失意の神人~クレロ~

文字数 5,205文字

 沈黙に包まれ、通夜のような馬車の中。
 目立つ空席が寂しい気持ちに拍車を掛ける、先日まではあんなに賑わっていたというのに。
 行き先は“ピョートル”という名の国家、ライアン、マダーニ、トモハル、ミノルの四人は、予定通りに路を進む。そこには、トモハルと対を為す、アサギが所持すべき武器が保管されている筈だ。肝心のアサギがいないが、行くしかない。
 途中で“ジョアン”という街に立ち寄る事になっている、そこまでの道程は比較的安全だ。古くから商人達が行き交う貿易道で、大きくはないが古びた石畳の街道が造られている。
 そんな道を進みながらライアンが馬車を操作し、マダーニが勇者二人の魔法について指導する。しかし、心に負った傷で憔悴している二人になんと声をかけてよいのか。無言で本を読み老けている勇者二人を、マダーニは祈るような思いで見守っている。
 すっかり気落ちしている二人だが、トモハルの瞳には光が見えた。アサギの次に優秀だと思われる勇者は、意志が強い。アサギが攫われて、勇気を奮い立たせている気がした。剣の腕も筋が良く、魔力も高いし何より覚えも早い。
 問題はミノルだ、他の勇者に比べて能力が格段に低い。それは魔法にしても剣技においても、である。秀でた点が見つからない上に、本人の怠惰が非常に目立った。
 勇者達が離れ離れになった為、トモハルとミノルを比較してしまうと歴然としている。
 溜息を吐くマダーニだが、本人の心の持ちようなのでどうしようもない。決定的に他の勇者達と別つもの、それは勇者としての自覚がミノルにはないという点だった。
 元々、ミノルはこちらの世界へ行く事に反対していた、それをトモハルの挑発により売り言葉に買い言葉で参加した。本来は他の勇者同様、素質のある子かもしれないが、やはり重要なのは本人の意志。
 もし、ミノルがアサギを救出すべく強い思いを明確にしてくれたならば、上手く行きそうな気がしていた。けれども現時点では無理だ、アサギが不在でミノルが塞ぎ込んでいるのだから。気の毒な程に動揺していた、無気力なミノルは食事すら喉を通らなくなっていた。
 それを見てマダーニは思った、単に仲間を心配しているだけではない、と。アサギが稀にミノルにしたたかな視線を送っていたことは、マダーニとて気づいている。ミノルはそんな素振りを全く見せずに、むしろ邪険にアサギを扱っているようにも思えたが……ひょっとすると照れ隠しの裏返しだろうか。少年にはありがちだ、“好きな女だからこそ、苛める”。
 居るはずの存在が、消えた。
 トモハルは、アサギを救出すべく死に物狂いで強くなろうとしているが、ミノルは、アサギの身が心配で何も手につかない、という状態。これでは、二人の差が余計に明らかとなる。

 ……あんたは出来る、がんばりなさい。

 ミノルを見つめながらマダーニはそう願った。あえて口にはしなかった、自分で這い上がって欲しかった。そんな視線に気づくわけもなく、ミノルは本から視線を外し、外を見つめる。
 陽は高く、太陽が残酷な強い光を放ち、空気の温度が上昇している。周囲はオリーブの木々が生い茂り、ゴツゴツとした岩が転がっていた。初めて観る風景だ、印象的だがあまり視界には映っていない。
 遠くを見つめるミノルの瞳にぼんやりと小学校が映し出された、今頃面倒な授業を受けていただろうか、休み時間でサッカーをしていただろうか。
 心の中でアサギの名を呟く。顔を顰めて俯いた、胸が痛い。
 
 ……もしアサギが死んでしまったらどうすれば。何故、こんなことになった。どうすればいい? 今ここで、何をしているんだろう? ここへ来て、何をする気だったんだろう? アサギが、勇者になるっていうからみんなでついてきた。 そもそも、勇者って、何だ?

 例えばこれがゲームだったら、ミノルは率先して遊んでいただろう。最も上手にゲームをクリアしていただろう、ゲーマーとしての自覚もあるのだから。死んでも誰かの魔法で、道具で生き返る。全滅したとしても、リセット、という心強い味方がいる。
 けれど、それは出来ない、これはゲームではない、現実だ。
 勇者とは。
 定められた血筋の、正統なる勇者。
 立派な働きをした、勇敢なる者。
 選定され、否応なしに動く勇者。
 大まかに分けるとこの三種に分類されると、ミノルは思っている。当然ミノル達は最後の“選定された”勇者だ。

 ……何故、選ばれた? もし、全員が勇者を放棄していたらどうなったんだろうか?

