外伝2『始まりの唄』15:憎い男

文字数 3,744文字

 激しく突き動かしたためか、アリアは数回達すると、気を失ってしまった。
 それでも、トダシリアは彼女の身体を弄る事をやめず、身体中に自分のモノだとばかり、印を刻む。白いきめ細やかな肌をきつく吸い、朱い痕を全身につけていく。甘い汗の匂いに煽られて、幾度か噛み、歯型もつけた。強引に手繰り寄せ力強く握れば、手形が残る。
 そして、白濁した欲望の液体を、整った顔やふくよかな胸、柔らかな太腿に、くびれた腰の中央にある臍にぶちまける。

「まったく、どこまでも悪い女。こちらの気も知らないで」

 身体の中も外も全て穢し、自分で満たす。
 嬉しそうに炯々とした瞳で、眉を顰め寝台で眠っているアリアを見つめた。幾度果てても、興奮は治まらない。まるで男女の秘め事を初めて知った男の様に、飽きることなくアリアを抱き続けた。

「あぁ、お前の中はとても心地良い……。これからは、オレの為だけにこの身体を開いておくれ」

 優しく口付け、額を合わせる。

「愛してる。……お前に“裏切られても”、オレはお前を愛している。あぁ、こんなに愛おしいのに、憎らしい」

 トダシリアは気怠い上半身を起こし、傍らの水を手にした。常温になってしまったその水を口に含むと、寝息を立てているアリアの唇にそっと口づける。
 艶やかでぷっくらとした唇は、温かい。
 乾いていた口内が水分を欲し、アリアは無意識で軽く唇を開いた。
 トダシリアは微笑し、口に含んでいた水をアリアへと移した。若干、唇から零れて顎を伝う。それを、指で掬いとる。
 アリアの喉が、コクン、と小さく動いた。
 水を欲してもっと、と身体を掴み強請るその髪を撫で、そのまま口内を探るように舌を動かす。ひとしきり堪能すると、うっすらと瞳を開いたアリアの鼻先に口付け、トダシリアは再び水を口に含み与える。

「お前、本当に憶えていないのか? それとも、フリなのか。オレ達“全員”思い出したというのに、何故肝心の……神々の愛児であるお前が、力も持たず非力なまま」

 項垂れ、心に冷や水をかけられたかのように沈む。

「お前は、またオレを誑かし弄んで、結局棄てるんだろうな」

 諦めた様に苦笑し、「それでも、愛してる」と自嘲気味に呟く。アリアを優しく抱き締めながら、幾度も頬に口付けた。

「あぁ、以前と同じ匂いがする……。なぁ、憶えているか? お前のこの唇は、誰のものだった? 約束、しただろう」

 指を絡ませ、『遥か昔』のように、横になる。

「愛し、てる」

 トダシリアは一筋の涙を流し、疲労感に身体を委ねて眠りに就いた。

 小さく呻き、アリアは重たい瞼を開く。身体中が軋むように痛い、一体何があったのか。後頭部にまだ眠気がこびりついている感覚で、記憶が曖昧になる。

「いた、い」

 アリアは、ジクンと痛んだ左肩を見つめる。そして、顔を真っ赤に染めて小さく悲鳴を上げた。
 そこには、現実だと突きつけるように、歯型と内出血を起こした無数の朱い点があった。何をされたのか思い出し、一気に顔面蒼白になる。いつの間に寝台に運ばれたのか記憶がないが、ここへ寝かされてからも、トバエとはしたことがない恥ずかしい体勢で身体を幾度も貫かれた気がする。幾度も「やめてください」と懇願したが、面白がるばかりで、余計に酷くされた。

「あ、ああ……」

 呆然として、自分の汚れた身体を見つめる。涙が込み上げ、哀しみに一気に沈んだ。陵辱された身体は、もうどうにもならない。トバエを助ける為とはいえ、夫と神を裏切ったことになる。
 自分の行動が正しかったのか、心が揺れた。
 悪魔のような男は、目の前で眠っていた。
 逃さないようになのか、単に人肌を求めてなのか、優しく抱き締められていた。

「いま、いまなら、殺せる」

 アリアは大きく喉を鳴らし、ガチガチを歯を鳴らしながらも、周囲に瞳を走らせる。何か、武器はないか。なければ、その高価な花瓶を割って、破片で喉を突き刺せばいい。気づかれないように寝台から這い出して息の根を止め、トバエのもとに走ればいい。
 けれども。

「ん……アリア」

 トダシリアに名を呼ばれ、口から心臓が飛び出るほどに驚く。叫びそうな口を押えて堪えていると、目の前でうっとりと微笑み、寝ぼけているのか額に口付けをした。
 目を大きく開き、アリアは唖然とトダシリアを見つめる。
 本当に、目の前の男はトダシリアだろうか。こんなに慈愛に満ちた笑顔を浮かべることが出来るのか。猜疑心を疑う程に、彼はとっても、温かに思えた。
 凶悪な程柔らかな寝顔を見た途端、激しい頭痛に襲われる。

