DESTINY外伝8『夢の続きを』 前編

文字数 9,389文字

 突然の強雨に耐えかね、城の門を叩く。
 街は城と共に門で囲まれており、一時の避難場所としてサーラはそこを選んだ。宿へ泊めて貰おうと思った、中へ入れてもらい事情を説明するとこの場所には宿がないことを告げられる。来訪者が少ないので、営業している宿はなく、稀に旅人が訪れた場合は、空いている部屋をもつ家が受け入れる、というそんな街だった。
 だが、夜半で起きている住人がおらず、困り果てた衛兵は城へと連れて行った。流石に路頭に放り出すことが出来なかったのだ、人として当然の行為だった。
 兵士達の雑魚寝場へ案内された、雨風はしのげるので、十分だった。

「感謝いたします」

 丁重に礼を告げたサーラは、一息ついて腰を下ろした。白湯を差し出されたので、息を吹きかけ冷ましながら頂いていると、何処からか赤子の声がする。
 
「姫様、さぁさぁ。眠りましょうねー」

 寝起きだろう、困り果てた女中らが城を彷徨っていた。なんとか寝付かせようと代わる代わる抱いてあやしている。数人がかりだが、姫は一向に泣き止まない。
 徐に立ち上がったサーラは、疲れ果てている女中らに近寄ると、声をかけた。

「私が」
「え? で、ですが」

 戸惑う女中から優しく姫を預かると、サーラは姫の顔を覗き込んで微笑んだ。
 すると不思議な事にアンリはぴたり、と泣き止む。笑顔を浮かべ、愉しそうにはしゃぎ始めた。垂れて来た真紅の美しい髪を掴み、引っ張って遊んでいる。
 周囲から感嘆の溜息がこぼれ、皆はサーラに視線を注いだ。

「誰かね、キミは?」
「国王!」

 弾かれたように兵が叫ぶと、皆は恭しく平伏す。それを「よいよい」と煙たがり、国王はサーラの腕から姫を預かる。

「旅のお方かね」

 緊張する一同の中でサーラは恭しく頭を垂れると、風鈴のように涼し気な声で名乗った。


「サーラと申します。突然吹き荒れたこの雨風に、森の大樹の下に避難しておりましたが何分身体が冷たく。見つけた城門を叩いたところ、快く受け入れて下さった門兵様に感謝致しまして……ご厚意に甘えております」
「疲れたであろう。何もない城ではあるが、雨が上がるまで存分に滞在せよ」
「有難きお言葉にございます」

 王の暖かい言葉に、皆が安堵した。
 けれども、温厚な国王とは違い、一人だけサーラを快く思わない者が居た。王の傍らに控えていた兵隊長が訝しげにサーラを見、そして冷たい一言を浴びせる。
 当然、剣先もサーラを捕らえていた。

「この者、怪しいと思います。何故フードをとらないのでしょうか、無礼にも程があるかとっ」

 言われ、サーラは迷うことなくそのフードを外し、更に深く頭を垂れる。
 見た者が一斉に悲鳴を上げた、頭部には人間にはない角が生えていたからだ。皆の態度は豹変し、口々に「魔族!」と叫び罵り、武器を突きつけられる。女達は悲鳴を上げ、互いに抱き合って恐れ戦いた。
 しかし、サーラはそれでも頭を垂れたまま静かにしていた。
 王は低く呻き皆を止めると、額づいたままのサーラを見つめた。

「ふむ」

 考えが纏まったのか納得したように軽く頷き、歩み寄ると手を差し伸べる。

「魔族であったか。しかし、敵意は微塵もない様子。どうであろう、うちのアンリがそなたを気に入っているようであるし、暫し城に滞在してはくれまいか? 魔族は豊富な知識を身につけていると聞く、アンリの家庭教師にでも……」

