはそこにいたが、見えなかった。
 サンテは、震える脚で木を支えに辛うじて立ち上がると、再び様子を覗く。不気味なほど静かで、自分を炙りだす罠ではないかとも勘ぐってしまう。
 しかし、徐々に新鮮な血の臭いが充満し始めると、流石に腰が抜けそうになりながらも歩みを進めた。覚束無い足取りで、役に立たないと解っていたが、剣の柄に手をかけ森から出る。

「ヒィ!」

 喉の奥から、悲鳴が零れる。目も当てられない程の惨状が広がっていた。地面に染み込んで行く鮮血に恐れをなす、多くは、首と胴体が斬り離されている。胴体とて損傷が激しく、まるで巨大な猛獣に一瞬で噛み砕かれたかのような歯型があった。

「オ、オォエエエッ!」

 サンテは、胃の中のものを全て吐き出した。胃液が大量に地面に飛散する、幾度も嘔吐しながら、その場に蹲る。ほとんど飲まず食わずで、胃の中など空だと思っていたのに止まらない。
 内蔵をぶちまけているのではないかと思ったぐらいだった。
 視覚と嗅覚が、限界を訴えている。この場から立ち去らない限り、嘔吐は止められそうもない。
 何が起こったのか、理解できなかった。だが、人間の仕業だと思えない。
 しかし、逃げたくても身体が上手く動かない。自分の身体なのに、指示を出しても動いてくれないのだ。

「たす、け」

 何度か転倒しつつ、死体を見ないように進む。燃えている馬車の熱が心地良く感じられるくらいには、気が狂っていた。あの中に飛び込んでしまったほうが、楽ではないかとも錯乱していた。
 不意に、何やら光る物が目に飛び込んで来た。強奪した宝石だろうと見向きもしなかったが、視線を外しても、妙にそれが気になる。まるで、瞳が吸い寄せられるようだ。
 地面に転がっていたそれを、大きく揺れている腕で拾い上げた。
 虚無の瞳で見つめるが、何か全く解らない。紺碧色の、美しい宝石に見える。拳よりも小さいそれは、やんわりと温かく感じられる。意志を持っている様な、奇怪な感覚に陥った。脈打つそれは、小動物を手にしているような感じだった。
 ただの宝石ではないことは理解出来たので、丁重にそれを懐に仕舞いこんだ。
 サンテは、剣を杖代わりにして死に物狂いで、街へと一人で舞い戻った。この位置ならば、村よりも街のほうが近かった。一刻も早く、他の人間の中に紛れ込み、生きている実感を味わいたい。
 気は動転していたが、帰省本能は正常に起動してくれたらしく、どうにか辿り着けた。
 体力の消耗が著しく、脱水症状を引き起こしかけていたサンテは、街の入口付近で保護された。
 上手く話せない状態だというのに、兵は状況の説明を求めてくる。
 あからさまに顔を顰めながら、それでもぽつりぽつりと、思い出したくもない惨状を渋々語るしかなかった。
 あの、不思議な石も手渡した。自分の手元に置いておきたい衝動に駆られたが、そのようなこと赦されるはずもない。半ば奪い取られるように、宝石は兵の手へと渡った。
 丸二日眠り続け、回復したサンテを待っていたのは衝撃の事実だった。
 サンテの身体は、王都へと運ばれていた。目が覚めた時には、王宮の一室にいたのである。とはいえ、豪華な部屋ではない。ただの小間使いの居間だが。
 それでも、サンテからみれば豪華な部屋だった。何しろ、寝台があり、美味くて新鮮な水が傍らにあったので。
 大陸で最も権力を持つ、王都カエサル。一応サンテが身を置いている国である。
 呆けていると、急に腕を捕まれ無表情の女官達に身体を洗われる羽目になった。赤面したが、無常にも衣服は全て剥がされ、運ばれてきた水と布で擦られる。冷たい水に悲鳴を上げるが、女らは容赦しない。
 羞恥心と屈辱感で涙を浮かべていると、恰幅のよい兵士が一人やってきた。彼は、衣服に鎧、そして武器を床に並べ、サンテを見通そうと凝視している。

「あの、これは一体」

 サンテは、怖々問うた。
 男は憮然とし、投げやりに告げる。
 
「貴様は今から、王にお目通りする。故に、最低限清潔にしてもらわねば。喜べ、卑しい身分で有りながら、王と同じ部屋に留まり、そのお声を聞き、瞳に姿を入れられるのだぞ」
「はぁ!?」

 頭を鈍器で殴られたように、はっきりと目が覚めた。
 何故こうなったのか理解出来ないが、今以上に悲惨な出来事が待ち受けているような気がしてならない。それでも、先日の地獄絵図よりはマシであれと願う。
 放心状態でいると、御丁寧に身なりを整えられ、鎧を着せられ、部屋から連れ出された。

「あ、あの、状況が……もう少し詳しく説明を」

 絞り出した声は虚しく、返答がないまま王の間へと通される。
 兵は、入室しなかった。
 押し出されるように部屋へ入ると、重苦しい扉が無情にも閉められる。深紅の絨毯の先に見える姿に、慌てて平伏した。
 恐らく、あれが王。見たこともない眩い椅子に座っている。
 そこは、張り詰めた空気が流れていた。極度の緊張に脳貧血を起し、意識を失いそうになる。

