外伝4『月影の晩に』1:繁栄と破滅の姫君

文字数 4,599文字

 寒気で五臓が締め付けられるような、そんな日だった。
 城の一角で、二つの産声が上がった。助産婦達は直様落胆し、医師は悲鳴を上げ、参謀は天に祈った。喜びに満ち溢れる筈の室内には、不穏な空気が漂う。
 女の腹から産まれ出た赤子は緑の髪と、黒の髪の双子だった。
 古来より、双子は忌み嫌われてきた。皆が悲痛な溜息を漏らすのは、当然の事。
 出産は無理だと思われていた高齢の女は、元気な双子を産み落とした。しかし、本人には相当な負担がかかっており、待機していた医師は直様診察にあたった。
 主産したのは、この城の女王だ。
 布で覆われた我が子を見つめながら、大量の汗を流している青白い顔の女王は唇を開く。医師に制されたが、苦痛の表情を浮かべ途切れ途切れに言葉を発する。

「この、世に……破壊と繁栄をもたらす、双子……」

 皆が聞き取った、聞き辛くとも聞き取ってしまった。唖然としていたが、彼らの顔からは次第に血の気が引いていった。
 女王は嘔吐しつつ、それでも語った。自分に残された時間が極僅かであることを、悟っていた。

「みどりの髪の姉は、破壊の子を。くろの髪の妹は、繁栄の子を……それぞれ、産み落とす。我国には必ずくろの、妹を……女王に。みどりの姉は、他国へ嫁がせなさい、最も巨大で卑劣な敵国に送りな、さい……。たごん、無用、知られれば……くろの我が子が、狙われる」

 水を打ったように静まり返る一室で、皆は固唾を飲み聞き入る。止まらぬ身体の震えに抗い、腕に爪を立てる者もいた。

「みどりの姉を殺せば、その時点で我国に破滅が訪れます、決して、乱雑に扱わぬよう……うぅ!」

 女王がくぐもった声を上げ、大きく仰け反った。それでも、語り続ける。

「の、呪いの子を産む母親は、無論呪いの塊、災いの元。くろの、妹を、妹さえ、いれば」

 激しく咳き込んだ女王の唇から、鮮血が迸った。
 悲鳴を上げて女王に「御意に。ですからお休みくださいませ」と宥める皆の瞳からは、涙が流れ落ちている。
 号泣しながら参謀が女王に寄り添った、幼き頃から常に傍らにいた姉妹のようなものだ。
 女王は参謀の手を僅かな力で握り締めながら、全身を大きく震わす。

「大事な、我が子を、お願いね」

 薄っすらと瞳に涙を浮かべながら、再び吐血する。死に際、どこにそんな力が残っていたのかというほど、参謀の手を強く握り締める。
 参謀の顔が、引き攣った。
 雪が、降り積もり続ける中で。城内は女王を失い、悲壮感に包まれた。

