外伝7『埋もれた伝承』3:村の掟
文字数 3,430文字
村人全員で農作物を作り、皆で分け合ってきた。狩猟に出ても、均等に分け与えて皆で馳走を味わった。
持ちつ持たれつの社会で、誰一人欠けてはならない。子供から大人、そして老人も一丸となって精を出した。それが、当然のことだった。
そして、人数が減ると生産性が低くなり、食料難で死が忍び寄ることも知っていた。
彼らは、生きる為に手を取り合ったのだ。
雪に閉ざされる真冬の間は、保存食が頼りだった。食料を蓄えるために屈強な男は貴重であったが、根本は女だ。
女がいなければ、子が産まれてこない。男だけでは、衰退を辿る。
過去の教訓が戒めとなり、昨今の掟をつくった。
はるか昔、女が産まれなかった時代があった。
村中で懐妊を喜ぶも、産まれてくるのは全て男。村の祈祷師によると、神の怒りを買ってしまったという。この村は裏の山をご神体としていたが、日々農作業に追われ、信仰が疎かになっていた。そのせいだと、村人らは嘆き悲しんだ。
困り果てたが、祈祷師が神の言葉を受け取ることに成功した。
「近隣の村から嫁を貰い受けよ」
これを聞いた長老は、閉鎖的であったため渋った。
よその者は災いを呼び込むと伝えられていた。その為、旅人を数日滞在させることはあっても、移住者は断ってきた。
だが、神の言葉は絶対である。
「よそ者ではない、嫁を招くのだ。新しき家族だ、穢れではない」
説得され、長老は断腸の思いで承知したという。
そして、どうにか山を二つ越えた村で娘を一人貰った。
金など意味をなさない為、牛や馬を何頭か、それに米や麦、山の幸と引き換えに半ば“売られた”ような形でやってきた嫁は、一族の男全てに身体を開いたという。
それも、祈祷師による神のお告げだった。
一刻も早く跡継ぎをこの余に誕生させる為、名目上の夫だけでなく、兄弟はおろか父や祖父までもが嫁に覆い被さった。男たちは合意であり、夫も了承していた。
神の言葉である、受け入れるしかない。
しかし、遠路はるばる嫁いできた娘には地獄だった。
暗く狭い部屋に閉じ込められ、ただ、男を受け入れた。男を知らなかった身体に、それは苛酷なものだった。何度も身体に“杭”を打ち付けられながら、悔しさで涙を流す。
こんな話は聞いていないと、泣き叫んだ。
両親と別れを惜しみ『幸せになります』と慣れ親しんだ土地を離れ、現実を知った。今思えば、両親は知っていたのかもしれない。贈られた多くの品々は、あまりに異常だった。
裕福な家へ嫁げるのだと思い込んでしまった当時が、ひどく恨めしい。姉妹の末っ子として産まれたその娘は、きつい農作業をしていた姉を見て胸を撫で下ろし、優越感に浸って嫁入りした。
なんと愚かだったのだろう。世間知らずの自分に、腹が立った。姉を蔑んだ罰だとも思った。
毎晩、というよりも男たちの手が空けば子作りをせねばならず、休む暇のない嫁は衰弱していった。期待に膨らんでいた胸は、身体と共に萎んだ。
愛を何も教えられないまま家畜のように扱われ、ついに心を病み、何度か自殺を試みた。
しかし、それすらも許されなかった。
口を塞がれ、手足を縛られ、自由を奪われた嫁は、全裸で男を受け入れることが仕事になってしまった。
それは、拷問に近い。
けれども、ようやく身籠ると掌を返したように丁重に扱われた。滋養のある食事を摂らされ、「よくやった」と優しく頭を撫でられた。
腹の子の父親は誰か解らないが、それでも
高齢の女たちが手伝い、どうにか産み落とした愛しい我子。無事に産まれて大きな産声を上げたその姿に、今までの苦労が報われたと嫁は大粒の涙を流した。幼い手を握り締め、これからはまっとうな生活が送れるものだと信じていた。
産まれてきたのは、待望の女。
新たな生命の誕生に弱ってなどいられないと母の強さを見せ、病を弾き返した。
けれども嫁の苦痛はそこで終わりではなかった。
一人では足りぬと、再び男たちに組み敷かれたのである。
