次期神に選ばれし勇者

文字数 5,473文字

 人と打ち解けることが苦手なユキは、大勢の同性に囲まれると心が萎む。

「ねぇ、松長(まつなが)さん。浅葱(あさぎ)ちゃん、門脇(かどわき)君と別れたって本当?」
「え……っと」

 この件で、多くの人から声をかけられた。
 大変億劫なことだが、()()()()()()は周知の事実。本人には聞きづらいのは分かるが、よい迷惑だと思った。
 こうして詰め寄られても、皆の関心があるのは“アサギ”であって、“ユキ”ではない。釈然としないものがある。
 アサギには「内緒にしておいてね」と言われていないので、戸惑いながらも控え目に頷いた。そうすると、皆反応は決まって同じで大きく顔を顰めるのだ。
 そして、男女関係なくこう呟く。

「浅葱ちゃん、可哀想」
 
 それを聞く度に、ユキの手が嫉妬で震える。
 ミノルと別れたと聞いた際、ユキは大変爽快な気分になり隠れて嗤った。瞬く間に破局したのは想定外だったが、好都合だった。
 これで、アサギより優位に立った。何故ならば自分には自慢の彼氏がいる、ミノルとは違い優しいケンイチがいる。それだけで、心が満たされた。
 他人の不幸は、蜜の味。
 失恋して悲しみに明け暮れるアサギに、ユキは“親友として”寄り添っていた。余裕があるので、心も穏やかでいられた。『アサギちゃん、可哀想……どうして、酷い』。そう言って涙を浮かべ、何度抱き締めただろう。
 泣き出したアサギの背を擦りながら震えていたのは、嘲笑していたから。共感も同情もなく、嬉しくて堪らない。落ち込む憐れな人を、必死で慰める()()をしていた。
 しかし、こうして学校に来ると神経が張り裂けそうになる。
 皆は揃ってアサギが可哀想、と言う。ミノルが悪いのは明らかだが、今更ながらにアサギの人望の厚さを思い知らされた。
 結局、二人の関係が現在どうなっているかさえ確認できればよいので、皆はすぐにユキから離れていく。自分の話をしたくて手を伸ばしても、もう誰もいない。
 
「わ、私にも彼氏が」

 小声で告げたところで、ユキが話の中心になることはなかった。皆、無関心なのだ。

「アサギちゃんと私は、こんなにも違う。同じ地球の小学六年生で、異世界に召喚された勇者なのに。なんで」

 ユキは、歯が砕けるくらいにギリリと大きな音を立て歯軋りを繰り返す。アサギの存在が、こんなにも疎ましい。親しくなった時、自分と同等の才色兼備な友達が出来たと喜んだ。
 だが、同等ではなかった。
 こちらが惨めな程に彼女は眩く、陰鬱な自分が浮き彫りにされる。これでは光と影、何処で間違えたのだろう。
 矢も楯も堪らず過ごしていると、異世界から『元魔王ハイが死亡していた』との連絡が入った。いよいよアサギは気落ちして、塞ぎこんでいる。「自分がもっと早くに惑星を訪れていたら。勇者なのに救えなかった」と呟くので、正直ユキは苛立った。
 ハイとはなんら関わりがなかったユキにとって、死んだと言われても実感が湧かない。それどころか『過去に悪い事したんでしょ? その報いかも』と言いたい。
 うじうじしているアサギと、アサギに哀憐の情を抱く周囲に腹が立つが、それでもミノルと破局したという事実はユキにとって幸運だった。癪に障ることがあっても、それを思えば楽になれる。「気の毒な子だから、優しくしてあげないと」と優越感に浸れる。
 暫し平穏な時間を過ごせそうだと、勇者になってよかったと思えた。
 だが、アサギと違いユキは異世界に行きたかったわけではない。彼氏が出来たし、コスプレのような服を着る事は出来たが、それで十分だ。
 今後も異世界と関わりあうなど、断固として拒否をする。他の勇者達は歓喜していたが、武器など不要だし、魔法を使いたいわけでもない。食べ物は美味しかったが、利点はそれだけ。
 交通手段も選り取り見取りで、暑ければエアコンをつけ、清潔な手洗場や風呂へ行き、勝手気ままに地球の日本という便利で安全な場所で、愉しい生活を送っていたほうが良い。
 それに、勇者の中にいるとケンイチがいても惨めだ。皆がアサギの名を口にするのだから、極力関わりたくはない。
 普通の少女に戻りたい。優しい彼氏がいる、美少女小学六年生に。
 勇者など阿保らしい、戦って世界を救うだなんて望んでいなかった。愛らしい服に身を包む魔法少女だったら、やってもよかったが。
 ついにユキは放心状態のアサギを宥める事にも飽きて、離れた。

