最強の護衛

文字数 9,257文字

 翌朝。
 ミノルは大きな欠伸をして、重たい身体をゆっくりと起こした。まだ眠っていたいのが本音だ、久し振りのベッドは心地良すぎる。だが直射日光が遠慮なく部屋に入り込み、眩しいやら暑いやらで起きざるを得なかった。トモハルはすでに起きて、身支度を終えている。
 昨晩のトモハルが漏らした寝言など、ミノルは覚えてなかった。
 だが、トモハルは覚えていた。夢だと解っているのに、妙に現実味があって、彼女が頭から離れない。
 天井を見上げて呆けているトモハルを一瞥したミノルは、寝起きで頭が回転していないだけだと、そう判断した。起き上がり頭をかきながら背を豪快に叩き、軽く笑う。
 微かにトモハルは痛そうに顔を顰めたが、ぎこちなく笑うと「おはよう」と呟いた。
 上の空なトモハルをつまらなそうにミノルは唇を尖らせ、自分もゆっくりと身支度を始める。

「おい、トモハル。腹減った、行こうぜ」

 トモハルは夢で見た美少女の顔までは思い出せないものの、初めて見る美しさの女の子で、見ているだけで胸が締め付けられて苦しくなったことは鮮明に憶えていた。愛している、と夢の中で囁いていた事も憶えている。そして不意にトーマが昨日漏らした『仔猫』という単語も思い出した。

 ……可愛い子、だったな。うん、悪戯っぽい目が仔猫だった。好奇心旺盛なのに、寂しがり屋で。

 僅かに口元に笑みを浮かべ、トモハルはくすぐったい気分のままミノルの後を追う。

 手にしている剣がやんわりと光っていることなど、気付くことなく。 
 部屋を出ると、吹き抜けの一階からライアンとマダーニの声が聞こえた。こちらを見上げて手を振っている。ふわりと漂う腹を刺激する香りに、二人は慌てて階段を下りた。
 焼き立てのパンに林檎ジャム、スクランブルエッグに自家製ベーコン、瑞々しいサラダが並んでいた。食後に紅茶を戴いてから部屋に戻り、旅立ちの準備を始める。

「二人は外でお散歩でもしてらっしゃいな。消耗品の最終確認をするだけだから」

 マダーニに促され、ミノルとトモハルは素直に外に出た。子供扱いされていることへの不服もあった、しかし、居たところで役に立たない事も事実。微妙な葛藤を抱いて、歩き出す。
 旅が始まればほぼ馬車の中であり、こうして歩くことすらあまりない。ぼんやりと街、というには小さなジョアンを散策する。こうしていると、心が和らいだ。

「ここにいると、魔王の影なんて見えないけど」

 人々は気さくで、とても穏やかな街だ。芝生に転がると、すぐに眠気に襲われる。今だけ、眠り続けても回復しない疲弊した身体と心に、安らぎを。陽射しが強くて熟睡は出来なかったが、草の香りと柔らかな背に触れる大地の感覚が心地良い。
 ライアンとマダーニが探しに来てくれたので、二人は起き上がり衣服についた草を払った。手頃な店で昼食をとり出発することになり、寝ていただけだが腹が減った二人は無我夢中で頷いた。

「ジョアンからの道だがな、結構な山岳地帯を越えないとピョートルに辿り着けないんだ。今まで以上に険しく過酷な道だから覚悟しろよ。最悪、途中で馬車を置いていかねばならないかもしれない」

 食事をしながらライアンからの警告を聞き、ミノルとトモハルは咽た。覚悟はしていた、何しろ街から周辺を見渡せば岩肌が酷く露出する山岳に囲まれていたからだ。山羊肉のスパイス煮込みを食べながら、苦笑いしたトモハルと、素直にげんなりと肩を落とすミノル。徒歩など、想像しただけで嫌気が差す。
 地球に居た頃は電車に自動車、自転車があった。徒歩など、通学くらいなものだ。徒歩となると荷物はどうするのか、担いで山を越えるのだろうか。馬車が通ることの出来る道がありますように、と祈らざるを得ない。

