外伝2『始まりの唄』5:兄と妹
文字数 5,265文字
“トバエお兄様”と。
まるでずっと一緒だった本当の兄妹のように、出逢ったばかりとは思えないほど、アリアは警戒心なく甘えた。
お兄様、と呼ばれ慕われる事に悪い気はしなかったトバエは、最初こそ照れてはいたが、すぐに慣れた。不仲な双子の兄しか周囲に同じ年頃の子供がいなかったので、小さな子から頼られることに誇りと嬉しさを感じた。この村にアリアと同年代の子供がいなかったこともあるだろうが、自分だけに許された特別な処遇に心躍った。
村に住み始めたトバエは、その場にすんなりと打ち解けて村中の人々から愛された。
元王子だとは誰も知らない、敬うわけでなく、普通の子供として皆が接した。そしてトバエとて王子であったことなど忘れ、太陽の陽射しが強かろうと、風が冷たく寒かろうと、水が凍って痛かろうと、不平を言うわけもなく懸命に村人と共に働いた。
畑を耕し、水を撒き、肥料を与えて、野菜を収穫することが日課だった。陽が昇らないうちから起きて、凍える手足を必死に温めながら一年中働く。稀に狩りに出ると、ここぞとばかりに張り切って弓矢で獣を仕留めた。大人顔負けの腕前だった。
やって来た若く有能なトバエに期待し、息子の様に皆は可愛がった。
アリアと同じ年頃の子供も含め、若者がほとんどいないこの村でトバエの働きぶりは貴重である。腰を痛めた老人の代わりも自ら買って出て、率先して働いた。
心優しく、そして素直に育ったトバエを「やはり王子は誰とでも親しくなれる、素晴らしい御方だった」とキースとカルティアは瞳を潤ませて眺めていた。
普通は定期的に訪れる不作というものとは全く縁がなく、皆の一途な頑張りに大地が応える様に、その小さな村は毎年豊作だった。トバエはそんな事実を知らなかったが、これにはキースが驚いた。
「神のご加護がある村なのかもしれないな、膨れ上がったあの稲穂! 野菜もどれも大きくて甘い、狩りに出れば必ず獲物が手に入る。偶然とはいえ、恵まれた土地に来たものだ」
「村人達の素朴ながらも真っ直ぐな生き方に、神様が恩恵を与えてくださっているのでしょうねぇ」
キースとカルティアはこの土地に骨を埋めることを決意し、あたかも産まれた時からこの村にいたかのような親しみと幸福に包まれていた。
そんなニ人の楽しみは、トバエとアリアだった。
成長するにつれて、ニ人の美貌は輝きを増す。泥だらけの手と顔だが、眩いばかりの美しさを放っていた。宝石の輝きなど、二人の前では霞むように。
何より、仲睦まじく寄り添っているニ人は絵になる。キース達が今まで見てきたどんな高貴な恋人達よりも、描かれた名画よりも、ニ人は穏やかな愛情に満ち足りた表情を浮かべていた。
神が遣わした、天使ではないかと思えるほどだった。実際アリアが崖際に立ち、早朝歌を歌っていた時に純白の羽根を見た、という者もいる。
無論、アリアには人間の両親がいるので別に天の遣いなどではない。けれども人並み外れた美しさに加えて、街で歌えば大流行しそうな美声の持ち主でもあった。器量の良さに付け加えて、人一倍他人に気を使う娘だ。
一日中笑顔で、見ているだけで癒される。誰しもが惹かれ、可愛がった。
当然、トバエとアリアは誰の目から見ても恋仲で、それが必然に思えた。二人は何処へ行くにも一緒で、周囲は微笑ましいその光景を見て心癒された。
だが、トバエにとって時にそれが煩わしく、そして苦悩の種となる。
美しく素直で気立てのよいアリアに、トバエが妹ではなく異性として恋愛感情を抱くことに時間はかからなかった。愛しく感じる気持ちは日に日に増すばかりで、無邪気なアリアに時折苛立ちすら感じる。
年上のトバエは、当然アリアよりも性の目覚めが早い。甘えた声で「トバエお兄様」と呼び抱きついてくるアリアに、戸惑いを感じた。こっそり川で水浴びをしている時も走って来て、一緒に身体を洗うと駄々をこねる。そして、迷うことなくその初々しい裸体を晒すのだ。男女の認識がないのか、恥じらう事を知らないアリアにトバエは顔を赤らめ、毎回気まずそうに視線を逸らした。瞳に裸体を入れないにしても、近くにいることを思うだけで身体は反応する。
