集合
文字数 3,891文字
「呼び出されて来てみれば、これの何処が緊急事態だ」
「緊急だよ! 変化した村人? にリングルスさんが連れ去られてしまって」
瞳を細めたトビィに睨まれ、捲し立てたトモハルが慌てて弁明をする。
リングルスの実力を知っているアサギは動揺し、大きく瞳を開く。
「それは一大事だな。で? お前らは何をやっていたんだ、連れ去られるのを黙って見ていたのか」
「違うよ! 追いかけたけれど忽然と消えて、どうしたらいいのか分からないんだ」
「上空から見た限りでは、不可解な点はなかったが。外で何か燃やしたような焦げ痕があったくらいか」
「それは、俺たちが火の魔法で壁を作ったからで……」
事情をトモハルが細かに説明すると、トビィが徐々に眉を顰める。ようやく緊迫していることを理解した。
「邪教が関わっているのは間違いないよ」
口を出したケンイチに軽く視線を投げかけ、トビィは沈黙する。固唾を飲んで、勇者たちは指示を仰いだ。
アサギは、号泣しているエレンを必死に慰める。正直自分も狼狽していたが、心を乱さないようにと言い聞かせて奮い立たせた。
「アサギ様、アサギ様!」
「落ち着いて、エレン様。一刻も早く助け出しましょう。リングルス様なら、敵を倒して戻られるかもしれません。とても強い御方だと、御存じでしょう?」
「はいっ……!」
エレンを撫でながら、アサギは無事でいてくれた友達に安堵した。汗を拭いながら一人ずつその無事を確認していくと、ミノルで視線が止まる。
二人は気まずそうに俯き、慌てて視線を逸らす。
微妙に漂う不穏な空気を取り払うように、アサギは自身の武器を取り出した。
「おいで、セントラヴァーズ」
使った回数は多くはない。だが、しっくり馴染むこの武器に触れると心が落ち着く。冷静さを保つために武器を出す、というのもおかしな話だ。ただ、アサギには、まだ彼と上手く話すことが出来ない。強がって笑顔を向けたとしても、引き攣った偽りの笑みにしかならない。ミノルは本心を見抜き、呆れるだろう。
それが、酷く恐ろしい。
平常心を装いたいのにうまくいかないもどかしさを抱え、アサギは自身の武器を一瞥する。
自由に武器を選択できる、神器。目的に合わせて形状が変化する、非常に便利な代物。今回は無難な長剣にした。そして、指示を仰ぐようにトビィを見つめる。
「リングルスの救出を最優先とする。そして、人間かどうか分からぬ魔物に心を乱されるのはごめんだ、遭遇次第攻撃しろ」
「で、でも! 村人だったら!?」
「言っただろう、リングルスが優先だと」
「犠牲は仕方がないってこと!?」
引き下がらないトモハルに、トビィは呆れて溜息を吐く。
「戦えないのであれば、好きにしろ。お前のその甘い判断が、仲間を危険な目に遭わせないことを祈る」
トモハルは、冷淡なトビィの視線に口を閉ざした。
気持ちは解らないでもないが、勇者全員を護り戦うことは流石のトビィでも不可能だ。どのみち、最優先で護るのはアサギになる。
「何かあれば、大声で助けを呼べ。絶対に単独行動はするな」
トビィはアサギとエレンを連れ、大股で歩き出した。
再び分かれて村を調べ歩き回ったが、やはり鼠一匹いない状態である。暫くして村の中央で合流すると、トビィは苛立ちながら眉間に皺を寄せた。
「神と交信しろ、リングルスの所在は分からないのか。リュウも呼んだほうが懸命な判断だと思う、それも伝えろ」
リュウが仲間思いな事を知っているトビィは、それだけ告げ再び捜査に戻る。こんな状況は初めてで、多少混乱している。廃村でしかない、ここには生き物の気配がない。
「トビィお兄様、私も行きます」
アサギも後を追った。
トビィに言われた通りトモハルが交信を試みる中、勇者たちは周辺に気を配っていた。離れていく二人を見送りながら、固唾を飲む。
カタン。
一軒の質素な家に足を踏み入れたトビィは、何処かで何かが動く音を聞いた。静まり返っているが、今、確かに何かが動いた。口元に笑みを浮かべ、腰に差してあった短剣を床目掛けて投げつける。
木の板に小気味よく突き刺さった短剣を見つめていたが、それが押し戻されて天井へと放り投げられた。
「っ!?」
「おでましか。アサギ、来るぞ」
愉しそうに喉の奥で笑ったトビィは、右脚を少し開いて剣を両手で構える。
耳を研ぎ澄ませていたトモハルたちがその音に気づかないわけがなく、一斉に走って駆け付けた。
アサギらが悍ましい村で何かと接触した頃、天界では神クレロにリュウが噛み付いていた。
「クレロ! リングルスが危機に瀕しているなど、ふざけた冗談は」