「最近は物騒なので、この道を使いピョートルへ向かうことは少なくなったらしい」

 ライアンの指先にある地図を眺めつつ、一層嫌気が差す勇者二人だが、文句など言ってはいられない。目と鼻の先に、目的の物が待っている。
 陽が高くなった頃、四人は街を後にした。休んだ馬達の体調も上々で、早速ミノルとトモハルは、ライアンから馬車の操作を習い始める。その間マダーニは、仮眠をとった。
 二人が想定外なほど慣れてきたので、ライアンは景気づけに簡単な夕食を馬車から下りて摂る事を提案した。勇者達にやる気を維持させる事は重要だ。
 しかし、もう彼らはへこたれない。進むべき方向を見定め、意思を固めた。
 夏だが、山は空気が冷えている。少し肌寒いので、身体を冷やさないように毛布を羽織り、ジョアンで購入した肉のスープを手短に作る。それを平らげ身体を温めると、馬車に乗り込んだ。
 食事で幾分か温まったものの、下がる気温に身体が順応するには時間がかかる。毛布に包まり、次いでミノルが仮眠に入った。
 そして、マダーニは後方を、トモハルとライアンは前方に注意を向け進む。
 夜半過ぎにミノルとトモハルが交代し、寝ぼけ眼でミノルはライアンの隣に座った。
 馬を休ませながら極力急いだが、奇妙な事に魔物の奇襲は数日間なかった。遭遇しないにこしたことはないが、意外だった。物音に反応すればそれは鳥や動物達であり、過敏になり過ぎて無駄な精神を使ってしまう。
 ミノルは「運がまわってきた」と上機嫌だが、そうではない。

 聴いた者が身を振るい上がらせるほどに重低音の声が、部屋中に反響している。

「ええい、忌まわしい小僧めがっ!」
「やはり、ミラボー様……私が」

 魔王ミラボーは、妨害を諦めたわけではない。
 幾度かライアン達へ魔物を差し向けていた、再び正確な位置を把握し水晶球に映し出す為に。だが、悉く映像にはトーマが映り、すぐに途切れてしまう。
 映像の転送には、ミラボーの魔力を閉じ込めた水晶球と、もう一つ。それを結ぶ映像転換装置が必要だが、それさえ付近を飛びまわる飛行型の魔物に取り付けておけば、映像は容易く流れ込む。難しい事ではない、簡単な事だ。けれども、自信過剰に笑みを浮かべて、挑発するかのようにトーマの笑みが水晶に映し出した直後に、毎回水晶球が弾け飛んでしまう。

「あぁ、腹立たしい!」
「ですから、ミラボー様。私に出撃命令を」
「……エーア、お前には別件を任せてあるじゃろう。今、そちらへ行かせる訳にはいかんのじゃよ」

 ミラボーは歯軋りしながら重たい巨体を引き摺り、金切り声で不平を喚き散らす。

「ええい、こちらに待機しておる飛行部隊を全てあの小僧に差し向けよ! 誰か首を持てぃ!」
「しかし、ミラボー様。あまり派手に動きますと他の魔王に悟られてしまいます。大掛かりな飛行部隊は……」
「悟られん程度の小型の魔物を複数回にわたって、小僧へと向かわせるのだ。所詮は人間、逃げ切れるわけがない」

 他の魔王はミラボーの計画など知らない。こうして勇者達の状況を把握している事は極秘である。露見すれば確実に魔王間で火種になる、今は争いの種を蒔いてはならないと重々肝に銘じていた。
 トロルは元々ミラボーの駒ではなかった、付近にいた為、洗脳し差し向けただけである。惑星チュザーレには強大な魔物も数多く存在したが、派遣するには目立ちすぎた。
 だが、手頃な魔物ではトーマに全滅させられるのが目に見えている。使い捨ての魔物でも勿体無い、悔しいが実力を認めざるを得なかった。
 こうして、毎回一体の飛行魔物と、それに乗った死霊騎士がトーマへと向かっていたが惨敗だ。

