小さな恋人達
文字数 5,646文字
「じゃあな、あとで!」
アサギとユキと別れ、男勇者達は我先にと更衣室へ向かう。そして、衣服を脱ぎ捨て水着に着替えると、体操もせずに一気に飛び込んだ。
係員に注意されて謝罪し、苦笑しつつ流れるプールに身を任せる。
妙にそわそわしているミノルとケンイチを、にやにやと笑いながら見つめたトモハルとダイキは、さらに流されていった。アサギとユキが水着姿で来るのだから、緊張もするだろう。体育の授業で水着姿は見ているが、今日はそれとはまた違う。
「でも、アサギは異世界で水着っぽい服を着てたよね」
「あー……そういえば、着てた。ゲームの女の子みたいな、少しエロいやつ」
トモハルとダイキはそんな会話をしつつ、持参した浮き輪に捕まる。
「のどかだなぁ」
「あっちでも海水浴したかった」
「そうか、ダイキは船に乗ったもんな」
「ああ。楽しかったよ、魔物に襲われたけど」
ダイキは思い出して苦笑し、水に潜った。
アサギとユキは、皆を待たせていることに焦っていた。しかし、女性の着替えは時間がかかる。着用してくるには、暑い。ようやく空いた更衣室に二人で入ると、急いで着替えた。
ユキはアサギを一瞥し、大きく瞳を見開いた。
……胸が、大きい!
平均より大きい胸なのは、知っていた。しかし、こうして実物を見ると以前よりも育っている気がする。思わず自分の胸を見て、舌打ちする。比較するのは、無謀だった。
アサギは着替え終えると、ゴムで髪を結上げる。水に触れないように、高い位置で縛った。
再程抱いた劣等感を隠しつつ、ユキもポニーテールにしてからピンクのシュシュをつける。今日の水着は、お気に入りのブランドのものだ。雑誌に掲載されていたものを、母に頼んで無理やり買ってもらった。とても可愛らしい、パレオつきのワンピースである。全体は薄いピンクで、パレオにロゴが入っていた。シュシュも同じブランドだ、似たような柄をわざわざ買った。
一方、アサギはセパレーツである。ビキニではないが、くびれた腰に程好い胸、すらりと伸びる手足が申し分ない。縁取りが黄色で緑色のその水着は、健康的だった。胸元には、小さなリボンが付属されている。
かぶらなくてよかったと、ユキは内心ほっとした。これなら、並んでも比較されずに注目を浴びるだろう。
二人は手を繋ぎプールへと向かう。裸足で歩くと、熱されたプールサイドが熱い。笑いがこみ上げてきて、きゃあきゃあ言いながら走らない程度に急いだ。眩しい陽射しに、手を翳して遮りながら勇者達を捜す。丁度、流されて一周してきたトモハルと視線が交差した。
すぐに大きく手を振り、二人を呼んだトモハルは歓声を上げる。
後方では、ミノルとケンイチが裏返った声を出した。脳に衝撃が走った、スクール水着を好む男もいるが、彼らはそうではない。
アサギのくびれた腰と、形の良いへそに釘付けになったミノルは赤面し、慌てて後ろを向く。水に入っているのに、身体が熱い。自分の周囲だけ湯になっているのではないかと思うくらいに、熱い。
「あれは。あれは……」
とても良く似合っているのだが、刺激が強過ぎた。
水に入ってきたアサギとユキに、トモハルがさり気無く声をかける。
「二人とも良く似合ってるね、可愛いや」
それは彼氏の台詞だろう!? とミノルとケンイチが目くじら立てたが、トモハルはけろっとしている。率直な意見なので、仕方がない。堂々と凝視している友人が、羨ましい。
……異世界でアサギが来ていた服のほうが、色っぽかったなぁ。
トモハルは、平然としてそんなことを考えていた。
口篭り、上手く言葉が出てこない自分達の彼氏に、ユキは軽く苦笑した。何か言って欲しかったが、赤面し俯いているケンイチが可愛らしかったので良しとする。
アサギは控え目にミノルに近寄ると、躊躇いがちに話しかけた。
「水、気持ちがいいね」
「お、おぅ……スライダー行こうぜ、スライダー! プールの醍醐味だろ!」
ろくに目も合わせず、慌ててダイキの腕を引っ張るとプールから上がる。
ダイキが遠慮がちにアサギを振り返ると、隣のトモハルが呆れて肩を竦めていた。
耳まで真っ赤になっているミノルに溜息を吐き、仕方なくトモハルはアサギの手をとる。
「行こうか、みんなで」
「うん、スライダー面白いものね」
苦手だ、というユキを強引に連れて、六人は何度もスライダーで遊んだ。混んでいるので、待ち時間中には談笑出来る。滑る頃には身体が乾いており、速く着水したい気持ちでいっぱいだ。
