外伝4『月影の晩に』28:誓言
文字数 3,792文字
しかし、トレベレスは深い溜息を吐き、忌々しそうに空を見上げる。約一日かけて、マローを幽閉している塔へと向かうが、今まで以上に憂鬱だ。気分が全くのらない。
……これでは勃つものも、勃たん。
項垂れて、マスカットを齧り続ける。早急に終わらせて、アイラのもとへ戻りたくて仕方がない。
マローは、げんなりとした様子で入ってきたトレベレスを見やると、唾を吐き捨てた。
怒りに打ち震える瞳を無視して、用意されていた白ワインを呑み始めたトレベレスは一息つく。刺すような視線など、痛くも痒くもない。
幽閉してから、早二ヶ月。未だに子を宿らない。男を受け入れるよう身体は慣れたようだが、暴れ方が気に入らないうえに、懐かないし可愛げがない。女を抱くのは好きだったが、マローに対しては情欲が湧き上がって来なかった。
さらに昨日、アイラを途中まで抱いてしまった為、ますます目の前の姫が色褪せて見えた。
「帰して、ここから出して」
お決まりの台詞を吐き棄てながら近づいてきたマローを一瞥し、再びワインを口にする。
……姉は、すぐそこに居るよ。
暴露してしまいたいが、言えない。
自分に暴力を振るおうと片手を上げたマローを突き飛ばし、床に転がせる。痛みで顔を歪めている上に馬乗りになり、口にテーブルクロスを押し込んだ。
マローが敵うわけもなく、もがきながらも涙目で訴える様に睨み付ける。
冷ややかな視線でそれを見下ろしたトレベレスは、鼻で笑った。組み敷いているが、全く欲情しない。こんな状況下でも、アイラに抱いた加虐心は湧き上がってこない。
……あぁ、アイラの口に布を詰め込んだらどうするだろう。涙目で苦しそうに訴えてくるのだろうか、それとも気丈に顔を背けて耐えるのだろうか。
想像したら、それだけで身体が反応した。背筋がゾクゾクする、目の前の娘ではなく思い描いた娘に欲情する。性格は違うが、体型は似ている。感じ方が違うが、仕方がない。ならば、似て非なるマローを、アイラの代わりに抱き締める。
僅かな罪悪感から優しくしてやろうと思ったが、抵抗の仕方も香りも当然アイラとは違った。抱けば抱くほど、鮮明に違いが現れる。満たされない、愛のない行為が虚しくて、自分は何をやっているのか疑問にすら思う。
「チッ、やはり駄目か……」
泣きじゃくるマローを残し、早々にトレベレスは塔を後にした。不本意だが、来る前より下半身の重みはなくなったような気はした。だが、心が渇いている。
「あぁ、アイラ……アイラに逢いたい」
心身共に疲れ果て、トレベレスは馬車の中で眠りについた。アイラを夢見て、笑みを浮かべながら。
その頃、アイラには最低限の食事と、本が与えられていた。城に居たときと同じ様に一人で過ごしていたが、不便ではない。寧ろ、気楽だった。呪いの姫君に誰も近寄るわけがなく、久し振りに気の休まる時間を過ごす事が出来た。
それもこれも、トレベレスを正直に信用しているからだ。まさか、マローを犯しに行っているなどとは、思いもしなかった。
アイラは、初めて見る本の数々に顔を綻ばせ、夢中で読み漁った。用意されたものを全て読破してしまった頃、外が騒がしくなった為窓から顔を覗かせる。
トレベレスが出掛けてから、二日後だった。煌く紫銀の髪が目に飛び込んできたので、笑みを浮かべてうっとりとした溜息を吐く。嬉しさがこみ上げたのはマローに関することが分かるからなのか、それとも、彼に会いたかったからなのか。アイラは慌てて本を片付けると、ドレスの着用があっているか、髪は乱れていないか確認を始めた。心が躍っている事に、気づきながら。
真っ先にアイラのもとへ行きたかったトレベレスだが、衣服を着替え湯浴みをすることにした。マローの香りが残っていては、非常に拙い。鋭いアイラは妹の残り香に勘づくかもしれない、と逸る気持ちを抑えて入念に身体を洗った。
「いやはや、お早いですな、お帰りが」
「嫌味を言うな。勘繰らずとも、間違いなく何時もどおり種は……」
渋い顔をしている家臣を無視してアイラの部屋へ急ぐと、姿勢正しくソファに腰掛けて、用意された紅茶を啜っていたところだった。
「……ただいま」
「おかえりなさいませ! あの、マローは?」
ドレスの裾を持ち上げて走ってくるアイラを見たトレベレスに、笑みが零れた。まるで、自分の帰りを待っていた貞淑な妻のようだ。照れくさくて、口の端が不自然に歪む。
