前途多難な恋

文字数 4,178文字

 他人の視線など気にならなかった、隣に愛する人がいるから。
 アサギはトランシスを見ていたため、そもそも気にする余裕がなかった。
 トランシスは気づいていたが、願ったりだと可愛い恋人を誇示した。
 砂が増え歩きづらくなると、トランシスはまたアサギを抱き上げて木へと向かう。
 アサギは照れながらも温かい腕に安堵し、首に手を回して瞳を閉じる。
 原理は謎だが、木がこの惑星と惑星クレオを繋いでいるらしい。そこへ行けば戻れることを、アサギは把握している。

「剣は、トビィ()()()に習うとよいです。私もそうでした。とても解りやすいので、すぐに上達しますよ」

 お兄様。その単語に、トランシスが訝る。

「へぇ。アサギ、お兄さんがいるの?」
「血の繋がりはありませんが、大事なお兄様です。弟二人とは血が繋がっています」

 その言葉に若干胸に引っ掛かるものがあったトランシスだが、何も言わなかった。

「トビィさん。ね?」

 その名を口にすると、水に零した黒インクが沈みながらドロドロと周囲に広がるように釈然としないものを感じた。しかし、見たこともないのに、勘だけで「嫌いだ」とは言えない。だが、確実に釈然としないものはある。
 二人を拒むものは、何もないと思っていた。
 二人でいれば、大丈夫だと思っていた。
 二人でいるしかない、などとは夢にも思わなかった。

 クレロが真顔で思案していた時、間が良いのか悪いのかアサギが戻って来た。

「おや?」

 アサギの気配に気づき顔を上げたクレロは、隣にいた男に瞳を開く。
 鉢合わせた三人だが、悪い事だと思っていないアサギはにこりと会釈をした。

「クレロ様!」
「アサギ……?」

 クレロは男を目に入れた瞬間、耳鳴りがした。口元を押さえ、唇がわななくのを隠す。視線を落とすと、二人が手を繋いでいることに気づいた。妙に親密な二人だが、この男が誰だか分からない。
 けれども、()()()()()()()()()。胸の中に嫌な空気が流れ込み、窒息しそうになる。

「ようやくお会い出来ました、この間は宝物庫から杖を勝手に持ち出してごめんなさい。あの杖がどうしても必要だったのです。ほら、デズデモーナ達は身体が大きいから、こうした建物の中に入れなくて可哀想でしょう? ソレル様にお願いして杖は戻していただきましたが、謝罪が遅れてごめんなさい」
「いや、あのな、アサギ。杖はともかく」

 絞り出したクレロの声は震えている。問題はそこではない、隣の男だ。眩暈を覚えながら腕を伸ばすが、アサギは隣の男と楽しげに会話を始めていた。

「トランシス、この方がクレロ様。惑星クレオの神様です」
「へぇ、神? 普通の人に見えるけど。神というなら、オレの惑星を助けて欲しいね。……っていうか、神サマって、何やって生きてんの?」
「神様にも管轄があるそうで、色々な場所を救う事は出来ないのです。でも、世界を見て、護ろうとしてくださってますよ」
「ふぅん……。まぁ、オレには無縁の神ってことは解った」

 クレロは情けなく手を伸ばしたまま、引き攣った笑みを浮かべる。

「あの……私を無視しないでおくれ」

 目の前で二人が盛り上がっているので、遠慮がちにクレロは話しかけた。
 トランシスといると彼以外が見えなくなっている自分に気づき、アサギは慌てる。

「ごめんなさい、クレロ様! 無視しているわけではなくて……。ところで、トビィお兄様が今何処にいるか知りませんか?」

 アサギの発言にトランシスがげんなりとする。

「アサギ、その人に会うのはいつでもいいよ、急がないから。それよりもこの世界を案内して、楽しそう」
「そうです……ね、時間はありますものね。クレロ様、今はお出掛けしてきます。失礼します」
「バイバイ、神様」

 気にも止めず二人が歩き出したので、流石にクレロが声を荒立てた。
 視線は先程からトランシスに注がれている。その男からは血の匂いがして、警告の鐘が今も鳴り響いていた。彼の背後から立ち上る、赤黒い炎が見える。

「待ちなさい、アサギ! その隣の男について説明してもらおうか。何処の誰だ?」

 首を傾げて振り返ったアサギは、強張った表情のクレロに一瞬口を噤んだ。そうして戸惑いがちに隣を見上げると、しれっとしているトランシスがいる。

「トランシスです」

 クレロは額を押さえ、痙攣するこめかみを鎮めようとする。

「……名前は先程解った。では、何処の人だろうか」

 嫌な予感がし、足先からトランシスを食い入るように見つめる。緊迫した空気は、クレロの周辺にのみ漂った。
 アサギには、何故クレロがこうも警戒しているのかが解らない。

「多分ですけど……赤色の惑星に住んでいる人です」

 薄々勘付いてはいたが、予想通りの返答に知らずクレロは溜息を吐いた。

「……管轄外の人間は立ち入り禁止だ。アサギ、順を追って最初から説明しなさい」

 クレロの声色が、咎めるような冷たいものに変わった。
 浮かれていたアサギも流石に気づき、何か悪いことをしたのかと焦りの表情を浮かべる。やはり、勝手に連れてきてはいけなかったのだろうか。しかし、クレロの管轄は惑星クレオのみ。地球や幻獣星、惑星チュザーレなどの人々も行き来しているので、ここまで怒るとは思っていなかった。
 だが、確かに報告を怠った。きちんと説明すべきだったとアサギは唇を噛む。
 口籠るアサギだが、トランシスは変わらぬ態度でいた。腰に手を添え、縮こまる彼女の肩を抱き寄せると憮然と言い放つ。

