外伝2『始まりの唄』26:崩壊のきっかけ

文字数 7,968文字

 トダシリアの業火によって焼け落ちた部屋は、周囲を巻き込みつつようやく鎮火した。
 部屋の修復には、相当な時間を要する。しかし、来賓用であった部屋など、トダシリアには無意味。

「下衆な男共の血痕に塗れた絨毯など見苦しい、燃えて良かった」

 誇らしげにそのような台詞を吐いた。だが、焼けたおかげで外観が見苦しい。それはいただけないと、歯軋りする。

「あぁ、忌々しい! 早急に修復しろ。なんなら、新しい城を構える。思い出すだけで胸糞悪い」

 一度袖を通した服を棄てるような軽い気持ちで、恐ろしい事を口にした。

「お、恐れながら……トダシリア様。僭越ながらも申し上げます。流石にそれは、その、如何なものかと。城を建て直すと簡単に申されますが、莫大な費用がかかります」
「費用? 愚民共から徴収しろ」

 少しの間を置いて、トダシリアは髪をかき上げながらぼんやりと呟いた。
 怒りを買わないように顔色を窺いながら意見を述べる側近は、脂汗を垂れ流している。

「そ、それから税ですが、その、市民から反発の声が上がっておりまして……上げるのは困難かと……思いまして」
「黙らせろ、皆殺しだ」
「そ、そうしますと、税を払える人間が減りましてですね、悪循環に」
「そうか、ならばオレに意見したお前が責任持って良い案を考えておけ」

 鋭い視線で睨み付けたトダシリアは、早足でトバエのいる部屋を目指した。震えを覚える激昂した神経を両手に集め、強く握る。

 兄がこちらへ向かっているなどとは知らず、トバエは騒乱に見舞われた城を案じながら、医者と様子を窺っていた。火災が発生し消火作業中と情報は届いていたが、それがトダシリアによる人災だと知ったのは、つい先程である。
 
「何をしているんだ、アイツは。微塵も成長していない……」

 幼少の頃も、一室を燃やした。後始末は常に下々の者なので、それがどれだけ大変な作業か解っていないのだろう。
 頭を抱え項垂れるトバエを、気の毒そうに医者達が見つめる。そこへ血相を変えた助手が、息も絶え絶えに部屋に駆け込んで来た。彼は医者の遣いという名目で比較的自由に行動出来た為、情報収集を任せている。

「こ、国王がこちらに向かっています!」

 トバエは、先程まで素振りをしていた。普段通り医者達が付き添っていたのだが、夜間にしては滞在人数が多い。明らかに不自然なので、トダシリアに見つからぬようニ人の医者を残し、他の者達は隣室へ身を潜める。
 仮眠のフリをする一人の医者と、トバエが逃げ出さぬよう見張る医者。そして、眠っているフリのトバエ。一気に彼らの緊張が高まる。
 怒鳴りながら入室してきたトダシリアに、怪訝そうにトバエは瞳を開き、医者達は竦み上がる。

「夜更けに何用だ」

 不機嫌さを露わにしたトバエは、嫌々ながらに起き上がると睨み付ける。トダシリアから、微妙な“揺らぎ”を感じたが、それが何か解らずそ知らぬフリをした。
 黒い怒りを含みながらも、白々とした空虚感を漂わせて、トダシリアは抑揚のない声で告げた。 

「朗報だ、トバエ。あの女を返すことにした、よかったな、嬉しいだろ?」

 何か問いたげな瞳を向け、トバエは息を飲む。怒りに任せ口を滑らせたようにも思えた、冗談にも思えた、罠かもしれないと勘繰った。予測不能な兄の言葉は真意が読めず、遅れて返答する。

「どういう風の吹き回しだ、返すだと? お前、アリアが欲しいと豪語してただろ?」
「なぁに、気が変わった。あんなもの、もう要らん。直ぐに会わせてやる」
「気が……変わった?」

 何かが胸の内に引っかかっている、急に心変わりした兄を、トバエは訝しんで睨んだ。さざ波のような嫌な予感に、顔の皮膚が突っ張る。この奇妙な感覚を、知っている。
 心臓が早鐘を鳴らす。これは、避けねばならぬ予兆だと後方で誰かが喚いている。

