外伝4『月影の晩に』2:二人の騎士見習い

文字数 5,889文字

 黒と緑の双子姫に関する予言は城内に留まらず、城下町はおろか他国にまで知れ渡り始めていた。
 何処から、漏れたのだろう。
 しかし、人の噂好きなど、知れたこと。興味本位で人から人へ、話は渡る。所詮他人事である、重要な秘密を知れば知るほど、話したくなる広めたくなる。
 これぞ、人間の心理。
 
 成長した類稀なる二人の美姫には、求婚者が殺到した。噂に尾ひれ、内容は捏造され大陸を駆け巡っており、当然マローに会いたいと願い出る王子達が多々出現する。
 城内ではこの頃になって、ようやくマローに騎士団を護衛としてつけることを決定した。城下町に通達し、健康で堅実な少年・青年の招集を行った。最初は娘らで編成を組む予定であったが、やはり女の力では万が一の際に不安が残る。
 その通達を、国民達は羨望の眼差しで見つめた。給料が良いのは無論、何より噂の美姫に会える。姫の護衛、という肩書に心は震える。容易くなれるものではないが、年頃の男らは駄目もとで応募した。

 城下町が祭りの様な興奮状態であった頃。
 蝶よ花と育てられたマローだが、好奇心旺盛で無鉄砲、少々お転婆な彼女は、隙を見ては裏庭の茂みに隠れていた。というのも、女中達の会話を盗み聞きする為だ。年頃にもなると、正直マロ―は毎日が退屈かつ窮屈で仕方がなかった。アイラにはなかなか会わせて貰えない上に、目新しいものがなく、貢がれた宝石もドレスにも、飽きてしまった。周囲はおべっかを使うばかりでつねに微笑み、意見を述べても肯定しかしない。
 何か胸が躍るような事はないかと追い求めた結果、女中らの会話を聞く事が一つの楽しみとなった。皆、マロ―と会話する時とは違う表情と言葉遣いで、張った声で話をしている。常に女中に囲まれていたものの、脱走を企てることが得意であった為、その日も誰か来ないかと転寝しながら茂みにいた。
 しかし、今日に限って誰も来ない。唇を尖らせ、深い溜息を吐く。諦めて茂みから立ち上がり、姉の部屋に遊びに行けないかと思案顔を上げたときだった。

「や、やぁ!」
「……どちら様?」

 反射的に身構えた、聴こえた声に思わず逃げ腰になる。反対側の茂みの中から現れた同年代の“異性”に、眉間に皺を寄せて軽く睨みつけた。小汚い衣服に乱れた髪の少年に、鳥肌が立つ。汚物でも見る様な瞳で一瞥し、ドレスを汚すまいと後退した。臭くはないが、反射的に布を取り出すと鼻を押さえる。
 訝しみながら、唇を噛み締め威嚇する。
 目の前の少年は赤面しながら、頭についていた枯葉を払い、服の皺もなんとか伸ばすべく、手で押し付けている。一応、身なりを整えようと努力をしたのだろう。けれども、限度がある。

「うーん……もう少し良い服を着て来ればよかったかな」

 嘆息し、残念そうに微笑む。警戒心剥き出しのマローを澄み切った瞳で見つめた少年は、大股で近づいた。
 驚いたマローは更に数歩後退する、しかし何故か足が震えたので上手く下がれなかった。
 少年は怯えているようにも見えるマロ―に瞳を伏せたものの、両手を衣服で拭き丁寧に腰を折る。

「は、初めまして、お姫様。妹のマロー様だよね」
「……そうだけど、どなたかしら? 気安く話しかけないでくださる?」
「ごめんなさい。あの……ま、前にさ、ここで見かけてから、毎日通っているんだ」
「あら、そう。それで?」

 冷ややかな視線を向けられ、棘のある声で言葉を投げつけられても、少年は怯まなかった、頬を赤く染めて、穏やかな顔で微笑んでいる。それ以上近寄る事はなく、また、言葉を発する事もない。無言の空気ですら至福であり、幸運を味わっているように思える。
 何も語らないその少年が、得体の知れない生物に見えた。嫌悪感を抱いたマローは、聴こえるように言い放った。

「なんなの、とても気味が悪いわ。悍ましい。あまり見ないでくださる、穢れてしまう」
「ご、ごめん。可愛いからついつい、その、見惚れちゃうんだよね」

 少年は辛辣な言葉をものともせず、照れながら本音を吐露した。
 マローは、端正な顔を歪めて引き攣った声を出す。どう対応してよいやら分からず、心がざわめいた。
 再び、二人の間に沈黙が流れた。
 マローは気まずそうに瞳を逸らし、少年は照れながらも純粋に光る瞳を真っ直ぐに向けている。 
 少年は、ただ嬉しかった。焦がれたマローが目の前にいて、しかも会話が出来たことに。明日、死んでしまうのではないかと思うくらいの幸運だと、神に感謝した。
 しかし、そのようなこと思いもよらないマローは、瞳を吊り上げた。

