謎の触手

文字数 3,534文字

 風も絶えた夏の夜の闇が、重い。
 アサギはトビィと夜空を見上げながら、茶を啜った。天界人からの差し入れで、芳醇な香りが心を落ち着かせてくれる。

「おーい! スモア出来たよー!」
「ありがとう!」

 トモハルが焚火で作ったスモアを運んできた。蕩けるチョコレートの甘い香りが漂うと、トビィが鼻を引くつかせる。

「これは?」
「地球の食べ物で、スモアといいます。美味しいですよ」
「へぇ」

 物珍しそうに眺めてから、美味しそうに齧りついたアサギに見習い、トビィも口に入れる。クラッカーの程好い硬さに塩加減、そして焼かれたマシュマロと溶けて柔らかくなったチョコレートが混ざり合い、絶妙だ。

「これは美味い」
「ですよね! 作るのも楽しいですよ」

 驚き顔を綻ばせたトビィに、アサギは微笑む。
 結局、この村にはトビィとアサギ以外に勇者らも泊まる事になった。テントやシュラフを持ち込み、先程から楽しそうにしている。
 ミノルは渋ったが、トモハルの押しに負けた。自分がいることでアサギに気を遣わせてしまうことは、解り切っている。しかし、参加しないのもどのみち同じことだと説得されては仕方がない。
 怯えている村人らにパン、そして肉と野菜が沢山入ったシチューを配り、今は一緒にスモアを作っている。大人には酒を振る舞い、子供らには花火を与える。こんなことで恐怖を拭えるとは思っていないが、少しでも落ち着ける手助けをしたいと思って張り切った。
 こういった時、地球は本当に便利だ。子供らでもどうにか支度が出来る。
 憂鬱そうな村人らも、見たことがない料理や酒、そして遊び道具に興味津々で、次第に笑顔を見せ始めた。

「ふぅ、どうにかなりそうだね」

 額の汗を拭って一仕事を終えたトモハルが、安堵の溜息を漏らす。
 何が起こったのか詳細が知りたいが、今は踏み込む事が出来ない。心の傷を無理に抉じ開けることはしたくないので、その辺りは追々だ。
 アリナと話がついたので、彼らを明日にでも都市ディアスへ送り届ける。人が多く、強固な街であれば恐怖心も薄れるだろう。

「それにしてもさ、人体実験みたいだよね」

 村人らを眺めながらケンイチが呟くと、勇者らは低く唸った。

「今日は眠れないかも。あの触手が夢に出そうで怖い」

 トモハルが肩を竦めると、ダイキが全力で頷く。だからこそ、ここへ来た。地球が安全と分かっていても、一人きりの部屋で眠るのは億劫だ。

「リングルスさんは平気なんだよね?」
「うん、アサギも回復魔法を使っていたし。念の為天界城の治癒の間で経過観察したらどうかって意見も出てたけど、リュウさんが連れて帰ったよ」

 ケンイチが告げると、トモハルは持ってきたノートに今日の出来事を書き留めた。

「ただ、傷痕は残ったみたい」
「そうか……」

 ぷつんと、会話が途切れた。
 魔王を倒した勇者達は、更なる試練が待っていることなど予測していなかった。異界へ気軽に小旅行している気分だったのに、命に係わる危険が待ち受けているとは。浮かれていた自分達を恥じつつ、気を引き締めつつ。
 それでも、不安で表情が曇る。

「それで、ライアン達も変なのに遭遇したって?」

 トモハルが開口すると、ケンイチが神妙に頷いた。

「うん。丸っこい物体だって」
「ま、丸い? ……全然予想出来ないね」
「生き物に見えないって言ってた」
「ますます分からん」

 ノートに記載し終え、トモハルが空を見上げる。澱む心とは反対に、今にも降ってきそうな星空が美しい。

「早目に寝ようか。疲れただろ」

 トモハルが言うと、ケンイチが肩を竦めて苦笑する。戦闘さえなければ、夜更かしをしていた。だが、この憂鬱な気分ではそうもいかない。

「眠れないだろうけど、横になって目を閉じたいよね」
「そういえば、ユキは?」

 ダイキが最後のスモアを齧りながら問うと、途端にケンイチの表情が翳る。

「明日誘ってみたけど、返事がないままこっちへ来ちゃったからなぁ」

 スマホを取り出すが、ここでは役に立たない。日曜日は、ユキの稽古事はないはずだ。

「まぁ、忙しいだろうし。仕方がないよね」

 落ち込むケンイチの肩を叩き励ましたトモハルは、近づく足音に顔を上げた。

「あの、勇者様」

 村長である。屈強な男らと共に歩いてきて、深く頭を下げた。

「お心遣いに感謝しております。この御恩は一生忘れません。子供らは何が起きたのか解らず、愉しく遊んでおります。物珍しい遊び道具に、美味い食事。なんと御礼を言ってよいのやら」
「気にしないでください。そんなに大したことじゃないし」