「あたま、いた、痛いっ」

 呻き、ズキンズキンと断続的にやって来る痛みから逃れようと、頭部を掴んで揺さぶる。しかし、痛みは消えない。

『ん……おいで。……ほら、あったかいだろ、その、さ、うん』
『なんだ、起きていたのかアリア。おいで』
『少し、気温が低いな。大丈夫? ニ人でくっつくと、あったかいだろ。……オレ、火の精霊だし。あ、そうか、空気を温めればいいのか』
『他に、何もいらない。アリアがいて笑ってくれていればそれだけで満たされる』
『この唇は、オレのもの。オレの唇は、“アース”のもの。だから、絶対に他の誰にも触れさせないで。オレも触れさせない。解る?』
『落ち着いて、アリア。ほら、暖かいだろう? オレはここにいるよ、大丈夫だ』

 頭痛は、激しさを増す。おまけに、幻聴が脳内で響いている。トバエの声だと思っていたが、混じって違う声も聞こえていた。それは、トダシリアの声に思えた。

「ど、して? なん、なの、なに、これっ」

 混乱し、アリアは目の前のトダシリアを見つめる。しかし、熟睡しているのか、起きない。

『い、いや、その、こう、こうして抱きたくて忘れていたわけじゃ、ないっ。で、でも、得したかも。……笑うなよ』
『アリア、愛している。君の笑顔を護るため、オレは産まれた。何があっても、君に寄り添い願いを叶えよう』

 トバエが、以前告げてくれた愛に満ちた言葉が繰り返された。これは、確かに憶えている。優しく大きな手で頬を撫でながら、木漏れ日のような安心感に包まれていた懐かしい日々。
 だが、トダシリアの声は。そんな甘い会話を交わした事など、あるわけがない。今、自分は何を聴いているのだろう。

「“アース”って……なに?」

 トダシリアが、口にした、アースという名。アリアは、精神的苦痛から気が触れてしまったのではないかと怯えた。けれども、妙な声が聞こえるだけで、自分は正常だ。
 脳を何かに強打されているような痛みに耐え兼ね、嘔吐しそうになる。痛みを取り除きたくて、自分の腕を噛んだ。別の痛みで、紛らわそうとした。しかし、頭痛は消えない。

「痛い、痛いっ」

 半ば混乱し、鋭く叫ぶ。途端に、トダシリアに優しく身体を引き寄せられ、その逞しい胸の中で抱きしめられた。

「っふ!?」
「……大丈夫だ、アリア。オレの傍においで」

 耳元で甘く囁かれ、体温が一気に上がる。激しく心臓が鼓動し始め、眩暈がした。
 トダシリアは起きていない、眠っている。今のは寝言だ、けれど。
 微かに顔を上げ、トダシリアの寝顔を見た。安心し眠っているその姿は、幼い頃のトバエに似ている。
 いや、トバエではない。トバエではない、誰かに似ている。
 胸が早鐘の様に脈打つ。綺麗なその顔は、数えきれない人々を死に至らしめた残虐な男であり、最愛の夫を刺し殺した男のもの。しかし、こうして眠っていると悪魔とは思えない華やかで、洗練された美しい人に思える。
 太陽の様に容赦なく周囲を照らし、本人の意思とは裏腹に、全てを焦がす憐れな人。

「……や、やめて」

 この男は、残虐非道。ほだされてはいけない、何をされたのか忘れてはいけない。アリアは強く拳を握る。
 だが、確かに数日前『私は愛しい貴方様に全てを捧げます。どうかトバエをお助けください』と告げた。トバエを助けたい一心で言わされた言葉とはいえ、口にしたのは事実。強制的ではあったが、トダシリア的にはこうして抱いたのも合意の上だったのかもしれない。
 一体、マスカットを口移しで食べさせられてから、どのくらいの時間が経過したのだろう。幾度も叫び喉が嗄れるたび、トダシリアは水を飲ませてくれた。それから、食事をしている彼をうっすらと見た気がする。食事の匂いや、食事を運ぶ人が、なんとなく脳裏を去来した。
 しかしよく覚えていない、ソファからベッドに運ばれたことすら、曖昧だ。

「アリア……」

 トダシリアが何度も寝言で呟くのは、自分の名。冷酷で残忍な男が、笑みを浮かべ、切なそうに名を呟いている。
 凍える迷い子のように見えて、気づけばその背に腕を回し、優しく撫でていた。

「あぁ、ここにいる」

 嬉しそうにそう言って、温もりを確かめるように抱き締められたアリアは、当惑するしかなかった。

『…………』

 ゆぅらり、と。影が躍る。
 部屋の隅で、影が蠢く。
 二人を、何かがじっと見ている。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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