「何、拍子抜けだね。魔王ミラボーってこの程度なの?」

 トーマは余裕たっぷりに、水晶越しにミラボーに語りかけた。
 その度に、血管が切れそうな勢いでミラボーは怒鳴り散らす。「今に見ておれよ、小童めがっ」と虚しい捨て台詞を吐き、脚を踏み鳴らした。ここまでの激しい屈辱を味わうのは久し振りで、本来の目的を忘れそうだった。
 更に、問題は続く。

「ミラボー様、魔王アレクが参りました。よもや、魔物派遣が露見したのでは」
「ええぃ、こんな時にっ」

 憤っているが必死に堪えて、ミラボーは作り笑顔を浮かべると汗を拭きつつ、訪ねてきたアレクを部屋へと招き入れた。破壊された水晶の破片は、既に片づけてある。

「こんにちは」

 にこやかに微笑んでいるミラボーと、普段通りの無機質な表情で何を考えているのか理解出来ないアレクが、真っ向から向き合う。
 人間であるエーアはすぐさま身を潜めており、部屋に居るのは骸骨の騎士達が数体だ。
 物怖じすることなく、アレクは口を開く。

「先日から、魔物が魔界イヴァンから飛び立っているとの報告を受けている。何か知っているだろうか。種族からして、そなたの惑星の魔物とのこと」

 単刀直入なアレクに、ミラボーは顔色一つ変えず頷く。

「うむ、先に報告をすべきであったな。人間を襲いに行っているわけではない。飛行部隊故に、適度に動かしてやらねば鬱憤が溜まる」
「……そういったことは、貴殿の星でお願い出来るだろうか。無意味に、我らの配下が過敏になっている」
「すまんかったのぅ。控えよう」

 返答に負に落ちない様子のアレクが手に取るようにわかったが、今は穏便にことを進めるよりほかない。これ以上詮索されても不愉快であるし、何より立場が危うくなる。
 これは、真相を突き止めぬかわりに、大人しくせよというアレクからの警告だ。ミラボーは、踵を返し去っていく背中を睨みつけた。
 これで、派遣が出来なくなった。監視の目は以前より厳しくなっているだろう、強行突破すれば、こちらの分が悪い。

「あの小僧めがっ!」

 ミラボーは憎悪を激しく燃やし、地団太を踏んだ。今すぐにでも自分が出向き、抹殺したい衝動に駆られるがそれこそ大問題である。先のハイのように、魔王が惑星クレロから外に出るには、報告が必要だ。勝手な行動は慎むべきである。人間を侵略せずにいるアレクは、魔界の平穏に目を光らせている。一応この惑星での魔王である、ミラボーにはただの優男にしか見えなかったが底力は未知数。
 勇者達の映像を見ることが出来ない苛立ちが、ミラボーを激しく襲った。勇者の行動を把握してこそ、優越感に浸れるというのに。
 歯が欠けるのではないかという勢いで歯ぎしりしている姿を、傍らのエーアが無表情で見つめている。

 追撃する魔物達をトーマが事前に殲滅している、その為ミノル達は遭遇しない。実戦も大事だが、今は体力を温存すること、そして学習に集中する事を優先してもらいたい、という願いからだ。早くピョートルへ到着し、アサギの武器とやらを入手して欲しい思いもある。

「セントラヴァーズに、セントガーディアン。惑星クレオの対の勇者が所持する武器。ガーディアンをトモハルが所持していたのなら、ラヴァーズはアサギ姉さんのモノ。まぁ、妥当だよね。どんなカタチしてるのかは、知らないけど……早く届けてあげなよ」

