未知の球体

文字数 4,265文字

 空は暗く濁り、今にも雨が降り出しそうだ。
 心臓が飛び出しそうな悲鳴を上げたかったが、その余裕すらない。恐怖で顔が引き攣り、口角が上がる。

「び、びびびびびび貧乏クジ引いたかな?」
「下よりマシだと願おうよ!」

 直視すると脳らしきものがはみ出ていて嘔吐しそうになったので、慌てて視線を逸らす。これではまともに戦えない、なるべく見ないで済むように一斉に魔法を唱える。

「あれはもうどう見ても人間じゃないから、手加減なしで行こうっ! あれは魔物、あれは魔物、魔物魔物魔物!」

 自棄糞気味に叫んだトモハルを落ち着かせるように、肩に乗ったエレンが囁く。

「私が目になりますから、ご安心を」
「ありがとう、心強い!」

 仲間の死を嫌という程見てきたエレンにとって、()()()()()()()()()()()生物を見ることに抵抗はない。寧ろ、慣れている。
 惑星ネロの戦場では、仲間らの死体以外にも、人間の引き摺り出された内臓が転がっていた。耳だけをそいだり、皮膚をはがしたりして喜ぶ人間もいたので、憐れな躯は数知れず。人間同士で争う愚行を見るたびに「共存は不可能」と蔑んだ。
 人間を見るだけで棘に掻き毟られるような嫌悪感を抱いたが、アサギのお蔭で随分緩和された。一部の人間に限るが、今は心を許しても平気だ。

「左斜め前方へ!」
「了解!」

 エレンの完璧な指示のおかげで勇者達は魔法にのみ集中し、火炎の魔法で撃退する。ケンイチは霊剣火鳥を駆使し応戦した。
 しかし、この生物は一体何処から出てきたのか。
 後方にいたが、一体ならばともかく、六体もいたら足音や物音で気づきそうなもの。次々に燃えて倒れこむ謎生物を見つつ、一掃出来たので達成感に顔を綻ばせたのも束の間。
 ニュルニュルという奇怪な音がしたので、骨折するような勢いで首を曲げると、今度は右から現れた。
 
「どーなってるんだよ! ゲームに出てくるゾンビだよ、これじゃ! ロケランが上から降ってきたりする!? それで一撃で倒せるならやってやるけどっ」

 ミノルの戯言に、皆も縋りたくなった。このままでは体力、いや精神力がもたない。弾切れしない武器が欲しい、と心底思った。魔法の詠唱を続けることは不可能だ、失敗が多くなる。疲労も著しいのでこれが続くならば剣で斬りつけなければならないが、出来れば接近戦は避けたい。
 魔法は気力。トモハルには若干の余裕があったが、ミノルはすでに限界だ。
 唯一、魔法剣を所持しているケンイチだけが今も先陣切って戦っている。しかし、彼にも不安が押し寄せていた。

「この剣、限界があるのかな? 大丈夫かな? 使いすぎで壊れたりしないよね? 回数つきじゃないよね?」

 切羽詰った声を出すが、皆同時に「マジそれ勘弁!」と声を荒げる。
 確かに、ゲームには壊れる武器が存在する。使い過ぎると効能がなくなるものもある。ここはゲームの世界ではないが、物には寿命があり壊れるが道理。

「い、今更不安になってきた!」
「落ち着こう、刃こぼれしたり、剣が折れることはあるかもだけどっ」
「それを壊れるっていうんだよっ」

 頼みの綱のエレンは風の魔法で押し戻しているが、やはり火炎の方が効果があるようで苦戦している。
 
「下、危ういな」

 悠々と大空を舞っていたデズデモーナがそう呟き、クレシダが困惑して旋回する。指示通り今彼らを背に乗せるべきか、二体は悩んだ。出来れば、主であるトビィ以外を乗せたくはない。しかし、頼まれているので仕方がないと意を決する。彼らに何かあれば、それこそ大目玉だ。
 しかし、村の中では着陸出来ない。デズデモーナは極力接近すると、自分が降りられそうな場所へと誘導する為に吼えた。

「勇者よ、こちらへ!」
「ありがとう! 皆、急ごう!」

 藁にも縋る思いで一目散に地面の大きな影を追い、疾走する。殿はトモハルが務めた。エレンが後方からの奇襲に備え後ろ向きに肩に乗り、風の魔法を駆使し距離をとっている。

「エレン、ありがとう」
「いいえ、これくらい容易い事です」

 安心してトモハルは前を見据えた、クレシダとデズデモーナに避難出来れば怖い事は何もない。壊れた村の頼りない門から勢いよく飛び出して、あとは一気に駆け抜ければ大丈夫だろう。竜達は間近で待っている。
 しかし、そう上手くもいかない。