「何を基準に選んだ、何故俺達なんだ」

 ぼそり、とミノルは吐き捨てるように言い放つ、それは恐らく勇者を決めた誰かに向けて。
 “勇者”と後に呼ばれる者には、重圧がかからない。周囲から見れば異端児で、その時誰も彼が勇者になるとは思ってもいないだろうから馬鹿にもするだろう。
 実際、地球上でも死した時は異端児で、後の世になってから功績が認められた偉大な芸術家や学者達が多く存在する。歴史を動かした英雄達も、当時から持て囃されていたわけではないだろう。
 皆、下積み時代がある。
 だが、勝手に選定された勇者は。自分の意志とは裏腹に期待を受け、強制的に旅立ち、いつ命を落としても仕方がない戦いへと誘われる。
 運命とは残酷で、誰が決めたのか知らないが、結局は勝手に作られた脚本通りに進むしかないのだろうか。

「俺は。操り人形じゃないからな」

 ぼそりと呟いた。
 その言葉はトモハルにも、マダーニにも、ライアンにも当然届かない。“運命に踊らされている”ミノルは舌打ちして瞳を閉じた。
 運命とは、何か。
 誰が決めるのか……それは神しかいないだろう。
 神とは、何か。
 神が本当に存在するのならば、魔王に挑むのは勇者ではなくて、神が妥当ではないのか。
 人々の運命を位置づけているだけの、神、何もしない、神。
 ミノルは手の魔道書を硬く握り締める。怒りをぶつける様に思い切り掴むと、ぐしゃり、と紙が曲がる。神に対しての嫌悪感を、目の前の物にぶつけることしか出来なかった。
 神という誰でも知っている単語、けれども誰も正体を知らないナニカに、思い切り憎悪をぶつける。それしか、ミノルにはこの感情を押し殺す術を知らない。
 道の傍を、小川が流れていた。光の反射する青く透き通った水が、さらさらと流れていく。不意にアサギを思い出した「こういう風景が好きそうだよな」とミノルは小さくこぼす。
 魔道書に目を落とす、観ないとは自分でも解っていたがそれでも、形だけでもとりあえず。やっている、フリをした。
 脳内では解る、勇者の自分は努力せねばならないと。
 でも、出来ない。
 けれども、ミノルよ。
 もし、この世界がゲームであったとしたら君はどう動かす。アサギを救い出す為、自身のキャラクターのレベリングに勤しむだろう。
 結局、同じ事なのだ。行動せねば、何も始まらない。
 全ては、そこが原点にして頂点。

 大きな浮かぶ球体を見つめながら、男が苦笑している。

「子供は素直だな、まいった」

 透き通った淡い青の、その球体。そこに映っていたのは先程から勇者とは何か、神とは何かと、ひたすら考えていたミノルだ。
 濃紺の流れるような髪、神々しい光を放つ金の瞳の、凡人ではない気配を漂わせている男がその球体に手を触れて困惑している。
 彼の名は“クレロ”という。
 先程までミノルが文句を言っていた相手、そう、一応は神である。
 耳が長い以外、特に人間と大差ない容姿だった。二十代後半に見える、少し垂れ目で気弱な感じが際立つ。
 クレロが現在居る部屋は、琥珀色の鉱物で出来ている。水滴が水に広がりを見せる際の神秘的な音が、時折どこからか聞こえてくる。かなり広い空間だが、クレロと球体以外は何もない。
 魔王ハイが似た様な部屋を所持しているが、部屋の明るさ及び雰囲気が全く違うのはやはり神と魔王だからか。クレロが踵を返し、そのまま壁に突き進むと、すっと、ドアが出現した。クレロを飲み込むように開くと、躊躇することなく部屋から出る。耳に聴きなれた音が届いたので、足先を変えてそちらへと向かう。美しい声とハープの音色に優しげな笑みを浮かべると、心休まる歌声へと近づいていった。
 明るい光が差し込む、真っ白な通路を進む。植物が生い茂る庭が見え始めると、クレロの表情が明るくなった。花盛りのティユールが甘い芳香を運び、蒼海波のようなラベンダーが風に揺れ、ブルームが黄色い花を散りばめ咲き乱れ、噴水周囲にはディルの花が受ける水飛沫に不思議な色彩を放つ。四季、というものが存在しないこの場所は、温度も通年同じである。故に、何種類もの花達が百花繚乱咲き誇っていた。
 この場所は神の住まう“天界”の中心部“インヴァネス”。
 雨すら降らず、しかし水不足には決してならない、非常に快適な温度の、文字通り楽園。地所では花の命は短い、しかし天界では当然のように毎日咲き誇っていた。青い空から降り注ぐ陽光、爽やかな大気、花の香りは常に風が運んでくれる。細かい花の集まりが見事な、黄色い花のレディスベッドストロー、薄紫の小さな花を咲かせるバーベイン。それらが至る所で合唱をするように揺れている。
 天界人と呼ばれている、背に純白の羽根を所持する有翼人達が、愛でる為に咲かせている花々。クレロはそんな花達の中を優雅に進んでいった、惹かれるように。

