犯罪者を捜せ

文字数 8,549文字

 ユキの周囲に薄紫の霧が立ちこめ、一瞬耳鳴りを伴い空気が震えた。杖が大きく揺れ、見えない何かが宙を走りながら蛇へと向かう。
 ケンイチは歓声を上げ、拳を空へとつき上げる。ユキの魔法が成功したのだ。
 風の刃は蛇の外皮を切り裂き、数個の傷口を作る。
 成功の安堵、そして極度の緊張からその場に座り込んだユキの後方から、駆けつけたムーンが連続して詠唱に入った。先程と同じ氷の魔法である、氷柱を幾つも投げつけ蛇へと突き刺す。
 耳を裂かれる様な鋭い叫び声を発し、のたうち回る蛇はその身体で街路樹をなぎ倒し、塀を破壊した。痛みに我を忘れて暴れまわっているようだ、このままでは被害が拡大してしまうことが目に見えた。

「ムーン! あの蛇の動きを止めることって出来ないかな、このままだと」

 焦りながらケンイチはムーンへと歩み寄った、ユキの腕を引っ張り上げ三人で態勢を整える。

「上手くいくかは五分五分ですが、やってみますわ。ケンイチには敵の注意をそらして頂きたいのです、危険を承知でお願い致します」
「わかった、ムーンから注意をそらせばいいんだよね。任せて」

 言われるなりケンイチは蛇へと突撃していく、顔をムーンから引き離す方向で間合いを計りながら誘導に入った。

「私にも指示を!」

 杖を握りしめながら隣に立つユキに、ムーンは大きく頷くと穏やかに微笑む。

「ケンイチの援護を。ケンイチが危害を加えられないよう、魔法で未然に防いで欲しいの」
「分かりました!」

 元気よく返事をし、ユキはケンイチの後を追うと、再度地面に杖を突き刺し魔法を放った。
 微力ながらも、確実に蛇の外皮を切り裂いていく様子にムーンは瞳を輝かせる。アサギまでとは言わないが、確実にユキも魔法を素早く唱え成功させてきていた。杖の特殊能力の効果もあるのだろうが、それにしても見事だ。

「思ったより度胸がある子なのね、最初は卒倒しそうなか細い子だったのに」

 眩しそうに見つめ、負けてはならぬと意識を集中させる。
 蛇の狙いがユキへと向く前にケンイチが斬りかかり、自分へと向けさせながら間合いを取り時間を稼いだ。その隙にユキが魔法を完成させて放つ、息が合う二人の攻撃はかなり有効に思えた。
 二人に蛇を任せ、長い詠唱に入ったムーンは瞳を閉じると、小さく唇を動かす。二人に全てを委ねるしかないこの状況に、焦りを感じてもいた。もし不安ならば自分が主力で戦うつもりであったが、取り越し苦労だったようだ。アサギの為に、だろうか。二人の戦闘能力が、皆といた頃よりも上がっている気がした。
 ケンイチは逃げながらもどうすべきか考えていた、攻撃力の高いその尻尾、それを切り落とすべきではないのかと。額の汗を拭いながら、素早く背後に回り込むと、一気に剣を振り下ろす。
 切り落とせば、被害が減るだろうと思った。思い切り、一撃を喰らわす。手応えと同時に、蛇の口から気味の悪い嗄れた悲鳴が出た。切り口から吹き出した赤紫の毒々しい体液に、堪らずケンイチは鼻を押さえる。強烈な異臭が漂う、降りかかった地面の草花が瞬時に焦げ焼ける様を見て、引き攣った笑みを浮かべ更に後退した。体液までもが毒に犯されているらしい。
 背筋を冷たい汗が流れる、これで暴れる尻尾の攻撃からは免れたものの、油断は出来ない。おまけに眼が、痛い。強い硫酸のような刺激臭だった、なんと厄介な敵だろうか。
 堪え切れず瞳を閉じてしまったケンイチに、切れかかった尻尾での蛇のあがきが襲いかかる。威力は落ちたものの、その衝撃は地球上では滅多に受けないものだ。
 ケンイチの身体は大きく吹き飛ばされ、宿の壁へと叩き付けられた。昔、学校の回転型遊具で吹き飛ばされ、先生達に救出された事があったが、当然その比ではない。悲鳴を上げる間もなく、強い衝撃と全身への強打に襲われる。意識が朦朧として、唇が震え出す、骨が砕けたような衝撃に声が出ない。痙攣を起こしながら口が半開きなり、だらりと力なく地面へ崩れ落ちる。

