勇者と娼婦

文字数 3,538文字

 アサギたちが空の向こうへ消えた頃。
 恐ろしい竜から逃げずともよいと悟った人々は、力が抜けその場に座り込んだ。

「無事だったか、グランディーナ!」
「お父様、お母様!」

 呆けていたグランディーナも、両親の声で我に返った。蒼褪めた様子で駆け寄ってきてくれた二人に、少なからず安堵する。心配してくれていたことは理解出来た。
 大きく息を吐き出し、自らの喉が声を発せられることを知ったように流暢に言葉を紡ぎ出す。

「御無事で何よりです。……早速ですが、報告がございます。お聞き下さいませ」

 凛とした態度で、両親を見据える。
 語ったのは、先日買い入れた宝石の正体。そして、窮地を救ってくれたのは竜に乗った勇者だったことを。
 最初は信じてもらえず、騙されたのだと怒鳴られ、世間知らずの娘だからと呆れられた。しかし、グランディーナは唇を真横に結び自分が正しいと言い張った。
 不毛な争いが続くと思われたが、ボルジア城から派遣された賢者アーサーにより、グランディーナの言い分が正しいと判明。市長である父は、ガックリと膝を折り項垂れる。事件を引き起こした商人を捕らえる為、街中の人々が査問されることとなった。
 騒がしくなった街を部屋から見下ろし、グランディーナは紅茶を啜る。
 街のあちこちは、ワイバーンによって破壊された。しかし、自宅周辺は全くの無傷。後ろめたい気持ちもあるが、正直有り難い事だった。

「……ふぅ」

 色々と考えることがあった。
 あの日、ワイバーンに追われていた時の事。親友だと思っていた友達は転んだ自分を見捨て、逃げた。だが、通りかかった娼婦に助けられた。彼女らの事をあからさまに蔑み、小馬鹿にしていたのに。
 
「あの人たちに、お礼を言わないと」

 ぼんやりと呟き、いつしか夜の帳が降りてきていた空を見上げる。窓から見える夜空は、普段よりも明るく、煌びやかに見えた。
 あの不思議な勇者が去って行った空を見上げ、ふっと息を吐く。

「変な勇者だった」

 物言わぬお人形のような似姿なのに、妙に猛々しい感じがするあの娘は見ていて心地良かった。彼女に逢いたいと思った。勇者だけではなく、娼婦らにも。自分が彼女らの立場だったら、逃げていただろう。
 自分の価値観を大きく変えた今日の出来事は、グランディーナの人生の転機。
 翌日、グランディーナはガーベラたち娼婦に謝罪をするため足を運んだ。
 自分の意思で、一人きりで。普段とは違う場所を歩くことは心細く、投げられる視線が警戒心を伴っていることも手伝い足が震える。ゴロツキも多くいるだろうから、拉致監禁されて身代金を要求する餌に使われるかもしれないと不安ばかりが押し寄せる。
 しかし、危険な目にあってもまた彼女らが助けてくれる気がして彼女を捜した。

「あの、ガーベラという娼婦に逢いたいです。何処に滞在しているか知りませんか?」

 好奇の目に晒されたが、グランディーナは無事に居場所を突き止めた。

「ガーベラ、珍客よ」

 出迎えたガーベラは目を丸くした。
 まさか、市長の娘が()()()()()にやって来るとは思わなかったのだ。

「こんにちは。……昨日はありがとう。感謝を伝えてなかったから」
「律儀ね」
「当然よ、義を通すわ」

 つっけんどんな物言いだが、以前のように見下すことはなく、これが彼女なりの精一杯の謝罪なのだと汲み取ったガーベラは呆気にとられつつも微笑んだ。

「これ、私が好きなお菓子。皆で食べて。施しじゃないわよ、御礼よ」

 グランディーナに押し付けられた物を大事に抱え、柔らかく頷く。

「有り難く頂戴するわ。……用はこれだけ? お嬢様がいるべき場所じゃない、早く戻ったほうがいい。中には、貴女が嫌悪するような輩もいる」

 急に表情を険しくしたガーベラは、周囲を窺いつつ声を潜めて告げた。追い出したいわけではない、彼女を心配しているからこそ、本音を告げた。ワイバーン奇襲の要因が、市長が手にした卵だという真実は水面下で広まっている。それゆえ、鬱憤が溜まっている輩も多い。グランディーナが市長の娘だと知られれば、何が起こるか分からない。
 無責任で悪意に満ちた噂は、尾ひれがついてすぐに広がってしまうものだ。

