役に立たない文明機器

文字数 3,281文字

 部活中も、ずっとそのことを考えていた。
 呆けていたのでトモハルに何度か怒られたが、無視した。一歩一歩、夢を現実にするはずだった。部活の後浮き足立って帰宅し、待ち合わせ時間をアサギに連絡しようとした。
 しかし、現実に気づき悲鳴を上げる。
 約束した日曜は、親戚が法事で集まる日だった。どうでもよかったので、すっかり忘れていた。カレンダーには、ご丁寧に『法事!』と真赤な字で書かれている。悍ましい、血の文字に見える。行きたくはないが、抵抗したところで強制連行されてしまう。渋っていても仕方がないので、嫌々ながらアサギに連絡した。

『悪い、用事だったから、その次の日曜でもいいか?』

 すぐに返信がないことは、解っている。その間はトビィと一緒にいるということも、解っている。時計を気にして、ミノルは遅くまで待ち続ける。
 数時間後、ようやく『ポコンッ』と独特の音が鳴り、アサギからスタンプと文字が届いた。

『うん、大丈夫! 調べたけど、プールの営業はその日が最終日だって。とても楽しみだね! 人、多いかな?』

 転寝しながら、光ったスマホを目にして笑みを零す。屋外プールの営業期間を調べてくれた事が嬉しかった、邪険に扱われていないと解った。嫌々だったらどうしようかと、多少の不安はあったが杞憂だったらしい。

『んじゃ、十時にプールの入口前な。門のトコ』
『うん、ありがとう! 五十五分に着くバスがあるから、それに乗るね』
『おー』

 ミノルは大きく溜息を吐き、近いようで遠い約束の日を夢見て眠りにつく。

「やっべ、楽しみ!」

 どんな服を着てくるだろう、水着はこの間と同じなのだろうか。手を繋いで流水プールに入ろう、スライダーも何度も並ぼう。昼は何を食べようか。

――いいの? 本当にそれでいいの? 選んでいるのはトビィなのーに。

 夢の中でアサギと過ごすプール、その片隅で何か黒いものが連呼している。『トビィを選んだ、トビィを選んだ』と連呼している何かがいる。

 嬉しくて落ち着かないアサギも、真剣に衣装と水着を選んでいた。十日以上先の事だが、待ち遠しくて顔が綻ぶ。初めて二人で出かけるのだ、気合を入れて当然だろう。ミノルはどんな服が好きなのか、どんな女の子が好きなのか、どうしたら気に入って貰えるだろうか。そんなことを考えていた。

「そもそも、これはデートでいいのかな? デートだよね?」

 生真面目なアサギは辞書を引いた。『社交的、または恋愛的な会う約束』と記載がある。納得し、困ったように肩を竦める。
 ミノルにたくさんメールをしたかったが、迷惑にならないか、鬱陶しく思われないだろうかと躊躇していた。頻繁に送らなかったことを、ひどく後悔する。もっと自分の近況を報告すべきだったと、反省した。そもそも、親しい仲ではなかったので、メールするにも戸惑った。『おはよう』『おやすみ』のスタンプは送っていたものの、見直すと味気ない。

「私達は付き合っているのかな……。まだ付き合ってないような……でも……」

 アサギは“魔王を倒し世界を平和に導いた”際に、感極まってミノルに想いを伝えた。しかし、その時に返事は貰っていない。その後、ユキの計らいで四人で出掛けたものの、自分達がどういう立ち位置なのか解っていない。校内の噂では付き合っていることになっているが、正直不安だった。

「ミノルに迷惑をかけてないかな、大丈夫かな」

 ミノルにしてみたら、アサギの告白を断る馬鹿がどこにいるのかと、『はい』以外の選択肢はない。そして、気が動転していたが、返事をしたものと思い込んでもいる。
 アサギにしてみたら、確かな“言葉”で返事が欲しいので蟠りがあった。

 アサギは約束の日の前日、焼き菓子を作ることにして着実に計画を進めていた。可愛いラッピングも買い揃え、練習で母と一度作った。上出来だったので、満足して本番に臨む。練習で作ったものは家族とリョウは勿論、トビィにもおすそ分けをした。
 二人きりの予定が入り、気軽に話しかけようと決意した頃。アサギはようやく、ユキや友達にするように、ミノルにも親しげにメールを始めた。