「ケンイチ!」

 悲鳴を上げ慌てて駆け寄り、ユキは回復の魔法を試みた。微かに呻いたケンイチは、生きている。恐怖を堪えて集中する、治さねばと躍起になった。溢れ出る唾を大きく音を立てて飲み込みながら、懸命に震える手で魔法を唱えた。
 蛇は機動力が劣っているものの、動けないケンイチを抱えて逃げることはユキには不可能だ。ならば、ケンイチを治し二人で一旦態勢を立て直すより他ない。
 そうしている間に、ムーンが一つの魔法を完成させた。

「大いなる大地の御手よ、そのものを絡め束縛し賜え。そのものは全てを大地に任せ、静かに眠りの淵へと」

 辛抱強く詠唱していたムーンは、例えユキの声でケンイチが危険な状態にあると知っても、集中を途切れさせなかった。それは影縛りの魔法である、一定時間敵の動きを封じることができる。
 蛇の影に琥珀色の巨大な矢が突き刺さると同時に、うねっていたその巨体が不自然にぴたりと固まった。しかし、この状況でいくらこの魔法が成功したとしても、直接攻撃が得意なケンイチが瀕死では、あまり役に立たない。ケンイチをユキに任せ、不安を押し殺しながら足を肩幅に開くと別の詠唱に入った。
 動きを止めている今しか、攻撃の好機はない。

「ここは我らに任せて、下がりなさいお嬢さん!」

 緊張と焦りで周囲に気を配っていなかったが、後方から街の警備隊が馬に乗って到着したようだった。
 ジェノヴァの警備隊は、鎧の肩部分に紋章が刻まれている。紺碧の防具に身を包み、甲には白い羽、鋭利な槍は単調だが機動力重視だ。味方の登場に安堵の溜息をもらしたムーンは、大声で叫ぶ。

「有り難う御座います! 今魔法で動きを止めているのですが、正直どこまで持つのかがわかりません。お気をつけて!」
「あい分かった!」

 騎馬は槍を構えて蛇へと向かい、威勢の良いかけ声で突進していく。
 ムーンはその背に丁重にお辞儀をすると、直ぐさまケンイチとユキの元へと駆けつけた。半泣きのユキは、ムーンの姿を見るなり緊張の糸が解け、大声で泣き出した。

「落ち着いて、回復魔法は完璧だわ。大丈夫よ。よく頑張ったわね、立派よ」
「は、はい、でも」

 ムーンも回復魔法を詠唱する、二人がかりでの治癒だ。
 ケンイチの苦しそうな表情が、すーっと、穏やかな笑みへと変わったのを確認した二人は、頷くとようやく笑みを零した。

「後は任せますわ、あちらの援護に向かいます」
「はい、頑張ります!」

 泣くことを止め、自信を取り戻したユキの声にはどっしりとした力強さがあった。
 責任感に満ちた瞳と、意志の強い返事にユキの頭を撫でたムーンは、彼女から勇気を貰った気がした。何も迷うことはない、戦場へと向かい、蛇の頭部目掛けて氷柱を投げ飛ばす。
 あの調子ならばケンイチも直ぐに目を覚ますだろう、心配なのは、今回の恐怖が今後の戦闘に支障を来さないか、だ。しかし今はそれを考えている場合ではない。影縛りの効力はまだ続いている、しかし、影に突き刺した矢はうっすらと消えかけているので時間は迫っていた。
 その体液にも効力がある敵だ、下手に傷口を開き続けても二次災害の恐れがある。しかし、知らない警備隊は槍で外皮を突き刺している。

「あの、離れて下さい! 魔法を!」

 ムーンの声は届かない、攻撃を加え飛び交う警備隊が邪魔で、大きな魔法が唱えられなかった。
 氷柱で攻撃をしているだけでは、時間がかかりすぎる。一気にとどめを刺すために威力の高いものを、と思ったが広範囲に渡る為、周囲への配慮が必要だった。
 極限まで範囲を狭めようとしているが、正直自信はない。焦るムーンが地面に目を落とすと、影に突き刺した矢が、消えていた。