 王の提案に、動揺を隠せない周囲は騒ぎ立てた。人が良い王だとは知っていたが、流石に愚行としか思えない判断だった。血相をかけて止めにかかる。

「な、何を馬鹿なことを!? 正気ですか、こやつは魔族ですぞ!?」
「承知しておるよ? しかし、彼は……噂に訊く極悪非道な魔族に思えないのでな。人間にも善悪があるように、魔族にもあるのではなかろうか」
「反対です! 断固として反対です! そもそも、近郊にそんな事実が知れ渡ったら、攻め落とされますよ。魔族と手を結び、堕落した暗黒の国家と蔑まれ、攻め入るきっかけを与えてしまいます!」
「国外で誰かが言わねば、近郊になど漏れぬ。誰が洩らすというのか」
「そ、それは」

 王は引かなかった。口籠る兵隊長を一瞥し、サーラを見つめる。

「真っ直ぐな良い瞳をしておる、初めて魔族を見たが、好青年ではないか。どうだ、アンリの家庭教師に……なってはくれまいか」

 正直、サーラも戸惑っていた。まさか人間に依頼されるなどとは思わなかった為、面くらい言葉を失う。人の良さそうな、いや、良すぎるくらいの世間知らずな王にしか見えない。確かにサーラには敵意も悪意も何もなかった、が、少しは警戒しても良いのではないだろうか。お人よしにも程がある、このように危なっかしい王など、見たことがない。
 言葉を返せないサーラに、王は笑いながら我が子の頬に口付ける。

「赤子をあのように優しく抱きとめられる者に、悪い者はいない。赤子は敏感じゃ」

 娘の泣き声に引き寄せられ、一部始終を見ていた王は、それだけでサーラの人柄を理解し、傍に置こうと決めていた。

「し、しかし、王!」
「魔族の彼から剣術も教わればよいだろう、魔法にも長けているように思える。結果的にこの城には良い事しか起こらないと思うのだが、兵隊長殿は違うのかね?」
「同じ人間でしたらばともかく、魔族ですぞ!? 魔族が教えるとは思いませんし、そもそも縋るなど末代までの恥にございます」
「……この世の中、最も高潔で大切な事『は隣人を如何に愛せるか』だ。種族が違うからといがみ合うのは、間違っておる。人間同士とて争う時代、信用しさえすれば争いとて起こらないかも知れぬのにな。疑心が産む誤解は、もうたくさんじゃよ。いつから人々の心は猜疑心に塗れ、清らかな心を忘れてしまったのか」
「ぐぅ」

 会話を聞いていた皆の心は、徐々に国王へと傾いた。確かに、サーラの瞳には澱む光が見られない。逆に、誰も口にはしなかったが、兵隊長の瞳が濁っているように見えた。

「サーラとやら。そなた、何が得意かね?」
「は、はぁ。何と唐突に言われましても、物書きや魔法等が得意かと。剣術も少々、あとは洗濯、掃除、裁縫等、でしょうか」

 子供のように照れながら話すサーラに、優しく瞳を細めて見つめ、王は満足そうに笑うと「十分だ」と手を握った。
 得意分野など、初めて訊かれた。暖かい王の手に、サーラはほっと安堵の溜息を漏らすと好意的な人間に笑みを返す。しかし、握り返したその手に、サーラは違和感を覚える。見た目、何も出来ない弱々しい人が良すぎる王だ。だが、手は。紛れもなく剣士の手、それも相当な剣の使い。多少剣術も嗜んでいるサーラだ、剣によって出来る豆が硬く尋常ではない点に、弾かれたように顔を上げる。
 固唾を飲んで見つめれば、瞳の奥に鋭い光が見えた。この王は世間知らずではない、ましてお人よしでも、ない。
 サーラの全てを見抜いて、任せたのだろう。見誤ったのは、こちらだ。恥ずかしくて、目を逸らす。
 感服したサーラは、その秘めたる力量に深々と頭を下げた、そして思ったのだ。この人間の王に仕えてみよう、と。どのみち、魔族と人間、時間の流れは違う。この時、サーラは放浪の身。仲間の魔族に連絡せずとも、誰も気にしないであろうと。
 月が、高い所で冴えた光を放っていた。

