魔王と勇者、出会いの先に  前編

文字数 5,037文字

 魔族らが続々と集結していた、その少し前。
 ドレスに着替えたアサギとハイは、会議が始まるまで城内を散歩していた。屋上に位置する果物栽培所を訪れたハイとアサギは、合流したリュウと共に果物を戴く事にした。朝食はしっかり戴いたものの、瑞々しい果物なら口に出来る。
 甘い香りが充満するその敷地内で、色とりどりの果物が元気良く光り輝きぶら下がっている。亜熱帯性の果物が植えられているようだ、雰囲気が南国そのものである。アサギが見慣れている果物もあるが、地球には存在しないと思われる果物もあり、興味深い。
 畑を潤している汲み上げ式の汀の傍らで、三人はその場でもぎとった果物を頬張った。アサギは馴染み深いバナナと、マンゴーを選んだ。迸るような甘味に、思わず歓声を上げる。今まで食べてきたどのバナナよりも美味しいのは、やはり無農薬かつ、採り立てだからなのだろうか。
 三人で他愛のない会話を楽しんでいたが、時間が来た為移動する。

「そういえば、リュウ様は苺畑をお持ちとか」
「そうだぐー、アレクに農地を借りたぐ。そのうち連れて行ってあげるぐ」
「苺以外にも育てれば良いのに」
「苺が良いのだぐ。苺こそ、至高、果物の頂点」

 魔王二人が果物について話し出したので、アサギは大人しく聞いていた。
 到着した先は壇上であり、席は用意されていたものの、落ち着かない。立ち上がってカーテンの隙間からそっと様子を覗けば、魔族の多さに脚が強張り震える。しかし、ハイが笑みを浮かべて手招きをしてくれたので、安堵の溜息と共に、震えを止めるべく深呼吸をした。胸を張り、顔を上げて、視線は真っ直ぐに。手は行儀良く、膝の上にそっと添えた。
 そうしてカーテンが開かれた。
 些か落ち着いていたので、アサギは魔族観察を開始した。
 魔族と一言で言っても、彼らは様々な容姿をしていた。人間に近い魔族もいれば、明らかに羽根や角が生えた魔族もいる、肌が緑の者もいれば、頭部が馬の魔族も存在している。
 ふと、黄緑の髪で額に角を施した髪飾りをしている男性と視線が交差した為、アサギは反射的に会釈をした。男性は何故か驚愕の瞳でこちらを見ていたが、慌てて会釈し、ぎこちない笑みを浮かべている。
 それは、アイセルだ。
 瞬きを忘れてアサギを食い入るように見つめていたアイセルは、急に身体が冷え込み喉を鳴らす。背筋を伝う汗は、何を意味したのか。眩暈がして、後方に倒れ込む。幸いサイゴンが立っていたのでそのまま支えられたが、周囲は怪訝な顔をしてアイセルを一瞥している。

「顔色が良くないわよ、あんた。……しかも、すっごい汗が。ねぇ、大丈夫?」

 ホーチミンが簡易な回復魔法を唱え、訝し気に覗き込む。
 アイセルは、表情を隠すように顔を背けた。

「ちょーっと、さっきスリザちゃんに蹴られた箇所が痛んだだけ。気にすんなー」
「あら、そっ」

 痛そうに顔を顰め、アイセルはだらしなく頭を掻く。
 ホーチミンは呆れ返って冷ややかな視線を送ると、興味を失くしてサイゴンに軽く耳打ちをした。

「ね、サイゴン。あそこに女の子が座ってるけど……。あれ、誰? 誰かの従姉妹?」
「髪が黒いし、ハイ様の妹ではなかろうか? 堂々としているし」
「あー、確かに。人間に見えるもんね、っていうか、え、本当に人間?」

 魔族達の視線は、否応なしにアサギに集中していた。
 魔王の列に混じって、見慣れない小柄な娘がいたら当然だ。
 気品が滲み出ているその姿から、魔王ハイの妹ではないか、と魔族達は犇めき合った。はたまた隠し子ではなかろうか、とも噂は飛び交う。
 魔王ハイの耳に入っていたのならば、衝撃で寝込んでしまいそうだ。まさか想い人が、自分の娘扱いされようとしていたなどと。年齢差を目の当たりにしてしまうところだった。

「はいはーい、静かにするぐー! 注目注目ー! 今日は、君達に重大なお知らせがあるのだぐー。あ、でもだぐ、その前に。質問があるのだぐ! 素直に答えて欲しいのだぐー」