ただ、スライダーはやりすぎると水着が摩擦で薄くなり、穴が開くという恐怖がある。なるべくアサギを視ないようにと、一人でスライダーに並び、連続で滑っていたミノルの水着は帰る頃に穴が開いてしまうことになる。
他の勇者達は、がむしゃらにスライダーで遊ぶミノルを眺めつつ、まったりプールに浮かんでいた。
アサギは、無邪気に愉快に遊ぶミノルが見れただけで満足だった。
……よかった、楽しそう。
勢いで告白をしたものの、果たして現在付き合っているのかアサギには解っていなかった。けれども、傍に居られれば十分だった。そもそも、嫌悪されていたのだから、幾ら共に危機を乗り越えた仲だとしても、急に接近するわけがないと思っていた。
だから、これで良いのだ。
勇者らは腹が減ると、売店のジャンクフードを食べた。異世界より味は劣るが、楽だ。
そうしてまた泳ぎ、疲れたら子供用プールで座り込み談話する。それを繰り返して、ようやく勇者達は地球に戻ってきたことを実感した。
「やっぱ地球は楽だよな、何をするにしても。便利だ」
「食べ物は、あっちのほうが美味しかったけどね。空気も」
「また、行きたいなぁ。自由に行き来出来たらいいのに」
浮き輪に捕まり、同時に皆が溜息を吐く。辛い事もあったが、過ぎてしまえば良い思い出になる。勇者になってよかった、と彼らは思った。“世界を救い、仲間達は皆無事だった”からだ。これでもし、誰かが欠けていたらこうは思わなかっただろう。常に後悔し、罪の意識に囚われる。
アサギだけが、浮かない顔で広がる青空を見つめていた。親しかった魔族の仲間達を亡くしてしまった、その事実は消すことが出来ない。
「でもさ、どうなるんだろ。破壊の姫君」
「また召喚されるんじゃね? ピンチになったら」
何気なくそう言ったミノルに、皆が笑った。微かに、期待を篭めて。また、あの世界に行けることを願って。
彼らには、楽しい記憶しかなかった。ケンイチはバリィを目の前で亡くした、ダイキはロザリンドが海へ落下する瞬間を見た、それでも。勇者達には、光り輝く世界だった。
勇者という、誇らしい自分達。魔法を操り、剣を振り、魔物を倒す。終わりよければ、全て良しの世界。
「また、みんなで行きたいね!」
そこに、何が待つとも知らず。幼い勇者達は、そう願った。“また、行きたい”と。
願いは叶えられる。
ただ、願わねばよかったと思うことになる。その事実を、彼らはまだ知らない。
同じ小学生の友達同士が偶然勇者に選定され、導かれた先で勝利を手にした。そのように都合の良い世界が、本当にあると思うのかい?
翌日。
蒸し暑い夏の午後、机に向かっていたアサギはスマートフォンの着信に気づいた。
『アサギちゃん、こんにちは! 明日、用事ある?』
ユキである。弾んだ声を聞いて、アサギは自然と嬉しくなった。友達が楽しい時は、自分も楽しい。哀しければ、自分も哀しい。
キィィ、カトン。
ユキの声に交じって、妙な音が鳴った気がした。首を傾げたものの、返答する。
「何もないよ? どうしたの?」
『ケンイチとね、遊びに行くことにしたの。アサギちゃんもミノル君を誘って、一緒に四人でお出かけしない? 映画見に行こうよ、感動するアニメ。春頃から話題で、公開を待ってた作品、もうすぐ終わるの』
納得したアサギは、大きく頷いて瞳を輝かせる。勇者になる前、ユキと観に行きたいと話していた映画だ。
「あぁ、あれ! うん、行こう! 連絡してみるね」
『きっと、ミノル君も来てくれるよ』
きゃいきゃいと数分色めき立っていたが、通話は終了した。
アサギは大きく息を吸い込むと、ゆっくりと吐き出す。首を竦め、頬を染める。調子を整えると、大急ぎでミノルに電話をかけた。
逸る胸を押さえ、唇を軽く噛む。やはり、電話をかけるのは緊張する。かけなれている親しい友人に、ではない。教えて貰った、ミノル個人の携帯電話を鳴らすのだ。指が自然と震えた。
出て貰えなかったら、どうしよう、と妙な不安が付きまとう。
『もっしもしー』
「あ、ミノル君ですか。アサギです」
ミノルの電話だが、確認してしまった。おまけに、普段は呼び捨てなのに、焦った為“君”づけで呼んでしまう。
『お、おぉう! ど、どうした?』
ゲームをしながら電話に出たので、着信相手を見ていなかった。トモハルだと思って出たので、聴こえてきたアサギの声にミノルの声も途端裏返る。
ぎこちなく、二人の会話が始まる。
「あの、えーっと、明日ですけど」
『ぉう』