 この夜、一人の魔族が人間の城に住まう事になった。流れるような紅蓮の髪、女と見まごう細い線の男。金色の瞳は全てを見透かす聡明さを持ち、顔立ちも溜息が出る程に整っている。
 ただ、頭部の二本の角が人間を怯えさせた。それさえなければ、誰もが羨む美貌の主だったろうに。 
 サーラを嫌悪し逃げていく者も数名いたのだが、数日もすればその人柄に皆が心を許し、違和感なく城に溶け込んでいった。
 最初は敬遠していたが、何より見ていて溜息が出る美しさ。時折困惑気味に微笑めば、女達は黄色い歓声を上げる。初めての反応にサーラは苦笑するが、自分に興味を持ってくれたことはありがたかった。
 逃げてしまった料理長の代わりに料理を作れば大好評で、弟子入りを志願する者が後を絶たず。
 繊細な指先で施す刺繍は奥様方に大人気で、皆で習って名産品として売りに出した。
 風景画も得意で子供達に教えつつ、また他国の歴史も十分学んでいたため小さな教室を開き勤勉を教える。野山に出れば薬草の見分け方、動物の獲り方を教え、すっかり人気者になった。
 魔族というと恐怖の象徴であったが、角さえなければ上品な青年にしか見えなかったので、人間達はこぞってサーラに群がるようになっていた。
 美しい声ゆえに歌をせがんだが、残念なことに音痴であった為、そればかりは一度きりで終わった。そんな欠点ゆえに、親近感も沸く。
 自負した通り、剣の腕は人並みだった。その為、こっそりと国王が剣を教えてくれた。正直なところ、魔法使いであったので剣は不要だと思ったが、「使えるにこしたことはない」と悪戯っぽく言われ、習い始めた。

「最近は魔法剣士、なる職業が流行っておるそうじゃよ。どちらにも長所短所がある、上手く使い分けることが出来れば、都合がよいのぉ」
「器用ですね。私は魔法の詠唱で手いっぱいです」
「それにしては、その剣は?」
「あぁ、この剣は、親友からの餞別です。護身用にと持たせてくれたのですよ」

 二人は剣の稽古の合間に茶を啜った、おっとりした平和な性格の二人は会話も弾み、よき茶飲み友達となった。 
 王の言った通り、サーラが来た事で城は活気で満ち溢れた。
 やがて姫であるアンリは健やかに成長し、サーラと共に皆に愛される美しい姫君となった。博識で民から絶大な信頼を誇る王と、人間に愛を持って接するサーラの二人によって真っ直ぐに育てられた姫。
 豊かな新緑色の柔らかく艶やかな髪に、温かみのある光を帯びた大きな瞳、軽く頬を桃色に染めて、熟れたさくらんぼの様な唇を持つ御伽噺の中のお姫様のような容姿だった。愛くるしい顔立ちは、見る者全てを魅了してしまうと言っても過言ではない。実際姫に憧れる街娘達や、恋焦がれる若者は大勢いた。高嶺の花だが。
 ただ、好奇心旺盛すぎるのが問題だ。
 サーラから魔法を、剣術を、歴史を、法王学を学び、絵画に裁縫、舞踏まで。天才、とはこの子の事を言うのだろう、というくらいに物覚えが良い。家庭教師として立派に役目を務めていたサーラは、この上ない充実感に包まれていた。なんと教えがいのある生徒だろうと、顔を綻ばせる。
 よく、城を出て野原で食事をしながら勉強をするのが好きだったアンリに、当然厨房外でのサーラの料理の腕も否応なしに上がっていった。

「サーラ、今日は何を勉強する?」

 アップルパイを食べ終え満足そうに小さく欠伸をすると、草の上を転がりながらアンリは笑う。苦笑いしてサーラが一冊の本を取り出した、見たことのなかった表紙に瞳を輝かせてアンリは転がりながら戻る。ドレスに草が、土が付着しようが構わない。
 太陽の光に向かい伸び伸びと育つ若木のような真っ直ぐさを持つアンリは、勉強も率先して行う。探求心が人一倍強く、能動的で常に新しいものを知りたがる。