「大変! 攻撃が来ます!」

 動きを止められ一方的に攻撃され、怒りが頂点に達した蛇は無我夢中で蠅のように飛び交っていた警備兵に、体当たりを食らわす。
 馬ごと地面に倒れ込んだ警備兵には申し訳ないが、お陰でムーンと蛇が対峙した。呻いているので兵達は生きている、胸を撫で下ろしたムーンはこの期を逃すまいと唇を真横に結んだ。杖を大きく振りかぶって、直ぐさま詠唱に入る。
 耳障りな金属音が周囲にこだまし始めた、ユキは慌てて布をケンイチの耳に押しつけると自分も必死に耳を塞いでムーンを見つめる。
 衣服をはためかせながら、ムーンの周囲に巻き起こる風。
 地に倒れ込んでいた兵達も、命からがら馬を引きずり、その場からゆっくりと離れていく。
 蛇すらもその気迫に負けているのか攻撃を仕掛けてこない、様子見というより、圧迫されているようだった。
 しかし、先に蛇が動いた。大きく口を開きムーンの頭部を飲み込もうと、その容姿からは想像出来ない速度で、満身創痍であろうとも身体を伸ばす。
 兵は思わず瞳を瞑った、ユキは祈るように見つめた。
 ムーンは、微笑んだ。口が開く、その瞬間を待っていたのだ。

「煌く粒子破片となりて、絶対零度の冷気を纏い彼の者へと。全てを凍てつかせる冬の女王よ、ここに降臨し賜え!」

 杖先を蛇の大きく開かれた口へと向ける。幾つもの巨大な氷の塊は風に乗って、蛇の口から体内へと飲み込まれていく。
 唖然とユキはそれを見ていた、瞳を怖々開き始めていた兵も、見た。
 失敗したと皆が思った、氷の塊を蛇へ叩き付ける魔法だと思っていた。
 しかし、ムーンは頬を上気させて勝ち誇ったように微笑んでいる。

「お見事ですじゃー! ムーン殿ーっ」

 元気な老人の声に皆が一斉にそちらを向けば、ブジャタが若い兵の馬に乗せられて手を振っている。
 何が見事なのか分からず、視線を蛇へと戻し、槍を構えた兵士達は同時に絶叫した。蛇は、天へと苦しそうにもがく断末の形相のまま、凍り付いていた。

「こ、凍っている」

 おっかなびっくり近寄った兵士は、太陽の光に反射し光り輝きながら凍結しているそれをコンコンと叩いた。徐々に皆、その魔法の意図を理解した、歓声を上げてムーンに握手を求める。
 額の汗を拭い、その握手に丁寧に応えるムーンは恥ずかしそうに頬を染めた。

「何が起こったの? 氷が食べられていたけれど」

 ユキがムーンに近寄り、首を傾げた。
 ムーンが答えるよりも先に、ブジャタの咳と声が近寄る。

「それはですなっ! 素晴らしかったですぞ、きゃつの心臓を凍らせたのですな。内側からの攻撃ならば、一気に仕留められますじゃ。口を開いたあの隙に魔法を叩き込み、一気に氷結。見事としか言えませんぞ」
「魔法にも、使い方がたくさんあるんだ。……そういえば、食料も凍らせていたもんね」

 ケンイチは、鎮まらない感動で息づまったような低声を出した。
 外側から攻撃せずとも良い、確実に仕留める方法を選択したのだろう。そんな風に臨機応変に魔法を扱う事が出来れば、どんなに楽な事か。
 和気藹々と戦闘の勝利を喜んでいたがそうもいっていられなかった、兵達に事情徴収される羽目になってしまった。
 ユキに支えられどうにか身体を起こし、立ち上がったケンイチは、兵に囲まれたムーンを不安そうに見た。しかし、自分では上手く説明が出来ないので、彼らに任せることにする。

「大丈夫?」
「あぁ、なんとか。死ぬかと思ったけど。意外にも人間は強く出来ているんだね」

 ムーン達がこちらに近寄ってきたので、軽く顔を顰めた。蛇の出現経緯はケンイチしか知らない、こちらへ質問に来ると思っていたが、思ったより早かった。呼吸を整え、喋る為に心を落ち着かせる。
 一部の兵士達が凍り付いた蛇を処理すべく荷台の手配等を進める中で、位の最も高そうな兵士がケンイチの視線に合わせてしゃがんでくれた。見た目は強面だが、存外子供に優しいようだ。

