無人の村

文字数 3,513文字

 村人が異形の化物へと変化し、村側で臨戦態勢を強いられたのは勇者三人。
 そして、洞窟を挟んだ反対側で、ケンイチと幻獣二体が出現した魔物と対峙している。

「これは一体どういうことですか」
「僕は、以前“球体”の存在を知りました。人間を生贄とし、魔物などを出現させる球体を製造している邪教の一人と会ったのですが、恐らく、その彼が作っていた物だと思います」

 ケンイチは、背中の剣を一本引き抜いた。自身の剣であるカラドヴォルグではなく、邪教に従っていた悲運の魔法剣士バリィが所持していた霊剣・火鳥を手にする。知らず火鳥を持つ手に力が籠もる、家族を救いたいが為に否応なしに手を黒く染めていた彼の悔しさを思い出していた。
 掛け声とともに、洞窟から溢れ出てきた動く死体に斬りかかる。死体の魔物には火か光の魔法が効果的だと習ったので、最適な剣はこちらだと判断した。この不思議な剣は、常に火の粉を纏っている。
 ケンイチが洞窟側へ目標を定めたので、リングルスとエレンは森からやってきた大蛇と対峙した。

「その大蛇、酸を吐き出すので気をつけてください!」

 以前戦ったことがあるケンイチがそう叫ぶと、神妙に頷いた二人は上空へと舞い上がる。素早くエレンが風の魔法を詠唱し、無数の刃で大蛇に先制攻撃を開始した。相手側の攻撃を無力化する為、リングルスは刃が消えると同時に鋭い爪で眼球を抉る。

「こちらはお任せを!」

 見事な連携で、大蛇二体を近寄らせないように交戦している。背中は鉄壁の守りなので、ケンイチは安心して目の前の敵に集中できた。

 反対側では、勇者三人が身構えたままでいた。魔物と戦うのと、“人間が変貌した”魔物と戦うのでは、重みが違う。

「本当に斬るのか? 人間に戻す方法を探さないと」

 嫌な汗がトモハルの額を流れた。手が汗ばみ、足が震え、歯が鳴る。火炎の魔法で壁を作ったものの、すぐに突破されるだろう。火の向こうに揺らめく影が見えている、奇怪な触手が今にも火から這い出てきそうだった。
 援軍を待ち続けたが、来ない。
 数分の事なのに、数時間待っている気がした。痺れを切らしたトモハルが火の壁へと駆け出し、壁を強化すべく再び魔法を放つ。誰かが到着するまで、待機する事を選んだ。
 意図が解った為、ダイキは未だに呆けているミノルを叱咤し火炎の魔法を放つ。
 三人の勇者が繰り出した火炎は、壁を強固なものにした。だが、完全ではない。
 このまま、防衛に徹するべきなのか。しかし、いつかはこれも崩れて消え去る。その時に魔力が消耗していた場合、窮地に追いやられてしまう。

「どうする、トモハル。本当に待つつもりか」
「限界直前まで粘ろう、きっと誰かがきてくれる。村人だった魔物を斬る権利は、俺たちにあるのかな。解らない、そして、ひどく恐ろしい」

 炎の向こうで蠢く影を見つつ唇を噛み締めたトモハルは、待ち焦がれた声が聞こえたので大きく振り返った。

「どうなってんの!?」

 反対側で戦闘を終えたケンイチが、リングルスに抱えられてやって来た。肩の力が抜けた勇者らは、心強い仲間が駆け付けてくれたことに涙腺が緩む。仲間が多いだけで、精神は安定する。
 経緯を三人に簡単に説明すると、ケンイチが絶句した。瞳を細めて聞いていたリングルスが、ゆっくりと上空へと舞い上がる。

「気をつけて、リングルスさん」
「大丈夫ですよ」

 勇者らと違い、リングルスは修羅場を潜り抜けて来た。それ相応の事では驚かないし、怖くもない。火の壁の向こう側を見る為に、舞い上がって覗きこむ。 
 瞬間。
 待機していたエレンが風の魔法を放ったが、無数の触手には効果がなかった。リングルスは待ち構えていたかのように向かってきた触手に捕らえられ、引き摺り込まれてしまったのだ。
 くぐもったリングルスの声が、生々しく耳の奥で響く。エレンは悲鳴を上げ、勇者らは雄叫びを上げて火の壁へと突進した。
 斬りかかるしかない、皆がそう判断し猛然と向かう。
 しかし、火の壁の向こうには触手は勿論、リングルスの姿すらなかった。
 ただ、不気味に佇む村が見える。勇者たちを意気消沈させるかのように、何事もなく静かな光景が広がっているだけ。唖然とするが、エレンは発狂しそうな勢いで泣き叫んでいる。間違いなく、リングルスは捕らえられた。僅かな時間だというのに、一体何処へ消えたのか。