 足元に転がる、肉片を踏みつけながらトーマは小さく呟いた。もう、幾度もミラボーの手先を撃破している。

「数が少なくなってきたのは、表立って動けなくなってきた為かな?」

 不服そうにトーマは肩を竦めた。暇つぶしにならなくてつまらないが、そろそろ飽きてきたというのも本音である。もっと自分の能力を開花させられるレベルの魔物の襲来を期待していたが、雑魚相手では退屈だ。
 瞳を閉じて未来を、視る。
 予言家の末裔であるアイセルの見た未来は、アサギが魔族達を束ねている……らしい。
 勇者で、魔王。
 ありえないが、種族を超えて惑星クレロ全てを掌握できる立場にあるから成せること……なのだろうか。謎は多く残るがアサギの隣に、トーマが寄り添っていることは間違いない。そして、もう一人見たことが無い美丈夫もいた。アサギとはかなり親しい仲の様で、恋人同士に思える。男のトーマから見ても、惚れてしまいそうな鋭利な雰囲気の男だ。
 そこまでは構わない、望むべき姿。しかし、トモハルが血塗れで、マビルとミノルが武器を構えてこちらを見据えているという点だけが、どうしても気に入らない。
 勇者であり、魔王であるアサギと対峙しているらしいその未来は、変わることがないのだろうか。

「まぁ、僕に出来る事は姉さんの隣に常に居る為、今以上に力をつける。それだけだよ」

 太陽の熱で温められた岩の上に寝転がり、トーマは眠る。持参した食料は、底をつく。そろそろ離れなければならないことは、明白だ。木の実や狩りで飢えを凌ぐという野性味溢れることが、苦手である。
 どのみち、ミラボーからの援軍が来ることは無いだろう。付近の魔物に苦戦するようであれば、見込み違いというもの。遠く離れた場所にいるミノル達の気配に安堵しながら、トーマは微かに笑みを浮かべると夢に沈んで行った。

『トーマ。聞こえる? トーマ、ミノル達をお願いね。私の大事な人達なのです』
「うん、解っているよ姉さん。僕は利口だから、間違えないよ。安心して」

 夢の中で、まだ見ぬアサギと会話する。
 アサギは、そっと、トーマの黒髪に指を通し、撫でた。

 魔力の扱いが格段に上がったミノルとトモハルだが、実戦で上手く発動できなければ意味がない。魔物に遭遇しない為、自分の力を試すことが出来ず、憂鬱な二人は頭を抱える。やはり、力がどの程度上がったのか見てみたい。
 流石にライアンも眉を顰め、現状に疑問を感じていた。幾ら楽観的であるとはいえ、流石にこの状況はおかしい。

「加護がかけられている筈の街道には、わんさか魔物が。しかし、加護とは無縁、人気が少ない山岳で、魔物が出ないとはどういうことだ」
「何処行っちゃったのかしら、この時期はお引越しとか」
「いや、そんな馬鹿な。……可能性として、トーマ君が加護の魔法を餞別にかけてくれたとか?」
「私も最初そう思ったけれど、違うみたい。感知出来ないの」

 ライアンは、後方の勇者二人を一瞥した。
 ミノルは眠っており、トモハルが後方の警護にあたっている。そろそろ陽が沈むので、マダーニが仮眠に入る。
 陽が沈む前に、トモハルが火炎の魔法で松明に火をつけた。これは彼らの日課であり、良い練習になっている。

「見違える程馴れてきたな、トモハル」
「うん、これくらいなら任せてよ」
「そろそろ馬車を停められる場所を探す」
「了解、じゃあ、結界の準備をしておくね」

 率先して手際よく準備を始めたトモハルを、眩しそうにライアンとマダーニは見つめる。互いに笑みを零し、満足して頷いた。
 すでに陽は落ち、闇が押し寄せた。心許無い松明の灯りを頼りに、馬車を停められそうな位置を辛うじて発見し胸を撫で下ろす。
 ミノルとトモハルが結界を張り、マダーニが夕食の準備を始める。結界と言っても二人は魔法で張ることなど出来ない、用意されている魔よけの草木や道具を使って陣を描くだけだ。
 二人の作業をマダーニが横目で監視しながら、ジョアンで調達した小麦を水で練って、湯の中に放り込んで茹でる。干し肉を茹で戻し、そこらの山菜と煮込んでスープにした。質素だが暖かい食事は、やはり落ち着く。普段食べ慣れて飽きてしまった干し肉も、こうすると別格だ。
 地に足をつけていられるというのは本当に心地が良く、満天の星空の下で地面に横になる。少し肌寒いが焚き火の暖かさが心地良く、馬達は直ぐに寝静まった。
 明日に備えて眠らねばならないが、ミノルは多少目が冴えていた。一人瞬きしながら、零れ落ちるような星々を見ている。

