魔王ハイ、初めての船旅

文字数 3,953文字

 海一面が、金色に映える。ハイは、潮風に当たりながら瞳を細めて水平線を見つめていた。
 魔王ハイの船旅が、始まった。
 ハイの一喝に、それまでのんびりと乗船していた魔族達であったが、統率された様に機敏な動きを見せた為、出港時間は定刻通り。魔王が即座に船を出せ、と叫んだのだ、従わねば殺されると思い込んだのだろう。
 ハイは最も豪華な船室を用意され、丁重に持成された。無論、乗船賃も不要だ。
 魔族達の知り得るハイといえば、現在四人揃った魔王の中で最も残虐性の高い非道な魔王であった。闇属性魔法に関しては右に出る者がおらず、とても人間とは思えない魔力で目が合えば殺される……と噂されていた。その為、魔族達はハイを恐れて誰一人として近寄らなかった。
 けれども、逃げ惑う魔族など露知らず。ハイは船が物珍しかったので、逃げ惑う魔族達に構うことなく毎日散策をした。勝手に厨房に侵入し、無断で操縦室へ出向き、子供達が遊んでいようが寝転がって甲板で日光浴をする。
 邪魔であろうとも“恐怖の魔王”が相手では、誰一人として咎めることが出来なかった。ひたすら機嫌を損ねないようにして、愛想笑いで一目散に通り過ぎる。室内に引きこもって欲しいという魔族らの願いは、絶たれた。
 全てを散策し終えてしまい退屈になったハイは、室内にいても暇なので甲板で海を眺める時間が多くなった。何処までも広がる大海原は輝き、きらきらと霞んでいるように見える。海を泳ぐ魔物やら水中生物を探したり、雲の流れを眺めることくらいしか、時間を潰す事が出来なくなってしまった。
 ある日の昼下がり、そんなハイの足元に小さな鞠が転がり込んできた。
 魔族の少年が遊んでいた鞠だった、転がった先に立っていたハイの姿を見て悲鳴を上げた両親。しかし、少年は臆する事無く近寄った。彼はまだ、魔王ハイの存在を知らなかった。魔族らの皮膚が、緊張感でピリリと引っ張られる。固唾を飲み、幼子が無事であることを祈る。
 ハイは鞠を拾い上げ、近寄ってきて腕を伸ばした少年に屈んで鞠を返すと、徐にその頭を撫でた。

「ありがとうっ」
「それは、面白いか?」
「うん! あのね、これはね、誕生日にお父さんが買ってくれた宝物の鞠なんだよ」
「ほう、良い事だ。大事になさい」

 瞳を細め、少年の視線に合わせて語るハイは柔らかく微笑した。
 その光景を恐る恐る見つめていた魔族達は首を傾げる。魔王ハイが、穏やかに笑った。

 ……魔王ハイ、笑えたんだ。
 ……あの少年、殺されると思ったのに。

 唖然と事の成り行きを見守っていた魔族達の目の前で、二人は鞠で遊び始める。少年は勿論、ハイも無邪気に笑って鞠を投げている。
 神経の凝結した顔をして、両親は震える足を懸命に動かし近寄る。

「あ、の。魔王ハイ様っ」
「ん?」
「お父さん、お母さん! このお兄さん、とっても優しいよ!」

 近寄ってきた両親の元に駆け寄った少年は、破顔してそう叫ぶ。
 ハイはその様子を眺めながら、衣服の皺を直した。 
 我が子が無事だったことも手伝い、恐怖に打ち勝った両親は遅れてハイに語りかけた。間近で見て、ハイは噂とは違うのではと直感した。
 息子を抱きとめ深く礼をする両親に、ハイは口元を綻ばせている。

「楽しかった、ありがとう。また遊んでみたいものだ」
「うん! また一緒に遊んでね」
「あぁ、約束しよう」

 少年はすっかりハイが気に入ったらしく、両親から離れ、ハイに抱きつく。
 その頭を撫でるハイに、魔族達は顔を見合わせた。意外に気さくな魔王だった、噂は当てにならない、と。
 そんな光景後、徐々にハイに語りかける魔族達が増加していった。嫌な顔一つせず、ハイは同僚の魔王達の話を集まった魔族達に聞かせた。普段は雲の上の存在である魔王達の日常を聞き、魔族達は騒然となる。特にリュウの話は人気があり、困惑しながら語るハイの表情が愉快で、魔族達は毎日話を聞く為集まった。
 アサギを見てから、ハイは変わった。いや、戻ったというべきか。
 魔王と呼ばれる前、幼かった神官ハイは、実際今の様子と変わらなかった。このように人の中心で会話をし、真面目ながらかも穏やかな性格で笑顔が堪えることのない、皆から愛される神官だった。とある事件を切欠に、人間を嫌い、全てを拒絶し、何人たりとも寄せ付けない雰囲気を自ら生み出していただけだ。
 本人すら気づいていない、徐々に取り戻しつつある本来の自分。
 船内では魔王ハイに心酔する魔族達も少なくはなく、いつの間にか人気者になってしまった。以前のハイのイメージは消え、親しみやすい魔王のイメージが固定される。毎日、朝から晩まで、ハイの元には魔族達が耐える事無く通い詰める。
 久しぶりに大勢と会話したので多少の疲労感はあるものの、楽しかったのでハイは気にも留めなかった。
 そんな船内であるが、この船。石炭を燃料としているが、船底では魔法使いによって生成された、標準的な体格の魔族を模した土人形が、命令通り黙々とオールで漕いでいる。人間達が所有している船とは大きさも速度も断然優れているわけなのだが、ハイにそれが解る訳もなく。