「詳細が判明したので、早急に戻ってきた。マロー姫は、ベルガー殿に連れられて鉱山へ行ったらしい。宝石が大量にとれるらしく、そこで姫君の好きな様に装飾品を作るのだと」
すんなりと、嘘が飛び出した。
「鉱山ですか、それは何方にあるのでしょう? 私、そこへ行きます」
「安心しろ、ベルガー殿への面会を依頼する書簡を送った。連絡が来るのを待ってくれ。そもそも、鉱山の場所など知らぬ。彼が所有している場所だ、他国には秘密裏にしているだろう」
「そうですか、待つしかないのですね……。歯痒いです。確かに、宝石ならばマローも喜んでベルガー様について行くでしょう。あの子は華やかな物が好きですから……」
唇を尖らせたアイラを、トレベレスは正面から抱き締めた。そしてすぐに、一月、二月会えなかった恋人の様に唇を貪り合う。
「あぁ、アイラ……」
熱に浮かされた声で、口付けの合間に名を呼ぶ。すぐにトレベレスの身体は熱を帯びた。結局マローを代わりに抱いたところで、欲望の火が消えるわけがない。アイラの耳に優しく触れ、指を擦り合わせて刺激を与える。すると、思った通りにアイラは身体をくねらせ、くぐもった声で微かな抵抗を見せた。
「あ、や……」
消え入りそうな声が、脳にずしんと響く。トレベレスは指でアイラ姫の全身を撫でながら、数日前の夜を思い出す。感度が良い事はすぐに把握していた、何処が好きなのか再確認をするように、力を籠めてなぞっていく。
艶めいたアイラの声に、喉を鳴らす。ぎゅう、とトレベレスの衣服を掴み、小刻みに震えている顎を掴んで、顔を上げさせた。
「あ……」
瞳が、涙で潤んでいる。紅潮した頬と、とろんとした目つき、そして半開きの唇から垂れる糸引く唾液に、トレベレスの頬が引き攣った。誘惑に抗えず、脳が沸騰する。
「素晴らしい……。可愛いな、アイラ」
「あ、あまり、見ないでください。とても、恥ずかしいのです」
顔を背けたアイラは、唇を尖らせた。
「何故? もっと見せておくれ」
トレベレスは喉の奥で笑いながら、からかうように顔を覗き込む。
「口付けをしたことは?」
チュ、と音を立てて軽く唇を合わせる。アイラは、弱弱しく首を横に振ると俯き蚊の鳴くような声で答えた。
「トレベレス様が、初めて、でした……」
「そうか、それは嬉しい。てっきり体験済みだとばかり思っていたよ、トライと親しかっただろう?」
「え? トライ様ですか?」
アイラは、驚いて顔を上げた。何故ここで彼の名が出たのか解らぬ、と首を傾げる。
「あぁ、そうだとも。てっきり二人はこういう中だと。数日前のオレ達のように、熱い口付けを交わし、一糸まとわぬ姿で抱き合い、身体中を指と舌で愛撫する……」
「え、ええ!? そ、そのようなことは」
アイラは、必死に首を横に振って否定した。
「ふぅん?」
アイラに触れた男は自分が初めてだと知りつつも、反応が可愛くてつい虐めてしまう。トレベレスはドレスの上からアイラの尻を円を描くように撫でまわす。
「ぁ、あ……」
ビクン、と身体を揺らし、堪える様にアイラはトレベレスにしがみ付いた。
「ねぇ、こちらを見上げて?」
強請るように、熱っぽくトレベレスは囁く。おずおずと、アイラは言葉に従って顔を上げた。羞恥心で赤く染まる顏と、零れそうな涙に舌なめずりをしてしまう。
逸る気持ちを抑えて、トレベレスは耳元で囁く。アイラの泣き顔が気に入ったので、苛めてみたくなった。
「で? トライとは何処まで?」
「で、ですから、トライ様とは別に何も」
アイラは多少の憤慨を籠めて、トレベレスを跳ね返し抵抗を見せた。
赤面しながら唇を尖らせているアイラに、込み上げる残虐性を堪えながらトレベレスは嗤った。しかし、鳥肌が立つほどに興奮している。
以前、戯れに女を縄で縛り上げ、鞭で叩き泣き叫ばせた事があった。目の前の姫を、そうしてみたい衝動に駆られる。固唾を飲み込み、そのうち遊んでみようと心に決める。
「こういうことは?」
「きゃあ!」
耳朶を噛みながら、満足するまで身体中を撫で触り、その柔らかさを堪能する。
マローのことなど、すでに脳内から消えていた。
理性が飛ばないように懸命に本能と戦い、アイラに快楽を与え続ける。
「アイラ。もっとしてください、と毎晩オレに強請れ。そうすれば、必ずマロー姫は連れ帰る」
虚ろな瞳で頷くアイラは、急かされるままに頷いた。
「私は、トレベレス様に、何をされても、構いません」
それは、誓言。