「這ってでも来い、会わせてやる。早くしろ、オレの気が変わらぬうちにな」

 顎で指図し、トダシリアはそれだけ告げると何事もなかったかのように直様退室した。
 取り残された者達は、唖然と顔を見合わせる。隣室で耳を傾けていた医者達も、暗闇の中で狼狽を隠せずにいた。恐る恐る部屋を出て集合すると、眉間に深い皺を寄せて思案しながらも寝台を降りたトバエの前に跪く。
 罠にしか思えない、トバエを殺す為の。

「お気をつけ下さい、トバエ“国王”」
「御武運を」
「信頼できる者達を、すぐにそちらへ向かわせます」

 医者達は思った、皆で祈った。あの狂王を失脚させ、新たな賢王が産まれるのだと。歴史に残る革命の日だと。

「いってくる、世話になった」

 不安と期待の入り混じる瞳で見送る医者達に軽く手を上げ、トバエはトダシリアの後を追った。以前ほどの体力があるかと問われれば、正直ない。まだ早過ぎる、しかし、時間を止めることなど出来ない。武器は、トダシリアに反する水の魔力。隠し持っている短剣は、医者の一人が持ってきてくれた物。また、医者から貰った劇薬も懐に入っている。
 真っ向から勝負して勝てる自信などない、それよりも、豹変した兄の様子が気がかりだった。

 浅い眠りを繰り返していたアリアは、女官達に揺すられて目を醒ました。身体中に纏わりつく体液に顔を赤らめながらも、身体中が痺れて動けなかったため、申し訳ないと思いつつも身体を拭いてもらった。

「お辛かったでしょう? 貴女のせいではありませんよ、御自分を責めませぬ様」
「ありがとうございます……。私は、大丈夫です」

 慰めの言葉を貰い、気丈に微笑んだ。沈黙が心地良く、安堵する。
 しかし、その平穏な空気を切り裂いて怒鳴りながらトダシリアがやって来た。予想より早く戻った為、女官達は悲鳴を上げ狼狽する。

「何だお前ら?」

 咎めるような視線に、慌てたアリアは彼女らの前に立つと、庇うように両手を広げた。これ以上、自分達の事で人様に迷惑をかけてはいけない。

「勝手に身体を拭いていたのか? そんな指示、オレは出していないだろう」

 女官達は竦み上がり、口など利けない。アリアは目尻を上げて返答した。

「皆さんが好意で拭いて下さったのです、彼女達は何も悪い事などしていません。どうか、鎮まってください。貴方のその怒りは、周囲を震え上がらせます」
「お前、他人を護る時は妙に強気になるな? ……成程、つまりオレの体液がいつまでも自分の肌にあるのは気に食わないと。トバエのならいいのか?」
「そういう話ではありません、どうか見逃してください」

 震えている女官達を励まし、必死に庇った。二人の睨み合いは続いたが、やがて興味なさそうにトダシリアは身体の位置を扉から外す。アリアに促され、女官達は一目散に部屋から出て行く。腰が抜けていた者もいたが、手を取り合って懸命にこの針の筵のような場所から逃げる。

「ありがとうございました」

 胸を撫で下ろしたアリアは、素直に礼を述べた。しかし、トダシリアは窓際に移動し外を見たまま何も言わない。静まり返る一室の奇妙な空気に、戸惑う。慣れてしまったその背を見つめているが何も言わない、動かない。

「あ、あの?」

 流石に不気味に思い、アリアが声をかけた時だった。

 キィィィ、カトン……。

 扉が、重すぎる音を立て軋みながら開く。
 部屋に、トバエが入って来た。

「っ!?」

 トバエとアリア、二人の視線が交差する。
 だが、あまりのことにアリアは夫の名を呼べなかった。幻である気もしたし、焦った自分もいる。言葉が出てこない、焦がれた夫が目の前にいるというのに。
 逆にトバエはアリアの姿を見て、ゆっくりと微笑し腕を伸ばした。

「アリア」

 以前の様に優しく名を呼ばれても、アリアは素直にその中に飛び込めない。足が棒になったように、動けない。唇が蒼褪め、震え出す。

「会いたかっただろう? トバエを連れてきた、嬉しいだろ?」

 酷く汚いものに触れるような声でトダシリアに言われ、脳内が混乱する。アリアは、それでも瞳を泳がせた。二人を交互に見つめ、知らず胸の内で手を組む。
 はっきりしないアリアの様子に、痺れを切らしたトダシリアが険悪な尖った声を張り上げた。