「行くしかないよ」

 言い終わらぬうちにトモハルが駆け出した為、他の勇者たちも後を追う。リングルスの無事を願いながら、乾いた風が吹く人気のない村へと足を踏み入れた。
 例え罠だとしても、進むしかない。 

 肌が突っ張る、耳鳴りがする。胸騒ぎを覚え、デズデモーナに跨っていたアサギは瞳を閉じた。頭痛もしてきた、顔を顰める。
 様子がおかしいことに気付いたトビィが声をかけるが、反応がない。

「アサギ、聞こえているのか? アサギ?」

 接触しない程度にクレシダを近寄らせ、再度語りかける。アサギは、具合が悪そうに見えた。急激な気温の変化や気圧についていけなかったのだと思ったトビィは、休憩することを提案したかった。

「アサギ?」

 しかし、ようやく顔を上げたアサギに息を飲む。その視線に背筋が寒気を感じた、どこか雰囲気が違っている。
 別人に思えた。
 大きな瞳は泣き出しそうに潤み、困惑気味に眉を顰めこちらを見ているアサギは、トビィが誰だか解っていないようだ。
 名を呼ぶことを、トビィは躊躇した。

「大丈夫か、アサギ。少し休憩を」
「……アサギ。そうでした、私はアサギです」

 虚ろな瞳で、妙なことを口走る。
 眉間に皺を寄せたトビィは焦った。しかし、視線を縫い付けていると、急に普段のアサギに戻る。雰囲気も柔らかで穏やかな、愛くるしいもの。
 まるで、こちらが夢を見ていたような錯覚に陥った。

「トビィお兄様、急ぎましょう」
「……あぁ」
「御心配をおかけしてすみません、もう、大丈夫です」

 アサギは、戸惑うトビィの前で愛嬌のある笑窪をよせた。

 トビィとアサギが村周辺に差し掛かった頃、トモハルたちはすでに無人に見える村へ進んでいた。
 洗濯物が干してあり、井戸から汲み上げた水を入れた桶がそのまま地面に置かれている。家の中では焚き火が燃え、その上にかけられている鍋からは美味そうな香りが漂っていた。
 生活感に溢れた、何の変哲もない村。
 だが、そこに人がいないというだけで不気味だ。人々は、魔物と化したのか。それとも、魔物が人々に化けていたのか。勇者たちは悪寒を感じ、大きく震える。
 しかし、怯えていても始まらない。二手に分かれ村を慎重に捜索し、何か異変を感じたら勘違いでも構わないから大声で助けを呼ぶことにした。
 すると、すぐに妙な事に気づいた。普通ならば飼われているであろう、家畜がいない。鶏も、牛も、豚も、馬も、犬や猫も。鳥の囀りすら、聴こえてこない。惑星クレオを旅した彼らは、至る町や村で動物を見てきた。なので、この状況は不自然だと率直に思ったのだ。

「なぁ、援護を待ったほうがよくねぇ?」

 ミノルが息を殺しながら一軒の家に侵入し、後方にいるケンイチに小声で話しかける。エレンを肩に乗せたケンイチは、剣を構え様子を窺っていた。

「駄目だよ、リングルスさんを助けなきゃ」

 少し怒気を含みそう返したケンイチが上空を見上げると、何処かで見た大きな竜が宙を旋回していた。歓声を上げ、笑みを零す。泣きそうなくらいに嬉しくて、大きく手を振った。

「来た、トビィとアサギだ!」

 その名を聞いて慌てて飛び出したミノルも、飛び上がって同じ様に大きく手を振る。
 魔王を倒した勇者とはいえ、直接とどめを刺したわけではない。“魔王と戦った”という事実はあるが、実力は二の次。勇者のみが所持できる伝説の剣と、選ばれた証の石を持っているだけの、地球の小学生でしかない。
 やはり、どうしたって心細い。
 トビィとアサギが到着したことは、トモハルとダイキも気づいた。同じように笑みを浮かべて、喜ぶ。
 
「何をやっているんだ、あいつらは。……デズ、クレシダ、村近くのあの空地へ。そこで待機してくれ」
「御意に」
「畏まりました」

 下から聞こえた歓声に眉間に皺を寄せ、トビィは項垂れる。異常はなく元気そうだ、特に危機に瀕してはいなかった勇者たちを一瞥し、地上へと降り立つ。

「これの何処が緊急事態だ」

 周囲を見渡し現状を把握しようとしたが、これといって不穏な気配は感じられなかった。村外れに地面が焦げた箇所があり不思議に思ったが、視線だけ走らせる。

「……でも、トビィお兄様。村人がいないような」

 アサギがマントを掴みそう言うので、トビィは瞳を細めて注視した。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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