 ……アサギは、どうしているだろ。

 トモハルが律儀に陽が廻るのを数えているので、離れ離れになってから早一ヶ月以上が経過していることなど百も承知。地球はもう、八月のはずである。夏休み真っ最中だ、どうなっているのかは解らないが。
 ふと。空気が震えた気がして、反射的にミノルは上半身を起こす。

「ミノルちゃん、静かに……」

 マダーニが起き上がり、ライアンが剣に手を伸ばすと、トモハルも静かに起きた。結界に反応が出た、ガサゴソ、と生物が蠢く音が聞こえる。

「ようやく、お出ましか。さて」

 ライアンが見えない敵に額に汗を浮かべつつ、剣を握り締める。
 久々の戦闘が、夜戦。緊張感が高まった。

 遠い場所で、トーマも跳ね起きた。瞳を閉じ、右手で垂直にミノル達の方向を指せば。

「ありゃりゃー、遭遇しちゃったね? でも、まぁ……それくらいなら倒せるよね、でないと先に進めないよ」

 遠視する。
 魔物の正体を捕らえたトーマは安堵した、そこまで強敵ではない。ただ、数は多い。
 何かあれば駆けつけるが、杞憂で済むだろう。再び眠りに入ろうとした矢先だった。

 ギギ……。

 トーマの後方から、何かが飛び出した。一瞥する間もなく「うるさいな、邪魔しないでよ」と、不機嫌さを露にして吐き捨てる。右手を振り下ろせば、襲い掛かってきた羽の生えた蛇を吹き飛ばしていた。最期の刺客だろうか、毒を所持しているらしい赤まだらの飛び蛇だ。妙に数が多いが、指揮官らしき人物はいない。
 トーマは前方に集中しながら、両手を胸の前で交差させた。すい、と腕を伸ばし水を掬い取るように腕を舞わせながら詠唱を開始する。両手を一気に地面に叩きつければ、地面が炎上し、蛇達を一網打尽にした。
 焼かれながらも飛びかかってきた蛇がいたが、トーマの前では無力。易々と弾き飛ばされてしまう。瞳を細めると、直様静まり返った周囲に大袈裟に肩を下ろし、再び瞳を閉じて横になる。

 重々しい口調で、マダーニは告げる。

「トモハル、威嚇で光を」
「はい!」

 両手を掲げ、トモハルは魔法を発動した。光の魔法だ、攻撃性はない。明るくなった周囲に、ミノルが唖然と口を開く。

「えーっと、何だ、あれ?」
「うーんと、何だろう」

 トモハルも、奇怪な姿に言葉を失った。不気味ではあるが、恐怖は感じない外見だ。

「追い払うだけでも良いだろうな、敵意はなさそうだ」
「おそらく、ヨーウィ。鱗が硬くて蛇っぽい尻尾があって……脚だか手だかが全部で六本。そこまで凶暴な魔物ではないと思うのだけど」

 光に一瞬怯んだが、魔物は逃げない。じりじりと妙な脚で近寄ってくるので、マダーニは軽く溜息を吐く。逃げないのなら、相手の目的は一つだ。

「空腹なんでしょうね、夜行性よ確かアレ」
「なるほど、俺達は夕飯か」
「当たり」

 暢気なライアンとマダーニの会話に、ミノルとトモハルは身震いした、大きさ的には中型犬か。動きは鈍いようにみえるが、光る目が数の多さに多少脚が竦む。

「トモハル、ミノル。馬を護れ、結界の中から出すな」
「了解!」

 空腹ならば狙うのは危害のなさそうな馬だろう、ミノルとトモハルはライアンに言われた通り馬に駆け寄り武器を構えた。落ち着かせるようにトモハルが馬達を結界の中央へと背を撫でながら誘導し、水を与えている間にミノルが先制攻撃する。