「分かったわ。……心配してくれてありがとう、あの」
「急いで。何かあれば、私たちがそちらの地区へ行くわ」

 ここは、強制的に集約され続いてきた娼婦館が密集している場所だ。港町にやって来た男らを慰める、立派な仕事場である。とはいえ、やはり特定地区としての独特な空気があった。
 悪く言えば、つまはじき。
 皆、懸命に生きているのに。
 先日までは、グランディーナも娼婦らを軽蔑していた。けれど、彼女らにも矜持があり、何より他者を救える優しさがあることを知った。もっと話がしたいと思うが、唇を噛み締める。
 この先、言葉を交わすことがなくとも。それでも、互いに信頼できる相手だということは感じた。

「じゃ、じゃあね!」

 頬を赤く染めたグランディーナは、急ぎ足で踵を返す。
 足をもつれさせながら逃げるように去っていく彼女を、肩を竦めながらも姿が消えるまで見送ったガーベラは瞳を伏せた。

「ただのお嬢じゃなかったんだ、意外」
「うん、話をしたら楽しいかもね」

 娼婦仲間がそう話しているのを聞きながら、胸の前でそっと手を組んだ。

「……けれど、住む世界が違う。これ以上関わらないほうが、双方の身の為。怪我をするくらいなら、綺麗な関係のままでいたい」

 ガーベラは知っていた、グランディーナのことを。
 何故ならば、上客の娘だから。数年前から入り浸っている市長の相手を、何度したことだろう。娘と同じ年頃の女を抱きに来る男を、常に冷めた瞳で見つめていた。しかし、彼らがいなければ生きていけないのも、また事実。
 これ以上深入りをしたら、グランディーナが知る時がくるかもしれない。心を許してくれていた彼女が嘆き悲しむ事を、避けたいと思った。

「知らないほうが幸せなことなんて、世の中に多々あるでしょう。臭い物には蓋をする、当然のことだわ」

 受け取った菓子も、ガーベラは知っていた。市長が「娘が好きでよく買わされる。年頃の君もきっと気に入るよ」と来るたびに持参していたからだ。

「優しいねぇ、ガーベラ」
「優しいというのかしら、こういうのって。……さぁ、お茶を淹れて菓子を頂きましょう」

 液体が落ちる柔らかい音と、温かい靄のような湯気が机の上を漂うと癒される。

「いただきます」

 口にしたその菓子は、いつもより丸く優しい味がしたように思えた。

 街に、変化が訪れた。
 自分の身を優先し、市民の避難を率先して行わなかった市長は罪に問われた。だが、賢者アーサーの助言により再選挙は免れ、常に監視されるということで収束する。数年先に全市民の投票で、市長として相応しいか協議される運びで。
 そして、娘であるグランディーナが父に口を出し始めたことが大きく影響した。卵の件を全て明るみにし、今回の非は父にあると言及した上で、真面目に政治に取り組むように懇願した。
 娘に言われて流石に心が痛み、自発的に娼館通いを止めることとなる。ガーベラの客は減ったが、善い事だと微笑んで時折市長の館を眺めた。
 また、今回のことを教訓とし、万が一に備え避難経路設立に資金が振り当てられた。復興と新たな取り組みで人の出入りは激しくなり、商売がより盛んになった街に笑みが戻る。
 全てが善い事に思えた、ただ一つを除いて。
 善かったのか、悪かったのか。
 強いて言うならば、それは()()()()のだろう。
 運命に抗ったところで、それは必然。誰にも変えられないのだから。
 
 美しい金の髪が、海風に流される。寂しい歌声が、騒がしい街と反対側で響いていた。物悲しい旋律が、緩やかに飛散する。

「真っ赤に染まった自分の手 生暖かい感触に身を沈める
 目の前で愛しい貴方は その綺麗な紫銀の髪を赤く染め
 私を見下ろし 嗤ってた
 貴方が居ない世界に 私は必要ない
 動いていた時計の針は止まったの
 回っていた歯車は壊れたの
 溢れて湧き出た清水は枯れてしまったの
 太陽は汚染された大気に隠されたの
 風が止み 大地が荒れ 水は枯れ果て 
 火は業火となり 全てを飲み込む
 光は届かず 闇が支配する
 この世界に私は要らない
 貴方に私は必要ない
 貴方が欲するのは 金の光
 眩いばかりの 流れる金」

 ガーベラは、海を見据えて歌った。
 消えていった不思議な勇者を思い描きながら。それは、輝かしく美しい勇者で、自分とは正反対の娘。
 人が羨む全てを持ち、自分の意思で何でも出来てしまう、自由の娘。

「羨ましい子」

 潮の香りが移ってしまった金の髪を指に巻きながら、ガーベラは自嘲気味に笑った。

 キィィィ、カトン……。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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