再召喚
文字数 5,800文字
照り付ける日光のようで、また違う。膨大な光を浴び、きつく瞳を閉じていた。迂闊に瞳を開いたら潰れる気がして、怖くて開けられない。
ようやく薄れた光の中で、勇者達は瞳を開く。幾度も瞬きを繰り返し、瞳を外の世界に慣れさせた。幾つもの駆け寄ってくる足音が反響している。
方向を定められずアサギは何度か戸惑ったが、近づいたので捉えることが出来た。そちらを振り向いた、瞬間。
「アサギ! お帰り……」
大きな腕で、抱き締められた。耳元で囁かれた声に、笑みを浮かべる。
「トビィお兄様!」
「元気そうで何より、逢いたかった」
後方でミノルが「数日のみしか離れてねーし! 元気に決まっているし!」と悪態ついていたが、トビィは聞こえぬフリをした。強く抱き締めたまま、うっとりと瞳を閉じている。
怒り狂うミノルを、トモハルが「我慢、我慢」と宥める。
誰かが突っ込みを入れねば、トビィは離れなかっただろう。咳を一つして、無表情のマダーニがその肩を叩いた。それでも無反応だったので、耳を引っ張る。
ようやく、仏頂面のトビィがマダーニに視線を移した。
「トビィちゃん、後にして」
感動の場面くらいそっとしておいて欲しい、とトビィはあからさまに舌打ちをした。仕方なく軽々とアサギを担ぎ、促されるままマダーニの後に続く。
勇者達と共に、光に巻き込まれ来てしまったリュウも飄々とついて歩く。
ここは、数日前訪れた神の居城。まさかこんなに早く舞い戻るとは、誰が思っただろう。
神であるクレロは揃った勇者達に軽く頭を下げると、控えていた天界人に各々の武器を届けさせた。
数日ぶりの対面に、勇者達は嬉々としてそれを受け取った。やはり
ようやく床に下ろしてもらったアサギも、受け取った武器を手首に装着した。おかえり、とでも言うように、武器はしっくりと肌に馴染んだ。
勇者達を一瞥し、満足そうに頷いたクレロは開口した。
「惑星ネロの勇者ミノルと、その剣エリシオン。同じく勇者ユキと、その杖」
呼ばれた二人は前に進みでて、大きく頷いた。
「惑星ハンニバルの勇者ケンイチと、その剣カラドヴォルグ。そして霊剣火鳥」
二本の大剣を携えて、ケンイチは明るい笑顔を見せた。
「惑星チュザーレの勇者ダイキと、その剣レーヴァティン」
口元に笑みを浮かべ、ダイキは軽く会釈をする。
「惑星クレオの勇者トモハルと、その剣セントガーディアン。同じく勇者アサギと、その武器セントラヴァーズ」
トモハルとアサギは顔を見合わせると微笑み合い、丁重にクレロに向かって会釈をした。
「今一度、そなたらの手に託す。さて、急に呼び立ててしまい申し訳なかった。まずは、状況を説明しよう」
「一体この数日の間に何があったっていうんだか」
唇を尖らせながらも若干嬉しそうなミノルを、トモハルが肘で軽く突き「話の中断をするな」と睨みつける。
「へいへい」
肩を竦めたミノルは、小さな欠伸を一つして姿勢を正した。
その場が一瞬にして静まり返る。不気味さを感じる程に静謐な空間で、重々しくクレロが口を開いた。
「知っての通り、魔王を倒したとしても別の問題が残っていた。その為、トビィに調査を依頼したので報告しよう」
「破壊の姫君、ですね」
「その通りだ、トモハル。旅の途中で、君達も幾度となく耳にしていただろう。シポラに本拠地があることも、知っているね。“破壊の姫君”。類稀なる美しさを持つ彼女は、いとも容易く惑星一つを消滅させるという。この伝承は、我らにも語り継がれてきた。そんな彼女がついに姿を現すとのことで、破壊の姫君を祀り崇めている邪教が大陸全土に蔓延っている。機動力も攻撃力も信頼出来るトビィに、直様シポラへ向かってもらった。踏み込み過ぎても危険なので、上空から監視してもらったが、敷地内への出入りは激しかったという」
以前現地へ出向いたダイキは、異様な雰囲気を思い出し低く唸った。
「さて、勇者達よ。万が一に備え、破壊の姫君と対峙する心構えを持って欲しい」
勇者達の予想通りだったので、特に驚きもせず頷く。
「先手を打って、踏み込む事は出来ませんか?」
「……今後、その可能性はあるが今は様子見とだけ。邪教よりも先に破壊の姫君を捜し出し、何らかの方法で彼女を封印するなりしなければ、惑星クレオだけではなく周辺の惑星も危機に曝されてしまう。彼女は大陸全土の支配を目論む魔王よりも厄介な存在だ」
「強力な敵を封印って、至難の業じゃね?」
勇者達に、緊張が走る。危機に曝される惑星の中に、地球が含まれていたら……。そう考えたら、恐怖に慄いた。空から悪の大王が降ってくるだの、巨大隕石の衝突的な大惨事が待っているのだろう。 地球にもそういった予言はある。眉唾ものが多いが。