「来たー来た来た来た来た来たー!」

 ミノルのふざけているような悲鳴に、怒りたくなった。しかし、嘘ではない。混乱したミノルの精一杯の警告だった。前方から十以上の生物が押し寄せてきているのを目の当たりにすると、流石に顔が蒼褪め自然と涙が溢れた。
 ここを抜けねばならないのだが、どう見ても不可能だ。

「何処から出てくるんだよ! おかしいだろ!?」

 障害などないと思っていたので全力で走った為、身体も心も想像以上に疲弊している。間近に迫ってくる魔物に魔法を叩きこもうとしたミノルだが、ついに詠唱を失敗した。焦りも手伝って、集中力が切れた。
 ミノルをすり抜け、ケンイチが先頭に躍り出る。庇うように前に立つと猛然として魔法剣を振るい、必死に応戦する。

「呼吸整えて! それまで持ちこたえてみせるよ」
「わりぃ!」

 不釣合いな大剣を両手で構え、以前の持ち主を思い浮かべる。魔法は使えないが、この剣を扱えたことに感謝した。そして、これを預けてくれたバリィのようになれたらと羨望する。託してくれたのだから、失望させる使い方はしたくない。ケンイチは唇を噛み締め、前を見据える。

 ソレルと二人の天界人は、ライアン達が出向いた場所へと降り立った。彼らはピョートル城近辺に突如として口を開いた不気味な洞窟へ調査に行っていた筈だが、戦闘に慣れた面々に救援を求められ流石に戸惑いを隠せない。幼い勇者達と違い、こちらは難なくこなすと思っていた。
 一体、何が起こったというのだろう。
 純白の羽根を背に持つ天界人は、各々得意の武器を構える。慎重に内部へ侵入すると、刺激臭を伴う風が吹いてきた。
 思わず顔を顰める、天界にはこのような不快臭がない。躊躇した、穢されそうで嫌悪する。

「下界は、汚物で覆われている」

 本音は下界へ行く事などまっぴらごめんで、人間がどうなろうと知った事ではない。だが、下界の均衡が崩れ、天界に被害が及ぶことは望んでいない。
 何より、神が途方に暮れていたので動いたまで。

「自然に出来た洞窟とは思えない……。勇者達も不可解な事に巻き込まれているし、どうしてこうも重なるの」

 早く片付けて、花に囲まれ休息したい一心で進む。

「空気が薄いわね」
「急ぎましょう、ソレル様。地上の魔物程度、我らならば簡単に一掃出来るでしょうから。非力な人間とは違いますのでね」

 その言葉通り、洞窟の最深部で戦闘を繰り広げていたライアン達と合流すると、すぐさま放った魔法で魔物は消え去った。

「なんとまぁ脆弱な」

 この程度の魔物に手古摺っていたのかと、呆れかえる。しかし、ライアン達は武器を構えたままこちらに礼すら言わない。

「違う! この魔物ではない、何か他にいる!」

 叫んだライアンと魔法を宙に繰り出したマダーニに、ソレルらは愕然とした。全く気配を感じなかったが、確かに何かが宙に浮いている。半透明の球体に見えるが、それが何か検討もつかない。
 不意に、それが耳障りな音を出した。何処から出しているのか謎だが、金属の擦りあうような甲高い音である。小さく悲鳴を上げて耳を塞いだソレルだが、地中から湧き出してきた無数の手に足を掴まれると盛大な悲鳴を上げた。ねっとりとしたその手に触れられた途端、身の毛がよだつ。
 名乗り出てここへ来てしまったことを、心底後悔した。

「その変なの、魔物を呼ぶのよ! だから助けを求めたのにっ」

 マダーニが金切声を上げながら、新たな魔物に魔法を食らわせている。
 球体をどうにかしなければ、魔物との戦いは終わらない。だが、あれが何なのか全く解らず、魔法の類は一切受け付けない。ライアンが斬りかかろうにも浮遊しており、攻撃が当たらない。辛うじてアリナが俊敏に蹴りを放てたが、湧き出る魔物に行く手を阻まれている。
 こちらの体力が消耗していくばかりだったので、止むを得ず助けを求めたのだ。