 ざわめく魔族達を手を三度叩いて静まらせたリュウは、大きく魔族達を見渡す。視線が集まったところで、急に神妙な顔つきになって一言。
 爆弾を投下した。

「最近、人間界に勇者が出現したとの噂があるけれど。その勇者についてなのだぐーよ」

 途端、魔族らに動揺が広がった。
 小声であれどもこれだけの人数が同時に口走ったので、大きなざわめきとなる。
 忌々しそうに、憎しみをこめて「勇者」と吐き捨てる者から、戸惑いながら呟く者、肩を竦めて呟く者、興味なさそうに周囲を見渡し「勇者だって」と調子を合わせる者。
 十人十色である、予想通りの反応にリュウは満足して微笑んだ。
 騒音に近い彼らの呟きに、焦燥感に駆られたハイが椅子から立ち上がった。
 アサギは息を潜め、けれども目を逸らさずに魔族達を眺めている。拳を強く握る、一体リュウが何をしようとしているのか、全く分からない。けれども、一つだけ確信はあった。
 リュウはアサギを危険な目に合わせようとしているわけではない、それだけは断言できる。その為、アサギは四面楚歌のような状況でも、酷く冷静でいられた。
 そんな様子を、魔王アレクは何を語るでもなく静謐な瞳で見つめている。特に、アサギを一心不乱に見つめ続ける。

「おい、リュウ! お前は一体、何がやりたいんだ!?」

 こんな状況でアサギが勇者だと知られてしまっては、非常に危険だ。火に油を注ぐようなもの、魔王である自分が隣にいても、無事ではすまないかもしれない……ハイは表情を強張らせる。
 説明が面倒だったので、リュウは軽く笑うだけで説明せず、ハイの杞憂を無視した。そうして、わざとらしく咳を一つこぼす。

「ん、このような状況では話が出来ないぐ。重大発表は後日ということで」

 途端、不服な嘆きが上がる。
 “勇者”に纏わる何か、なのだろうが今は教えられないという魔王。そもそも、何故仕切っているのが魔王アレクではなく、魔王リュウなのだろう。疑問を抱いたところで、今日はお開きらしい。非常に納得がいかないが、魔王に反論する者は誰もいなかった。
 一体、何のための召集だったのか。

「はてさて、しかし。君達の呟きを聞いていた限りでは……困ったことに勇者を敵視していない者が中に居るようなのだぐー。当然敵視している者のほうが多いだろうけども、嘆かわしい事だぐ。魔族とはなんたるかを説教するぐ、別に折檻するでも洗脳するでも刑罰を与えるでもないぐ。だから、正直にこの場に残るぐもよ。はいはい、移動開始だぐー、勇者に敵対心を持つ物達は迅速に帰宅を!」

 顔を引き攣らせた一部の魔族らが狼狽していることは、リュウの目からは丸解りだ。想像以上に、勇者を敵視していない魔族らが多い。

「……だろね。間近で見なければ、接しなければ、勇者が何かなど解りはしない」

 自嘲気味に呟いたリュウは瞳を細め、右往左往している魔族らを冷ややかな視線で見つめた。
 魔族らの大移動が始まった、ぞろぞろと出て行く魔族達は苦笑している。全員が素知らぬ顔をして出て行くかと思えば、馬鹿正直に残っている魔族らは居た。
 集まっていた魔族の五分の一程が、肩身狭そうに残っている。紛れて出て行こうかとも脳を過ぎったがリュウが『正直に』と言ったのがひっかかっていた。後で嘘が露見し、罪が重くなっても困る。何食わぬ顔でそのまま出て行った魔族もいたのだが、非常に誠実な者達はこうして残った。

「だって……勇者っていったってなぁ。こちらが侵攻しなければ、攻めてこないだろうし。多分」
「ぶっちゃけ、戦いって好きじゃないし……」
「和解して協定を結びたいくらいだよ」

