集いし者ら

文字数 4,282文字

 アサギは窓から差し込む日差しに眉を顰め、重たい瞼をぎこちなく開いた。呼吸を繰り返し、朝の新鮮な空気を肺へ送り届ける。
 見慣れつつある高い天井、そして隣には寝息を立てているハイ。すっかり二人で眠る事に慣れてしまった。
 アサギは手早く支度を済ませ、熟睡しているハイを優しく起こした。すでに日課となりつつある。
 朝食を済ませると、ハイが読書を提案した。魔族の書物に興味があったアサギは、瞳を輝かせて了承し、二人は並んで座る。
 ハイが数冊本を持ってきてくれたので、丁寧に受け取り、用意された茶と共に、穏やかな時間を過ごす。

「こういう時間も良いだろう?」
「はい、ありがとうございます!」

 一字一句漏らさないよう熱心に読み耽っているアサギを愛おしく見下ろし、ハイはやんわりと口角を上げた。部屋に二人きりなので、邪魔が入らないことに気づいた。

「実に至福」

 少し渋みのある薬草茶を啜りながら読書に集中していると、扉を叩く音がする。誰かが訪ねてきたらしい。   
 舌打ちし、口元が歪む。ハイは仕方なく重たい腰を上げると、来訪者を迎え入れた。リュウが妨害に来たのだろうと推測していたものの、やって来たのは意外にも魔王アレクだった。

「引きこもりであるそなたが自室から出てくるとは珍しいな、アレク。何か用か?」


 以前のハイも自室に籠もっていた筈だが、自分は棚に上げての発言を気にせず、アレクは目を落とした。そこには、小首を傾げて笑みを浮かべているアサギが立っている。

「今日は、何をしている? 時間があれば、是非紹介したい人がいる」
「ハイ様と読書をしていましたけど……」

 腕を組み、明らかに不機嫌そうに立っているハイを見上げたアサギは、返答を委ねた。
 ときめきが腹の底からせり上がるような思いで過ごしていたハイにとって、傍迷惑な誘いだった。さらに、アレクがアサギを食い入るように見つめている事が業腹である。苛立ちを隠せず、冷ややかな声を出す。

「紹介したい人? 一体、誰だ?」
「私の、恋人を」
「あぁ……成程。アサギ、読書は今度にしよう」

 アレクの恋人であるロシファのことは、ハイとて知っている。興味がなかったので顔はうろ覚えだが、女であるならばアサギに会わせても問題はないと判断した。

「アレク様の恋人、ですか?」
「あぁ、ロシファという。アサギの話をしたら、会いたいと言っていた。迷惑でなければ」
「迷惑だなんて、とんでもないです! 私も、お会いしたいです」

 魔王の恋人とはどんな人だろうと、アサギは興奮した面持ちで勢いよく返事をした。
 微かに口元が綻んだアレクは、ハイに手短に詳細を伝える。

「ふむ、午後からか。ならばそれまで、ゆるりと過ごすとしよう」

 アレクは「ありがとう」と礼を述べ、静かに一礼すると立ち去った。

「ハイ様は、お会いしたことがあるのですか?」
「ある。エルフの娘だったな」
「エルフ!? わぁ、私エルフの方にお会いするの、初めてです!」
「エルフと言っても、魔族との混血だった。……確か」
「ハーフエルフ! 素敵!」
「はぁふ? アサギの国ではそう呼ぶのかね」
「はい」
「よしよし、憶えておこう」

 二人は再び、読書に没頭した。

 アサギとハイの部屋を出たアレクは、大股で歩き、転移を急いだ。善は急げ。

「あら、アレク」

 ロシファは、草木染めの最中だった。草を擦り潰していた為、鼻にツンとした香りが入り込む。駆け寄ると、アレクは真剣な眼差しで見つめる。

「今から、アサギに会わせる」
「……え、え? 今から? 急ね」

 ロシファの腕を強引に引っ張り、引き摺るようにしてアレクは直様踵を返した。
 豪快な笑い声を出す乳母が、大きく手を振って二人を見送る。

「後はお任せくださいな、綺麗に染め上げておきますよ。いってらっしゃいませ」
「ごめんね、ありがとう!」

 申し訳なさそうに頭を下げたロシファは、次の問題に気づいた。

「ま、待って! 正装させてよ、これでは恥ずかしいっ」

 染物をする際は、汚れても構わない衣服を着用している。また、作業の邪魔になるので、髪を無造作に一つで縛ったままだった。エルフの姫君とは、到底思えない。

「君らしいし、どんな衣服でも美しいから大丈夫」
「こんな時にまで褒めないで! 一応私、エルフ族を率いている者なのよ!?」
「有りの侭の私達を見てもらおう、包み隠さず」

 無邪気に笑ったアレクに、怒る気を失くしたロシファは力なく溜息を吐いた。

「まぁ、そうね……。これが、普段の私ですものね」

 ロシファは唇を真横に結ぶと、まだ見ぬ勇者に思いを馳せる。一世一代の、大勝負。勇者を見極めねばと、腹に力を入れた。

 魔界に戻ると、スリザにアイセル、サイゴンとホーチミンが護衛として待機していた。
 ロシファの存在は、良くも悪くも魔界に波紋を齎す。魔王アレクの恋人がエルフと魔族の混血であることは、大概皆知っていた。嫌悪する者もいたが、かといって、進言するわけでもない。
 緊張した面持ちのスリザ達の前に、軽やかに微笑みながらエルフの姫君が姿を現す。
 お世辞にも綺麗とは言えない容姿でやって来た為、ホーチミンは面食らった。