「そうですね……世界情勢でも」
「世界情勢?」

 胸を弾ませてサーラの隣に座ると、アンリはサーラのアップルパイに手を伸ばす。顔を引き攣らせて見ていたサーラに舌を出して、悪戯っぽく笑うと「美味しいから、ついつい」っと可愛らしく拗ねるのだ。
 なので行儀が悪い、とも言えずにサーラは許してしまう。甘い、家庭教師である。
 サーラが書き綴っていた地図を広げ、アンリに見せた。まだ完成はしていないが、この為に今旅をしているようなもの。命じられたわけではなく、単に趣味である。

「これが私達が住まう惑星……クレオの地図です」
「クレオ?」
「えぇ。クレオ以外にも惑星は存在し、他にネロ、ハンニバル、チュザーレなどが存在しています」

 復唱し、懸命に覚えようとするアンリが愛おしい。その熱心な姿を見つめていると、幸福感から笑顔が浮かぶ。一心不乱に地図を見つめているアンリを撫でながら、ある一点を指す、

「アンリがいる場所は、ここです」
「ここ。……私はこの辺りから出たことがない。外は、広いの?」
「えぇ。世界は広い、城は広い場所のホンの片隅にあります」

 地図を指しながら説明を始めた、魔族のほうが人間よりも博識だ。長い年月生きているからでもあるし、移動とて人間より楽である。サーラの場合普段は羽など出していないが、背にはコウモリの様な羽を本来は背負っていた。それで飛行が出来るので上から土地を観察し、こうして地図にまとめている。

「宇宙、という場所にクレオもネロも、綺麗な球体として浮かんでいます。宇宙へは行く事が出来ませんが、惑星間は移動が可能です」
「何故宇宙へはいけないの?」
「空気がありません。空気とは今この瞬間にアンリも私も体内に取り入れているもの、宇宙空間にはこれがなく、下手に行くと呼吸が出来ずに死に耐えてしまうのですよ。……以前に、空を上昇し続け大気圏へ突入せねばなりませんので、そもそも大抵の者はすぐに死にますけど」
「えーっと、宇宙でも呼吸が可能なら良いの?」
「そうですね、そのような魔法が開発されれば可能でしょう。まぁ、行きつくまでが問題ですけれど」
「へぇー! 面白いね、不思議。宇宙へ行く事は出来ないのに、何故惑星間は移動可能なの?」
「転送陣、というものがございます。博識かつ魔力の高い者のみが転送陣を描く事が可能です。二つの転送陣を結ぶことによって、その中に入るだけで移動が可能になるという大変便利なものですが、失敗すると命を落とします。転送陣では、宇宙ではなく異空間を移動します。移動、というより瞬時に飛ばされる、とお伝えしたほうが正確でしょうか」
「……転送陣は、便利」
「えぇ、便利です。しかし同時に危険性も高いので、余程の場合でしか使用しないでしょうが」
「ええっと……例えば、私とサーラが遠いところに出掛けたとするでしょ?」
「はい」
「そこから、転送陣を使ってここまで戻る事が可能なの?」
「ええ、可能です。けれども準備は必要ですよ、先にこの場所に転送陣を用意しておかねばなりません。しかも、崩れない場所に。旅先で転送陣を描いても、繋げる場所がなければ意味を成しませんからね」

 アンリは、真剣に話を聞いている。

「知らない場所へは行けないけれど、出向いた先から戻れるんだよね」

 思案しているアンリに柔らかく微笑んだサーラは、髪を撫でてあやす。

「まぁ、話は逸れますが……宇宙には唯一人、美しい女神が存在するそうです。彼女は宇宙でも生きていけるそうで。女神、というか宇宙の創造主様になるのでしょうかね。伝承として語り継がれてきた話ですから、本当かどうかは知りませんが」

