外伝4『月影の晩に』29:踊り子の真似事

文字数 4,068文字

 瞳を開くと、目の前にトレベレスがいた。微かな寝息を立てている表情は幼く見え、可愛らしいと思えてしまう。

 ……この人は、祖国を滅ぼした人なのに。

 アイラは唇を噛み締め、一瞬だけ怒りを瞳に宿した。しかし、本気で憎む事が出来ない。それは、この男に懐柔されつつあるからなのか、一目見た時から胸がときめいていたからなのか。
 いいや、それとも。そうとも、そうではない。
 両腕で抱きしめてくれているトレベレスが、恐ろしい男には到底思えなかった。ならば、何故あのような愚行に走ったのか。今、アイラはその理由を訊く事すら恐ろしくなっていた。
 逞しい胸板や二の腕、端正な顔立ちは見ているだけで飽きないが、それ以上にもっとこの男を知りたいという欲求が湧き上がってしまっている。

 ……あぁ、どうしよう。早くマローを連れ戻さないといけないのに。

 アイラは泣きそうな表情になり、瞳を閉じた。ベルガーと鉱山へ行っているというのであれば、楽しんでいるのだろうか。しかし、マローを連れ去る事が目的ならば、何故国を滅ぼしたりしたのだろう。疑問は浮かぶが、人が良すぎるアイラは、疑う事を知らない。トレベレスの言葉を鵜呑みにしてしまっている。

 ……真実を知るのが、怖い。

 つきん、と胸が痛んだ。刺さった背徳という毒の棘が、じわじわと体内を侵食していく。そんな気がした。

 ……知らなかった、私はとても我儘だったのだわ。トレベレス様といつまでもこうしていたいと思ってしまう。なんて、悪い子なのでしょう。だから、皆に疎まれてしまうんだ。

 アイラはまどろみながら、自分の名を呼び髪を撫でてくれる男に身を任せていた。

 その日は遅い朝食を頂き、館の庭を散歩した。それからデズデモーナの様子を見に行って、二人で森へ遠乗りに出掛けた。亡国の姫君と、滅ぼした王子の逢瀬とは思えぬ幸福な時間を過ごした。
 夜になると、贅沢な食事がテーブルに並べられた。目を白黒させたアイラだが、トレベレスと共に堪能し、少しだけ、ワインも戴いた。

「とても、楽しいです」

 素直に本音を吐露したアイラに、トレベレスは喜色満面で微笑むと、大きく頷く。

「あぁ、それはよかった」

 トレベレスの機嫌も、すこぶる良かった。同じ寝台で眠り、朝起きてから初めて見た相手がアイラだったことにこの上ない歓びを感じていた。四六時中共に過ごし、マローのことなどすっかり忘れ去って、長い事連れ添った恋人のように愉しめた。
 しかし、共に居る事で不都合な点もあった。身体がアイラにどうしても反応してしまい、場所を選ばず悦楽に耽ってしまいそうだった。懸命に耐えて、こうして夜を待った。
 
 ……今日はどのように乱れてくれるのだろう。

 瞳の奥に嗜虐的な光を宿し、トレベレスは傍らで本を読んでいるアイラを見つめる。食事を終えた二人は、ゆったりと紅茶を飲んで食安めをしていた。
 朝、女官に言いつけ近隣から娼婦が着る様な薄布を取り寄せた。いそいそと浮足立つトダシリアは、早速アイラに差し出した。
 贈り物を喜び、アイラは頬を朱に染めて受け取ったが、広げて首を傾げる。

「か、変わったお洋服なのですね」
「巷で流行りの最先端の洋服だそうだ」

 嘘八百である。 

「そ、そうですか。このようなお洋服は初めて見ました、その……ラファーガ国にはなかったので、珍しいです。すみません、無知で」
「気にするな、早速来てみておくれ。間違いなく似合うだろうから」
「は、はい……。え、ええと、これはどのように着用するものでしょうか」
「何を言っているんだ、素肌に直接着るものだ」
「す、素肌に、ですか」
「あぁ、そうとも。解らないならば、オレが着せてやろう。さぁ、ドレスを脱ごうか」
「え、あの、はい……」

 狼狽するアイラは、わきわきと卑猥な手つきでにじり寄ってきたトレベレスを困惑して見上げる。慣れた手つきでドレスを脱がされている間、大人しくして流行の洋服とやらを見つめていた。初めて見た、と告げたが、そう言えば城で似たような衣装を見たことがあった。

 ……あの、綺麗な女性達が着ていたものに似ている気がする。

 それは、まだ国があった頃。夜伽の準備として街から招かれた娼婦達が着ていたものだが、ここまで露出が高くはなかった。

「ほらアイラ、脚を上げてごらん」
「はい、申し訳ございません……」

 下着も剥ぎ取られ全裸になったアイラは、恥ずかしそうに両腕で胸と秘所を隠した。俯いていると、ついに流行の衣装とやらの着用が始まる。

「あぁ、思った通りだ。とても似合っている」

 すでに、トレベレスの下半身は暴走しそうな程に膨れ上がっていた。衣装など最終的に剥ぎ取ってしまうのだが、今日はこれで愉しもうとほくそ笑む。
 アイラは、頬を染めて戸惑いがちにトレベレスを見上げる。
 どうしても口元が緩んでしまうトレベレスは、慌てて咳をした。顔を引き締めようとするが、鼻の下が伸びてしまう。
 と、いうのも。その衣装とは、上半身は透けている布がふわりと巻きつけられているだけのもの。下半身は秘所だけが辛うじて偽の宝石で隠されている、寝所の踊り子のような淫靡なものである。身動ぎすると、腰に巻いてある金のベルトから垂れ下がる宝石が揺れ、秘所が見えるか見えないかのきわどい色気を醸し出す。
 ある程度の地位がある男達は、こうした踊り子を数人寝所に呼び、舞わせて好みの女を物色する。選ばれる為に、女達は高く脚を上げ尻を突き出し、誘うように妖艶に踊る。

