双剣を構えし魔族の頂点に立つ剣士

文字数 4,646文字

 降ってきたスリザは、愛用の剣を両手に携えている。代々伝わってきた二本の剣は、短剣がカストール、長剣はポルックスという名で呼んでいた。楯を所持せず、この双剣を巧みに操り攻防を繰り返す剣技を得意としていた。
 しかし、この場にいる誰一人としてスリザの戦法を知らない。ただ、本気で構えていることだけは誰しもが察した。


「……エレ様、向こうにハイ様がいます。呼んできていただけませんか」

 アサギが喉を鳴らしながら、小声で話しかけた。
 エレンは一瞬アサギを見つめ、それから困惑気味にリングルスに視線を送った。もう二度と人間の言う事になど、耳を貸さない……そう誓って生きてきた。だが、何故かアサギの声には耳を傾けてしまう、彼女は信じられると誰かが耳元で囁いている。
 目の前のスリザが魔王アレクの腹心であることなど、誰しもが承知。剥き出しの敵意を向けられているが、真っ向にやりあう気などない。アサギを置いて、三体で逃げればよかった。それが最善だ、面倒な事に首を突っ込みたくない。リュウから『アサギを護れ』という命令など出ていない、彼女の言葉は、聞かなかったことにすればよい。
 人間の勇者がここで死のうと、自分達には関係ない。

「スリザ様の様子が変です!」

 アサギの語尾が悲鳴となって響いた、スリザがついに襲ってきたのだ。

「は、速」

 交差した二本の剣から、青白い光が放たれる。
 咄嗟にリングルスはアサギを突き飛ばし、ケルトーンは狼狽しているエレンに渇を飛ばした。

「行け、エレン! お前が一番身軽だ、急げっ」
「わ、分かったっ」

 直様エレンは身を翻し飛び立った。背後でリングルスが絶叫したが、唇を噛み締め振り返らなかった。

「リグ様!?」

 喉が張り裂けそうな声で、アサギが叫んだ。
 ケルトーンは舌打ちし、突進して来るスリザに向かって地面を蹴り飛躍する。背筋を大量の汗が伝う、対峙して魔王の腹心である彼女能力が判明した。細身の身体からは想像出来ない、絶対的な能力者だと直感する。
 下手したら、リュウすらも凌駕してしまうのではないかとさえ。
 無表情のスリザが、威圧感を与えてくる。ケルトーンは渾身の一撃で羽をばたつかせ風を起こし、風圧でスリザの速度を落とそうとした。身体を海老反りにし、咆哮すれば両の手から爪が伸びる。細身剣にも似たその十の爪を胸の前で構えながら、死にもの狂いで風を起こす。直接やり合って、勝てる相手ではない。時間稼ぎをして、援護を待つしかないと悟った。

「は、速い……。これ程までと、は」
「リグ様、しっかり! 今、治癒の魔法をかけますからっ」
「アサギ様は、お逃げくだ、さい。食い止めますので、お逃げ、下さい」

 青褪めて震えるアサギに、辛うじてリングルスは微笑む。胸の奥底が熱く泡立ち、懐かしさがせり上がる。昔、侵略してきた他部族の人間から自分を敬っていた村人達を救う為、矢面に立った時を思い出した。あの時も深手を負い、村中の人間が自分の為に涙を流してくれた。手厚い看護を受け、傷は残ったが一命をとりとめた。

「人を、護る。……まさか、また動いてしまうとは」

 情けなく、それでも微かに満足してリングルスは呟いた。皇子であるリュウを護っている想いとは、また別の熱き想いが胸に灯る。か弱き者、自分を慕い、敬い、愛してくれる人間達の役に立ちたい。
 スリザが振り下ろした剣は、凄まじい速度で全てを切り裂く刃となった。リングルスの左手は、二の腕からばっさりと斬り落とされ、血液が噴き出している。
 高度な治癒の魔法を扱えるようになったとはいえ、腕一本無くなった状態を治すほどの力量などアサギにはない。いや、知らない。

