外伝6『雪の光』10:後宮

文字数 3,706文字

 一生こうしていたいと思うほどの快楽を得て、時間が許す限り二人は身体を重ねた。
 今まで、女は一度抱けば十分だったトシェリーだが、アロスは違う。飽きるどころか、もっと欲しくて堪らない。身体の隅々まで攻め立てたというのに、まだ知らぬ箇所があるのではないかと蹂躙し続けた。
 アロスは、時折痛い思いをしたものの、最終的には優しいトシェリーに心を許した。そもそも、彼に歯向かったところでどうにもならない。辱められていることに対して耐性はないものの、憤慨する事も、絶望することもなかった。怒りの感情とは無縁の生活を送ってきたので、負の感情には疎い。
 声が出せぬ娘を不憫に思った父の愛だったのだろう、人の前に出る事は滅多になかった。必要最低限の場に顔を出していたゆえに、“妖精”だの“精巧な人形”だの異名がつけられたり、偶然目にしたラングが邪な想いを抱いてしまったのだろう。
 愛は時に、思わぬ方向へ導いてしまう。
 打ち解け合い寄り添う二人は、離れる事を嫌った。
 声が出ないので上手く想いを伝えられないアロスと、ただ一方的に語るだけのトシェリー。
 アロスはどんな時でも真剣に話を聞き、相槌を打った。自分の知らない土地柄を理解する為、常に気を張っていた。これから先、どんな生活が待つのか。確かに不安は残る、怖くもある。けれど
、トシェリーの腕の中にいられれば、それでよいと思い始めていた。

 ……とても、素敵な御方。本当ならば、私などお逢いする事ができなかったでしょうに。

 彼の声が、表情が、全てがアロスを魅了していた。熱く視線を送るのが精一杯で、感謝の気持ちを伝えられないのが歯痒い。
 身体を重ねることにも慣れ、それが心地良いことだとも思った。ただ、アロスは抱き締めてもらい、口付けを交わすだけで十分でもあった。闇夜を払う気高き太陽のような香りに包まれて眠ることが、この上ない幸福だとも。
 しかし、腕の中で眠っていると、何故か時折涙が溢れた。
 知らなかった悦びに身体中が震えているのかと思いそのままにしておくと、トシェリーが気付き、狼狽して涙を嘗めとってくれる。アロスはそのたびに泣きながら嬉しそうに笑い、彼にしがみ付いた。
 そして、トシェリーにも変化が表れた。

「王は、随分とあの妖精人形に肩入れしていらっしゃる」
「とはいえ、すぐに飽きるだろうよ」

 気紛れで美しい愛玩具を購入しただけだと周囲からは思われていたが、違う。最初はそうだったのかもしれない、いや、最初から違った。
 出逢いは偶然ではなく、必然。
 行く気のなかった闇市に脚を伸ばしたところから、もう始まっていた。そして、アロスを見た瞬間に“自分のものだ”と直感した。長年渇望していたもので、巡り合う為に今の地位があるような気がする。気まぐれで買ったわけではない、喉の奥から手が出る程、欲した。
 すでにトシェリーは、アロスの虜。今まで知らなかった歯がゆい感情を抱き、当惑している。身体を重ねながら、うわ言のように「愛している」と幾度か囁いた。しかし、面と向かって言えない。以前からその言葉は、寝所で女達に告げていた。それは、挨拶のようなものであり、特に意味をなさなかった。
 それゆえ、アロスには告げられない。『愛している』という薄っぺらな言葉では、自分の想いを伝えられない。
 同じ思いを抱く二人は心を通わせ、同時に溺れていた。ただ、感情を伝え合う事がなかった。
 どんな言葉であれ、伝え合っていたら違ったのかもしれない。

「へぇ、本当に連れて帰るんだねぇ」

 誰しもが、アロスはすぐに捨てられると思っていた。
 けれども、トシェリーは相変わらずアロスを大事そうに抱えて、城へ戻った。

 若き国王の帰還は、アロスが眼を見張るほどに騒々しいものだった。花弁が舞い、打楽器の音が始終鳴っている。狼狽しながら、その様子を見ていた。雪の中で寒かろうに、王を出迎える。こういった文化に馴染まねばと、馬車の中から様子を窺う。

「王が戻られたわよ!」
「今宵は誰を御所望かしら」

 とりわけ、後宮の女達は色めき立っていた。
 王は、帰城後の夜に必ず後宮の女と一夜を共にした。今宵は誰が選ばれるのか、自分であれば良いと願い、化粧を張り切り、そして着飾った。
 後宮の人数など、トシェリーは把握していない。献上された貴族の娘やら、奴隷やら、身分は様々。女達の間で権力争いや格差があることは知っていたが、興味はない。
 勝手に後宮の敷地から出る事を許されない女達は、いつ声がかかるのか心待ちにしていたが、月が空に上がっても誰も呼ばれなかった。宦官に訊ねてみても、「知らぬ」の一点張り。
 翌日になっても、数日経過しても、王からの御声は誰にもかからなかった。