 ハイの死から数日が経過した。
 アサギが球体に映し出した不思議な赤い惑星の調査を、クレロら天界人は急いだ。しかし、当の本人はそこに気が回るほどの気力がなく、脱力感で押し潰されそうだった。
 そんな様子に心を痛めて見かねたソレルが、クレロに密かに訊ねる。過去のトビィを救った前例があるのだ、「同じ様に過去に戻って助けることが出来るのではないか」と。
 唇を噛み、首を横に振ったクレロは一礼して去っていたソレルを見送ると、暫し思案する。意を決して、項垂れているアサギを呼んだ。
 丁度良い機会だと思った、クレロの自室に誘い、二人きりになるとまずは水を差し出す。
 申し訳なさそうにそれを飲んだアサギは、半分くらい飲み干しクレロを真正面から見つめた。
 視線が交差した瞬間クレロが怯んだのは、視線に穢れが全くなかったからだ。何処までも澄み切っているその瞳を、やはり()()()()()見たような気がした。

「アサギ、伝えておかねばならないことがある。こんな時に申し訳ないが聞いておくれ」
「はい……大丈夫です」
「過去に戻りハイを助けてみたらどうだろうか、とソレルに訊ねられた。……可能、かもしれない」

 弾かれたようにアサギが小さく声を出す、だが翳った表情のクレロに口を噤んだ。

「アサギは過去に行き、以前トビィを助けている。同じ原理ならばハイも可能だろう、しかしそこには問題が生じる」
「……今、ハイ様がいないからですよね。未来の私はハイ様を救っていない、救っていたらハイ様は今、生きている筈だから。違いますか?」

 物分りのよいアサギに、クレロは小さく溜息を吐いた。

「そういうことだ。トビィの場合、歴史改変ではない。しかし、ハイを救うとなると、予測不可能性を視野に入れねばならん」
「……地球で言う、“バタフライ効果”ですね」
 
 アサギは、神妙に頷いた。
 以前、『タイムトラベルが可能になった未来で、ジュラ紀へ行くツアーが流行っていた。“存在する全てのものを触らない、持ち帰らない、壊さない”という条件があったが、参加者の一人が知らずに小さな昆虫を踏みつぶしてしまった。その事により現実が大きく変化し、人類は別の進化を辿った』という映画を観たことがある。
 過去を変えた場合、どんなに些細な事であっても、現在にどのような事が起こり得るのか誰にも解らない。それこそ、()()()()()()()()()()()()()()()
 それほどまでに危険なことだと認識した。タイムリープは誰しもが憧れるが、禁忌であると。

「そもそも本来ならばアサギが過去へ行き、トビィを救うことは有り得ない」
 
 淡々と告げられ、君は特異だと遠回しに言われた気がしたアサギは項垂れる。

「正直に話すと、神である私は過去を操作することが可能だ。神になると同時に、その権限を得ることができる。それは、神を引き継ぐ者が背負わねばならないもの。……しかし、いまだ嘗て誰しも過去を操作した神はいないと聞いている。過去を変えるというのは、生きている者達が幸でも不幸でも、時間を使って精一杯作り上げた“生きてきた証”を、消すことになる。例え神であれども、そのような権限はない。“いかなる場合でも、歴史改変は大罪”。それが、歴代神らの結論だ。私も同意する」

 話を聞きながら、顔を徐に上げたアサギが静かに口を挟んだ。

「ならば私は。この間、禁忌を犯したのですね」
「そうとは言っていない。そもそも、トビィが生きていなければ魔王戦で勇者達が不利になる。それは承知しているだろう、アサギ。先日の件は変えることが正しいのだと思う。トビィ一人が欠けたことにより、勇者達が全滅していた可能性もあるだろう?」

 宥めるように告げるクレロだが、アサギの表情は暗い。

「では、本題に入ろう。ハイを救う場合、彼が体調を崩す前にここへ連れてきて治療するわけだが……。正直に言おう、先代の神から伝授された方法では不可能だ。“過去の人間を連れてくる”ことが、私には出来ない。しかし、過去へ行き、ハイに薬などを手渡し常に体調を監視することは出来る。他にもムーン王女のもとへ身を寄せるよう指示する事も可能だが……」

 言うべきかクレロが苦悩していたのは、ここである。アサギは、神ですら不可能な事を成し遂げたという事実。
 過去へ行く事は出来ても、『過去の人物を連れて来ることは出来ない』。

