外伝2『始まりの唄』24:悲しみと、喜びと
文字数 1,712文字
トダシリアは、時間が許す限りそんなアリアを一心不乱に見つめていた。その動作は舞でもしているかのように優美で、見ていて飽きがこない。それどころか、心の蟠りが晴れて穏やかな気分になれた。身体を重ね快楽を得ているわけでもないのに、心が満たされる。
不思議な感覚に、戸惑いすら覚える。
「器用だな」
何気なく呟いたトダシリアに、アリアは薄く微笑んだ。
「そうですか? ありがとうございます、トバエもよく誉めてくれました。ふふ、久し振りに織ります、上手く出来るとよいのだけれど。喜んでくれるかな」
気分よく鑑賞していたものの、アリアの余計な一言で気分が害された。楽園に居るような夢心地の気分も、結局アリアの口から出る“トバエ”の名で奈落の底に突き落とされる。解っていてやっているとしたら、それこそ類まれなる悪女でしかない。頭痛に苛まれながら、トダシリアは唇を尖らせた。
「あのな、何を織っているか知らないが、それをトバエに渡す約束などしていないだろ。オレは織機を与えたまで」
「……渡してくださらないのですか?」
欲しい物は何でも買い与えると言ったが、後悔した。アリアは、トバエに贈る何かを作るため、これを欲した。二人の絆の手助けをしてしまうことに、憤慨する。しかし、散漫することなく集中し織り続ける姿は、本当に美しい。心癒される半面、その布が誰の手に渡るのかを考えると怒りが込み上げる。
見なければよい、なんなら、取り上げてしまえばよい。それなのに、何故行動しないのか。葛藤する自分に、嫌気が差して混乱する。
「来い、アリア。暇だから抱いてやる」
「私は暇ではないです」
無視してアリアは織り続けようとした、だが、足を踏み鳴らし近づいてきたトダシリアに腕を捕まれる。久し振りに荒々しく捕まれ、唇を噛んで痛みを堪えた。
「口答えするな、最近調子に乗っていないか。機織は与えた、しかし、四六時中動かしてよいとは言っていない。全てにおいて優先すべきは、オレ。それで遊ぶのは、オレの手が塞がっている時だけにしろ」
「暇だから抱くだなんて、トバエはそんなことしませんでした」
小意地になっているのか、アリアは反抗する。懸命に腕を振りほどこうと、力いっぱい腕を振った。だが、細やかな抵抗など意味をなさない。
「何度も言わせるな、オレとアイツは違う。そんなこと知るか」
飢えた獣の様にアリアに圧し掛かったトダシリアは、嫌がる彼女を床に押し付け、その場で幾度も身体を貫いた。寝台などない部屋だが、交わるくらい何処でも構わない。白濁した液を注ぐ行為を終わらせると、猛火で焙りたてるような激情も薄れる。
「夜は寝台で遊んでやる。それまでは自由にするがいい」
労わりの心を曝け出したかと思えば、突如豹変し暴虐になるトダシリアに、アリアは戸惑った。それでも、何故か嫌いになれない。今日もまた、ドレスが破かれてしまった。一体、何着破棄したら気が済むのだろう。彼にとっては大したことが無いのかもしれない、衣服など、腐るほどある。しかし、高級なこのドレスが一着あれば、貧困に喘ぐ人々を少しでも救える。ドレスは消耗品とはいえ、これは勿体ない。
「暇だから、ではなくて。……そうでは、なくて。遊ぶ、ではなくて。……違うの、です」
ぼそっ、と呟く。けれど、そんな言葉は誰にも届かないし、届かなくてよいと思った。少しだけ期待を、する。けれど、期待を裏切って欲しいとも思っている。この欲に塗れた願望を、成就させてはならないと言い聞かせる。
……もう少しだけ、私自身に興味を持ってください。性欲の捌け口ではなく、ここにいる私を見てください。
アリアは泣きながら近くの裁縫箱で不恰好ながらもドレスを縫い留めると、再び黙々と織機に向かった。悲しみの中に、僅かな歓び。複雑な心境を織り込んだ。