さっぱり水浴びをしたいだけなのに、悶々として過ごさねばならない苦痛。
また、頭を撫でてやると気持ちよさそうに瞳を閉じるので、唇を奪いたくなる。
躊躇わず腰に手をまわし頬を摺り寄せるので、否応なしに硬くなったソレを必死に誤魔化す。
甘酸っぱい汗の香りを漂わせながら抱き付かれると、気が狂いそうになる。
王子として、城に居た頃。
性教育の一環で男女の秘め事を習ったので、好奇心はあったものの対象者がいなかった。兄のトダシリアは暇つぶしにと、気に入った女を手当たり次第自分のものにしていたようだが、それを冷めた瞳で見ていたトバエは未経験だ。
十歳にも満たないアリアに手を出してよいわけがないと、必死に自分を押し殺した。アリアは、恋だの愛だのまだ理解出来ないだろう。純潔を失う痛みなど、耐え難いだろう。怖がらせて泣かせたくない、だが、あの滑らかな肌には触れてみたいと葛藤し、欲求不満で欝々とした日々を過ごす。考え過ぎて、拒絶されたら立ち直れないと、ついに身体に触れることすら躊躇し踏み止まる。
そうして、以前のように普通に振る舞う事すら難しくなった。
故に、夜な夜なトバエは自慰に励むしかなかった。そうすることが、アリアを護る為だと信じていた。こちらの気も知らず、アリアが惜しげもなく晒す膨らみかけの胸、華奢な腰の線、張りの良い尻を思い出すだけで、どうしようもなく欲情して身体が反応してしまう。
「ッ、フッ……」
村の外れで声を押し殺し、扇情的なアリアを思い浮かべながら、右手を緩やかに動かす。身体中に口付けの雨を降らせたら、どんな表情を浮かべるのか、どんな甘い声を漏らすのか。悩ましく眉を顰め、熱い吐息を噛み締めた唇から漏らし、「アリア」と切なく名を呼ぶ。
……永遠に愛し続けよう、君だけを見て、君だけを護り続ける。だからどうか、傍にいることを赦して欲しい。
妄想でアリアを穢す、罪悪感。けれども、身体はどうしても欲してしまう。幾ら熱を吐き出しても、再び飢える。満たされることがなく、荒い呼吸で自分の腕を噛む。
そんな日々が続き、ようやくアリアが十歳を迎えた。
二人の仲は周知の事実であって、行く末は夫婦の契りを交わすのだと皆は噂した。年頃の子供らが他にいたとしても、二人の仲睦まじさは変わらなかっただろうと。
だが、アリアのトバエに対する感情は、恋愛というよりも、やはり兄への尊敬のようなものだった。異性というものが何か、全く解っていないように思えた。
ある日、二人はいつものように魚を獲りに出かけた。
腕の立つトバエは信頼されており、大漁だと村中に配るので、皆も期待していた。気をつけるのは熊等野生の動物であって、山賊が出たことはない。
その為、よく遠出をした。
村人は知らないが、トバエには特殊能力が備わっている。万が一危機に直面したとしても、それを使用するならば大人にも負けはしない自信はあった。
その日も二人は手を繋ぎ、皆に見送られて村を出た。
トバエが見つけた、上流の滝つぼを目指す。餌が豊富らしく立派に肥えた魚が沢山いるので、アリアは胸を弾ませていた。
昼過ぎに到着し、釣り糸を垂らしながら食事を摂る。アリアが焼き上げたパンを齧りながら、川の水を飲み、喉を潤しながらゆったりとした時間を過ごした。是非とも村の者達に届けたいと、トバエは張り切っていた。
春とはいえ山奥だったので、多少空気は冷えている。太陽は木々に遮断され空気が温まらないので、トバエはアリアの為に焚き火を起こした。
小振りだが釣れた魚を二匹、その場で焼いて食べることにした。手頃な木の枝を魚に刺し、焚き火の近くに置いて焼く。それは、身がしまっていてとても美味しかった。
味を確かめ満足し微笑むトバエに、アリアも嬉しくなる。
「トバエお兄様は天才だね。こんな素敵な場所を見つけるなんて」
満腹になり、多少の疲れもあってアリアは欠伸をした。眠ってよいよ、と言われたので、安堵してトバエの膝に頭を乗せて瞳を閉じる。
直様、寝息が聞こえてきた。
軽く肩を竦めてトバエはアリアの髪を撫でながら、釣りに集中した。