「具体的にはどうしたら?」
「地球での生活もあるだろうが、剣や魔法の鍛錬を怠らないで欲しい。欲を言えば、呼べばいつでもこちらに来てもらえると助かる。調査依頼をする可能性も視野に入れて欲しい」
勇者達は、顔を見合わせた。それは学校へ行くより楽しそうだが、頻繁に休むことになれば流石に問題だ。
「平日は、学校へ行かなければなりません。記憶操作して授業に出ていることにしてもらったり、そういった配慮はしてもらえますか?」
「皆の意識に、君達の存在を植えつける程度なら可能だろう。実際にはいないので声をかけられることはないが、皆の頭の中では勇者達がその場にいるといった誤情報を与える」
「あぁ、それは助かります。あとは……勉強に遅れないようにすればいいだけか」
ミノルはほくそ笑んだ、学校で勉強しなくてもよい可能性が出てきた。ゲーム三昧だと妄想し、その邪な考えを見抜いたトモハルが力の限り足を踏みつける。
「ところで、その学校とやらは、どうしても行かねばならない場所なのか?」
「そうです、小学生の“仕事”です。義務ですから」
顎を擦りながら「ふぅん」と気のない返事をしたクレロだが、トモハルは言い切った。学校は大事だ。
勇者らは当面の間、普段は地球で、呼ばれたら異世界へ出向くといった生活を送ることになった。
「正義の味方っぽいな」
「異世界に自由に行き来できる、っていうのはいいよね。正直嬉しいな、でも、早く破壊の姫君っていうのをなんとかしないと。責任は重大だよ」
ミノルとケンイチが会話しているのを聴いていたトモハルは、周囲を見渡し軽く首を傾げる。
「あの。調査はクレオの住人と勇者だけがするんですか? 前の仲間の、アーサー達に協力を頼んでは駄目ですか。彼らは魔術に精通していますし、正直俺達より強いと思う」
その場にいたのは、呼ばれた勇者達についてきた元魔王リュウ、そしてクレオの仲間達だけだった。他の惑星の仲間達は来ていない。
クレロは神妙に頷くと、微笑む。
「依頼はしてある。だが、復興が必要な惑星の住人達なので、そちらを優先してもらっている。安心したまえ、有事の際には駆け付けてくれるよ」
その言葉にトモハルは安堵した。やはり、仲間は多いほうが嬉しい。
アサギが、控え目に口を挟む。
「他のみんなが現在どういう状況なのか、知りたいです。他の惑星に行くことは出来ないのですよね?」
「可能だよ」
勇者達は顔を見合わせ、好奇心に満ちた眼差しでクレロを見つめた。
クレロは自慢げに微笑み、後方にあった球体に近寄るよう促した。
吸い寄せられるように、皆は周辺に集まる。
「ではまず、ハンニバルの様子だ」
球体を食い入る様に凝視すると、ぼんやりと映ったのはムーンだった。忙しなく指示を出している様子が、こちらからでも見て取れる。
「ムーン王女よ、聞こえるだろうか」
『あら、クレロ様。こんにちは』
ムーンがこちらを見て喋りかけたので、どよめきが広がる。
「つまり、球体のスマホ」
ミノルが納得すると、その声に反応したムーンが手を振る。思った以上に、映像は鮮明だ。
『あら、勇者様方。ご機嫌いかがですか』
「久し振り! そっちの状態はどうなの? サマルトは?」
『離れた場所で、珍しく熱心に作業中ですわ』
惑星ハンニバル、復興はシーザー城から始まっていた。
魔王ハイが消え去ったとはいえ、悪魔や魔物が消えたわけではない。攻防を繰り返しながらも徐々に人を集め、懸命に活動しているとのこと。また、救援物資はクレロが届けているらしく、満足出来る食事が続いており、人々は活気で満ちていた。ゆえに、食物争いが起きることはなく、人々は笑顔で働いている。
クレロとの交信は、現在ムーンが立っている場所でしか行えない。城内の中央に位置しているが、今は半壊しているので廃墟状態だ。落ち着いたら、交信部屋として建造されるだろう。
『この世に溢れてしまった悪魔や悪霊の類は……神官ハイが押さえ込んでいるようです。明らかに、数が減少しているので。彼は故郷の神殿に戻り、一人で活動していると』
アサギとリュウが顔を見合わせ、手伝いに行きたいと頷いた。許可さえもらえたら、今すぐにでも出向きたい。
『この多大なるご恩は、必ずお返し致します』
「ありがとう、ムーン王女。では、また」
次いで、クレロが球体に手を翳すとアーサーが映し出された。
「アーサーよ、今宜しいか」
『おぉ、これはこれはクレロ神。何用でしょうか……と! アサギ、アサギではありませんか! 相変わらずお美しい、ご機嫌麗しゅう』
