外伝2『始まりの唄』6:二人の秘め事
文字数 3,888文字
「アリア……愛してる」
そう囁き続け、脱力するアリアを見つめる。腕の中で震える身体は想像以上に感度がよく、それに抵抗がないからか、快楽に溺れていたようにも思えた。
ひとしきり愉しむと汚れた互いの身体を川で洗い、乾いた衣服を着込むと、まどろんでいるアリアを背負う。とうに陽は暮れていたので、松明をこさえて歩き出す。
正直ここで眠ってしまいたい程に疲れ切っていたが、村へ帰らねばならない。焚火を絶やさねば動物に襲われる危険性は低いが、夜は冷えるのでアリアの体調が心配である。何より、村の皆が心配して捜索に来るかもしれない。彼らに迷惑をかけたくはなかった。
やがて、どうにか村の近くまで戻って来た頃、背の上でアリアが目を醒ました。トバエは、罪悪感に駆られながらも、静かに告げる。
「……今日のこと、誰にも言っちゃ駄目だよ。二人の秘密だから」
「は、い」
「約束、出来る?」
「う、ん。出来るよ」
切羽詰まったような声に、アリアは頷いた。先程の行為が何かも知らず、ぼぅ、と熱に浮かされた表情を浮かべ、ぎゅっとトバエの首にしがみ付く。
耳にアリアの吐息がかかると、トバエは唇を噛み締め身体を震わせた。存分に愉しんだが、もっと欲しいとトバエの下半身が再び暴走を始める。
「参ったな……」
後でまた慰めねば、とトバエは落胆した。一度知って、満足する筈がない。もっと、もっとと本能がせがむ。
以後、二人で山奥へ出かけて秘め事が始まった。
自身を突き入れる行為はしなかったものの、行為は少しずつ激化していった。
そして、暫くすると、アリアは恥ずかしそうにトバエの衣服を引っ張り「あれ、して」と強請るようになった。快楽の虜になってしまったらしく、熱に浮かされた瞳で見つめる。それは、誰が見ても情欲に駆られた女の瞳だ。
年端もいかぬ娘にそんな表情をさせてしまう罪の意識に苛まれ、村では絶対に手を出さず、トバエは慌てて釣りだ狩りだ、山菜採りだと言って山に入る。
狼狽するトバエほど、村人は誰も気にしていない。
やがて、アリアが村の女達に機織りを習い始めると、トバエは一人で森へ入り、誰も訪れないような場所を探して黙々と小屋を造った。万が一誰かに見つかったら、皆の為の休憩所だと話すつもりだった。時間を費やすことが難しいので完成までに時間はかかるが、造っている最中どんなに辛くとも寒くとも、目的を思えば愉しかった。
それは、二人の隠れ家。
アリアが十二歳、トバエが十七歳になると、ようやく小屋が完成した。少しずつ生活用品を持ち込み、一泊程度なら出来る様に、寝具も持ち込んだ。
「アリア、おいで。見せたいものがある」
手を繋いで森の中を駆け抜けて行くと、突然現れた出来上がった小屋にアリアは驚いた。
「すごいっ! トバエお兄様、何時の間にこんなに素敵な小屋を? 本当に器用ですね、何でも出来ちゃう。まるで、秘密基地みたいっ」
中に入り、質素だが家のような内装にはしゃぐアリアだが、背中から抱き締められ体温を感じると急に無口になり身体を竦める。“あれ”が始まるのだと想像し、嬉しさと恥ずかしさから顔を赤らめて瞳を閉じる。
「愛してる」
いつものように耳元でそう囁いてから、慣れた手付きでトバエがアリアの衣服を脱がせる。真新しい木の香りがする中で、衣ずれの音が妙に響いた。一糸まとわぬその身体を背後から確かめるように撫で始めると、堪らず身を捩る。
「んっ」
口付けをせがむように爪先立ちになり軽く後ろを振り返るので、トバエは薄く微笑み唇を合わせる。舌を絡ませ、アリアの腰を押さえつけると、興奮状態の自分を強調するように、腰を押し付ける。
硬くそそり立つそれに、アリアは歓喜の吐息を漏らした。
「服、脱がせてごらん?」
悪戯っぽく囁かれ、アリアは好奇心と羞恥心に顔を染めつつもゆっくりと振り返り、震える手つきでトバエの衣服に手をかける。たくし上げたものの、身長差があって上手く脱がせられない。
「屈んでくれないと、無理です」
不服そうに告げたアリアに、トバエは小さく笑うと膝を曲げて視線を合わせた。
「さぁ、アリアのお好きなように」
「も、もうっ。……腕、ばんざーいって、して」
大人しく言う事をきくトバエに胸を撫で下ろし、服を持ち上げる。見慣れている筈の逞しい胸板にカァッと頬が熱くなり、懸命に服を引っ張った。
「こら、服が伸びるだろ?」
「だ、だって」
「さぁ、下は?」