「さぁ、踊ってみようか」
「お、踊る……え、ええっと、こ、この格好で、ですか?」
「あぁ。やれるだろう?」

 トレベレスは、紳士的にアイラの両手をとった。にっこりと幼い笑みを浮かべて、手の甲に恭しく口付けする。そして両腕を持ち上げ、くぅるり、とアイラの身体を一回転させた。
 シャランと宝石が揺れ、アイラの引き締まった尻が魅惑に震える。
 喉を鳴らしたトレベレスは、すぐにでも床に押し付け背後から突き入れたい気分になった。だが、我慢せねばならない。

「謡いながら、踊ってみてくれ。オレはあちらから見ているから」
「え、えーっと。わ、私は踊ったことなど一度も……。マローは嗜んでおりましたが」
「曲が好きだろう? 楽師に弾かせよう」

 丁重に断ろうとするアイラの話には耳を貸さず、トレベレスは勝手に話を進める。手を二度叩くと、笛を手にした女が入室した。静かに、始まる音。
 困惑しながらアイラは聴き入っていたが、何処か懐かしい曲調に故郷を思い、手を動かしていた。

「なんて、素敵な曲でしょう」

 心を震わされ、滑らかに舞う。踊った事などないが、曲に合わせて想いを描くように、しなやかに身体を動かした。
 それは、花の精かと見間違うほどの舞姿だ。

「……もっと、激しい曲を」

 トレベレスは感心して傍らのワインを呑んでいたが、小声で笛吹に指示を出した。確かにこの優雅な舞は美しいが、観たいものはもっと情熱的な舞だ。この曲調は、アイラの緊張を解きほぐす為の前座である。
 笛吹は軽く頷くと、指示通りに曲調を変化させる。
 それは焼け落ちていく故郷での逃亡劇の様に、急かされるような曲だった。アイラは反射的に唇を噛締めると、挑むようにトレベレスを見つめた。そして、先程よりも大きく手足を動かし、激しく舞う。軽やかでありながら、小鹿のようにすらりとした脚を高くあげて弾みをつけると、宙で回転する。

「あぁ、素晴らしい眺めだ」

 踊りに夢中になっているアイラは、トレベレスが裸体同然の身体を視姦していることなど気付かない。揺れる胸、弾む息遣い、汗ばむ身体、全てが男を誘うもの。運動神経の良いアイラは、身体を動かすことが好きだ。室内に閉じ込められていたので自分でも知らなかったが、乗馬や剣技を習ってから、そう思い始めていた。こうして踊っていると、気分が明るくなる気がする。
 天性の素質だろう。
 トレベレスはその踊りをつまみにして静かに魅入っていたが、笛吹を退室させていった、聴こえなくなるまで、吹き続けさせながら。拍手をしつつアイラに近づくと、褒美だとばかりに優しく口付ける。
 音が止まっている事にようやく気づいたアイラは、我を忘れていた事に照れ臭そうに笑う。

「あ、あの。どうでしたか?」

 トレベレスは腰に手を回して身体を密着させると、露出している尻を撫で回しながら啄ばむように口付ける。

「とても美しかった、流石はアイラ姫だ。素晴らしい、これではそこらの踊り子たちが嫉妬してしまう」
「そんな……。あ、ありが、とうござ、います」

 幼いころから褒められて育てられたわけではないアイラは、未だに免疫がない。嬉しいのに恥ずかしくて、消え入りそうな声で口付けの合間に応える。太腿から尻の線を確認するように幾度も撫で回されると、別の意味で羞恥心が込み上げて身体が引き攣る。
 そして、熱い吐息が漏れ始める。

「舌を出せ、アイラ」
「は……」

 トレベレスは相手の抗弁を許さぬ響きがある声で、耳元で囁いた。顎を掴み上を向かせると、恥らうアイラはそっと瞳を閉じ、怖々と舌を出す。だが、足りない。

「もっとだ」

 尻を鷲掴みにされ、身体を跳ね上がらせたアイラだが、出来る限り舌を出した。

「ん……」
「よし、いい子だ」

 こうして二人は、その晩も激しく抱き合った。
 トレベレスにとっては間違いなく愛であり、アイラにとっては戸惑いながらも愛であり。
 この時、確かに二人は愛し合っていた。自分達の立場など、捨て去っても良い程に。

 ……誰の目にも触れさせない、アイラは、オレだけのものだ。

 トレベレスは疲れ果てて眠ってしまったアイラの髪を撫でながら、瞳を野心で燃え上がらせる。
 一体、どちらが溺れているのだろう。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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