「ご存知の通り、あたしは姫よ」
「うん、知ってるよ」
「アンタのような下劣かつ得体の知れない不気味なモノが、近寄っては行けないのよ。お分かりかしら? 極刑でもよいところよ、悲鳴を上げて、女中らに引っ立てて貰おうかしら」
「……お姫様とじゃ、身分が違い過ぎるよね。解ってる、つもりなんだ」

 胸の中を刃物で掻きまわされるような苦痛を感じ、少年は小さく呟くと項垂れる。
 マローは嘲笑し、ふんぞり返って吐き捨てる。

「あら、一応は立場をご理解されているのね? では、お引取りくださいませ」
「騎士団に入るんだ、俺」

 少年は、弾かれたようにそう叫んだ。踵を返し興味を持たずに去るマローに、ありったけの勇気を振り絞って駆け寄り、その華奢な腕を掴む。

「騎士団に入って、腕を磨いて騎士団長になって。そうして、マロー姫の護衛につくよ。それが俺の願望」

 振り向かせようと、必死に早口で告げる。
 初めて異性に触れられたマローは、身体を引き攣らせた。掴まれている手の感触に唖然とし、硬直する。今まで腕を捕まれた事すらなかったので、衝撃は大きかった。腕が痺れたような感覚に、動揺する。そうしていると、強い力で振り向かせられた。至近距離で、視線を縫い付ける様に見つめて来る少年に、喉が鳴る。
 二人の視線が、交差した。逸らそうとしたが、出来なかった。あまりにも真っ直ぐに自分を見ていた少年の瞳が、今まで観て来たどの宝石よりも美しく光り輝いている様に思えた。頬が熱くなり、心臓が跳ね上がる。呼吸することすらままならず、注がれる熱い視線に胸はいやおうなしに打ち震える。
 機嫌取りの者達とは違う、情熱的な真意の瞳は、どこか姉の瞳にも似ていた。脈拍が、トクントクン、と音を立てる。時間が止まり、まるで周囲が透明になったかのような錯覚を起こす。
 二人は、暫しの間見つめ合った。
 やがて木の葉が触れる音が聞こえ、二人の間を引き裂くように、葉が舞い降りてきた。我に返ったマローは赤面し、掴まれていた手を懸命に振り払うと、思い切り少年を突き飛ばす。

「ぶ、無礼者っ!」

 そのまま、逃げるように立ち去る。
 その背に、突き飛ばされ芝生に倒れていた少年が叫んだ。

「君に、相応しい男になるから。待ってて! 俺は、君の為ならどんなことでも耐え抜いてみせると、誓ったんだ!」

 マローは、まるで追いかけてくるような少年の声に耳まで真っ赤になった。必死で顔を擦り、火照った頬を冷やそうと掌を添える。身体中から水分が蒸発してしまったようで、眩暈を起こしそうになる。
 全力で向かった先は、姉の部屋だった。
 途中で何人かに止められたが、振り切って走る。勢いに任せてドアをこじ開け、驚いて瞳を丸くしていた双子の姉に飛びついた。会わなければ、全身が壊れてしまいそうで。姉ならば助けてくれそうな気がして、震える身体を預ける。

「マロー? 一体どうしたの、そんなに慌てて」
「アイラ姉様っ」

 飛び込んだ胸の中で、震える身体を落ち着かせる為に深呼吸を繰り返す。
 アイラは動悸が高まっているマローを優しく抱き締め、半開きのドアを瞳を細めて見つめる。妹の髪についていた葉を摘み上げ窓辺から落としながら、背を撫でた。

「苦しい……胸が、痛いのっ。何かが刺さっているみたいなのっ」

 震えながらそう吐露するマローは、先程の不審な少年を思い浮かべていた。彼の笑顔が、脳裏から離れてくれない。彼の声が、耳の奥にしがみ付いている。忘れたくて瞳を閉じるが、どうしても、あの少年が浮かんでしまう。
 それが、無性に恥ずかしかった。そして、嫌な気持ちではないことに衝撃を覚えていた。
 ただ、この気持ちが何なのかは、分からなかった。