「何もなき宇宙の果て 何かを思い起こさせる
 向こうで何かが叫ぶ 悲しみの旋律を奏でる
 夢の中に落ちていく 光る湖畔闇に見つける
 緑の杭に繋がれた私 現実を覆い隠したまま
 薄闇押し寄せ 霧が心覆い 全て消えた
 目覚めの時に 心晴れ渡り 現実を知る
 そこに待つのは 生か死か」

 拍手高らかにクレロが歩み寄ると、ハープを奏でていた少女が満足そうに微笑んで一礼する。麗しい歌声は天界人の芸術の域に達する、名声高い少女の歌声は聴いた者を魅了する。ハープの音色も柔らかく切なく、水音で作られたかのような不思議なものだった。

「どうなされました、クレロ様。お顔の色が優れておりませんが」

 恭しく頭をたれ、少女は不安そうに声をかける。苦笑いし、クレロは隣に腰掛けると「かなわんなぁ」、と小さく漏らして嘆息した。それには答えず、クレロは口を徐に開く。

「今の歌は? やはり地上の?」
「えぇ。つい先日三星チュザーレを見つめていた際に、少女が奏でておりましたので」
「吟遊詩人か?」
「いいえ、普通の一般的な少女です。といいますか、売春婦ですわね。カーツという名の街で一人、海に向かって歌っておりました」


 瞳を閉じ、胸でハープを抱き留めると風景を思い出しているのか眉を顰める。クレロは不審に少女を見ていた、戦争や魔族との抗争で傷ついている人間など溢れ返っているが、一人の人間をここまで気に掛けるのであれば、それは“いわくつき”だ。

「あまりにも印象深く、寂しげで不安げ、つい覚えてしまいましたの」
「あぁ、確かになんとも言えぬ寂しげな……。カーツの、売春婦か」
「何か?」
「いや、気がかりだ、私も彼女を調べるとしようか。上手く言えぬがどうも、引っかかる」
「何かを感じたのですね? 私も調べましょう。名は“ガーベラ”、捨て子だったそうです」
「そなたが気にする時点で、注意せねばならぬ娘だと思う」

 遠慮がちに立ち上がると、クレロは遠くを見据えてそう言った。
 翳ったクレロの表情と同じ様に少女の顔にも影が落ちる。明確に、少女の胸に陰鬱な霧が広がっていく。自分はただ、気になる歌を耳にしたので憶えてしまい、謡っていただけだった。が、神がそう言うなればこれは“必然”。

「いや、よい。それよりソレル、勇者の一人が“神”と“勇者”に疑問を思い始めている。それは良い事なのかもしれんが、やはり」

 金の髪と真紅の瞳が印象的な天界人であるソレルは、クレロに跪き恭しく手を取った。

「マグワートに報告致いたします、神と勇者、双方の位置関係。私達は世界を救うことだけ、考えましょう」
「それで、良いのだろうか。本当に、救われるのだろうか。魔王を倒したところで、平和など訪れはせぬと……」
「クレロ様! ……私達の為にも、気弱にならないで下さいまし」

 花咲き乱れる天界の楽園で、神と天界人が幾度目かの溜息を零した。

 ……そうとも、勇者よ。神などと言われても、所詮は君らより貧弱なモノさ。

※挿絵は以前戴いたものです(*´▽`*) ガーベラ。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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