 地図と睨み合いを続けていたアンリが、不安そうに顔を上げた。当惑している顔が、サーラには妙に印象に残った。

「女神? ……創造主?」
「えぇ、宇宙を創ったとされる創造主は、一人で宇宙に住んでいるそうです」
「一人……私だったら寂しくて耐えられないかも」
「私もそう思います、きっと、寂しいでしょうね」

 アンリに受け答えするサーラだが、無論そんなことは信じていなかった。確かに古書物を読み漁ると、時折出てくる、『宇宙の創造主である麗しい女神』が。類稀なる美貌を持ち、見たもの全てを虜にする女神……人間であれ動物であれ、植物であれ、一瞬で彼女に“魅了される”。マリーゴールド、という単語が一冊の古文書に記載されていたが、それがその創造主の名前ではなく、居る場所を指すということも解った。 
 しかし、これらは想像上のものである。確証はない、古代人が宇宙に馳せた思いの象徴だと認識していた。しかし、幼い子らには好かれる物語だ。特に、想像力を育むには相応しい題材で、魔界の子供らにも時折話を聞かせていた。
 アンリが異様に創造主に興味を示したので、サーラはそのうち暇を貰って書物を探しに行こうと思った。

「……寂しかったんだと思うよ、その人」
「えぇ、一人ですからね」
「……その人、あのね、その」
「え?」

 突如、アンリは大粒の涙を流し始めた。一筋の光に貫かれた闇のように、苦痛に似た表情で顔を歪めている。
 慌てふためいて涙を拭くサーラだが、涙は止まらない。感受性が豊かな子なので、想像したら同調してしまったのだろうか、と思った。優しく背を撫でて、落ち着かせる。
 数分して、涙はようやく止まった。しかし、肩を震わせているアンリの華奢な身体を、サーラは困惑して抱き締める。

「あのね、お父様にはナイショね、サーラ。私……捜したい人がいるの」

 遠慮がちにアンリは小声で囁いた、首を傾げながら、サーラは瞳を見る為に身体を起こす。
 サーラは眩暈を起こしそうになって、息を飲んだ。
 アンリのその表情は愉快そうに、けれども頬を赤く染めて。それは、誰にも汚されていない処女の香りがする、初々しい乙女の顔。緩んで若干開いた唇と艶めいた視線とに、射らるように圧迫される。
 
「素敵な人なのです、夢に出てくる王子様を捜しに行きたいの」

 その人の傍らにでもいるように、恍惚とした笑みを浮かべてアンリはそう告げた。

「は?」

 突拍子もないことを言い出したアンリに、サーラは頭を抱える。
 しかし、アンリは大真面目だ。夢に出て来た相手を憶えていられた事にも驚いたが、まさか恋をしているとは。

「あのね、気がついたら私を呼んでる人がいたの。すごーく、かっこいい人なの。なんていうか、こう……きゃー!」
「え、あの、ちょっと?」
「紫銀の髪なの、そんな人見たことある? とても目立つ綺麗な髪だから、一目見たらきっと解るわ! 端正な顔立ちは上品なんだけど、笑うと幼い感じがする、不思議な雰囲気なの」

 サーラが手を伸ばすが、それを跳ね除けて地面を再び転がり始めた。歓声を上げて、身体中から溢れ出る“何か”がもどかしくてアンリは転がった。
 唖然としてアンリを見下ろすサーラは、眉を顰める。常に明るいが、ここまではしゃいでいる姿は初めて見た。一見それは子供らしく。しかし、名も知らぬ異性に焦がれて溺れてどうしようもないようにも見える。多感な思春期の娘らには有り勝ちな“恋に恋をする”という状態がこれなのだろうか、とサーラは呻く。
 意図せずに、胸が少し痛んだ。しかし、すぐに自嘲気味に笑う。その“夢で見た男性”に嫉妬したのだが、揉み消すべきは自分の恋慕だと重々承知している。
 魔族が人間の姫に恋をしたところで、所詮報われることはない。生きていく時間が違う、想いが通じ合ったとしても、何処かで歯車は外れる。
 心に沈む鉛で顔を暗くしていたサーラの目の前で、残酷にも無邪気にアンリは笑っていた。草を、衣服に髪に顔に付着させ、邪心の欠片もない表情でこちらを見た。
 風が急に止み、太陽の光がアンリを照らす。美しい緑の髪が、日差しの温かみを取り入れさらに幻想的な色合いへと変貌した。
 サーラが固唾を飲み込むと、アンリが神妙な顔つきで口を開く。