「幻獣星の王よ、冗談ではない。勇者らと共に行動していたリングルスは何者かに拉致された、彼らの目の前で」
呼ばれたので血相変えて来てみれば、信じ難い言葉が飛び出し一気に逆上する。神が冗談を言うとは思わないが、冗談であって欲しかった。
憤怒の形相で詰め寄るリュウに対し、淡々と説明するクレロは顔色一つ変えていない。リングルスの身を少しも案じていないような神の態度に、ますます憤慨する。
「クソッ!」
アサギがいなければ、この胡散臭い神からの要請など無視をする。全ては、大事な愛しい勇者の助けになればと思っての事だった。リングルス以下、幻獣たちもそれに同意している。
歯軋りして食ってかかるリュウを、付き添いでやって来たヴァジルが押し留めた。こちらも冷静を装ってはいるが、腸が煮えくり返る思いだ。ただ、彼は表に出さない。
「今すぐそこへ案内して頂きたい。協力は惜しまないつもりでありますが、同胞がそのような危機に直面するなど」
諌言せずにリュウを抑えて前に出たヴァジルは、鋭い視線を神に投げかけた。二人してクレロを冷ややかな瞳で見つめた。周囲の天界人は警戒し、今にも一戦交えそうな勢いだ。
しかし、クレロは場に不釣合いな抑揚のない声で、同じように語った。
「トビィとアサギが合流した。二人がいれば安泰だ」
「癇に障ったら申し訳ありません、不躾な物言いになりますが、御容赦を。……その言い方ですと、『勇者では役に立たない』と言っているように聞こえます。幼き彼らを信じていないのでしょうか、それとも捨て駒なのでしょうか。さすれば、最初からその御二方を向かわせればよかったのでは? 喰えませんね、異界の神よ」
勇者たちを気の毒に思ったヴァジルの声は、大きく震えている。目の前の“神”の指示で動く、憐れな奴隷に思えて。
「違う、あの二人が異質なのだ。……特に、アサギが。勇者たちを軽んじてなどいない、だが経験が浅い。王よ、そなたならば私の言わんとすることが解るのでは? アサギならば不可能を可能に出来、善良なる方向へ皆を導く事が出来ると」
クレロの問いかけに、リュウは熱が冷めた。そして、悔やむ。目の前の“神”に感情を見せてはいけないと悟った。現時点で「最も信用ならない者の名を挙げよ」と言われたら、間違いなくこの男の名を告げるだろう。
「“神クレロ”、御託はいいので早くその場所へ。話は後だ、私が優先すべきは護らねばならぬ同胞の命なのでね。それに……私は友人であるアサギが心配だ」
瞳を細め背筋を正し言い放ったリュウに、ヴァジルは軽く溜息を吐くと静かに数歩下がる。冷静になればなるほどその力量を発揮することは、一番良く知っている。
二人を取り囲み万が一に備え武器を構えていた天界人たちは、クレロが片手をゆっくりと上げた為武器を一斉に下ろした。
そのまま、クレロは二人を誘う。
「こちらへ。御武運を」
「神とは……実に楽な仕事で羨ましいぐー」
悪態づいて皮肉めいた瞳を投げかけたリュウに再び武器を構える天界人だが、やはりクレロが片手で止めた。
「無意味な争いは不要だ」
怒気を含んだ声で低く言い放つと、天界人らは震え上がる。普段の神からは想像できない声だ、本気で叱咤されたのだと悟った。
そんな様子にも鼻で笑うリュウだが、ヴァジルもそれを咎めない。天界人たちが酷く滑稽なものに見えた。神に心酔しているとしか思えない。
「行ってくるぐも」
旅立ったリュウとヴァジルに深く頭を下げ見送ると、クレロは長い溜息を吐いた。自分が皆に疑心の目を向けられていることは、知っていた。それでも今は、全てを明らかにすることが出来ない。
何故ならば、
天界から地上へと降り立ったリュウとヴァジルは、瞳を細め周囲を見渡した。
「しかし便利だぐーな、神の居城から目的地へすぐに行けるぐもか」
「そのようですね、驚きました」
淡々と呟く二人の頬を、生ぬるい風が撫でる。目の前には不気味な程静まり返った村、その手前には何か焦げたような跡。
「おや」
トビィの竜であるデズデモーナとクレシダが二人に気がつき、首を上げて見つめている。軽く手を上げた二人は、そのまま村へと足を進めた。
「いつ見ても立派な竜だぐも」
「我らと種が違うとはいえ、どことなく懐かしさを感じます」
そちらに気をとられていると、遠くで何かが吹き飛ぶ音がする。
直後、のんびりと眠りに入ろうとしていたクレシダと、用心していたデズデモーナが直様立ち上がり、上空へと一気に上昇した。
二体を見上げることなく、一気に村へと侵入する二人を天界では神が見つめている。表情からは読み取れないが、じんわりと額に汗が浮かんでいた。