「お前が、サンテとやらか」
「は……はっ!」

 その部屋には、王と王妃、そして姫君三人が居た。
 重圧な声は無論、王のもの。野心家で征服欲が人一倍強い、狂ったように隣国へ戦争をけしかけている狂乱の男。高齢だが、勢いは衰えない。

「此度の件ご苦労であった。お前は本日から勇者サンテじゃ、胸を張って国の為に生きよ」

 有無を言わせぬ声に、絶句する。
 混乱するサンテに、「これだから下賎者は」と大袈裟に溜息を吐いた王は、そもそも言葉を語るのも面倒だとばかりに言葉を吐き捨てる。

「お前は、奇跡としか思えない物資隊の生き残り。これを使わぬ手はあるまい、敵国には、お前が“たった一人で敵兵を全滅させた”と噂を流しておる。無論、国内にもだがな」

 驚愕し、喘ぐような呼吸になった。声が裏返り、悲鳴を上げる。

「え、えぇ!? そ、そんな!」

 思わず顔を上げてしまったが、王に睨まれると再び床に額をつける勢いで平伏す。

「事実など知らんし、興味もない。だが、我国に優秀な戦士が存在すると印象付けるのにはうってつけじゃ。よいか、お前は勇者の名を語り、精々死なないでいろ。さすれば、適度な報酬を与えてやる。今後は、正体がばれてしまうような、無意味な仕事を請けぬように。ただ、“勇者サンテ”の名が広まればよい。ただ、条件がある。ボロが出ても困るので、他人と接触しないと誓え」

 あまりに身勝手な言葉に、心臓が激しく動悸する。けれども、命に別状なく平穏に暮らせるのであれば、偽の勇者を名乗っても良いと思った。
 もう、あのような惨劇には居合わせたくない。
 サンテは、額を床に擦り付けて受け入れる。

「お前は“勇者として認められ、姫と婚約し、それでも果敢に国の為に戦っているので王都には不在”……ということにしておく。勇者の信憑性を高める為に婚約したという情報も流したが、実際には大事な愛娘など渡さんよ」

 言われなくとも、サンテとて興味はない。ちらり、と顔を上げて姫を盗み見ると、姫は興味なさそうに傍らの果実を齧っていた。この場に呼ばれたものの、退屈らしい。

「故に、王都に居られても非常に困る。後で極秘に自宅に送り届けてやるから“人と接しず”暮らしておけ。勇者としてのお前が必要になれば、遣いを出す」

 サンテは、震える程に感謝した。冷静になってみれば馬鹿げた契約だが、当時は王が神にも思えた。この先一人で生きていくことなど、何の問題もない。あの惨劇に比べれば、天国である。命が危険に曝されることはなく、大人しくしているだけで、金が貰える。

「身に余る光栄」

 進んで、引き受けた。無論、断るという選択肢など最初から用意されていないが。

 顔を顰め耳を傾けていたリュウだが、気になる点があったので口を開いた。人間同士の諍いには興味がないが、話に出てきた球体は捨て置けない。

「お前が触れた不思議な石について、もう一度詳しく説明しろ」
「え、そこ!?」

 驚かれもせず、同情されもせず、妙なところに突っ込んで来たリュウに拍子抜けしたサンテは、目を丸くする。しかし、真剣なリュウの眼差しに、頭をかきながら手で大きさを説明し始めた。

「詳しくって言われても、随分時間が経ってるから」

 不慣れながらに身振り手振りでなんとか伝えようとするサンテを、食い入るように見つめる。そしてリュウは、確信した。話が終わらないうちに立ち上がると、短剣を引き抜き目を白黒させている憐れな人間の首に、躊躇することなく突きつける。
 リュウにとって、目の前の弱者が偽の勇者であろうが、結局は“ニンゲン”である。

「その奪われた球体は、私が探している物。お前らニンゲン如きが触れてよいものではない、穢れる。カエサルという場所にあるのだな? 今から即刻案内しろ」
「はぃ? む、無理だよ。話、きちんと聞いてた!? そもそも、王都にあるには違いないけど、厳重に護られているだろうし、案内なんかできないよ!」

 短剣にたじろぎながら、豹変したリュウに動揺を隠し切れないサンテは狼狽した。
 しかし、リュウは本気だ。

「案内を断るのであれば、お前は用済みだ、価値が無い。ここで死ね」

 剣を僅かに動かし、皮膚を斬る。
 痛みから、サンテは顔を大きく顰めて、本気だと知り蒼褪めた。

「どちらか選べ」

 目の前に居る、仮初の勇者に同情などするはずがない。ただ、自分は運が良いのだと知った。欲しかった情報が、こうも容易く手に入ったのだから。この機を逃すわけにはいかない、場所さえ吐かせてしまえばこちらのものだと、リュウの口角が皮肉めいて歪む。

「待ってよ、そもそも。……あの石、一体なんなのさ!」

 サンテは意地を剥き出しにして叫ぶ。

「黙れ、質問されたこと以外喋るな。とっとと場所を教えろ、私が出向く」
「スタイン、君、敵なの!?」
「お前達ニンゲンが、私達の敵なのだろう!」

 リュウの打ち据えるような言い方に、トッカが小さく吼えた。今まで外さなかった外套を脱ぎ捨てると、短剣をサンテの心臓へ向ける。
 唖然として、サンテは力なく呟いた。

「君……人間じゃないの? 一体、誰?」

 リュウの頭部には、竜族の証である立派な角が二本突き出している。

「醜悪なニンゲンと同じにするなっ、悍ましいっ!」 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み