「お前は用済みだ、トバエと共に何処へなりとも消えろ。目障りだ」
「え?」

 弾かれて、アリアはトダシリアを見つめた。驚きのあまりに、心臓が停止するほど痛む。聞き間違いかと思ったが、そうではない。
 トダシリアは窓際から大股で歩き、愛用の椅子に深く腰掛け悠々と足を組む。好みだと言っていた銘柄のワインを、平素通りに呑んでいる。
 アリアは動揺し、唇を震わせてトダシリアを見つめた。
 
「聴こえなかったか? 消えろと言っているんだ」

 怯えた視線を感じ、苛立ちながらトダシリアが語尾を強めて告げる。

「あ、あの」

 微動出せずにトダシリアを見つめるアリアの顔色は、真っ青だ。 
 見当違いなアリアの様子に、トダシリアが皮肉めいて嗤う。一目散にトバエの元へ駆け寄るものだと思い込んでいたが、違った。不愉快で仕方がない、胸の底が熱く焦げ付いているようで嘲笑しながら唾を床に吐き捨てる。

「会わせろと諄いくらいに言っていたのに、嬉しくないのか? 不貞を働いた身体では戻れないと? 本命が商人に代わっていたからか? 豪華な生活に慣れ、ここを出るのが惜しくなったのか? それとも……あぁ、毎晩オレに抱かれていたからな、明日から不安になったか? トバエとは抱き方が違うからな、寂しいのか。……一体、何が不服なんだか」
「え、あ、あの」
 

 蔑む様に下衆な顔でそう告げたトダシリアを、アリアは見つめていた。近寄ってきたトバエにすら、気づけない程、凝視していた。

「アリア、戯言など気にするな。オレと一緒に、村に帰ろう。そして、ゆっくり休もう」

 懐かしい緑の髪に口付け、背後から優しく身体を抱き締めたトバエは瞳を閉じる。

「っ!」

 真正面でそんな二人を見ていたトダシリアは、肩を竦めた。強張り、震える唇のアリアを瞳に入れ「白々しい」と鼻白む。何故喜ばないのか理解できず、何もかも全てが胡散臭く見える。
 トダシリアもアリアも、互いの心が解らない。
 深い溜息を吐いたトダシリアは、ワインをあおり続けながら座った瞳で視線を外した。それからアリアを一度も瞳の隅にすら入れず、流暢に語り出す。

「トバエ、双子の兄として忠告しよう。オレはお前が嫌いだが、そんな阿婆擦れ女と共に生涯を終わらせるお前は、流石に気の毒で仕方がない。その女を捨てれば、城に戻ることを許す。昔の様に兄弟手を取り合って、上手くやっていこうじゃないか。お前の様に優秀な右腕が欲しいと、常々思っていた」

 トバエは、兄の身勝手な言葉に耳を傾けなかった。
 けれども、アリアは聴いていた。

「男なら誰でもいいんだよ、その女。お前は人がよいから、欺かれた。夫が瀕死の状態の時に、他の男に抱かれ歓び啼き、恍惚の笑みを浮かべ腰を振る。いいのか、それが妻で」

 アリアは、トダシリアの言葉を漏らさずに聴いていた。トバエが聞かせないように両の耳を塞いでくれていたが、無意味だった。耳の奥に言葉がこびり付いて、離れない。

「まぁ確かに顔立ちは良い方かもな、身体もまぁまぁ……だが、それだけだ。その程度の女なら、そこらにいる。田舎の片隅で限られた女しか見ていなかったトバエには解らないかもしれないが、世界は広く無限だ。国に戻れば、その底辺女など霞む。お前を愛していると連呼したのに、簡単に他の男に気を許した。実際、オレにも傾いたぞ。夫であるお前を刺した、このオレを! どんだけ馬鹿な尻軽女だよ」

 アリアは、聴いていた。爆笑し始めたトダシリアを、じっと見ていた。何を言えばいいのか、何を考えればいいのか、解らなくなった。言っている事に間違いはない、事実が言葉として露見しただけ。
 これがトダシリアの本心だとするならば。切なそうに『愛している』と言ってくれたあの言葉は、嘘だったのだろうか。