「どうやったら、その人を捜せる? 逢いに行こうと思って、知恵者の貴方なら、良い案を授けてくれるのではないかと思って。教えてサーラ、私はどうしたらいいの?」

 サーラは打ち震えて、息を飲んだ。そういう姿はあまりに神々しく美しく、敬意を表したい気分になった。たかが十歳程度の娘が出せる威圧感ではない。
 数秒硬直し、瞬きすらも忘れていたサーラだが、太陽が雲に隠れ光が遮断されたので我に返った。

「お、お名前が解らないと」
「名前なんて知らない、でも、必ず彼はどこかに居るの……」
「そもそもアンリ様は姫なので、簡単に外出できませんよ」
「だからサーラに相談したの、転送陣をサーラが描いてくれれば、すぐに戻って来られるのでしょう? 捜し出す方法さえ解れば、後は何とか」
「え、ええとですね……」

 真剣なアンリに手を貸したいのは山々だが、しどろもどろにしか答えられない。何故そうもその人に会いたいと言うのかが、サーラには全く解らなかった。夢で何度も見るから、と、一言で済ませてしまえば幼い姫の幻想だ。幼い頃遊んでいた幼馴染の少年を指すのかもしれない、それならば王に訊ねてみる価値もある。しかし、本当に夢での出来事ならば、逢うのは不可能だ。
 首を横に振り続け拒否するサーラに、アンリは再び泣きそうに顔を歪める。そうなると、サーラは冷や汗をかくしかない。

「と、ともかく、で、では、一先ず旅の許可を貰いましょうか。まずはそこからですよ」

 項垂れて仕方なくそう告げた、そうでも言わないと大泣きされそうだったからだ。惚れた弱みである。

「ありがとう! 勿論、サーラが一緒に来てくれるんだよね? なら大丈夫だよね」

 十二歳になったアンリは、時折解ってやっていないだろうか、とサーラが思うくらい有無を言わせぬ強引さで迫ってくる。聞き入れてしまう自分も自分なのだが、そこにはどうしても男女間における恋愛感情が含まれてしまう。大きな緑の瞳で見つめ続けられると、頷かなければいけない、と。拒否が出来ない、悲しませたくないから、喜ばせて笑顔が見たいから。
 甘い菓子を、更に砂糖で包む様に溺愛する。
 赤子の頃から傍にいて成長を見守ってきたので情が移ったのだろうと思い込もうとした時もあった、しかしそれは、言い訳に過ぎない。
 何れ、アンリはサーラに釣り合う美女になるだろう。年の差など、見た目では解らなくなってしまう。それがほんの少しだけ、サーラは怖かった。大人になった彼女とどう接したら良いのか、解らない。
 アンリが大人になるということは、王の寿命が近づいているということだ。その為、アンリの夫を探す話も浮上している。そんな中で旅など許されるわけもないが、伝える勇気も出て来なかった。感情とは面倒なもので、アンリには幸せになって欲しいのに、知らない男性の隣で微笑む彼女を見たくはないとも思う。立ち去れば見なくて済むのに、彼女の傍にいて死ぬまで護り続けたいとも願ってしまう。
 一体、どうしたら良いのか。
 城に帰り、沐浴の為アンリと離れたサーラは、自室に篭った。
 言ってしまった手前、王に旅の許可を貰うべきだろうか。しかし、訊かずとも答えなど明らかである。王の手を煩わせたくもないが、落胆するアンリも見たくはない。妙案など浮かぶわけもなく、頭を悩ませ食事さえも忘れて考え込む。
 時は過ぎ、深夜になっても寝付けず溜息ばかりを零し続ける。

※挿絵は以前戴いたものです(*´▽`*) サーラ。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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