 照れ臭そうに頭を掻いたトモハルに、村長はやんわりと微笑んだ。しかし、鋭利な視線を向ける。

「ご恩に応えるべく。……思い出したことをお話します」

 空気が、変わった。
 トモハルは慌ててトビィとアサギを呼び、一緒に聴いてもらう事にした。察した二人が小走りにやって来る。

「数日前、旅人がやって来ました。こんな辺鄙な場所に、とは思いましたが受け入れました。宿はありませんが、もてなすつもりで。しかし彼は、薬草と食料を買い求めただけで、すぐに発ってしまいました」
 
 ここだけ聞くと、不審な点は特にないように思える。

「その数日後に、魔物が村に侵入しました。今までも幾度か現れましたが、初めて見る魔物で。この男ほどの蛇でしたが、火を嫌がった為どうにか撃退できたのですが……」

 泥を噛むような表情を見せ、村長は項垂れる。

「それが、私が向かった時のことかも。蛇のような魔物なら、あの洞窟もすんなり通過できそう」
「それで終わりか?」

 トビィが訝るが、村長は力なく頷いた。

「はい」
「つまり、リングルスのように背に何かを埋め込まれた記憶はないと」
「左様でございます」

 トモハルは、村長の言葉を全てノートに記録した。見直してもさっぱり分からない。彼らは一体、いつ触手を体内に埋め込まれたのだろう。

「どうしたって旅人が黒だが……。その短時間で何が出来たか」

 舌打ちしたトビィは、村を見渡した。

「リングルスさんは、連れ去られてすぐに背中から触手が生えてた。けれど、村の人達は? 旅人が来た時や蛇の魔物が出てから、俺達が見るまでに時差があるよね」

 ボールペンをカチカチと鳴らして唸るトモハルに、ケンイチが口を挟む。

「違う方法じゃ?」
「背中に種みたいなのを埋め込まれなくても、触手は出てくるってこと?」
「そう」
「そうなると、全然分からないね」

 お手上げだと溜息を吐いたトモハルに、村長は申し訳なさそうに項垂れた。
 静かに聞いていたアサギは瞳を険しくすると、何も言わず歩き出す。トビィがその後を追った。

「何か気づいたか?」
「……念の為、調べます。触手のせいで、記憶が抜けているのかなとも思いました。巧い具合に証拠を消されたのかなって。でも、そうでなければ」

 アサギは、村の中心に設置された井戸を覗き込む。

「リングルス様は直接種を埋め込まれました。体内で種を発芽させる方法は他にもあるかなって。……例えば、口から取り込んで」

 アサギは悲鳴を上げた。
 舌打ちしトビィが覗き込むと、鶏の死骸が浮いている。瞳を凝らせば、他にも()()()()()()()が浮き沈みしている。

「井戸水を媒介とし、触手が発芽するような種を体内に取り込んだと?」

 仮説だが、もしそれが正しければ短時間でも可能な犯行。立ち寄った目的は、井戸水に触手の素を投げ込む為か。

「成程。体内に侵入した何かが成長するまで時間がかかったとすれば、リングルスとの時差も納得出来る」
「クレロ様に、この村の過去を視てもらいましょう。それではっきりします」

 家畜が村にいない、とトモハルらが言っていた。井戸の中で浮いている動物らは、捕食されたような形跡がある。ここに住み着いた何かの仕業なのか。

「旅人って……」

 駆け付けてきたケンイチが、アサギの力ない呟きに掠れた声で答えた。

「こんな芸当が出来るのは、邪教“火界の右目は”だよ。洞窟の先に球体もあったし」

 アサギらは、陰惨を極めたような表情で俯くしかなかった。
 勇者らが振る舞った料理には、この井戸水を使用していない。偶然だが、水を持ち込んでいたことが幸いした。

「井戸水は絶対に飲まないように言わなきゃ」

 慌てて戻っていくケンイチを見送り、トビィは倒壊した小屋の壁板を井戸の上に乗せて蓋にする。誰も飲もうとする者はいないだろうが、念の為だ。

「中に生物の反応は……」
「いません。私が放った魔法で一緒に消えたのだと思います」

 アサギが溜息を吐いてそう告げると、トビィが優しく肩を抱いた。

「これから忙しくなる。無理をするな、必ずオレを頼れ。約束出来るな?」
「はい」

 こちらの心を何もかも見透し、優しく理解するような瞳。アサギは、笑顔で頷いた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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