 魔族らの嘆きは、人間達に聞かせたいものばかりだった。肩を竦め、居心地悪そうに広間の中央に必然的に集まり、身体を寄せ合う。
 その中には、スリザ、サイゴン、アイセル、ホーチミンもいた。
 スリザはアレクが人間を好いている事を知っていた、『勇者を極秘に探し、和解が出来ないか相談を持ち掛けたい』と稀にぼやいていたのを聞いていた。その為、良い知らせであると踏んでいる。
 サイゴンとて、同様に考えていた。勇者が見つかったので、使者を送りたいという相談ではないのかと。
 ホーチミンは特に人間だろうが魔族だろうが気にしていなかった、実際人間の友達も居る。種族はどうでも良いのだ、気が合えば。
 そしてアイセルは、アサギが“何者か”気づいている。乾ききった口内を必死に唾液で湿らせながら、一人耐えている。感動のあまり、咽び泣きそうになるのを必死に堪えている。
 ドアが閉まる音が、異様に響き渡った。
 リュウは、満足して残った魔族達を見渡すと、無邪気な笑みを浮かべた。

「うん、ありがとうなのだぐー。今日は君達だけに特別なお知らせがあるのだぐー! これ、秘密なのだぐーよ。ここにいる者達以外、内緒ね、内緒だぐーよ」

 パチン、と指を鳴らす。
 広間中のカーテンが閉められ、外部からの光が遮断された。暗闇で覆われた広間に、魔族達は騒然となる。
 しかしそれは、一瞬の事だ。
 騒々しい派手なファンファーレと共に、眩いばかりの一筋の光が一点を照らし出す。サァ……と月光の様に注がれた一本の光の先にいた人物、それは。

「……私?」

 無論、アサギである。
 きょとん、として隣のハイを見上げれば、憤怒で真っ赤にした顔でリュウを睨みつけていた。
 おぼろげにだが、ハイはリュウの目論見が解った気がした。ドレスを着せられたアサギ、そして勇者を敵視する魔族を追い出した意味。
 しかし、もはや遅い。
 視線が交差した、ハイとリュウ。
 やめろ、とハイが叫ぶよりも先に、意地悪く瞳を光らせたリュウが叫んだ。

「じゃじゃじゃじゃーん! この娘が、魔王ハイのお嫁さん候補で惑星クレオの勇者アサギちゃんなのだぐー! みんな仲良くしてあげるのだぐーよっ!」

 うぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!
 大喝采である。広間は、騒然となった。
 魔王ハイに、嫁。
 嫁が、勇者。
 勇者は無論、人間だ。
 ということは、長きにわたり因縁の関係であった魔族と人間は、魔王と勇者によって和平を結ぶに違いない! ……と、皆は解釈した。  
 ハイは泡を吹いて卒倒し、床で後頭部を強打したまま動かなくなった。
 アサギは椅子から飛び降りてハイに駆け寄るが、半乱狂だった。白目を剥いているハイに右往左往し、困り果てている。一応回復魔法を施し、後頭部の痛みを和らげた。
 その様子に魔族達はざわめきたった、「おぉ、仲が宜しいことで!」と。
 熱気あふれる魔族らを一瞥したアレクは、静かに席を立ち、アサギとハイを見下ろす。

「ちょ、すごーい! ハイ様やるぅ、嫁に勇者だって!」
「い、意外……どこにそんな出逢いが!? というか、非常に俺の理想の嫁さんだ……。物凄く可愛い子だー、えー、いいなー、どうやって口説いたんだろうなー」

 ホーチミンとサイゴンは、各々の感想を吐露する。
 スリザは心配そうにアレクを見つめ、唇を噛む。
 そして、アイセルは。呆然と立ち尽くしたまま、微動だ出来ずにいた。ホーチミンに揺さ振られても、アサギから視線を外すことはなく。アサギを凝視し、苦しそうに胸を押さえる。汗は、額から零れ落ち、背筋を滝の様に流れる。

「あの子、が。あの子、だ。……名前は、“アサギ”」

 アイセルは一際強く、胸を押さえつける。

 ……あの方が! あの方が次期魔王! アレク様の後継者にして魔族を統治する偉大な女王!

 歓喜と畏怖の念で複雑な表情を浮かべたアイセルは、甲斐甲斐しくハイの世話をしているアサギに魅入る。身体中がバラバラになりそうなほどの衝撃を体感していた。
 地球から召喚された勇者アサギは、人々に忌み嫌われ、神からも見捨てられた魔族の住む地・イヴァンに降り立ちその姿を見せた。
 魔王ハイの、嫁として。

「平和な時代だ……」
「これからは堂々と人間界に行けるぞ!」
「あぁっ、なんて素敵な日でしょう! 魔王ハイ、万歳!」

 ばんざーい! ハイ様、ばんざーい! 万歳、万歳、万歳、万歳! 
 大合唱は、収束することなく。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み