 ……私は、何の取り柄もない上に、とても馬鹿な尻軽女。

 瞳を合わせてくれないトダシリアを、縋る様に見つめる。

『あ、あぁ。普通の女の子に産まれていたら。変な力がなければ、両親にも愛されていたのでしょうか? 気軽に抱ける女、だったら彼の目に私も止まりましたか。いえ、止まらなくても構いませ、ん。どうか、もし、願いが、叶うのなら。普通の、平凡な女の子に、なり、たい、です。そして、あの人が笑っているすがたを、遠くで良いので、一目見られたら。それで』

 泣き叫んでいる、昔の自分が視える。みっともない姿を曝け出して、手の届かぬ夢を願う浅ましい自分を思い出す。

 ……思い出した。私は、愚鈍な出来損ないで、馬鹿な尻軽女。

 キィィ、カトン。

 何かが、脳内で軋む。
 
「聞き流せ、アリア。さぁ、あの村に帰ろう。大事な温かい、オレ達の故郷へ戻ろう」

 トバエが頭を撫でながら、アリアにそう囁く。
 それでも、アリアは立ち尽くしたままだった。
 ただ、涙が。
 涙が頬を伝流れ落ちる。瞬きをしていないアリアの瞳から、こんこんと湧くように溢れ出る。会えて嬉しい筈のトバエの存在、その喜び以上に、トダシリアの言葉がアリアを揺さ振り、心を刺す。

「こうして、ニ人は再会出来た。辛かったなアリア、でも、もう大丈夫だ」

 様子がおかしいアリアに、トバエは気づいている。こちらへ引き戻す様に強く抱き締め、自分の存在を解らせようと髪を撫でるが、壊れたゼンマイ仕掛けの人形の様に動かない。
 それは、涙を流し続ける何か。

「女は簡単に心を許す、確かめてみて正解だった。トバエ、お前には他に相応しい女がいるよ。兄さんが探してやるから、その女は放り出せ。甘い言葉で、すぐに懐く。……オレだったら、そんな女いらない」
「確かめてみて? たしかめ、て。たし、か、め。たし、か」

 アリアは、身の内に刻む様に反芻した。

 ……あぁ、やっぱり。彼が時折垣間見せた優しさは演技。私を籠絡させるための、手の込んだ芝居。

 取り返しのつかない絶望に突き落とされ、心が砕ける。夫を裏切った代償に相応しい仕打ちだと、涙の向こうの悪魔を見つめる。

 ……違いました、悪魔は、貴方ではなくて、私。貴方は、醜い私から、愛する弟を護ろうとしただけ。

 瞳を細めたトバエが天井を見上げ、唇を噛締めた。震えるアリアの身体を必死に押さえながらも、自身が小刻みに震えていることに気づく。

 ……駄目だ、“また”同じだ。彼女を、救えなかった。

 トバエは自己嫌悪し、無力な自分を呪う。

「さぁ、仮初で“愛し合うニ人”よ。オレの前で愛し合い、手本を見せてくれ」

 そう言うと、アリアを一瞬だけ汚らわしいものを見やるように瞳に入れる。

「お前は溺愛する夫の元に、その汚らわしい身体で戻れるのか? 戻るんだろうな、いけしゃあしゃあと。寡廉鮮恥な女!」

 嘲罵され、アリアの身体が大きく揺れる。トバエの支えがなければ、とうに倒れ込んでいるだろう。
 トダシリアは、次いで何かに必死に耐えているトバエを一瞥した。

「妻を寝取られたトバエ、目の前の無様な妻をまた愛する事が出来るのか? やってみせろよ、出来るもんならなぁっ!」

 室内に、勝ち誇った高笑いが響き渡る。一言も発しない二人に、満足してトダシリアは頷いた。愉快になってきた、興奮でゾワゾワと身体中が熱く火照る。敗北した二人をこうして眺めているだけで、まるで達してしまいそうな程には快感を覚えていた。心臓の音が、異様に亢進している。
 愛していると囁き、欲しいと願った女が青褪めて立っている姿は、あまりにも美しい。トバエの腕の中に居ても、嫉妬心など湧いてこなかった。湧き上がるのは、最大の屈辱を与えたという悦楽のみ。