まだ、三匹しか釣れていない。すぐに五匹釣り上げたが、大物が釣れないので些か不服だった。しかし、陽が傾いてきたので諦め、帰宅の準備に取り掛かる。
縄で編んだ籠に魚を入れ、自然への敬意を忘れず、手を合わせると川に一礼する。
「アリア、起きなさい。帰るよ」
揺さぶられ、気怠く起き上がったアリアは、瞼をこすりながらも同じ様に川に一礼した。
「喉渇いたから、お水飲む」
瓢箪で出来た水筒に水を汲もうと川岸へ近づくアリアに、軽く手を上げてトバエは焚き火を消し始める。砂をかけてから、水をかける。山火事になってはいけないので、火種は潰さねばならない。
火は、暖を取る事が出来る大事なものだが、扱いを誤ると容易く命を消し去ってしまう。
バシャン。
何かが水に落ちた音が後方から聞こえ、慌てて振り返ればアリアが水中で転んでいる。トバエは慌てて駆け寄った。
「アリア!? どうした」
「お、おっきいお魚がいたから、見ようと思って」
浅かったので大事ないが、衣服は水浸しだ。冷えてきた空気に震え、アリアはくしゃみを繰り返す。
「気をつけろ、危ないから」
「ごめんなさい」
アリアを担いで自ら上がると、消し始めていた焚き火に再び火を起こす。水に濡れたままでは寒かろうと、自分の衣服を脱いだトバエは、衣服を脱ぐよう催促した。
「服を乾かすから、これを着ていて」
「……トバエお兄様は寒くない?」
「オレは大丈夫」
上ずった声が、トバエから漏れた。
水で透けた衣服はぴったりとアリアの身体に張り付き、裸体を浮かび上がらせている。まだ、子供の身体である。多少の膨らみはあるものの、女らしくはない。だが、単なる裸ではなく、透けている衣服、という点がトバエの理性をかき乱す。
妙に艶かしい。
感情を押し殺しながら視線を逸らし、衣服を脱がせて自分のものを着せる。水を堅く絞ってから、焚き火の近くにアリアの衣服を広げて置く。
「トバエお兄様、寒そう」
緊張と寒さで小刻みに震えていたトバエの胸に、不安そうなアリアの右手が触れる。そして、やんわりと撫で始めた。
……こんの、悪魔めっ。
トバエは、喉から出掛った言葉を飲み込んだ。温めようとしてくれているのは解る、確かに身体は別の意味で熱く火照りだしたが、理性が崩壊してしまう。
「人の気も知らないでっ」
トバエはアリアを引き寄せると、無我夢中で抱き締めた。荒い呼吸を繰り返し、歯を食いしばる。衣服が乾くまで抱き締めていれば、手を出さずに済むと思った。
けれども。
「トバエお兄様、お熱あるの? 大丈夫?」
欲情し、体温は上がっていることを気付かれた。下から上目使いで覗き込むアリアが恨めしく、舌打ちしたトバエは、そっと唇を塞いだ。
……これ以上煽るな。
自分の太腿に爪を立てて堪えてはいたが、我慢の限界だった。
頬に口付けたことならば、何度かあった。しかし唇は今日が初めてだ。まさか、このような状況でお互いに初の口づけをすることになるとは、思いもよらなかった。
きょとん、としているアリアの髪を撫でながら胡坐をかき、その上にアリアを乗せると再び口づける。啄ばむように、何度も軽く。
くすぐったいのか、嬉しそうにクスクス笑い声を漏らすアリアが憎らしい。
これが何を意味するものなのか解らせる為に、力を篭めて頭を押さえつけ、無理やり舌を突き入れた。驚いて身体を跳ね上がらせたアリアだが、トバエは放さない。粘着音が響き渡り、荒い息遣いが時折漏れる。
アリアは大きく瞳を開いて、じたばたともがいた。
それでも止めようとはせず、空いていた左手でトバエはそっとアリアの背を撫でる。身を捩る反応にそそられ、衣服を捲って手を入れると、柔らかくもっちりとした肌を存分に撫で回した。
幾度も妄想で蹂躙した肌に、今触れている。想像以上に手に吸い付く柔肌を、夢中で撫でまわした。
上気した頬に乱れた息遣い、潤む瞳。二人の視線が、絡み合う。
トバエは自分でも驚くほど冷静に、アリアを見つめた。情熱と性欲が、体内で蠢く。
「アリア」
甘く囁く。ビクビクと反応するアリアが愛しくて愛しくて、仕方がない。