 大地の加護を受けし国・ラファーガ。
 この国は、代々女にのみ受け継がれてきた。歴代の中で最も偉大であり、自国の者から信頼を集め、他国からは恐れられた女王は、なんの因果か双子の娘を産み落とした。
 巨大な魔力を持ち、近辺から恐れられた“魔女”が産み落としたのは、いわくつきの双子。
 緑の髪の姉は、破壊の子を産むだろう。
 黒の髪の妹は、繁栄の子を産むだろう。
 女王が最期に遺した予言は、国の存亡に関わる恐ろしいもの。聴いていた者は参謀一人、医師が三人、助産婦が二人の六人だった。六人はこの予言を他言無用とし、暗黙の了解として互いに頷き合った。
 双子姫を立派に成長させ、女王の言葉通りに行動しようと誓いを交わす。
 姉は、その時勢力を伸ばしている敵国へ送られる。容姿さえ気に入ってもらえ、子さえ孕めば用は無い。姉の産み落とした子によって、その国は滅亡するだろう。
 妹はラファーガの女王として日々、成長させねばならない。妹の産む御子によって、我国は繁栄するだろう。
 間違えなければ、素晴らしい賜物だ。自国を愛するあまり、願いが天に届き授かったとしか思えない。敬愛を籠め、六人はその場で黙祷する。
 六人は、魔物を見るかのような視線を姉に投げた。彼らの視線を一瞥し、「不憫な子」と、参謀は呟いたが、仕方のないことである。姉を殺したくとも、殺せない。呪われた嬰児だとしても、殺しては災厄が降りかかる。時が来るまでは、育てるしかない。
 助産婦は、恐々姉を抱き上げた。しかし、手が震えていたので誤って落としてしまった。
 しかし、誰も気にも留めない。
 妹は恭しく丁重に、二重の毛布に包まれてあやされた。毛布が二重なのは、姉の毛布も使われたからだった、姉は薄布一枚で捨て置かれた。
 一人取り残された姉は、ただ泣き喚く。五月蠅く、耳障りな声に医師が頬を叩いた。けれども、誰も咎めなかった。呪われた子を、誰が抱きたがるだろう。
 女王の葬儀の支度の間も、放置された。
 大事な妹は直様暖かな部屋へと移され、姉の分も皆に尽くされた。
 緑の髪の姉の名を、アイラ。
 黒の髪の妹の名を、マロー。
 乳も存分に与えられず、構っても貰えず、まして抱いても貰えず姉は育つ。
 その分、妹は城中から祝福を受け、愛されて成長した。

「女王様も、歴代の女王様も誰も、緑の髪なんていなかったのに。本当にあの子は悪魔だね」
「マロー様は美しい、お母様似の艶やかな黒髪であられる。女神のようだ」
 
 姉のアイラは、与えられた名前すら、呼んでもらえなかった。
 六人によって守られていた筈の双子の秘密は、双子姫が成長するに従い城中に漏洩していた。誰が漏らしたのかは解らない、ひょっとすると六人の双子に対する扱いの差により、皆が察したのかも知れない。
 妹マローには、常に何かしら贈り物が届いていた。おやつには毎日甘くて瑞々しい果物を、蜂蜜を大量に入れたふわふわの焼き菓子を。商人がやって来ては、こぞって宝石を買い与え、部屋は毎日様々な可憐な花で埋め尽くされた。何着もドレスを贈り、一日に何度も着替えては髪を梳かす。
 姉アイラには、書物が贈られた。接する事がすでに恐怖であり、部屋から出てきてもらっては困るので興味の対象になるであろうものを贈りつけた。食事は毎日三回運ばれたが、マローとは違い質素なものだった。他国へ何れ嫁がせる呪われた子には、金をかける必要など無い、ということだ。パンと、スープがほとんどで、稀に肉か野菜がついてきた。
 それでもアイラは不平を言わず一人で食事をし、手元の書物を読み耽った。部屋から外の世界を見れば、木々が青々と生い茂り、水色の爽やかな空が何処までも続いている。鳥達が稀に窓際にやってきたので、とっておいたパン屑を投げて楽しんだ。
 居る場所は同じだった、けれど、風景は毎日違っていた。流れる純白の雲は、カタチを変える。来る鳥達も、種類が違うし囀る歌も、また違う。下には花壇がある、花の香りが風に乗って部屋にも届いた。
 アイラは窓辺で今日も書物を読み耽る、何も辛い事などありはしなかった。
 そして、何より双子の妹マローは姉を慕って頻繁に部屋に来ていた。それがアイラの最大の愉しみで、生き甲斐でもあった。マローが楽しければ、幸せであれば、アイラは満たされた。