「ユキとケンイチが、一緒に映画を観に行くそうで。それで、私達も一緒にどうかな、って誘ってくれて。よ、よかったら一緒に。あ、映画は最近流行りのアニメので」
『あーあー、あれね、あれあれ! 俺も観たいと思っていたんだよな、行こうぜ!』
「ほ、ホントですか!? よ、よかった……。じ、時間はまた連絡するね」
『ぉう!』
震える二人の声は、始終続いた。会話は、呆気ないが終了する。
ほっと溜息を吐き、歓喜に打ち震えながらアサギはユキに電話をかけ直す。
「ユキ! 一緒に行くよ!」
『本当? よかった~、じゃあね、集合場所と時間はね……』
興奮していたので、大袈裟に頷いたアサギはメモをとる。間違いがないか再確認をしてから電話を切ると、再びミノルにかけ直した。
二度目の会話は、二人共多少の落ち着きを取り戻していた。
「……だそうです」
『わかったよ、じゃ、明日な』
「はい、また明日に」
終話したものの、胸の鼓動は早鐘の様。アサギは茫然としたまま、強張っている身体を解すように床に寝転がった。先程まで聞こえていた携帯電話を胸に抱き、ギュッと瞳を閉じる。
手は、まだ震えていた。
「よかった……来てくれるって。これは、デート、っていうのかな。……かな」
小さく悲鳴を上げると、顔を両手で覆い隠し床を転がる。
数分そうしていたのだが、我に返って急に立ち上がるとクローゼットを勢いよく開き、服を選び始めた。
「な、何を着ようかな。えーっと、えーっと」
自分の衣服を思い出し、気に入ったものを探し出す。何度か出し入れしていたが、結局、赤いチェックのワンピースにした。無難で可愛い。腰をリボンで縛るタイプのもので、ふわふわとしたシルエットが気に入っていた。
「ええと、ええと、持ち物」
シンプルなカゴバッグに、財布やらハンカチやらを入れていく。
掲げて眺めてみたが寂しかったので、バッグに大きなウサギのマスコットをつけてみた。すると、一気に可愛らしくなった。ネックレスに、イヤリング、シュシュを選んで見直していく。
「うん、これで行こう」
並べた明日の衣装を見つめ、アサギはようやく肩の荷を下ろすと微笑んだ。疲れたが、楽しかった。産まれて初めてのデートだ、気合も入る。全力で百メートル疾走した後の様に、未だに呼吸は乱れたまま。
昨日のプールは楽しかった、ミノルの眩しい笑顔を見ていられたので満足だった。しかし、欲を言えば少しだけ会話をしたかった。うきわに捕まって流れるプールに身を任せながら、他愛のない話をする。なんと贅沢な時間だろう。
アサギは苦笑し、頬を抓った。もし、勇者になっていなければ。一緒にプールへ行く機会など、なかっただろうに。
その頃、ミノルは悲鳴を上げながらベッドに転がっていた。
声を聴いたら、昨日の水着姿のアサギが鮮明に甦ってきた。刺激的で、眩し過ぎる可愛い人。華奢な手足に、同年代にしては大きな胸が脳裏から離れない。
「
頭を振って、どうにか煩悩から逃れようとした。しかし、どうしても思い出してしまう。相当刺激が強かったらしい。
「あれは、駄目だ! あれだから、世間にロリコンが増えるんだよ! どんだけ無防備なんだ、めっちゃおっさん達に見られてたっ!」
喚くミノルの声は、隣の家にいるトモハルにも微かに届いた。
勉強していたトモハルは、不審に思いミノルの部屋を覗き込む。頭が破裂しそうな程に悶絶している姿を、一部始終見てしまった。大体何を考えているのか予測がついたので、頭をかきながら苦笑し、切なく溜息を吐く。
「いいなぁ、好きな子と一緒にいられて」
ぼそ、っと呟きベッドに腰掛ける。勉強する気がそがれてしまった、力なく横たわる。
好きな子など、トモハルにはいない。けれども、ひどく羨ましくて仕方がない。心から祝福はしているが、手放しで喜べない自分がいた。
「あぁ、そうか。俺は逢ってすらいないから」
何気なく呟き、寝転がったまま空を見上げた。吸い寄せられそうなほど青い空に、真白な月が頼りなく浮かんでいる。太陽の光に負けて、今にも消えてしまいそうなそれだが、頑なに輝いている様に思えた。
「昼間の、月は。……物悲しいね」
その時、惑星クレオでマビルが同じ様に月を見ていたことなど、トモハルは知らない。
やがて陽が落ち、月影さやかな夜がやって来る。
※2014年に、名瀬並葉様より頂いたユキのイラストを挿入しています。
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