「君が第一発見者かな? あそこまで巨大な蛇はどのようにして? 外壁は破壊されていない、まさか空から降ってくるわけもないよね?」
 
 ケンイチは、ユキの手を握りながら正直に答える。

「犯罪者と思われる二人組が、妙な球を取り出し、投げつけました。すると煙と共に突如蛇が現れたんです」

 しかし、相手にしてもらえない。

「ははは。まさか」
「ほ、本当です、球は小さかったけど……ええっと、これくらいだったような」

 球の大きさを手で表現したケンイチに、兵は神経質らしく眉を煌めかせ、射るような眼光で腕を組む。
 
「むぅ? それで、その二人組はどのような姿だったかな?」

 まだ辛そうなケンイチに代わり、ムーンが前に進み出て口を開いた。

「私達四人が目撃しております、漆黒の衣服に身を包んでおりました」
「そうなると、やはり先程我らが追っていた犯罪者で間違いはなさそうだが。老夫婦の家にて殺人強盗が起きたので、犯人を追っていたのだ」

 殺人、と聞き息を飲む四人の顔は、若干蒼褪めた。相手は、殺人犯だったらしい。

「しかし、そのような小さな球体からあれほどの魔物が出てくるとは。かなり高等な者でない限り、制作は不可能じゃ。そしてそれを大量生産でもされて街中に投げ込まれでもしたら、大惨事ですな。屈強な城壁と警備に護られていても、内部でやすやすと放たれたら」

 先程の魔法ではないが、内部からの破壊は被害が甚大だ。ケンイチとユキは、直様“トロイの木馬”の話を思い出していた。互いに顔を見合わせ、青褪める。大きな木馬を街へ送り、その中には兵士が潜んでいて、やすやすと進入した、という戦争の話だ。映画で、観たことがあった。

「不吉なこと、言わんでください」

 心底嫌そうに兵は肩をすくめ、軽くブジャタを睨み付ける。
 しかし、ブジャタは首を横に振って続けた。

「確率は高いですじゃ、まぁ相手の真意を知らんがの。あの青年達が作ったものではなさそうですしのぅ、配布されたのではないかと。となると、巨大な組織が絡んでそうですな。あんなもの、素人が作れるもんじゃないのぉ」

 口を噤む兵だが、気づいた。

「そういえば。あなた方は、何者ですか?」

 今更な質問である。
 まさか「勇者です」と言うわけにもいかなかったので、ケンイチとユキは困惑して俯いた。
 剣の扱いに長けた少年に、魔法を扱う少女、更に高等な魔法使いの少女に……妙に偉そうな老人。どうしたって、怪しい。
 ブジャタは豪快に笑いながらケンイチの肩を叩き、芝居めいた口調で語る。

「この子は儂の孫ですじゃ。遠方の村の出身じゃがの、一通り初歩の魔法や剣技を教えておりまして、それが今回役に立ったようですのぉ。何、見物がてら来ておった、ただの観光客じゃて」

 些か無理があるような気もしたが、荷台が到着したので兵達は礼を述べるとそのまま帰路につく。
 拍子抜けしたユキが肩を竦めながら、その後ろ姿を見送った。

「信じられない、もっと追求してくると思ったのに」
「ふむ、しかし儂らにしてみれば詮索されないほうが行動しやすいというもの。さぁ、もう一仕事やりましょうかの」

 ムーンが乱れた髪と衣服を整え、歩き出している。

「先程の者達を追わなければなりませんわね、行きましょう。何処かに身を隠しているとは思えませんわ」
「うむ、急ごうかの」

 唇を尖らせて渋々座り込んだケンイチがそっぽを向く、本調子ではないのでこの場に置いて行かれることになった。「ばいばーい」と明るく手を振るユキに力なく手を振るケンイチは、木陰に移動して、仕方なく目を閉じる。
 ケンイチをその場に置いて坂を上る、小高い丘からは荘厳で頑丈そうな城壁が見えた。そのまま坂を下り、城壁に近寄る。
 宿が密集している反対側の丘は芝生で、日頃子供達のかっこうの遊び場になっているのだが、今日は誰もいない。あの騒ぎでは当然だ、そのほうが都合がよいが。
 無言で、風が吹き抜ける芝生を三人で歩き続けた。
 城壁を見上げれば、無言の圧力がかかる。目の前で三人はそれを見上げ、唇を噛んだ。確かに城壁があれば外部からの進入は防ぐことが出きるが、こうしてみると窮屈だ。上空から見れば、檻に閉じこめられているも同然である。