「行くわよ、ミノルちゃん! 深追いはしないで、蹴散らすだけよ!?」
「分かってる! 巡る鼓動、照らす紅き火、闇夜を切り裂き、灼熱の炎を絶える事無く。我の敵は目の前に、奈落の業火を呼び起こせ!」

 火炎の魔法、中位。ミノルとマダーニは同時に同魔法を繰り出した、対角上に魔物達へと放つ。叫び声を上げた魔物だが、それで逃げることはなかった。余程腹が空いているのだろう。

「こりゃ……本格的な戦闘だな」

 ライアンが結界を飛び出し、一匹に斬りかかる。だが、思いの外皮膚が硬い。深く刺さらなかったので舌打ちし、後方に戻った。
 面倒な敵だ、属性も不明、火も恐れる様子がない。数匹は焦げた様だが、それでも向かってくる上に、焦げた仲間を食い散らかしている。

「と、共食い」

 絶句したミノルだが、確かに焦げた香りは牛肉を焼いたようで、旨そうである。食べたいとは思えなかったが。

 遠視していたトーマは、瞳を閉じたまま言葉を漏らした。

「ヨーウィ。結構皮膚が硬いから物理攻撃ならば脚を狙うのが良いね。腹の皮膚が柔らかいから、爆発系の呪文で吹き飛ばしてひっくり返し、腹を刺して止めを刺すのが手っ取り早いかな。奇怪な格好だから、起き上がるのに時間がかかるし。そうだ、亀みたいなもんだよ」

 そこに気付けば早々に戦いは終了するだろう、所詮敵ではない筈だ。

 マダーニが弓矢で脚を狙ってみた、脚には刺さるのでそこは皮膚が柔らかい事に気づく。けれども、剣で脚を狙うのは位置が低すぎて逆に困難だった。
 注意すべき敵の攻撃は蛇のような尾っぽに、鋭い歯である。ミノルの剣が、魔物に噛まれてしまった。

「なんだよ、放せよっ」

 舌打ちし我武者羅に引っ張るが、剣は折れた。魔物の歯が非常に強固だという証拠だ。唖然として歯を食い縛った、やはり市販品では無理なのかと。

「っていうか、どんだけコイツら歯が丈夫なんだよっ」

 ミノルへとマダーニが剣を投げる。残りの剣はもうない、これが最後だ。

「うーん、この歯で武器を造れたら……相当名刀に」

 ぶつぶつ頷いているライアンだが、自身の剣も微かに刃こぼれしていた。マダーニの弓で脚の自由を奪い、尾っぽから切断しているが、それでは時間がかかりすぎる。
 ミノルは剣を収め、魔法に集中する事にした。前衛でトモハルが戦う中、トーマを思い出し、発動する。

「呼びかけに応じるは無数の光、宙に漂う小さな破片よ。我の元へと集まり増幅せよ、眩い光となれ!」

 発動の瞬間、トーマが口の端に笑みを浮かべる。「そう、それだよミノル君」誇らしげに出来の悪い弟子を褒める。
 空中で爆発を起こす、岩の破片が周囲に散乱し、同時に地中を張っていた魔物も吹き飛んだ。ひっくり返れば、もうこちらのものだ。トモハルが躊躇なく剣で腹を突き刺す、大きく身体を引き攣らせ絶命していく魔物。
 荒い呼吸のミノルは、連打した魔法で著しく体力が消耗している。

「よくやった、ミノル!」
「お、おぅ! ったりめーだろ」

 素早くトモハルが仕留めにかかる、マダーニも魔物の足元へと向かって同様に魔法を繰り出していた。
 こうなれば最早敵ではないので、戦闘は終了だ。

 トーマは愉快そうに笑うと、小さく拍手をした。一人きりの広野に響く拍手の音が、なんとも物悲しい。しかし穏やかな表情を浮かべ、月へと向かうように宙を舞う。
 
「合格だよ、もう僕がいなくても大丈夫だね」

 自分は最も近いジョリロシャへ出向くつもりだった、何分腹が減っている。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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