「神官であったハイ様ならば、きっと治してくださります。それまで、苦しいでしょうが辛抱してください」

 アサギはリングルスの斬り落とされた温かい腕を丁重に抱き抱えると、切断面に合わせた。腰に巻いていた布を取り、どうにか合わせられないか震える手で泣きながら縛ろうとした。
 だが、上手くいかない。

「あ、あぁ、あ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい」
「良いから、早くお逃げなさい、アサギさ、ま」

 激痛で意識が遠退くリングルスに、ついに限界が来た。ケルトーンの防御が長くもたないことなど、分かりきっている。薄れ逝く景色の中、スリザが剣を振り下ろそうとしている姿が見えた。

「絶対に動かないで下さいね! すぐ、戻ります」

 アサギは強引にリングルスを地面に横たえ、再び切断面を合わせた。極力離れないように、近くにあった石で腕を固定する。武器を持ち合わせていないが、それでも標的となったケルトーンを護る為に駆け出した。

「ケト様、後方に飛んでくださいっ」

 目の前で、自慢の爪が斬り落とされた。ケルトーンはスリザの繰り出した剣を爪で受けようとしたが、無残にも折れたのだ。死を覚悟したが、聞こえた声に夢中で宙を蹴る。身を翻しながら跳躍すると、真下でアサギが魔法を放つ姿を見た。

「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよ」

 アサギは憶えていた、以前この光の魔法を魔界で使用した時“ハイ及び魔族”には有効で“リュウ”には効果が無かった事を。ケルトーン達も、リュウと同じ種族であれば効果がないと判断した。一方スリザは魔族である、殺傷能力はないにしても一時的に動きを鈍らせる事は可能な筈だと。
 思惑通り、真っ向から光を浴びたスリザは地面に倒れこむ。
 アサギは肩を大きく揺らしながら、再び詠唱に入った。この魔法が最も安全で効果的だと判断し、起き上がったら再び放つつもりで両手を真正面に向ける。

「アサギ様……」

 呆然とアサギを見つめるケルトーンは、今はこの小さな少女に任せるしかないのだと判断し、リングルスへと駆け寄った。出血が止まらないリングルスだが、攻撃に長けている為、治癒には疎い。唯一出来ることは、気が遠くならないように必死に声をかける事だった。

「しっかりしろ、リングルス! エレンは援軍を連れて直ぐ戻る、アサギ様とて懸命に戦っている! 我らを、護ろうと」
「……死なない、御優しく弱きリュウ様を置いてなど、死の世界に行ける訳が無い。同胞らにも顔向けできぬ」

 皮肉めいて笑ったリングルスは、渾身の力と集中力で自分の斬り落とされた腕を支える。

「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよ!」

 二体の耳に、再びアサギの詠唱が聴こえた。そして、周囲に莫大な光が溢れる。リングルスとケルトーンとて確かに眩しい、だが溢れる光に包まれて懸命に小さな身体で魔法を放つ、不思議な少女が見える。
 思わず、涙を浮かべて呟いた。

「あれが、勇者……」

 その光は何処か慈愛に満ちていて、遠い昔に感じた事がある気がした。
 一方、ミラボーは室内で悲鳴を上げ、のたうち回っている。これは“邪悪なものに有効な魔法”だ、水晶で様子を窺っていた為、光の影響を受けたのである。床を転がりながら目を押さえ嘔吐し、口から泡を吹き出す。暫しの間起き上がることが出来ず、醜いモノが絨毯の上で異臭と粘着音を出しながら暴れ、城が軋む。
 それでもスリザの呪縛は、解けることが無かった。

