秘密基地計画
文字数 4,319文字
大きな荷物を抱えてやって来たのは、ミノル。二泊三日の旅行ではと思うくらいに多い。喜色満面な姿を見て、トモハルが堪え切れずに吹き出した。
「何を持って来たの?」
「色々」
ミノルはソワソワしながら、素っ気無く答える。
リョウは「今のところ僕には必要ないかな」と軽く笑い、天界城に残った。また、当初は同伴する予定だったトビィに懇願し、残ってもらった。渋っていたが、瞳で訴えどうにか了承させた。
「トビィお兄様、リョウ、いってきます!」
街の南口で出迎えてくれたアリナと共に、館を目指す。一度訪れたことはあるものの、まだ場所を把握出来ていない。
「はぁい! こっちよ」
館には仲間たちがすでに集まっていた。滞在しているわけではないが、勇者たちが来るというので合わせて駆けつけてくれたらしい。
「うわっ、でかっ」
三階建ての館を見上げ、ミノルが歓声を上げる。
「二階が勇者ちゃんたちのお部屋になるわよ」
マダーニに案内され、皆は心を躍らせて館へと足を踏み入れる。
「出入り口は、この玄関だけ。入って右に進むと、食堂の入口が左側にあるよ」
「おお、食堂!」
アリナの説明に、ミノルは瞳を輝かせる。
食堂への入口には扉がなく、廊下から直接入ることが出来た。中を覗くと、すでに見事な装飾のダイニングテーブルとチェアーが設置されている。キッチンが奥にあるようだ。
「好き勝手使ってくれていいよー。で、更に進むと真正面が広間っていうか……憩いの間」
アリナが扉を開くと、広い部屋が目の前に現れる。茶色の絨毯だけが目立っており、他には何もない。
「で、二階ね。勇者たち、適当に部屋を選んでよ。ちなみに、どこも広さは同じだよ」
勢いよく二階に上がると、ミノルは階段に最も近い廊下左側の部屋を選んだ。
「俺はここ!」
「じゃあ、俺はここにします」
トモハルは監視する意味合いも含め、その向かいを選ぶ。
ミノルの隣の部屋がケンイチ、その隣がユキ。ケンイチの正面の部屋がダイキで、その隣がアサギだ。アサギとユキの片側の部屋は、空き部屋となっている。
しかし、アサギの隣は本人の要望でトビィが陣取る手配になっていた。万が一立ち会えない場合に備え、事前にアリナに頼んでおいたらしい。
「つまり、ここは決定と」
アリナは肩を竦め、紙に『トビィの部屋』と乱雑に書き扉に釘で打ちつける。
「ユキの隣の部屋は、今のところ物置として使うね」
「はい、わかりました」
ユキは「いないほうが、都合がよいけど」と思ったが顔には出さず、にこやかに微笑んだ。
「んで、三階にマダーニたちと、サマルト、ムーンがいるよん。アーサーたちは個々の部屋があってもそんなに使用しないだろうって、隣接した二部屋をチュザーレ組のものにしてある」
説明が終わるのを待たず早々に部屋に籠ってしまったミノルを置いて、勇者たちは三階へ上がった。
「ちなみに、ボクらはすぐそこが自宅だから部屋はもらわなかった」
窓から外を眺めていた勇者たちに、思い出したようにアリナが大きく手を叩く。
「そうそう、大事なことを忘れてた! 広間を通過しなきゃならないんだけどさー、ごめん、設計間違えてね。実は、浴場が一階にあるよ! 男湯と女湯にちゃーんと分かれているから安心して」
アリナの発言に、勇者らは目を白黒させる。
「ご、豪華だなぁ。至れり尽くせりで嬉しいけれど、確実にミノルは引きこもるかも」
「……何処から費用が出たのか、不安で仕方がない」
感動しつつも申し訳ない気がしてきた勇者たちだが、あっけらかんとアリナは笑う。秘密基地どころか、保養所だ。
勇者たちは大浴場を見学し、その広さにさらに驚く。
「ここで家族旅行をしたいくらいだよ」
ケンイチが感嘆すると、ダイキも神妙に頷いた。
「広間には好きなものを持ち込んでいいよ。昼寝用の枕とかそういうの」
「あの、お掃除はどうしたら?」
アサギが遠慮がちに尋ねると、「自室は自分で」と返答される。
「ただし、広間や浴場には働き口を増やすために清掃者を募集中。この間受け入れた村人たちで決定しそうだけどね。場合によっては、食堂での料理人も募集するかも」
「ホテルだ……」
トモハルは、感服して唸った。
「ここはもともと旅人用の宿泊施設だった。けど、経営者が高齢で手放すって話があったから、ボクが買い取ったの。それで、改修工事をしてこうなった」
「なるほど、納得」
「勇者さまが来るってことで、街は活気に溢れてるし。嬉しい事だよ。通りに色んな店があるから、覗いて行ってね! 食べ物を買って、部屋で食べるのもいい。そしてこれは、ボクからのお小遣いだよ」
豪快に笑い通貨を配るアリナに、勇者たちは瞳を輝かせ大きく頷く。そして、各々部屋へ引っ込んだ。
ミノルはすでに、床に転がって漫画を読んでいる。
ケンイチは特にすることがなかったので、ミノルの部屋に行き一緒に漫画を読んだ。
ダイキは荷物を置いて横になり、瞳を閉じる。
トモハルは荷物を置いて、食堂でイカ焼きを齧っていたアリナに訊ねた。
「勉強机が欲しいけど、どうやって買えばいいのかな」
「流石、優等生勇者様! 安心して、こっちで手配する」
部屋には全室同じ寝台がすでに用意されている。しかし、それだけ。ここから、それぞれの色が出る部屋に仕上がるのだろう。
