不運続き
文字数 3,333文字
「何が起こった」
犠牲者は出したくない。焦燥感に駆られていると、不幸は重なるもので凶報が届く。
「クレロ様! ライアン殿からも救援要請が」
「このような時に!」
水晶球を覗き込み別の場所を映し出すと、ライアンたちが必死に
誰か派遣出来そうな戦士はいないかと爪を噛み、足を踏み鳴らす。
「私が参ります」
ソレルと数人の天界人が、その不安を拭うかのように後方で告げた。
暫し悩んでいたクレロだが「それしかないか」と不本意ながらに頷いた。出し惜しみではない、彼らの腕前は知っている。だが、実戦経験が無きに等しい彼らが上手く立ち回れるか不安だった。
「すまないが、宜しく頼む」
「畏まりました、お任せを」
クレロは一体どちらを見守るべきか判断出来ず、唇を噛む。焦燥感だけが、胸にじわじわと広がっていった。
突如爆音が響き、地面が大きく揺れる。大地が裂けるのではないか、と思った。
「地震!?」
勇者たちは剣の鞘を地面に突き立て、へっぴり腰ながらもどうにか踏ん張っている。
木が砕ける音と共に、家屋の屋根が吹き飛んだ。瓦礫で怪我をしないように腕で顔を覆いながら、悪寒が走ったトモハルは咄嗟に魔法を投げつけた。最も簡単な火の魔法だが、引火したらしく臭いが漂い出す。
その異臭に、アサギは顔を顰めた。屋根や壁の瓦礫が燃えても、このような臭いはしない。
「トビィお兄様、一旦出ましょう!」
戦慄が走り、アサギは慌ててトビィのマントを引っ張る。
途端、吸盤のない烏賊の足のようなモノが数本伸びて来た。獲物を見つけ、捕獲する為に動いているように思える。
エレンが風の魔法を操り、切り刻む。その間に、トビィとアサギは小屋から飛び出した。
「雷の魔法を落とします!」
すぐさまアサギは右手で剣を掲げ、左手を柄に添えながら詠唱する。一気に家屋目掛けて叩き込むと、逃がしはしないと這うように出て来た触手が雷に打たれて大きく蠢く。萎れた草の様に力なく倒れていくのを見届け、安堵する。
砂埃と煙が風によって流れていくと、ほぼ崩壊している家屋が不気味に瞳に飛び込んできた。
地面には、風の魔法で切り刻まれた触手が痙攣する様に地面ではねている。しかしそれも、徐々に動かなくなった。
「アサギ!」
駆け付けてきたリュウとヴァジルの姿が目に飛び込んできた瞬間に、アサギとエレンは感極まって泣き出した。強力な助っ人が嬉しくて、力が抜けてしまう。
「リュウ様、ヴァジル様! 申し訳ありません、リングルス様が」
「神から話は聞いている。必ず救出するから、悔やむな」
泣きながら肩に乗ったエレンを撫で、リュウはトビィに視線を流した。
「正直助かる。敵の正体がさっぱり分からん」
トビィが当惑し言うので、リュウも喉を鳴らした。凄腕の人間だと認めているが、その彼が戦いあぐねていることに驚きを隠せない。
謎の物体が完全に停止したのを見計らって、皆は近くに寄った。
「俺たちが村で見たやつと同じだと思う……。あの時は人間から生えてたけど……」
トモハルが項垂れてそう告げると、トビィが触手の先を睨み付ける。地面から這い出てきており、人間らしきものは見当たらない。
「下へ行くしかないですよね」
崩壊した小屋だが、地面には穴が開いている。ここから触手が這い出てきたのだろう。
「今は、一刻も早くリングルス様を」
意を決したアサギは、武器を変化させた。剣ではなく、杖を選ぶ。地下に潜るので、光が必要だ。先の洞窟で、光がない事がどれだけ不便か体感した為である。
武器を完璧に使いこなしている様子に、トモハルは低く呻いた。そして、柄を力強く握り締める。こんな時だが感服し、そして自分の脆弱さを悔しく思った。
「あの、提案です。……みんなで行くと地上で何かあった時に危険なので、二手に分かれませんか?」
「オレはアサギと行く」
「私もリングルスが心配だから行くぐー」
トビィとリュウが間入れず口を出したので、それ以上何も言えない。開きかけた口のまま、トモハルは乾いた笑い声を出した。