「アイラ姉様! 見て、美味しいものを持ってきたわ」
「ありがとう、一緒に食べましょうか」

 アイラのドレスは、布地もそうだが縫い目も手荒で、とても一国の姫君が着るようなものではない。一方、マローは煌びやかな深紅のドレスを身に纏っていた、宝石も散りばめられている。
 それでも、アイラは何も言わない。眩しく瞳に映る妹のマローに、似合って当然だと思っていた。
 マロ―はこっそりとハンカチに包んで蜂蜜をふんだんに使用した焼き菓子を持ってきて、自慢げに姉に見せる。
 甘い香りが部屋に満たされ、アイラは顔を綻ばせる。
 双子姫は、十二歳になっていた。二人とも見目麗しく成長した、それこそ誰しもが“欲する”容姿に。
 けれども、食事から豊富な栄養分を摂取できないアイラは、マローと比較すれば髪も艶がないし、肌にもはりがない。そして、華やかなマローに比べてアイラは行動も地味で、若干輝きにかけていた。
 二人して窓辺に座り、菓子と紅茶を頂く。

「ねぇ、アイラ姉様。“恋”って何か知ってる?」
「こい?」

 紅茶を一口飲んだアイラは、首を傾げる。書物を読み耽っていたアイラは物知りだったが、そんな単語は見たことが無かった。アイラへ届けられる書物に“男女の恋愛事”を書いたものは一冊もないのだから、当然だ。下手に知識を得て、万が一にもラファーガ国の男と恋仲になり、子を孕まれては困るからである。
 マローとてそうだった、何処の誰とも解らぬ馬の骨と恋に落ちてしまっては困るので、誰も教えない。 
 ゆえに、アイラもマローも異性すら知らなかった。城内の人員はほぼ女ばかりで構成されており、男も数人働いてはいたが、二人の周囲に居てはならない存在だった。

「女中が、この間庭で話していたの。好きな相手と口づけしたんですって! それはとても甘美な時間だったらしいの。恋ってそういうものらしーわ」
「甘美……?」
「うん。うっとりと話していて、とても楽しそうだった」
「何かな、気になるな……」

 双子の姫は、互いの顔を見て首を傾げる。けれど、乙女は教えなくとも本能で“誰か”を探すものだ。
 アイラはマローが帰った後、書物を読み直し“恋”を調べた。けれども、出てこない。溜息混じりに欠伸をし、アイラは月の光を浴びながら眠りにつく。
 何故か、胸が踊った。よくわからないが、その響きがとても高貴であるような気がした。
 月は、アイラを照らし続ける。部屋に押し込められ、質素な食事しか与えられずとも月光を浴び、見事な新緑の髪は光り輝く。

 ……胸がざわつき、眠れないのは何故だろう。

 起き上がって窓から顔を出し、夜風にあたって逸る気持ちを落ち着かせようと努力をしてみた。

「こい」

 ぽつり、と呟く。両腕を伸ばして、静かに瞳を閉じる。口を軽く開いて、息を吸うと、静かに吐き出しなら……歌った。

「例えばこの腕の先に 何かが触れたなら 私はそれを引き寄せて 抱き締めたい
 それはきっと暖かで とても大事な物だから 麗しの月光 柔らかな光で全てを照らす
 優しく包み込んで 皆に安息を 私も月光のように」

 なれるかな、なりたいな。
 小さな声だった、けれどはっきりとそれは風に乗って運ばれる。人々が寝静まる暗闇の中、それでも月光を頼りにして。夜行性の動物達が、それに聴き入った。草花が、それに耳を傾けて合唱するように身体を震わした。
 アイラは歌う、眠れなくて、歌う。

「こい ってなーに? かんび ってどんなの? みんな好き 可愛い妹 美しい 窓から広がる自然。……こいって なぁに?」

 一晩中、アイラは歌った。歌といっても曲など聴いたことがないから、同じフレーズを多々繰り返すだけだ。同じフレーズでも毎回若干、音程が違う。だからそれは歌とはいえなかったのかもしれない、それでも。
 誰かに語るように、それが次第に音色になって。緑の髪の双子の姉の歌声は、風に乗って大地を駆け抜け夜空に舞う。
 後日、庭師が気づいた。
 アイラの部屋付近の植物達が、異常に急成長し害虫を払い除け咲き誇っている事に。身震いし、一目散に逃げ帰ると同僚に語る。瞬時にそれは、城中に触れ回った。
 『呪いの悪魔の子、ついに本性を現し始めた』と。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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