愛しい赤子は、牛や馬、山羊の乳で育った。赤子をあやす時間すらも煩わしいと、犯され続けた為だ。丈夫そうな子が産まれたので、続々と産んで貰わねばならない。
嫁は、子を“生産”する為だけにそこにいた。
果てた男たちから解放され、泣き喚いている我子に縋る時だけが、女の幸せだった。
涙を流したところで、この境遇は変わらない。ついに彼女は心を手放し、常に虚無の瞳で男を受け入れた。
やがて、男を一人、そして女五人を産み落とすと、力尽きた。誰の子かは解らずとも、母親として皆が幸せに生きられるように願っていた。
特に、娘らの身を案じた。
命の灯が途切れる際、不安に怯えた瞳で傍らにいた幼子の頭を撫でることすら出来ず苦悶に満ちた表情を浮かべる。縋る子らを腕に抱き、女はこの村を呪って息絶えた。
そして、危惧の念を抱いた通り、五人の娘らはそれが当然だとばかりに肉親と繋がることを強要された。これが世の中の理だと教えられ、疑うことも知らず親、そして弟の子を産んでいった。
一人の“生贄”によって、一応村は息を吹き返したのである。
だが、村を救ったのは最初の嫁であるというのに、祈祷師が英雄扱いされた。
さぞ無念であろう。
当時、女の扱いはぞんざいなものだったが、現在そのような風習は無い。
それは、新たな問題が発生したためだ。
肉親で繋がり産まれた子は、代を重ねるごとに病弱であったり精神を病んでいたり、五体満足ではなかったり、ついに、呪いの忌み子と呼ばれるようになった。
血が濃くなり過ぎた、ということが解らず、再び代々受け継がれてきた祈祷師を頼った。
「神は嘆いておられる。村に瘴気が充満していると。この澱みを払うには新たな風が必要であり、他の土地から多くの者を受け入れよと仰せである」
村人らは、意味が分からず困惑した。
しかし、祈祷師の助言により“一族での性交”を禁止し、居住者の受け入れを開始した。そうすることで、結果的に近交弱勢は防がれた。
その頃には女の数も増えていたが、ここへくるまでに随分と長い時間と多くの犠牲者を要した。
替わりに出来たのが、現在も続いている
村にとって子孫繁栄は変わらず重要だが、子を増やすだけでは駄目だと悟った。過去の過ちを肝に銘じ、親族での婚姻は許されず、禁忌とした。
神の言う“新たな風”とは、新参者だという。
よって、近隣の村に嫁を貰い受けるだけでなく、移住者を快く迎え入れた。
この村では、冬を迎える前に成人の儀が行われる。対象は、十五歳を迎えた男女。
豊穣祭も兼ねており、村人は丸二日間熱狂した。年に一度のこの時は、仕事もせずに皆で生きていることに感謝し、存分に騒ぐ。
朝から松明に火を灯し、太鼓と笛の音色で子供らが歌う。昨日から女たちがこさえた山川の恵みの馳走が並べられ、この日の為に仕込んだ酒が振る舞われた。
一日目は豊作に感謝し、来年の五穀豊穣を祈願する。祈祷師が供え物とともに山に入り、舞う。
そして二日目が、熱狂冷めやらぬまま行われる成人の儀式である。『神の御心により、大人になることが出来ました。御恩を返す為、精一杯働きます』という決意を行うとともに、婚約者を選ぶ。
この村では、十五を迎えた子の親同士が婚約を決めてきた。両親に言われた通り若い二人は連れ添うが、そうそう上手くいくものではない。気立てが良い娘や、健康な息子にはこぞって縁談の話が舞い込むが、欲を出す親だと何時まで経っても決まらない。
また、互いが不仲で喧嘩が絶えないこともあった。
そんな中、痺れを切らした若者が慕っていた娘の部屋に忍び込んだことから、新たな掟がつくられた。
それは、朝まで添い遂げ
人気の娘には我先にと男たちが群がることが予想されたため、夜這いは合法化された。実際、男が鉢合わせしたり、口論となり怪我人が続出した時期があったという。
この成人の儀では、夜這いの人選及び順番が決められる。
神事の一環であるため、生半可な気持ちで参加は出来ない。だが、こうして結ばれた男女は祝福を得られ、子孫繁栄に繋がると信じられた。
今年、村で一番人気がある娘アミィが参加する。否応なしに、村は祭り前から浮足立っていた。