「……何故、私は出来たのですか?」

 首を傾げ、じっと返事を待つアサギにクレロは首を横に振った。

「すまない、分からないのだ。だが、勇者アサギ。自分でも気付いているだろう、能力が他の勇者とは違う事に」
「…………」

 アサギは困惑し、唇を噛んだ。
 泣きそうに見えて、クレロは狼狽える。だが何れ伝えなければならない事だったので、続ける。

「ソレルから説明があっただろう、あの球体は神にしか反応しない。……よって、反応させたアサギは、もしかしたら次期神としての能力があるのではないかと。私は、そう判断した」
「え?」

 眉を顰めて顔を上げたアサギに、真剣な眼差しでクレロはその華奢な肩を掴むと頭を下げた。
 慌てるアサギだが、がっしりと掴まれており身動きが取れない。

「私の後継者になって欲しい、今はまだ決めなくても構わないが、この話を覚えておいてくれないか」

 突然の申し出に、アサギは混乱した。

「神は交代せねばならない、その時は、私の後継者になって欲しい。そなたを見ていた、異界の小さな勇者だがその身体に纏わりつく不思議な空気は人を和ませる。魔王や魔族達がそなたを護っていたのもそのせいだろう。誰からも好かれる者が、神になって欲しい。心優しく、真面目で精神力が高いそなたには素質がある」
「え、えっと、あの、え」

 アサギは目が回りそうな程当惑し、悲鳴を上げた。突然クレロに抱き締められていた、耳元で囁かれて驚いたが、その内容に表情を強張らせる。

「歴史改変の能力は現神のみが可能だが、その責任は重大。時の神一人に科すのは不憫だと、先代らは条件をつけた。歴史改変に及ぶ場合、前任者か後継者に知らせが入る。その為、不当だと判断した場合は、身体を張って阻止せねばならない」

 前例がないので何処まで真実なのか不明だが、これが伝わってきたこと。

「ええと、つまり、過去を変えられる神はどの時代においても一人だけ。けれど、判断が正当かどうか、監視する存在は必要だと?」
「そうだ、神が暴走しては本末転倒」
「例えば、今クレロ様が過去を変えようとしたら?」
「アサギが私を止めることになる。前神は、私がアサギを神候補に選んだ時点でその資格がなくなったから」

 アサギは突拍子もない事を言われ、落ち着かない瞳でクレロに訴える。

「え、え? あ、あの、勝手に決められても! それ、もう決定ですか!? 私は勇者です、神なんて無理です」

 神になることを安請け合いなど、出来ない。声を荒げ、抵抗する。

「無理を言ってすまないが、もう決めた。後継者は、そなたしかおらぬ。何度も言うが、交代を急ぐわけでではない。ただ、私の意志を覚えておいてくれ。せめて今だけ、仮の後継者でいて欲しい。継承の際に断ってくれて構わないから」
「ぅ、う」

 混乱するアサギは、目が回りそうになりながらも言葉を組み立てて整理した。断っても良いのなら、とりあえず頷こうと。確定したわけではないのだから、どうにかなるだろうと。
 疑念を感じながらも小さくアサギは頷いた、その様子にクレロは安堵の溜息を漏らす。

「お断りすると思いますが……」
「それでも構わない。“仮の後継者”でいてくれれば」

 些か不服そうなアサギにクレロは苦笑すると、背中を撫でる。

「ハイを救えなくて、申し訳なかった。まさか、あんなことになるとは」

 言葉を選び、アサギは開口する。

「……いえ、クレロ様に非はありません」
「アサギにも非はない、だから、自身を責めてはならない。それに、ハイはそなたの笑顔が好きだったろう? 塞ぎこんでいては、彼も浮かばれない。笑顔でいることが、ハイの為だと思ってくれ。気休めにしかならないだろうが、私も皆もそう望んでいる」
「……頑張ります」

 ぎこちなく微笑んだアサギに胸を撫で下ろしたクレロは、共に部屋から出た。
 待っていたソレルにアサギを任せると、クレロは一人球体に向かう。深い溜息を吐き、映っている赤い惑星を睨みつけた。

「アサギ、そなたを救いたい。球体を作動させてしまったそなたは、皆に疑念と期待を寄せられた。しかし、私が後継者に選んだことで、後者のみになるだろう。次期神ならば、作動させてしまっても仕方がなかった、と」

 狂言ではなかった、クレロなりにアサギを護ろうとした結果だ。
 
「胸騒ぎがするのだ、アサギ。目の前に浮かぶ不気味な朱い惑星は、私が夢で見た通り。禍々しいこれは、見なかったことにすべき。そなたにとって凶星、近づいてはならぬ」

 宇宙は広大で、クレロが知らぬ惑星が多々ある。しかし、これの不穏な雰囲気はひしひしと伝わった。

「私は、そなたを護らねばならないのだ」

 クレロは忌々しく惑星に舌打ちし、踵を返す。
 立ち去ったクレロの後方で、赤い惑星が嗤ったように思えた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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