外伝6『雪の光』8:馬車
文字数 1,036文字
しかし、今回はトシェリーがそれを断った。闇市で購入した娘が暗殺者であるはずがないという確信だろうと、従者は思った。しかし、万が一に備えて待機はしている。女は、男が思いもよらぬ場所に武器を隠す。髪飾りは鋭利な武器であるし、肌に毒を塗っていた者もいれば、秘所に暗器を忍ばせていた者もいた。
「オレ以外の誰かが、この肌を見るなどと」
威圧めいた声で低くそう告げ、布の向こうにいる従者を睨み付ける。トシェリーは、仮にアロスが暗殺者であったとしてもこうしていた。女の痴態を見せものにする宴も頻繁に行ったが、この娘は違う。
「これはオレのもの。他の誰も、触れる事は愚か、見る事も許さない」
陶酔し呟くと、幾度も口付けをする。大事なものは、箱の奥に仕舞っておきたい。時折取り出して存分に鑑賞し、また厳重に保管する。横取りされぬ様に、監視せねば。
アロスは、少しだけ恐ろしさを感じるトシェリーの瞳に喉を鳴らした。優しかった彼が、今は獰猛な獣に見える。豹変した雰囲気に戸惑っていると、熱い掌が胸を下から上へ持ち上げるように這いまわり、時折強く掴まれた。その度にヒクヒクと身体を引きつらせ、どうしてよいのか分からず唇を噛み締め胸元に顔を寄せる。
「あぁ、可愛い」
喉の奥で笑い、トシェリーは唇を塞いだ。
「本当に愛らしい……。声は出ずとも十分愉しめるな」
逃げられない捕らえた獲物をじっくりと堪能し、瞳をギラつかせた。
「しかし、ここまで感度が良いのならば。……どんな声で啼くんだろうな?」
そうして、欲望の赴くままに蹂躙する。
「そうか、気持ちいいか。このまま暫く、こうしていよう。アロスの身体は、オレのもの。オレの身体は、アロスのもの」
トシェリーが腰を振るたび、馬車は不自然に揺れた。
「あぁ、アロス。お前を買ってよかった」
思えば、闇市を訪れたのは気まぐれだった。招待状は来ていたものの、行くつもりではなかった。過去に二回参加したが、面白みのないものばかりで、時間の無駄だったからだ。
トシェリーが居合わせたのは、本当に偶然だった。
「実に運命的な出逢いだと思わないか、アロス?」
アロスの涙を舐めながら、甘く囁く。一度達したものの、全く衰える気配がない自分に苦笑した。