「詳細を話しなさい! こんな話聞いてないわよ!?」
「助けに来てくれたんでしょ!? 何とかしてよね!」

 どうにか掴まれていた足は自由になったものの、不快感が残っていて気持ち悪い。鳥肌は立ったままで、怖気がする。ソレルは気が動転し、荒い口調で叫んだ。
 売り言葉に買い言葉で、マダーニも怒気を含んで反論する。このままでは、女同士の口喧嘩が始まりそうだ。
 嘲笑うように、謎の球体はふわふわと風船の様に浮きながら移動している。

「あの耳を劈くような音が出ると、魔物が出てくる。それ以外は無害で、あれ自体は攻撃をしてこない。魔法は無効だ」
「結局あれは何、賢い天界の人!」

 ライアンとマダーニが地中から出てくる魔物と戦いながらソレルに話しかけるが、すっかり萎縮してしまった天界人には声が届かない。死臭が漂い、吐気を催していた。

「あぁ、助けは皆無……」

 全く頼りにならない助っ人に、マダーニは自分達で何とかするしかないと大きなため息を吐いた。絶望的だ。

「おぉい、天界のお偉い様方! 宙に浮けるなら、あの球体を捕まえてくれよ!」

 アリナが死人を踏み潰しながら突き進み、青褪め震えている天界人に引きつった笑みを浮かべた。大袈裟に溜息を吐き、皮肉な口調で吐き捨てる。
 これではただの足手纏いだ、天界人らは唇を噛み締めたが言い返すことが出来ない。苦渋を味わい、自尊心が傷つけられた。酷く惨めな感情を抱き、どうしようもない怒りの矛先を地上に向ける。

「あ、あああ。これだから人間が住まう土地は」
「いいわけは後で聞くから。あれ、なんとかして」

 戦い続ける人間を尻目に、天界人は身体を浮かして一息つく。浮いていれば、醜い死人の手に捕まれることもない。そう思うだけで幾分か冷静になれた。嫌な汗が身体に纏わりついて、情けなく思う。こんな感情は、産まれて初めてだ。

「私達は、清浄な場所でしか生きられない。つまり、ここでは能力が発揮出来ない。私達には不利だわ」
「ソレル様、退却しましょう。一先ず作戦を練らねば」
「そうね」

 言うが早いか、ライアン達に退却を命じる。
 それにすっとんきょうな声を上げたアリナと、こめかみを引くつかせたマダーニだが、勝てないので仕方がない。頼みの綱は役に立たないし、体力の消耗も激しい。不本意だが、退却を決意した。
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登場人物紹介

アサギ(田上 浅葱) 登場時:11歳(小学6年生)

 DESTINYの主人公を務めている、謎多き人物。

 才色兼備かつ人望の厚い、非の打ち所がない美少女。

 勇者に憧れており、異世界へ勇者として旅立つところから、この物語は始まった。


 正体は●●の●●●。

ユキ(松長 友紀) 登場時:11歳(小学6年生)

 アサギの親友。

 大人しくか弱い美少女だが、何故かアサギと一緒に勇者として異世界へ旅立つ羽目になった。

 トモハルに好意を抱いている。

ミノル(門脇 実) 登場時:12歳(小学6年生)

 アサギのことを嫌いだ、と豪語している少年。

 アサギ達と同じく、勇者として異界へ旅立つ羽目になったが、理不尽さに訝しんでいる。

 トモハルとは家が隣り同士の幼馴染にして悪友。

 多方面で問題児。

トモハル(松下 朋玄) 登場時:11歳(小学6年生)

 容姿端麗、成績優秀であり、アサギと対をなすともてはやされている少年。

 同じく異界へ勇者として旅立つ。

 みんなのまとめ役だが、少々態度が高慢ちきでもあったりする。

 なんだかんだでミノルと親しい幼馴染。

ダイキ(中川 大樹) 登場時:11歳(小学6年生)

 剣道が得意な、寡黙な少年。

 人づきあいが苦手なわけではないが、自分から輪の中に入っていくことに遠慮がち。

 同じく、異世界へ勇者として旅立つことになる。

 やたらと長身で目立つことがコンプレックス。

ケンイチ(大石 健一) 登場時:11歳(小学6年生)

 ミノルと親しい可愛らしい少年だが、怒らせると一番怖い。

 同じく異世界へ勇者として旅立つことになった。

 従順だが、意に反することには静かに反論する。

リョウ(三河 亮) 登場時:11歳(小学6年生)

 作品のメインである一人。アサギは「みーちゃん」と呼んでいた。

 アサギと親しく、出会ってからは常に一緒だったが、勇者に選定されず、地球に取り残されてしまった。

 常にアサギの身を案じ、地球で不思議な能力を発揮している。

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