「どういうことなの?」

 女達は流石に不審がり、身の回りの世話や掃除、備品の調達で後宮に出入りする女人らに問いかけた。最初は頑なに口を開かず黙秘していたが、甘い菓子や紅茶を勧めると、気分を良くして話し始めた。

「王は、この旅で一人の少女を連れ帰りました」

 それはいつものことだろう。しかし、彼女は後宮に来ていない。女達は、話を聞いて怒りのあまり血管が千切れそうになった。
 女の噂が広まるのは早い。女中らも同じで、王の寵愛を受けているアロスに興味津々だった。

「雄大な木々を連想させる若緑の髪に、深緑の大きな瞳。薄っすらと染まる桃色の頬に、艶やかな唇は紅など塗っていないのにほんのり赤く瑞々しい。幼い顔立ちかと思えば、瞳を伏せれば妙に艶やか。彼女はまるで、本の中から抜け出してきた妖精。もしくは、精巧に作られた人形が愛を受け生を手に入れたよう。王は、彼女に夢中でございます」

 唖然として聞いていたが、更に女中から衝撃的な事を告げられた。多くの者は、悔しさから発狂しそうだった。

「奴隷市場で買われた少女だそうですよ。競売にかけられていたところに王が通りかかり、憐れんで買ってやったと」
「まぁ……!」

 ここへ来るまでの地位など、後宮ではあまり役に立たない。王の寵愛こそが、生きる糧。それでも、この後宮には小国の姫もいた、公爵、男爵の娘らもいた。奴隷だった女達のほうが多いが、宮廷生活の礼儀作法などはすでに身に着けている。
 それなのに、どこの娘か解らぬ者が王を独占していると聞けば腸が煮え繰り返っても仕方がない。
 もしここで、アロスが誘拐された侯爵家の娘だと知れ渡っていたならば、何かが違ったかもしれない。しかし、『奴隷市場の娘』とだけが広まってしまった。

「溺愛され、王の寝所で過ごしているそうですよ」

 女達が、悲鳴を上げる。
 そうして、見たこともない奴隷娘へ嫉妬と憤怒を抱く。

「ガーリア様、如何致しましょう」
「……放置なさい。王は飽き性よ」

 現在、この後宮で最も勢力を振っているのは、保身の為贈られた元敵国の姫ガーリア。豊満な身体に端正な顔立ちで、同性からも羨まれる美貌の持ち主。才女でもあり、三か国語を話せ世界情勢にも詳しい。見事な金の髪を揺らし、全てを見透かすような碧い瞳でお喋りな女中を一瞥する。

「し、しかし……。口惜しゅうございます」
「まだ見ぬ相手に嫉妬するなど、醜悪だわ。さぁ、あちらで茶を飲みましょう」

 ガーリアは自分の取り巻きらを連れ立って、噂話に躍起になっている女達から離れた。
 

「ふぅん、面倒な女が来たわね」
「どうしましょう、ミルア様……」
「策を立てましょう。大丈夫よ、教養のない奴隷娘などたかが知れている。今は物珍しくて手元に置いているだけよ」

 紫水晶のような髪を指で摘まみながら、勝ち誇った様な表情でミルアは鼻を鳴らした。
 ガーリアと敵対する勢力の女であり、元男爵家の令嬢。これまで、王の寵愛を受けた女らに甘い声をかけ、自分の傘下に入れてきた。三度王に呼ばれようものならば、秘密裏に抹殺してきた恐ろしい女である。
 後宮の女達の目的は、『王の寵愛を受け、王子を産み、次の王とすること』それだけ。
 争いに巻き込まれぬよう、目立たず控え目に生きている女達もいたが、閉鎖された空間では気が狂ってしまう。誰かを貶め話題を作られねば、退屈で死んでしまう。
 
「その小娘を見てみましょう、外出許可をとるわ」
「流石ミルア様! お手伝いしますから、なんなりと仰ってくださいっ」

 ミルアの腰ぎんちゃくであるユイが、あからさまに媚びへつらい機嫌を窺う。
 ユイは奴隷市場で見いだされ、一定の教育を経てここへやって来た。元は農家の娘で、貧しさから親に売られたのだが、木の根を噛んで過ごしていた幼い頃に比べたら今は天国。食事も温かい寝床もある、何より泥まみれになって働かなくてもよい。日課の刺繍は得意であり、後宮についてすぐにミルアに声をかけられた。王に呼ばれたことはないのでまだ生娘、非常に狡猾でここで生きる術を知っている。
 平穏に生きる為ならば、嫌いな相手にだって跪く。それが、ユイの生きる術。

「王を独り占めするだなんて、許せない」
「後宮を解らせてやらないとね、躾が必要よ」
「どうせ礼儀も知らぬ蓮っ葉な娘よ」

 どす黒い感情が渦巻く。女達は、まだ見ぬ一人の少女に闘争心を燃やし始めた。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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