「悦んでオレのを“咥えて”いた女だぞ、トバエ? 何なら、今ここで試してみようか。あぁそうだ、二人同時にというのはどうだろう、後ろの穴も悦んで差し出したからすんなり入」

 ドン!
 今まで動かなかったアリアが勢いよくトバエを突き飛ばし、耳を塞いで駆け出した。

「アリア!」

 顔を真っ赤にし嗚咽を漏らしながら部屋を飛び出したアリアに、弾かれてトバエが名を叫ぶ。 
 その様子を肩を竦め眺めていたトダシリアは、眉を顰めて嘲笑った。滑稽な喜劇を見ているようで、膝を叩いて大喜びする。
 後を追う為に走り出したトバエだが、失笑しているトダシリアに怒りが込み上げ立ち止まる。振り返ると、鬼のような形相で侮蔑の瞳を投げかけた。
 その視線が癪に触り、声を止めたトダシリアは怪訝に睨み返す。
 ニ人の間に、緊迫した空気が流れた。チリチリと火花が散る中で、トバエが怒りに震えながら声を出す。

「お前、オレの質問にこう答えたよな。“オレはアリアが欲しい”そう言っただろ、違ったのか? あれは嘘か、何故彼女を貶めた」
「そんなこと、言ったかなぁ……忘れた」

 ニ、三度首を動かし無造作に髪をかき上げながら視線を外したトダシリアに、トバエは哀れみの笑みを浮かべる。

「トダシリア、お前は。“ニ人揃ってアリアに出逢っていたら”とは考えなかったのか?」
「は?」

 何を言い出したのかと怪訝にトバエを見やると、すでにいなかった。走り去る足音が聞こえる、アリアを追ったのだろう。

「熱くなっちゃって……いいのかねぇ、他の男に身体を許した女で。権力に吸い寄せられて這いよる、貪欲なくせに愚鈍で馬鹿な尻軽女の、何がいいんだか」

 呟いたトダシリアは急に気怠くなり、力なく椅子に沈む。

「……誰にでも寄り添う女なんて、要らない」

 一人きりの部屋で、沈鬱極まる調子で呟く。急に笑いが込み上げてきたので、大声で嗤ったものの、何が愉しいのか解らない。
 アリアのことを、確かに欲した。
 けれど、トバエを想う一方で、自分にも気を許し始めたアリアが嬉しくて……憎らしかった。手に入れても、また別の男が現れたら同じ様に自分を軽々と捨てそちらに行くのだと気づいたら、急に冷めた。別の男、というのがトバエに戻ることなのか、新たな男なのかはどうでもいい。
 自分以外の誰かに靡かれることに、酷く恐怖した。
 もう、手に入れるのは無理だと悟った。『自分だけを見て欲しい、心変わりする様は見たくない』その憐れな願いは、トバエの妻だった時点で無理な話。
 ぼんやりと、何かを思い出していた。頭に靄がかかっていて、思考が遮られる。酔いがまわった時の様に、酷く気分が悪い。
 蠢く何かの気配に我に返ると、近くに誰かが立っていた。

「火精? ……呼んでいない、失せろ」

 幼い頃から、自分に寄り添っていた影がいた。トバエは“水精”と呼んでいたが、トダシリアにも同じ様に何かが居てくれた。人型をしており、体格からして恐らく男。この守護があるからこそ、自分は魔力が扱えるのだと思っている。
 何か言いたそうに、影は間近で突っ立っていた。
 気分を害されたので、トダシリアは無造作に手を振って消えるように意思を示す。

「違う、違うんだ。間違ってる」
「は?」

 明確に聞き取れた言葉に驚き、目を丸くして影を見やる。

「間に合わない。彼女が絶望したから、均衡が崩れた。トバエが言ったように、“また”」
「はぁ?」

 間抜けな顔をして見ていたトダシリアは、息を飲んだ。目の前の影が、はっきりと姿を現したからだ。

「オレ……!?」

 目の前に立っていたのは、紛れもなくトダシリア。髪色も瞳も、背格好までも全く同じ。鏡を見ているような錯覚に陥る、違う点は身に纏う衣服と影の耳が細長かった事くらいだろう。

***
2020.11.13
甘抹らあ様より戴いた、トダシリアとトバエのイラストを挿入しました(*´▽`*)
★著作権は甘抹らあ様にございます。★
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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