アサギは、何を地球から持ってこようか紙に書き出していた。部屋の大きさが不明だったので迷っていたが、間取りを見て簡易な絵を描いていく。
ユキは寝転がると、腹に溜まっていたドス黒い言葉を吐き出し始めた。
「嫌い嫌い嫌い嫌い、イライラするイライラするイライラするイライラする、死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに死ねばいいのに、あーあーあーあーあーあーあーあーあーあー!」
防音効果はないと思ったので、小声だった。しかし、ケンイチはミノルの部屋にいったことを知っていたので、聞かれることはない。呪いの言葉を、延々と吐き出す。禍々しいモノが乗り移っているかのように、言葉は溢れて止まらない。
ユキの部屋は、瘴気に包まれた。
勇者たちが秘密基地で寛ぎ始めていた頃。
天界城では三人が静かに沈黙を守っていた。神クレロ、ドラゴンナイトのトビィ、そして新に勇者となったリョウ。訊きたいことも話したいことも多々ある、しかし、何から言えばよいのか躊躇する。三人とも、思いはほぼ同じであるというのに。
沈黙を破ったのは、リョウだった。
「僕が勇者だとするなら、アサギと同じように魔王を倒す旅に出るべきですか」
クレロは、刹那に首を横に振った。
その反応に、トビィが意外そうに瞳を細める。
「いや、君は特殊だ。そもそも、君が勇者となる惑星マクディ……一体、誰が助けを待っているのだろう? アサギたちの場合とは、全てが異なるのだよ。使者はおらず、石だけが突然出現した。そもそも、私はその惑星に関して何も知らない、何が起きているのか、本当に勇者を必要としているのか、それも解らない」
リョウは、真顔で聞いている。
「君を惑星マクディへ届ける事は、確かに可能だ。だが、私が何も知らない状態で、君に全てを任せることなど出来ない」
「ということは、アサギたち勇者の件に関して、ある程度貴様は事情を把握していたんだな」
トビィがすかさず口を開く、問い詰めるなら今日しかないと思っていた。以前からクレロには隠し事をしている節がある、指示を出す人物がそれでは気味が悪い。
渋るかと思われたが、意外にもクレロはその問いに素直に頷いた。
「その話は後でする。まず勇者リョウから終わらせよう」
はぐらかさない様子のクレロに、トビィは鼻を鳴らし小さく頷いた。
「惑星マクディは、アサギが発見した。それまで私は、その存在を知らなかった。その惑星へ、アサギは勝手に出向いてしまった。私はそれも知らなかった。……知っていたら、
リョウが軽く瞳を開き、聞き返す。
「止めていた?」
「うむ。未知の惑星に、大事な勇者を行かせる必要はない。世界にとって大事な人財だ、余計な事に巻き込みたくない。私が下界の対応に追われていた時、アサギが監視を外れてしまってな。止めることが出来なかった。そして出向いた先でトランシスという少年に出会った」
その名にリョウは首を傾げ、トビィは顔を引きつらせる。
クレロは続けた。
「トランシスという少年がマクディからの使者で、リョウの前に姿を現していたのなら、私も考えた。けれども、彼は勇者を必要としていない」
「その惑星における、魔王の存在は?」
トビィの問いに、クレロは神妙に頷く。
「いない。ただ、神を名乗る人間が絶対王政を正当化し、民を支配し苦しめている」
「王権神授説的な」
王の権力は神から与えられた正しきものであり、逆らうならば天罰が下る。支配者にとって、都合よい思想を植え付けている。しかし、逆らわずとも無慈悲な殺戮が行われている。
「つまり、リョウが倒すべきはその人間だと?」
肩を竦めたトビィにクレロは苦笑すると、リョウに向き直る。
「君の使命は、その惑星を独裁者から救うことなのかもしれない。だが、君は本当に民に渇望される存在だろうか? 私には、そうは思えない。だから、あの不気味な惑星には近寄らせない」
「つまり、その惑星の人間を見捨てると」
トビィは瞳を細め、吐き捨てる。神は寛大だと思っていた、しかし思い違いだったようだ。クレロは、しれっとしている。
沈黙していたリョウは、困惑する様子もなく大人しく聞いていた。ややあって、開口する。
「……解りました、貴方に従います。ただ、アサギと共に行動することは許して欲しい。僕にはそれが必要だ」
鋭く言ったリョウに、やんわりとクレロは頷く。そのつもりだった、最初から魔法を操る勇者の出現は心強い。
「勿論だとも。君はアサギの傍にいて、彼女を守ればよい。君の、思う通りに」
リョウは嬉しそうに微笑み深く礼をしたが、トビィは釈然としない。
「リョウの件は終わりでいいな? その惑星には出向かない、助ける義理はない、ということで」
「あぁ、それが答えだ」
頷いたクレロに、トビィは口元を歪める。
「では、ここからが本題だ。クレロ、隠していることを全て話せ」
睨み付けるトビィに、クレロは若干肩を落とす。一瞬躊躇したが、ようやく口を開いた。唇を舌で湿らせ、咳払いをする。
「判断は、君たち二人がしてくれ。私は包み隠さず、全てを話そう。……まず、一つ目。アサギ達が勇者になった際の事だ」
キィィィ、カトン。