くっきりと欲望の象徴が現れている下半身に息を飲み、アリアは跪くとズボンに手をかけ、ゆっくりと下ろす。雄の匂いが鼻先をくすぐり、眩暈がする。急かすように上目遣いで見上げた。
苦笑したトバエは床に敷いた布にアリアを横たえ覆い被さると、髪を撫でながら口付ける。この布は、アリアが織ったものだ。小屋の雰囲気に丁度良い色で染め上げられている。まさにこの場所は、二人で造り上げたものだった。
「アリアの胸は、大きくなった」
二年前、最初に触れた時よりも数倍膨らんだ胸を撫でまわしながら、トバエがしげしげと呟く。張りが良く、吸い付くような肌触りはそのままに、形のよい綺麗な胸は、男ならずとも目が釘付けになるだろう。
「へ、変かな……」
「いや、ちっとも変じゃない。そもそもこの胸はオレしか見ないだろ」
「そう、だけど」
恥ずかしそうに胸を隠し瞳を伏せたアリアが愛らしく、身体中に口付けの雨を降らせる。
アリアの身体はすぐに熱を帯び、切なそうに腰を浮かせて悶えた。
「アリア。可愛い、オレのアリア」
名を呼びながら、唇に舌先、掌に指先で愛撫を繰り返す。すでに何処で悦ぶか熟知しているので、的確にアリアの敏感な部分を攻め立てた。本当であれば婚約後に行うべきだろうが、小屋が完成したこともあって、トバエの矜持が揺らいだ。
「愛している、アリア。“出逢った時”から……ずっと。生涯をかけて護り抜く、どうか、オレの愛に応えて欲しい」
真っ直ぐなトバエの瞳に、アリアはうっとりと頷いた。いつも、幾度も優しく絶頂へ導いてくれる。それは“気持ちよいこと”であり、罪悪感など微塵もなかった。今日も、それで終るのだと思っていた。互いの身体に愛情を持って触れ、舐めて、名を呼び合うのだと。
「はい」
気怠い疲労感で満たされていたアリアは、挑むような目つきでこちらを見ているトバエに不思議そうに首を傾げた。
無垢なアリアに、苦虫を潰したように顔を顰める。出来れば痛みを感じないであってくれ、と祈りながら足を大きく開き、そこに割って身体を入れ覆い被さった。トバエは太腿を撫でまわしながら、舌を絡めて緊張を解す。どくんどくんと脈打つのは、自分だ。
「アリア、愛してる」
小屋の中で、二人は何度も達した。獣のように快楽だけを求め続けても、情欲は終わりを見せない。アリアの痛みもいつしか消えて、甲高く艶めいた嬌声が小屋に響き渡る。
閨事に秀でた才能があったのだろう、トバエは非常にアリアを悦ばせた。
アリアもまた、気持ちよくしてくれるトバエを悦ばせたくて懸命に応えた。
「二人で、たくさん気持ち良くなろう」
嫣然と微笑むトバエに、アリアは困惑しつつも頷いて口付けをせがむ。
トバエはアリアの身体しか知らないが、これ以上ないというほどに極上であった。それこそ、他の男が喉から手が出るほど欲するほどだと。
そしてアリアが十五になると二人は婚約し、ついに一つ屋根の下で暮らし始めた。
しかし、トバエが建てた小屋で、愛を紡ぐほうが多い。というのも、アリアの悩ましい声を誰にも聞かれたくなかった。また、村だとアリアが声を我慢するので、森の小屋のほうが二人共楽だ。
ここは、“思い出の場所”であり、そして“始まりの場所”でもある。
低い小屋の天井を眺めながら、トバエの腕に抱かれアリアはぼうっと情事後の気怠さに身を任せせる。気づけばそこにある腕の温もりに、多少戸惑いながら。
「乾いた大地に芽生えた命 か弱き芽なれど強かに
芽は光の恩恵を 水の恩愛を 風の恩義を
火の……」
アリアの心地好い歌声で、トバエは目を醒ました。食欲をそそる香りが鼻につき、空腹を覚える。上半身を起こし大きく伸びをすると、傍らにかけてあった衣服を羽織って寝台から降りる。
「ごめんなさい、起こしちゃいました?」
「アリア、敬語」
「ぁ。……えっと、訂正っ。“ごめんね、起こしちゃった?”」
朝食の準備をしていたアリアは、振り返ると悪戯っぽく笑った。小さく吹き出すとトバエも笑い、近づいて髪を撫でながら口づける。
出会ってから、八年の月日が流れた。
婚約してからも、幼い頃と同じ様に時折アリアは敬語になるし、気を抜くと“トバエお兄様”と呼んでしまう。夫婦で兄はおかしいだろうと周囲から笑われ、懸命に呼び名を変える練習をしている。
しかし、染みついてしまった癖はなかなか抜けない。
「アリア、オレを呼んで」
「……トバエ」
「はい、よく出来ました」
頬に口付け髪を撫で、二人は幸せそうに抱き締め合う。