勇者、杖を拝借する

文字数 2,590文字

 クレロから許可を貰ったので、早速アサギは宝物庫へ向かう。
 場所は、先々で出会う天界人が教えてくれた。礼を述べながらたどり着くと、純金で出来た扉に圧倒される。眩いばかりだが、どうやって造ったのか気になる。天界城で金が採掘できるとは到底思えない。
 数回瞬きをしていたが、意を決したアサギは左右で石像のように立っていた警備の者達に深く礼をした。社交辞令で、あちらも頭を軽く下げる。真面目くさった顔をしているが、ここへ立ち入る不埒な輩は内部に存在しないと高を括っていた。
 アサギは小さく武器の名を呼ぶと、現れた自身の武器を持ち固く握り締める。手にしているのは、細長い一本の銀色の杖。
 警備兵は不審に思い、警戒し声をかけた。
 
「アサギ様? 失礼ですが、その武器は?」

 訝る声に軽く息を吸い、緊張を隠してアサギは微笑む。

「あの、ええと。色んな杖の造形が知りたいのです。使うなら、素敵な杖のほうがいいなって。私の武器は、望む形へと変貌できます。……えぇと、手短に言いますと、可愛い形の杖を探しに来ました。自分では思いつかないから、お手本にしたいと思って」

 二人の兵は顔を見合わせ首を傾げた。正直、理解は出来ない。だが、美しいものを好む天界人は、花と同じように宝石を愛でる。戦う杖に優美さを求めるのは受け入れがたいが、見目よい物に囲まれていたいという気持ちならば分かる。

「それならば、どうぞ。承知でしょうが、位置を変えてはなりませんよ」

 面倒そうに言いながらも、重厚な金の扉を開く。どのみち、アサギが来たら通すように通達はあったのでそこまで不審に思わなかった。
 安堵したアサギは再び礼をすると、そのまま吸い込まれるように中に入っていく。やがて、扉はゆっくりと閉められた。
 中に入り、軽く振り返って扉が完全に閉じたことを確認すると、小さな溜息を吐き武器を仕舞う。手ぶらになると、アサギは直様目当てのものを探し始めた。所狭しと様々な物が並んでいるが、欲しいものは一点のみ。美術館のように綺麗に並べられているわけではなく、どちらかというと無造作に押し込まれている宝に眩暈がする。
 いわくつきの宝石で作られた王冠、火を操る剣、引き裂かれた恋人たちの怨念が宿ってしまった首飾り、たちまち全快する魔法の水に、百発百中の弓矢。
 見ただけでは効果は解らないものの、目当ての物でないことなら解る。アサギは懸命に目的の物を探した。

「宝物庫にあるお宝一覧表と配置図みたいなのは、なかったのかな。()()()……」

 何気なく呟き、軽く溜息を吐く。想像以上に量が多く、挫折しそうだ。一つ一つ丁寧に見ていたが、このままでは埒が明かない。
 視覚を頼りにしていては終わりが見えてこないので、瞳を閉じ神経を研ぎ澄ます。第六感に頼る。
 ふわり、と風もないのに髪が揺れた。頬をくすぐる風に誘われるように歩き出すと、愉快そうに風はアサギの周囲をくるりと回る。それは、風の精霊が歓喜の舞いを踊っているようにも見えた。
 やがて、鼻先で静かに風は消える。
 沈黙に包まれた空気の中でアサギが瞳を開くと、不思議な雰囲気を漂わせる杖が目の前にあった。
 自分の背丈程の長い杖は木製で、片側には何かを模した装飾が施されている。首長竜にも見えるそれに手を伸ばし、引き寄せた。
 瞳を細める。
 手にすっと馴染む、しっとりとした感触のその杖はとても握りやすい。鈍い光沢が浮かび上がり、丁重に磨き上げられたものに思えた。柔らかく抱きしめると瞳を閉じる。
 頬を引っ張られるような感覚と、一瞬の耳鳴りに瞳を大きく開く。

「これ! 間違いないです。()()()()()()()()()

 確信したアサギは、すぐさま踵を返した。長年欲しかった物を手に入れたかのように、満面の笑みを浮かべる。他の宝には目もくれず、杖を胸の前で抱え純金の扉に手を添える。
 しかし重たい扉は上手く開かず、何度か叩き、ようやく警備兵が外から開けてくれた。

「ありがとうございました! こんなに可愛い杖になりました!」

 屈託の無い顔で微笑みそう言われたので、天界人も釣られて微笑んだ。上機嫌で走り去るアサギを見送る。

「可愛い子ですね」
「素直ですしね」

 そう言い合う警備兵の心は、和んでいた。
 だが、手にしていた杖は宝物庫にあった本物。
 勇者アサギは、宝物庫の杖を一本盗んでしまった。後で返却する予定だが、許可無く持ち出してしまったのである。
 なんとしても、変化の杖が必要だった。

 先日、謎の物体が出現した洞窟内部に足を踏み入れた勇者らは、もぬけの殻となっていたそこに溜息を吐く。最深部へ到達したが、魔物一匹見ていない。

「あの球体、一体何処へ……」
「クレロに過去の記録を視てもらおう。入口から出ていったのか、ここから忽然と消えたのか」

 ライアンとマダーニが、消化不良のやりきれない感情を抱え溜息を吐く。
 安心もしたが、拍子抜けした勇者たちは顔を見合わせ肩を竦めた。

「こう……胸がモシャモシャして気持ちが悪い」

 周囲を警戒しつつ、ケンイチが呟く。昨日、油断していたら襲われたので過敏になっていた。

「ミノルちゃんたち、もう出ましょう。お疲れ様だったわね、無駄足になってしまった」

 マダーニにそう言われ、訝りながらも勇者らは引き返す。昨日から、未解決な事が多過ぎてどうにも釈然としない。
 曇った顔で地上に出ると、到着したばかりのトビィがいた。

「折角来てもらって申し訳ないが、無駄足だ。何もいない」
「そんなことだろうと思った。こっちもだ、見事に遊ばれている」
「ひっかきまわしてくれるなぁ……」

 ライアンが状況を話している間、勇者たちは流れる雲を見上げていた。周囲は森に囲まれており、樹皮や木の芽の香りが風に乗ってやってくる。

「まぁ、こんな日もいいよね。昨日みたいなのが続くと流石にしんどい」

 苦笑するトモハルに、ケンイチは静かに頷いた。

「何も解決していないから、後でツケがまわってこないといいけど」
「こわっ」

 異世界へ再び召喚され、良かったのか悪かったのか。それでもまだ勇者たちは使命感に溢れており、出来る限りのことをしようと決意を固めていた。それは中途半端に抜けたくない意地でもあり、自尊心でもあり、勇者に選ばれた優越感もある。
 何より友達がいたことが大きい。一人きりだったら、辞退していた。それこそ、異世界へ行かなかっただろう。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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