「あの人、綺麗だけど、エルフって身なりを整える習慣がないの?」
「お前と違って、化粧して見た目を着飾らなくても美しいんだ……ガッ」

 聞き終える前に、ホーチミンはサイゴンの脚を踏みつけた。隣で静かに睨みを利かせたスリザに気づき、慌てて肩を竦める。
 アイセルは平伏したまま、微動だしなかった。

「皆、本日は宜しく頼む」
「御意に」

 アレクは面会の場を、大広間ではなく、小さな庭とした。庭から四方の道が伸びているので、それぞれにスリザ達を配置する。
 菓子と茶を運ぶ者も、徹底して厳選した。口が堅い娘らであり、信用出来る。

「サイゴン、ハイ達を呼んで来てくれ」
「畏まりました」

 サイゴンに導かれ、ハイとアサギが庭へとやって来た。
 ロシファは、すぐに食い入る様にアサギを見つめる。それから、手を繋いでいたハイを見て息を飲んだ。漆黒の長い髪に、全身を覆い隠す異国の衣服を身に纏う男は、確実に魔王ハイ。それでも、別人と思うほどに空気が一変している。刃を身に纏っていたような男が、今や柔らかな光に包まれている。
 恐ろしいものを見る目で、再度アサギを凝視した。

「皆さん、こんにちは!」

 アサギは丁寧に頭を下げ、邪心の欠片もない表情で微笑んだ。細身の身体、大きな瞳、愛らしい顔立ち、庇護欲を掻き立てる容姿をしている。

「紹介しよう、私の恋人のロシファだよ」

 品定めするように上から下まで見ていたロシファは、突然背中を押されて我に返った。宝物でも見つけたような瞳のアサギと、視線が交差する。

「初めまして、アサギと申します」
「……初めまして、小さな勇者さん。ロシファです」

 ロシファは、喉を鳴らした。手から微かに汗が吹き出て、身体が小刻みに震える。敏感にアサギの不思議な力を感じ取り、身の毛がよだつ。
 
 ……これが、勇者ですって!?

 二人の手が触れた、その瞬間。
 電撃のような痺れが。ロシファの身体を駆け巡った。一陣の風が吹きぬけたような、不思議な感覚に唇を噛み、鳥肌が立った腕を擦る。

「ロシファ、どうした?」
「ううん、なんでもないの……」

 目の前で微笑んでいるアサギを見つめつつ、アレクの不安そうな声に苦笑した。
 勇者など、初めて見た。
 そして、真に勇者なのかという疑念を抱いた。
 確かに、凡人ではない異質さを感じる。訊きたい事は多々あるものの、上手く言葉が出てこない。想像していた容姿とは大きく異なる上に、存在感すら想定外のものだ。

「勇者……というより」

 小さく、零す。ただ、その先が出てこない。いや、思い浮かんではいるものの、口にするのも馬鹿馬鹿しい。
 得心のいかない顔のまま、皆と同じ様に菓子に手を伸ばした。他愛のない会話を繰り広げている間も、奇妙な焦燥に駆り立てられ上の空だ。

「どうだい、ロシファ」
「どうって、……言われても」

 ハイと談笑しているアサギを盗み見て、ロシファは唇を噛む。茶を口に含み、口内を湿らせる。妙な緊張感から、喉が渇いていた。

「歴史的瞬間よね。魔王と人間代表である勇者、そしてエルフ族の長が集合するだなんて」

 上空を仰げば、炎暑を思わせるような強い陽光が瞳を刺激した。

「勇者の神器がここにあれば、奇跡が起こるのに」
「奇跡? 奇跡はもう、起こっているよ」

 瞳を細めて穏やかに笑うアレクに、隣でロシファも微かに頷くとぎこちなく微笑んだ。素直に喜ぶ彼を見ていると、とても言い出せなかった、勇者に思えない、と。

「そうね、アレクがそう思うのであれば、奇跡ね」

 そんな二人を離れて見ていたスリザは呼吸が止まるほどに驚き、俯いて情けなく笑う。

「この魔界で、アレク様があのような表情を……」

 複雑な心境で、肩を竦める。魔王アレクは、魔界イヴァンで常に気を張り詰めていた。幼き頃から自分の立場を理解し、寡黙で無表情の、高貴な魔王として振る舞っていた。今しがた浮かべた飾らない微笑は、今まであれば有り得ない。完全に寛いでいる。
 発端は、勇者の来訪。
 スリザは、改めてアサギを見た。容姿からすると、勇者には到底見えない。どこぞの姫様に思える。ただ、普通の娘ではないことだけは、理解していた。
 そもそも、この場に居る誰しもが産まれてこの方“勇者”というものに出くわしていない。何を持ってして勇者とするのか、判断基準などない。

「勇者の神器」

 突如声を張り上げたロシファに、その場に居た全員は驚き、注目する。

「セントラヴァーズとセントガーディアン。太古の昔、神と魔族とエルフが創り上げ、人間の手に預けた代物」
「え!?」

 アサギが、驚嘆の表情を浮かべて悲鳴に近い声を上げる。本来ならば、今頃自身の脚で取りに向かっている筈の、武器。

「貴女が所持すべき武器は、どちらなのかしら? 勇者アサギ」

 鋭利な視線を向けているロシファに、アレクは静かに溜息を吐く。確実に、アサギの品定めを始めている。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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