「おい、まだ到着しないのか?」

 魔界からジェノヴァまでの距離すら知らないハイは、時間の合間を見ては船長に詰め寄っていた。
 その度に血相抱えて謝罪をする船長は、大変気の毒である。『遅いから責任とって死ね』……という台詞は吐かないにしろ、相手は魔王なのだ。
 今も甲板では船長である中年の魔族が、懸命に謝罪しつつ宥めている。

「申し訳有りません、ハイ様。ですが、これでも予定より早く目的地へ到着出来そうなのです。えー、地図を見て下さい。現在この付近を航海中です、目的地はこちらです」

 ハイは、低く唸って眉を顰める。

「遠いな」
「遠いですね」
「しかし、急いでくれ。あの子が移動してしまうのだ、なんとかしてくれ」
「そうは言われましても、どうにもなりません」

 むっすりと膨れ返るハイと、苦笑いしつつ必死で説得を繰り返す船長。
 が、不意に思い立ったように船長は腕を組んで考え込んだ。ここで魔王のご機嫌を取れば昇格できるかもしれない、と多少の期待を籠めて。そろそろ定年だ、退職金を上乗せして貰えることを願いつつ……戸惑いがちにハイに声をかける。

「ハイ様、上手く行くかは保障できませんが、試してみる価値はあるかもしれません」
「何が?」
「風系の魔法は、得意ですか?」
「あぁ、一通りは」
「……やってみましょうか」

 意を決した船長は、ハイを連れて船尾へと歩いて行く。海原を見つめながら神妙に頷き、説明を始めた。

「速度を、上げてみましょうか。実際行った験しがありませんので、再度言いますが保障は出来ません。風の魔法衝撃で、この船体に力を加えて……」
「説明は良い、私はどうすれば良いのだ? 結論を言え、結論を」

 せっかちなハイに言葉を詰まらせた船長は、咳を一つ語り始めた。

「えーっとですね。こちらに向かって風の魔法をお願いします。次いで、帆が破れない程度に帆に向かっても風を。成功すれば速度が上がる……筈です」

 額に浮かぶ汗を拭いながら、「多分」、と頼りない声で付け加えた。

「よし、解った」

 船長の言葉が言い終わらないうちに、ハイは最大の風の魔法を詠唱する。
 船長の最後の言葉である、『多分』はかき消された。
 短時間での詠唱であったが、流石は魔王ハイである。威力は、そこらの術者よりも格段に上だ。風が吹き荒れる、突き出した両手から巻き起こった疾風により、空気の流れは一気に変わる。
 ハイは、次いで帆へ向けて軽めに唱えた。
 帆が不自然な風に煽られたと思ったら、突如船体は大きく傾き、次の瞬間海の上を走るかの如く疾走し始めた。

「うわーっ!」

 船内に居た魔族達が壁に叩きつけられる、甲板に居た魔族達が悲鳴を上げて吹き飛ばされた。幸いにも海へと放り出される事はなかったようだが、大勢何かしらの痛手を負った。
 船長も、是ほどまでとは予測していなかったが為に、ギリギリのところで手すりにしがみ付き辛うじて難を逃れた。鯉幟の様に、ひらひらとはためく船長。悲鳴すら出せず、身体中の皮膚が剥がされそうだった。船長の証である帽子を吹き飛ばされようとも、命を繋ぎ止める為両腕は手すりを離さない。離したら海に落ちた衝撃で死ぬか、生きていても救出されなければどのみち死が待つだろう。そもそも船長はカナヅチである。

「船が……壊れるっ! っていうか、その前に、死ぬ!」

 ハイは自身だけ、空気抵抗を和らげる防御の魔法を身に纏っており、何食わぬ顔で海を眺めている。
 理不尽な速さで進む船体は、ギシギシと嫌な音を立てて軋んでいる。甲板下では土人形がオールに巻き込まれて腕がもげ、地獄絵図と化していた。
 阿鼻叫喚と共に前進する船を偶然にも人間が見かけたのだが、波しぶきを上げて進む巨大な生物だと思ったらしい。
 津波を起こし周囲の海域を混沌へと導く非常に傍迷惑な船は、それでも進む。

「よーし、結構結構。これならば速く到着出来そうだな」

 豪快に笑うハイだが、船上では未だに悲鳴は消えていない。
 ハイは強い日差しを浴びながら、水しぶきで作られた虹をうっとりと見ていた。後方では魔族達の盛大な悲鳴が今も途切れることなく、聞こえている。
 逃げ切れなかった魚達が、時折甲板に打ち上げられていた。ピチピチ、と跳ねる音は徐々に増えている。
 この調子で、船は目的地へと向かう。
 魔王が、勇者に会う為に。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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