「スリザ様、目を醒ましてください! スリザ様!」

 構えながら呼びかけ続けるアサギだが、まるで一定の動作しか出来ない機械の様にスリザは立ち上がり、向かってくる。その度に光の魔法を繰り出していた、だが連続で魔法を使うことなど慣れていない。毎日訓練をしているからといって、実戦で上手くいくとは限らない。緊張感の中連続で連発することの難しさを、改めて痛感した。

「けふっ」

 疲労が襲い、胸が締め付けらえる痛みに片膝をついて項垂れる。著しい魔力の消耗だった、眩暈と吐き気に襲われる。だが、ここで倒れてはリングルスとケルトーンを護る事が出来ない。援軍が来るまで持ち堪えるしか、道は残されていない。アサギは歯を食いしばって、再び魔法を放った。せめて魔力増幅可能な杖を所持していればよかったのだが、置いてきてしまった。

 ……あの森で、いかに武器が大事か知った筈なのにっ。

 学習能力が足りなかったことを悔いたが、まさか城内でこのような目に遭うなど思わなかった。油断禁物とはこのことだと、自己嫌悪に陥る。

「アサギ、無事か!」

 エレンに導かれ血相を変えてやって来たハイと、気配を感じ駆け付けたアイセルにサイゴン、そしてアレクは唖然としてスリザを見やる。

「スリザちゃん!? 何やってんの!?」
「アイセル様、スリザ様、様子がおかしいんです! な、なんだか操られているみたいで」

 瞳に光が宿っていないことは、一目瞭然。アレクにすら反応しないスリザが異常であることなど、言われなくても分かる。

「先日飲まされた薬物の影響では!? ホーチミンは何処だ!?」
「今、呼んでおります。アレク様、未熟なのは百も承知ですが俺にやらせてください。これでも一応、スリザ様の技を間近で体験していた者です」

 引き攣った顔でサイゴンが進み出て、背中の剣を引き抜くとアサギに近づいた。上司に自分が敵うなどと、微塵も思っていない。しかし、この場で対等に剣を交える事が出来そうなのは、自分しかいない。喉を大きく鳴らし、武者震いで震える腕を懸命に抑える。

「アサギ様、退いてください。代わります」

 発した声は、自分だと思えぬほど気弱で震えていた。
 
「駄目です、サイゴン様ではどちらかが怪我をします。それより、スリザ様を正気に戻す方法を考えてください」

 そんなサイゴンを見透かしてか、アサギは毅然として振り返ることなく断った。

「闇に打ち勝つ光よ来たれ、慈愛の光を天より降り注ぎ浄化せよっ」
「げっ、そ、その魔法は俺達もまずっ」

 攻撃の手を休めぬアサギに、魔族達は一斉に悲鳴を上げた。助けに来た筈のハイにアレクも、その場で蹲る。

「あ。ご、ごめんなさい……。で、でもこれしか私知らなくて」

 スリザに一点集中していたアサギは、援護部隊に配慮する事を忘れていた。焦って謝罪するが、これは正直、足手纏いだ。

「……き、気にするなアサギよ。私達が不甲斐無いのがいけないのだ、クッ」

 邪悪ではないが、先日まで暗黒神官として生きていたハイと、魔族として生を受けた者達にはどうしても魔法が効いてしまうらしい。

「私、この魔法でしかスリザ様と対峙出来ないので、来てしまった以上どうにか耐えてくださいっ」
「ぐふっ」
「う、うむ……」

 埒が明かないと、エレンは引き攣った笑みを浮かべ地面に蹲っている二人の魔王を一瞥する。そして、身を翻すとリュウを呼びに全速力で飛んだ。この場で頼りになるのはアサギしかいないので、意見を賜るしかない。急がねば、リングルスが出血多量で死んでしまう。
 
「ど、どうしよう。このままだと……」

 口元を拭ったアサギは、後方の呻き声を聞き希望を失いかけた。突破口を見つけるには、経験が足りない。
 困ったものだね、アサギならば易々と打破出来る状況であるというのに。まったくもって、煩わしい。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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