「おい、大声出すなよ! 警備兵が来てる! トモハラ、逃げるぞっ」
「あ、うん。ミノリ、引っ張ってくれ」

 姿が消えてもマローの走り去った方角を、愛しそうに見つめていた少年トモハラは。焦って木から顔を出した親友のミノリの手を強く握り、そのまま茂みへと消えていく。
 城下町に住む、極普通の家庭に育った二人の少年トモハラとミノリ。家が隣同士で、物心ついた時から兄弟のように育ってきた。
 薄茶の髪のトモハラは多少猫毛で、瞳は垂れ気味だが鋭利に光っている。
 漆黒の硬めの髪に、釣り上がった瞳のミノリは見るからに悪戯好きな表情を浮かべていた。
 悪童として有名な二人は、大人の目を盗んでは城へ侵入しようと毎日のように企んでいた。子供は必然的に、大きなものに憧れる。そして駄目だと言われれば言われるほど、渇望する。
 厳重に警備されている城だが、覗いてみたいという幼い好奇心が恐怖心に勝ってしまった。それは単に冒険心だったが、幾度目かの挑戦で、ついに侵入に成功してしまった。子供だからこそ、侵入できた。僅かな隙間や木々の枝を飛び移り、大人の目を掻い潜った。
 城下町流れていた双子姫の噂は、彼らの耳にも届いていた。その“姫君”とやらを見るのが、二人の最終目的だった。それはまるで、難攻不落の城に隠された宝物。隔離された未知なる場所に住む、美しい姫。
 二人は昼間に侵入し、木の上から様子を窺っていた。地面に下りようかとも考えたが、流石にそこまでの度胸はなかった。流石に命に関わることだと、少年達とて理解していた。
 その木には都合よく甘い実が生っていたので、来る日も来る日も口にしながら様子を見ていた。葡萄によく似ている、薄緑色の果物だった。見下ろしていた広大な庭は、時折人が通るが他には何もない。庭を駆け抜けて内部に入りたいが、見通しが良すぎて見つかる可能性が高いと解ったので出来なかった。
 ミノリは時折聞こえてくる、澄み渡った声が気になっていた。音域が心地良く、柔らかなその声が気に入って、もっと近くで聴きたいと木の天辺に徐々に移動していった。城の高い部屋から声は漏れていた、あれがきっと姫の声なのだろうと耳を閉じて聞き入ることが、いつしか至福となっていた。
 ある日、窓から手が伸びていることに気づいたミノリは、なんとか姿を見ようと必死に枝を掴み、落下しないように身を乗り出した。けれども、やはり姿は見えない。ただ、白くて艶やかな腕は脳裏に焼きつき、微かに顔を赤らめたミノリは決意した。姫君の騎士団を設立するという事実は当然知っている、街中その話題で持ちきりなのだから。騎士団になれば、あの声をもっと間近で聴く事が出来るに違いないと思った。
 ならば、ミノリの目標はただ一つ。
 トモハラは毎回上へと行くミノリと違い、木の中間で庭を眺めていた。というのも、黒髪で同年代の少女を見かけたからだ。
 それが姫なのだろう、明らかに見たことがない煌びやかな衣装を身に纏っていた。純白のドレスに、漆黒の髪がとても映える噂の美姫である。柱から柱を駆け抜ける瞬間しか瞳に姿を映すことが出来なかった、それでも姿が見えればトモハラは満足だった。無論、毎回侵入して見かけられるわけもなく、姿が見えなければ足取り重く街へと帰る。
 始終動き回っている姫は、見ていて面白かった。意表を突かれたのも、目が離せなくなった原因かもしれない。遠くからなのではっきりとは解らないが、仕草がとても愛らしく、表情がくるくる変わっているよう。伸び伸びとした様子は、好奇心旺盛な仔猫の雰囲気だった。
 庭で茶会をしていた時に、初めて間近で姿を見たのだが、想像以上の美しさに眩暈を覚えた。天まで突き抜けるような高音で明るい声だが、時折拗ねたような甘えたような、胸を揺さぶるには十分過ぎる“女”の音域を出す。大きな釣り上がり気味の瞳は、何かを捕らえて忙しなく動く。甘そうな菓子を頬張りながら、何故か時折密かにテーブルの下のハンカチに包んでそ知らぬふりをしていたり。思わず吹き出しそうになるのを必死で堪え、トモハラはマローを観察した。ドレスの裾を上げて、庭を裸足で走り回り、歓声を上げる姫にすっかり心を奪われた。

 ……もっと、近くで見えないだろうか。近寄って、話が出来ないだろうか。

 想いは募るばかりだったが、廻り廻ってその日トモハラに好機が訪れた。
 高鳴る胸と緊張と恐怖を必死で押さえ、そっと木から下りた。茂みに隠れて様子を窺い、何度も茂みから出ようと足を持ち上げるも、どうしても踏み出せない。見つかった場合、処刑となるだろう。けれども、一人で唇を尖らせ何かを待っている様子の姫に、どうしても会いたかった。
 意を決して静かに茂みから立ち上がる、こうしてようやくトモハラは姫と会話出来た。

 息を切らせ街を疾走する二人は、清々しい表情を浮かべて曇りなく笑う。特にトモハラは、泣き出したいほどに感極まっていた。大声で叫び発散しないと、身体中が歓びで満ち溢れて爆ぜてしまいそうな感覚だった。
 二人の決意は、揺ぎ無い。

『必ず、騎士団に入ろう。あの姫に会う為に』

 黒のミノリが目に留めたのは、姉のアイラ。姿は知らない、けれども声が好きだった。
 茶のトモハラが目に留めたのは、妹のマロー。愛くるしい全てに魅了され、傍に居たいと願った。
 二人は揃って志願書を提出し、剣技に明け暮れる。どうしても、あの姫に会いたい、傍に居たい。
 幼くとも、異性を護りたいという男の本能が働いたのか。
 それとも、数奇な宿命か。
 二人は血の吐くような努力を続け、見事、揃って騎士団に入隊した。
 夢が、叶ったのだ。
 稽古をつけてもらいながら、夜の見張りに立ち、掃除などの雑用を任された。今はまだ、姫には会えない。しかし、その足掛かりは出来た。
 どれだけきつい毎日であろうとも、近くに姫がいると思うだけで、身を粉にして働けた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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