『こんばんは、トビィお兄様の回復力にクレロ様もびっくりしていたよ。流石だね。プールが楽しみ!』
『おはよう、トビィお兄様が元気になったよ。そろそろ過去へ戻そう、という相談をクレロ様としたよ。プールの日は真夏日だって!』
『こんばんは、昨日はトビィお兄様が帰りたくないと言い出して大変だったよ。プールの最終日はね、イベントがあるみたい!』
『おはよう、今日はとっても眠い。トビィお兄様はとても元気に見えるけど、帰らない……。そうそう、イベントだけど、子供には花火が配られるって! みんなで集まって花火をするのも楽しそうだね』

 アサギは、嘘偽りなく真実を告げた。毎日メールをした、早く日曜日になればよいのにと胸を躍らせて。

 そうして、ようやくやってきた当日、約束の時間は十時。炎天下。
 蝉が元気に鳴いているが、彼らの寿命はいつ尽きるのだろう。その時まで精一杯鳴いているのは解るが、元気すぎて余計に暑さが増す気がする。額にじんわりと汗が浮かび上がってきたので、ハンドタオルで押さえた。木陰で多少体感温度が下がるものの、やはり暑い。
 現在気温は何度なのか、熱されたアスファルトから独特の匂いが立ち昇っている。

「……はぅ」

 アサギは、右手の腕時計を覗き込む。予定の時間を、一時間半経過している。気が急いて九時半頃到着したが、今は十一時半。
 プールへ向かう人々のはしゃぐ声が、幾度となく通り過ぎていった。遠くからは、涼しげな水の音と賑わしい声が聞こえてくる。予想通り繁盛しており、入場規制がかかっているようだった。
 アサギは困惑しスマホを操作し、落胆して唇を噛み締める。
 先程から数回かけているが、繋がらない。途方にくれていたが、“ミノルおうち”と登録しておいた番号に気づいた。安堵し笑みを零すと、急いでかける。土曜日は学校で会っていない、熱で倒れているのではないかと、心配していた。

『はい、門脇です』

 声に、ドキリとする。母親が出た。上擦った声で、アサギは訊ねる。

「あ、あの、田上です。ミノル君は居ますか?」
『あら、アサギちゃん? ミノルなら出掛けてるわよ』
「そ、そうですか、ありがとうございました」

 力なく電話を切ると、青空を仰いで涙を堪えた。ミノルは不在らしい、何処へ行ったのだろうか。
 連絡がつかないのであれば、スマホも意味がない。のろのろとバッグに仕舞い、深く溜息を吐く。プールを間違えたのだろうか、それとも、気づかないだけで実は近くにいるのだろうか。
 考え、アサギは首を横に振る。何度もプール前を彷徨い、ミノルを探して人ごみに目を走らせていた。しかし、混雑しているとはいえ、互いの顔くらい解る。そもそも、今はもう人混みはまばら。多少待っている人もいるが、見落とすわけがない。
 ミノルから届いたメールを何度も確認したが、“十時”“門のトコ”と書いてあるので合っていた。
 ふらつきながら木陰のある花壇に座り込むと、項垂れる。俯いたまま動けなかった、楽しみにしていた時間は、容赦なく奪われていく。喉もカラカラで正直しんどいが、買いに行く気力はない。

「事故、じゃないよ、ね」

 アサギはスマホを再度取り出し、近辺の情報を検索する。しかし、何も出て来ない。そもそも、事故だとしたら母親は病院にいる為不在だろう。
 ミノルは、確かに家を出た。その後、何処へ行ってしまったのか。アサギには全く見当もつかなかった。
 スマホに連絡は、ない。
 じわりと身体中に浮かぶ汗が気持ち悪い、今頃二人でプールに入っている予定だった。汗ではなく、水を滴らせているはずだった。下腹部に微量の痛みを感じ、腹を軽く押さえる。昼が近くなってきたので、空腹だと痛感した。本来ならば今頃、中で何か頬張っていただろう。
 
 ……あと一時間だけ、待ってみよう。

 アサギは心の中で誓うと、ぎゅっと水着の入ったバッグを握り締める。そのまま、蝉たちの大合唱を聴いていた。 
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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