「ふむ。城壁を迂回すると警備兵に見つかるじゃろうから、無難にどこかに抜け道があるとしか」

 城壁の下は草に護られているような状態である、小さな穴が空いていても不思議ではない。これだけ同じ風景が続くのであれば、万が一抜け穴があるとして、必ず目印があるだろう。
 三人は、離れて探すことにした。
 ユキは考えた、もし、自分が秘密の抜け穴を作るとしたら何処に作るだろう、と。人には分かってはいけない、けれども自分たちは瞬時に分からねばならない。
 ならば。
 降りてきて直ぐ目に付いたのは、城壁に沿って、一定間隔で木が植えられているということ。しかしそれでは皆同じであって目印にはならない、木の種類も同じである。木の根本を見てみた、草が生えている。木にも特に異常はない、目印となるものなど、ない。後ろを振り返ってみた、来た方向の丘の上には宿屋の風見鶏が顔を覗かせている。クルクルと回っている。
 はっとし、ユキは風見鶏の下を見つめた。風見鶏は風が吹けば当然向きを変える、しかしその下の矢印は動かず一定を指している。
 北を指し示すその矢印、高鳴る胸を抑えてその矢印が正面に来る場所を探した。その付近の木を注意深く見てみれば。

「ムーンさん! ブジャタさん!」

 弾かれたように叫ぶユキは、興奮して大きく飛び跳ねた。
 二人が駆け付けると、ユキは誇らしげに発見したそれを見せた。草に被われ、壁が見えなくなっていたが、大人一人が通過出来そうな穴が城壁に空いている。
 苦笑いで三人は顔を見合わせる、これでは誰でも進入可能だろう。
 警備兵に抜け穴があったことを大至急報告するとして、三人はケンイチの元へと急いだ。そこさえ埋めてもらうか、交代で見張りをつけておけば容易く出入りしている者は捕まえることが出来そうだ。

「さぁて、次の道は決まりましたな。先程の者達を捕まえましょうぞ、何やら怪しげな臭いがしますがのぉ」
「えぇ、ケンイチの状態も見て、今夜発つか早朝にするか決めないといけないですわね」

 丘を登る、意外と早く早期解決が出来たので三人の心は穏やかだ。
 夕日に染まる空を見上げ、ムーンが小さく呟く。

「危険極まりない人物達ですわ。早急に捕まえないと」

 魔物を取り扱う人間を、放って置くわけにはいくまい。

 宿屋街の一角が妙に騒がしい事に気づいた三人がそこへ降りて行くと、案の定ケンイチが中心にいた。先程の戦闘を何処かで見ていた野次馬達だろう、しきりに何か話しかけている。
 その中には数名、派手で薄手の露出が高い衣装に身を包んでいる女性がいた。男性向けである夜の店も存在するので、そこの従業員だろう。照れるケンイチに触れ、抱きしめ、誘うように艶やかに会話する女性達。童顔のケンイチは歳上受けした、相当気に入られている様子である。

「可愛いわー、この子っ。強いし、将来有望よね」
「でも、もう十二歳でしょう? どうお、今夜遊ばない?」
「夜のお勉強も必要よ、坊や」

 顔を真っ赤にして首を横に振り続けるケンイチに、「可愛いっ」と歓声を上げる女性達。
 そんな様子を憮然と、こめかみに青筋を立てながら見つめているユキとムーンの方は小刻みに震えている。
 傍らではブジャタが首を竦ませ、見知らぬ振りをした。

「け、ケンイチったら! 何しているのっ。何、夜のお勉強ってっ! けけけけけ汚らわしいっ! えっち、変態、下品!」
「あ、あの人達ったら人前にあんな、はだけただらしがない服装で。教育に悪いですわ!」

 そう言ってからムーンはふとマダーニを思い出した、目の前の女性達と似たような服装だった気がした。が、この際そこには触れない。
 ムーン自身も実は今日の衣服は先日ここで購入した衣服だが、ワンピースで気に入るものが無く、腹部を見せるしかないこの衣服を購入している。確かに透けてはいないが十分露出はしていた、が、この際そこは気にしない。
 二人は勢いよく、地面を叩き割る感じで一歩一歩、ケンイチへと向かった。
 その不穏な気配に怪訝に振り返った女性達は、般若のような二人の強面に喉の奥で悲鳴を上げる。
 普段の器量の良さは何処へやら、二人の顔は完璧に変形していた。

「退いて下さるかしらーっ」
「立ってよ、ケンイチ! 行くよ」

 尻込みしている人々と、呆気にとられているケンイチ。
 二人はケンイチの腕を片方ずつ互いに掴み、思い切り引っ張る、というか、引きずる。
 質問から解放されたので、嬉しそうに手を振るケンイチは、まだ怒り収まらない二人の少女と共に行く。
 ブジャタは茫然と見送る人々に軽く会釈をし、苦笑いで続いた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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