「人の恋路の邪魔をしないで欲しいんですけど、神様。オレはトランシス、アサギの恋人。今後ともよろしく」
「こ、恋人!?」

 クレロの声が裏返る、流石にそれは予想していなかった。二人を見比べると、恥ずかしそうに俯いたアサギは、そっとトランシスに寄り添っている。
 嘘ではないらしい、あまりの急展開に脳がついていかない。
 ミノルはどうしたのか、という疑問が浮かんだが、この悪びれない目の前の男を何処かで見た気がしたので、必死に記憶を手繰り寄せる。しかし、思い出そうとする度に目眩がした。まるで、記憶を呼び起こすまいと何かが妨げているように。

「報告が遅れたことも、勝手に連れてきてしまった事も謝ります。でも、どうしていけないのでしょうか。彼は、剣も魔法も使えます、私たちのお手伝いもしてくれるって」
「オレ、不審者じゃないよー。真面目だよー? そういうわけで、バイバイ神様」

 深くお辞儀したアサギと、飄々と手を振ったトランシス。
 親しげに手を繋いで歩き出した姿に、唇を噛み締めクレロは語気を荒げた。

「駄目だ、許可できない。彼は今すぐ帰す」

 後ろから迫ってきた声に、アサギは弾かれて振り返った。鬼のような形相のクレロが立っている。

「……どうしてですか? 理由を教えてください」

 何故、そこまで怒るのかアサギには解らなかった。食い下がるわけにはいかないので、トランシスを庇うように前に立つ。

「それは」

 アサギの後ろで、トランシスが獣のような怒りを瞳に宿らせ睨んでいる。二人に引く気がないことは、クレロも察していた。
 なるべくなら、彼女の願いを叶えてやりたいとも思っていた。それが、自分の惑星の勇者だからなのかどうかは、クレロ自身にも解らない事だ。
 しかし、この件に関しては駄目だと直感した。重圧感のある声を、腹の底から出す。しかし、二人を会わせてはならない理由など解らないので、言葉はその場しのぎのものでしかなかった。

「……まず惑星が違う」
「私とクレロ様だって違います、他の仲間たちだって。一体、何がダメなのですか?」

 普段素直な分、小意地になるとアサギは厄介だ。

「赤い惑星とは、恐らくマクディ。私の管轄外であり、未知の領域なのだよ」
「地球や他の惑星と、何が違うのですか?」

 真面目な物言いのアサギに、クレロは一瞬怯む。しかし、間入れず口を開く。

「地球にいたアサギたち勇者が、この惑星に来て救ってくれた。私の管轄外だが、接点はある。他の惑星の仲間たちもそうだ、魔王戦を乗り越えた猛者たち。……しかし、彼は?」
「一緒に戦ってくれる仲間です。今は人が多い方がよいって」
「過酷な戦いになるだろう、何も知らない人間を巻き込むわけにはいかない。先の魔王戦を潜り抜けた、強固な者たちでなければ無理だ。これは、彼の為でもあるのだよ」

 言い分は分からないでもないが、どうにもアサギには納得できなかった。離れることを拒む強い意思がそうさせるのかもしれないが、唇を噛み締め突破口を探す。

「頭が固いオッサンだなぁ。いいじゃん、オレがイイって言ってんだから」

 低い声が響き渡った。
 怒気を含んだトランシスの声に、アサギは驚嘆する。初めて聞く、燦然たる声だ。一瞬、身体が引きつった。自分に言われたわけではないが、心の奥底に太い杭でも打ち込まれたかのように心が痛い。
 トランシスの反抗的な態度に、クレロは懸命に感情を抑えようとした。けれども、どうにも怒りがこみ上げてくる。もう少し慇懃な態度は出来ないものかと、舌打ちする。

「君がよいから、か。そういう問題ではないのだよ」
「いや、そういう問題だろ? どうして駄目なのか全然理解出来ない、納得できる理由が欲しいね。まぁ、納得したところでオレは絶対に認めないけれど」
「そうだろうと思ったよ、ならば説明する時間が勿体無いな。君を強制的に送還する」

 二人の間に、火花が散る。

「正直、私としては知らない惑星の人間が幾ら惨たらしい死を迎えようとも構わない。だが、君が隣にいることで、アサギに危険が及ぶ可能性がある。つまり、はっきり言って足手纏いだよ。それだけは避けねばならない、アサギは私の大事な勇者だ。危険な目に遭えば、アサギは君を助けて痛手を負う。……簡単に想像つくだろう? トビィのように屈強で実力を伴う者であれば考慮してもよいが、君からは強さの欠片すら見えない」
「ま、待ってください!」

 縋るアサギに多少は躊躇したが、クレロは首を横に振った。

「駄目だ。勇者アサギといえども、勝手な行動は許されない。二人が共にいることは、断じて許さん」

 クレロは、アサギが泣いてしまうのではないかと思った。
 だが、大人しく受け入れるアサギではない。売り言葉に買い言葉、きっぱりと言い放つ。

「それなら私、勇者やめますっ。この間クレロ様と交わした約束も、破棄します!」
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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