結局勇者たちが地上に残ることになったが、酷く不安で瞳が揺れている。
優秀なアサギ、頼もしいトビィ、元魔王のリュウがいないうえに、戦闘慣れしているエレン、実力を知らないがリュウの教育係ならば強いだろうと予測されるヴァジルまでも地下組だ。
対して、勇者といえども圧倒的に経験不足の子供が四人。
見比べたアサギは、流石に不安を覚えた。地下に比べたら地上のほうが安全だと願いたいが、念の為エレンに残ってもらうように頼み込む。
エレンはリュウの傍にいたかった、しかし、契約主でもあるアサギに頭を下げられ依頼されては、選択の余地がない。
上空には竜がいる、万が一の場合、その背に乗せてもらって避難するようにとトビィが指示を出す。勇者たちは、泣きそうになりながらどうにか頷いた。
「気をつけて、アサギ」
「うん、大丈夫。みんなも気をつけて」
トモハルが「こちらは心配するな」と、勝気な笑顔を見せてくれたので、アサギも安心して地下へと潜っていった。
「あれだけ見ると最強パーティだよな、チートだろ、完全に。それに引き換え、こっちはどうだよ」
ミノルが羨ましそうに本音を零したので、トモハルが場を明るくするために声を張り上げる。
「さて!」
取り残された勇者たちは、上空で待機している竜の位置を確認した。
「避難経路の確認は大切なんだな」
当然の事だが、改めて認識した。日本にいると、学校でも旅先でも災害の際に何処へ集まるか決められている。建物には非常口があり、経路もきちんと貼り出されていたが、今まではそんなもの知らなくても何も起こらないから大丈夫だと思っていた。
「今後は、何処にいても必ず確認しよう。日本に居るから安全だなんて保障は、何処にもないし」
ケンイチがそう言うと、皆は大きく頷いて肝に銘じた。
「ここで待つ?」
ミノルは待機を望んだが、生真面目なトモハルはそうもいかない。
「不審な点がないか、一応見て歩こう」
「……何も起こらないことを祈る」
その言葉に大きく項垂れたミノルは、やぶれかぶれだとばかりに気のない返事をした。
トモハルを先頭に、武器を構えて進む。先程も村を散策したのだ、怖い事はないと言い聞かせた。それにエレンが傍にいてくれるので、心強い。
「ごめんね、俺たちが弱いばかりに。下へ行きたかっただろ?」
「お気になさらず。お役に立てるのなら、頑張りますね」
気を遣ってくれたトモハルに、エレンは微笑した。まさか、初対面の人間とここまで会話する日が来るとは思いもよらなかった。
「私たち幻獣は、人間を憎んでおりました。けれど、間違いだったようです。全ての人間が愚かな悪ではない」
「詳しい事は知らないけれど、そう思うだけの事を人間がしたんだろ? ……ごめんね」
「ふふっ、面白い御方。貴方たちは何もしていないのに、何故謝るのです」
「同じ、人間だから」
ケンイチは持参していた懐中電灯で倒壊した家屋を照らし、様子を窺う。もし生物が潜んでいたら、光に反応するのではないかと思った。
「静かだね」
「おう……」
エレンはトモハルの肩に座って、周囲に瞳を走らせている。見上げれば、竜も勇者たちの行動に気を配っているようだ。
こんなにも護られている、安全だ。自分たちだって戦える。勇者らは、胸を撫で下ろした。
旅をして魔王とも戦ったのに、何故こうも恐怖を抱くのか。それは、今回の相手に元人間の可能性があるからだった。人を斬ることなど、したくはない。
魔物にだって命はある、しかし、どうしても等しい命だと思えない。
「トビィ辺りが瞬時に問題を解決してくれることを祈る……」
「神様、どうか助けてください」
「その神様からの依頼で俺たちが動いてるんだろ……」
溜息をついた途端、やはり甘かったことを彼らは悟った。
「で、出たー!」
ミノルの悲鳴にトモハルが振り返ると、人間だったらしい生物の頭から先程よりも短い触手がはみ出している奇っ怪な生物が、六体程動いている。
確実にこちらを標的とし、近づいてきた。