アサギが視界に入るなり目の色と声質が変わったアーサーに、一同はげんなりする。彼は、何も変わっていない。
「勇者達を召喚したのでな、以後手伝って貰う。さて、そちらの状況はどうかな?」
『えぇ、救援物資を戴いておりますし、上々です。魔物を退けることも、希望に溢れた我らならば容易いこと。今は相手に統率者がおりませんので、楽ですよ』
交信しているアーサーに気づき、ココとナスカも近づいてきた。その騒ぎに、メアリにエーア、セーラにリンも駆け寄ってくる。全員元気そうだ。エーアが溶け込んでいたので、勇者達は安堵した。胸にこみ上げる熱いものを噛み締める。
皆、故郷で頑張っている。
勇者達は幸せそうな仲間達を見ることが出来て安堵し、自分達も頑張ろうと決意し直した。魔王を倒せたのだ、次も仲間がいればどうにかなるさと思った。
交信が終わり、活気づいた雰囲気にクレロは肩の荷を下ろす。
「皆で一丸となって挑もう」
「……あの、お訊きしてもよいですか?」
アサギが前に進み出て、クレロが頷くと遠慮がちに言葉を紡ぐ。
「惑星ハンニバル、惑星チュザーレ……クレロ様が神ですか? 確か、違いますよね」
クレロ以外の、神。
神、という不確かな者とこうして語っているだけでも、本来不思議な事。クレロが神なのだから、他の神のことなど気にも留めていなかった勇者達だが、アサギにはずっと引っかかっていたことだ。
「そういえば、ムーンはエアリーって……」
アリナが思い出した様に呟くと、クレロの表情に微かに陰りが見えた。一部の者はそれに気づいたが、あえて指摘しなかった。
「そう。ネロ、ハンニバル、チュザーレ……統治している神はエアリーだ、だが連絡はとれない。彼女は気まぐれでね、大体はあちらから交信してくるが、ここ二百年ほど姿を見ていない」
「相当なババアだな」
ミノルが本音を告げると、慌ててトモハルが口を塞ぐ。
「エアリー様ですね。それから、惑星ネロには協力者がいないから、現状を見ることが出来ないものなのですか?」
「惑星ネロの様子を見ることは可能なのだが、交信相手がいない。その為放置している」
クレロは、リュウを一瞥した。惑星ネロは、魔王となったリュウが人間の虐殺を行った因縁の土地である。
「私には、最早関係ないことだぐも」
水に広がる波紋ほどの揺らぎがない瞳で、リュウは淡々と告げた。それは、本音だ。
一瞬、空気が神経的な不調和を醸した。
「神様同士、交流があるのですね」
空気を変える為、アサギが慌ててそう告げる。幾分か、張り詰めていた空気は緩んだ。
「交流というほどでもないが……」
「エアリー様は普段はどちらに? クレロ様は、惑星クレオの遥か上空にいらっしゃるのですよね?」
「会った事はあれども、何処に居るのか。惑星を行き来するように、彼女もこちらへやって来る。私と同じ様に、何処かの惑星の上空に居城があるのか……謎だ。興味がないかったので、訊ねなかった」
「面識がある程度か。神も煩わしいな」
トビィが肩を竦める。
「クレロ様はクレオ以外の惑星に干渉出来ますよね、地球もそうですし。全宇宙を把握している、ということですか?」
勇者達が、アサギの言葉に顔を見合わせる。それが可能なら、地球の誰よりも早く宇宙の謎を解いたことになるのではないかと鳥肌が立った。
しかし期待とは裏腹に、クレロが首を横に振る。
「広大なる宇宙、そこに惑星が散らばっている。私が干渉可能な惑星は限られているのだよ、これを御覧」
クレロに促され水晶を見つめた勇者らは、歓声を上げた。テレビや図鑑で見たことがあるような、宇宙空間が映し出されている。色とりどりの星々に、ユキは恍惚の笑みを浮かべて見入った。
「宇宙に関して、私は自ら調査をしない。だが、宇宙を探り、見つけた惑星にならば関与することが可能になる。関与するといっても、ただ“傍観”が出来るのみ。会話可能な生物が存在するならば、直接語りかけることも出来る。生物がおらず、ただ宇宙にたゆたう惑星のほうが多いから、限られてくるが。クレオ以外の惑星で私が知り得ていたのは、ネロ、ハンニバル、チュザーレ、そして元魔王リュウの故郷・幻獣星。地球はそなたらが勇者として召喚されたことにより、宇宙の片隅が光り輝き存在を知った。それまでは、存在すら知らなかった」
勇者達が訝る。
「……神さえも知らない地球の人間に、よくもまあ勇者の石が反応したな」
てっきり、神が選んだと思っていた。各々所持している勇者の石を見つめ、これが一体何か不安になる。
「石の意思?」
「…………」